第十五話 閉ざされた監獄
前回のあらすじ
遠距離からの攻撃を行う【オークアーチャー】を倒すことに成功した社。
彼が次に見つけたのは【西の荒れ地/ダンジョン】という新たなステージだった。
“ダンジョン”という言葉は語源をたどれば「天守閣」とか「本丸」という意味らしい。
また、そこから派生して、典型的な城の構造として作られる「地下牢」という意味を持つようになった。
つまり「“dungeon”=地下牢」なのだ。
一方で日本のゲームにおける“ダンジョン”は「迷宮」と訳されることが多い。
なぜこんな話をしてるかだって?
それは、ここ【西の荒れ地/ダンジョン】が、日本における「迷宮」ではなく、「地下牢」を指していたからだ。
「……これは酷いですね」
「あぁ……」
俺たちの目の前に広がっている光景は、まさしく「地下牢」と呼ぶべきものだった。
壁面をくり貫き、鉄格子で区切った独居房のようななスペースがいくつも並んでおり、その中に俺たちプレイヤーと同じ見た目の人間が押し込められている。
彼らの身なりは貧相で、十分な栄養を得られていない痩せた体に、布に穴を開けただけのような服を着せられているだけだった。
そして彼らを監視するかのように巡回するオーク。
「看守と囚人」という明確なパワーバランスが見てとれた。
想像するに、オークたちが持っていた武器は彼らから奪った物なのだろう。
「どうします? このまま進みますか」
「梢は大丈夫か?」
「なにがですか?」
「この惨状」
「大丈夫です。社さんがいれば」
俺の「大丈夫か」に対して「なにがですか?」と返ってきたあたり、本当に大丈夫なようだな。ここで、「大丈夫」という返事が返ってきたら引き返すつもりだったんだが。
俺がいれば、ね。随分信頼されたものだ。
「あそこに階段が見えるの、分かるか?」
「分かります。ここから真っ直ぐいった所ですよね」
「ああ。とりあえずあそこから下に降りてみよう。ここが『地下牢』という意味のダンジョンなら、きっと進むべき先は地下だ」
「了解です」
俺たちがいるのは入り口付近にあった岩陰。
ここに1歩踏み入れた瞬間の異様な空気を感じとった俺らは、アイコンタクトだけでここに籠ったのだった。ゲーム研究部時代にサバイバルホラー系のゲームをやってた恩恵だろう。
巡回しているオークに見つかったらどうなるか。
まぁ、仲間を呼ばれて袋叩きがいいとこかもしれない。
「梢は武器をしまっておいてくれ」
「いいんですか?」
「うん、途中オークに見つかったら俺がなんとかするから」
「わかりました」
「じゃ、スリーカウントでいくぞ……3.2.1.GO!」
俺と梢は岩陰から飛び出した。
目的の階段までは50メートルほど。
Encounter!
巡回中のオークに見つかる。
真正面から俺たちの姿を捉えたオークは、一瞬ギョッとしたような表情を見せたが、すぐに横を向き仲間を呼ぼうとした。
「ブッ…… 「クラッシュ」 ……モ」
叫び声をあげられる前に声帯を潰す。
侵入者を見つけたら目を離しちゃいけんよ。
Enemy Clear!
戦闘終了のアナウンスを聞くのと俺たちが階段に到着するのは同時だった。
レベルアップ系のアナウンスがないってことは、大量の経験値を得られるほど強い相手ではなかったということか。外のオークと同じくらいなんだろう。
と、考え事をしていると、下の階層に着いたとたんにこんなアナウンスが聞こえてきた。
Quest start!
「クエスト『監獄踏破』を開始します」
「ん?」
「へ?」
クエスト?
そんなの聞いてないぞ?
「あ、社さん! これ詳細見れるようになってます」
「ん、どれどれ」
クエスト『監獄踏破』
【西の荒れ地】にはオークが生息している。
オークは高い知能を持つモンスターだ。
また、階級制度や役割分担などの社会構造が発達した種とも言えるだろう。
そんなオークが、いつしか人間をその社会構造の一部に組み込み始めた。
それも、奴隷として。
ここはそんな奴隷を集め、管理し、消費する場所。
ここまで来たからには帰れるとは思わない方がいい。
出ることができるのは、君が死んだときか、看守長オーククイーンを討つことができたときだろう。
もし、君に力と意志があるのなら、どうか看守長を倒して欲しい。
俺にはできなかったことだから。
《とある村人の手記より》
「なるほどね」
「なるほどです」
「……どっちにする? 死ぬか、オーククイーンとやらを倒すか」
「後者で」
「よし、じゃあいくか」
「ええ」
おそらくここはボーナスステージのようなものなんだろう。
すべてのプレイヤーがこんな初見殺しを受けるようじゃ、お世辞にもいいゲームとは言えないだろうし。ゲームの進行においても、それほど大きな役割を果たさないはず。
「……それにしても悪趣味な背景とBGMですね」
「監獄、らしいからな」
一階にいた囚人は、まだマシな部類なのかもしれない。貧相な身なりとは言っても、ただ痩せているだけ、ただみすぼらしい服を着ているだけ。
たったそれだけだと思ってしまうほどだ。
地下一階にいる人間はまさしく“奴隷”。
若い男性はつるはしのような物を持って壁に穴を掘り、女性は縫い物をしている。
そのすぐ後ろにはオークが何体か立っており、彼らを監視しているようだ。
「あの穴は次の人が入るための穴ですかね」
「多分な。女性が縫ってるのはオークの腰布か」
「これ、単なる労働じゃなくて精神的に虐めてるだけじゃないですか……」
いつもの笑顔の片鱗すら見られない表情で梢が言った。
「オーククイーンを倒す」と即断したのは、純粋にオークに対して怒りを覚えたからかもしれないな。
次の囚人が入るための牢屋作りをする男性と、看守の服を作らされる女性。
「所詮はゲームの背景だ」と割り切るにはあまりにも悲惨な光景なのだった。
視覚だけではない。
聞こえてくるのは、くぐもった呻き声と啜り泣く声。明らかに俺たちに向けられた「助けて」という消え入りそうな懇願、下劣なオークの笑い声と狂ったように泣く高い声。
耳を塞いでも聞こえてくるそれらの不協和音に思わず足がすくむ。
「とっとと終わらせようか」
「……はい。こんなところ早く出ましょう」