異世界にはない職業2 ~名探偵の才能~
※ https://ncode.syosetu.com/n5361ej/ の続きモノです。先に読んでくれたら嬉しいです。
「あのさぁ、なんでエージは転生者が嫌いなの?」
思いつきと呼ぶに相応しい僕の言葉は、仕事の無い部屋によく響いた。ソファに身を預けながら、サイドテーブルに自分の服と同じ色の真っ黒いコーヒーが入ったティーカップを置いて、彼はその理由を答えてくれた。
「……は?」
たった一文字で、不愉快と不機嫌と不躾の三つを表す表情をしてくれたエージ。いや、でも理由を答えてはいないねこれは。
「なあ、アル……君がその手に持っているものはなんだ?」
「いやいやエージ、それはちょっと無いんじゃないかな」
そう、無いんじゃないか。これを知らない? あの訳知り顔で何でも答えるような、チートで金を稼いでいくのを生業にしていたこの男が、なんだってこれを知らない? それはもう、世間一般に対する一種の冒涜行為というものだ。
「これはだね、今巷で大流行の推理小説、名探偵ショ」
「ああ滝で落ちて死ぬぞその巻で。悪の教授と一緒にな」
「え?」
まだ最初の二ページぐらいしか捲っていないのに、思わず最後のページを捲って見る。本当だ。いやでもこれは、なんというか。
「……ひどくない?」
「何が」
「楽しみにしてたのに、先に読んでたなら言って欲しかったなぁ……折角発売日の今日、朝から並んで買ったのに」
「読むわけ無いだろそんなパチモン」
「パチ……?」
「偽物って意味だよ。だがまぁ、今日に限って言えばそれは」
そう言うとエージはいつの間にか側に立って、僕が買ったばかりの本を取り上げる。それをそのまま円盤投げの要領で、ゴミ箱へと投げ捨てた。
「盗作って意味だけどな」
それより僕の小説返して?
「で、うちの名探偵様に謎解きをお願いしたいんだけど」
「いるか? 説明」
「一応ね」
僕は席から立ち上がり、ゴミ箱へと肩を落としながら向かう。拾い上げれば埃とかニーナの買ってきたパンのカスとかがついていたので遠慮なく払い落とす。
「その作品が俺達の世界では一般常識って言えるぐらい有名なんだよ。まぁ俺から言わせれば細かいところ随分と違」
「なんだやっぱり読んでるじゃん」
僕の名推理で機嫌が悪くなったのか、一瞬言葉を止めたエージ。どうやら僕の名推理に間違いは無かったようだ。
「んだが……まぁ要はその作者が転生者な訳だ。しかも原作が大好きってわけでもない、うろ覚えの記憶で質の悪い小遣い稼ぎさ」
「なんでうろ覚えってわかるの?」
「色々細かいところはあるが、何よりもアルセーヌの方より雑だって事かな。記憶が曖昧なんだろそっちは」
アルセーヌ、とはこの作者が前に発表した作品の登場人物だ。ということはエージはそっちも読んでいる。なるほど少しだけ僕にも名探偵の気分がわかったような気がするぞ。
「いや、でもこの作者が転生者とは一言も」
「書いてないだろうね。そういう狡いところが、転生者を大嫌いな理由さ」
そう言われると何だか僕の買ったこの本が、随分と気恥ずかしい物のような気がしてきた。
「ちなみにこういうのって結構あるの?」
「そりゃ勿論。願いが叶う不思議な玉を七つ集める話とか、蜘蛛の力で街を守る話とか」
「ああ、どっちも好きなやつだね……」
子供の頃夢中になった思い出が塵となって風に消えたような感触に襲われていると、部屋の扉を誰かが叩く。
「そんなエイジさんの大嫌いな転生者が、一人死んだみたいだけど?」
半開きにされた扉から飛び出る室長の顔が、嬉しそうにそんな事を言う。
「と、言うわけだアルフォンス君」
「何が?」
彼が珍しく僕の名前を正しく呼ぶと、咳払いして付け加える。
「それはもちろん、ゲームの始ま」
「違うってば」
僕達が向かったのは、珍しく街のど真ん中である。大きな書店の二階の事務所、の横の応接室。そこに横たわるはご存知大人気作品、某名探偵の作者である。剣はペンよりも強いという諺があるとエージが前に教えてくれたが、彼はあえなくソファーに仰向けになりながら脳天にナイフを突き立てられて死んでいた。見ていてあまり気持ちのいいものではない。
「えーっと、被害者は本日発売の名探偵シ」
「違う」
先に来ていた、黒髪でショートカットで胸がその控えめではない制服警官が説明しようとしたところ、エージはすぐに言葉を遮る。怪訝そうな顔の警官を尻目に、机の上の本を一冊取り上げる。
「で、こいつが転生者かどうかをはっきりさせるのが俺の仕事と」
「そうなるね」
「……簡単すぎるぞ、友よ」
エージは深いため息をつきながら、仰々しい手つきで目頭を押さえる。それもそうだ、僕はこの被害者に対するネタバレを、著作の中身と一緒に今朝頂いたばかりなのだから。
「え、もうわかったんですか!?」
だが市井の人にとっては違うらしい。巨乳の婦警は目を丸く見開いて、むしろ輝かせてエージの顔を見る。ちなみにエージはと言えば、どことなくどうでも良さそうな笑顔を浮かべている。女性に興味はあるのだろうが、何かこう、特定のタイプにしか興味がないような気がしないでもない。
「そりゃあね。昼飯前だよ、文字通り」
「いやはや、さすが先生は違いますね……」
先生、という言葉に一瞬エージは躊躇い、ついでに小声で僕に耳打ちしてきた。
「どういう意味? 先生って」
「僕らも有名になったんじゃないかな」
僕の説明に多少の納得をしてくれたエージは、大きな咳払いをわざとらしくしてから、彼を先生たらしめる言葉を続けた。
「このエドガー・ホルダー氏は転生者である!」
おお、といった歓声が、目をもっと丸くした婦警以外からも上がった。エージはうんうんと頷いて、手元に持っていたままの本をやっぱりゴミ箱に投げ捨てた。
「じゃ、そういう訳で帰ります」
「お疲れ様でしたー」
本日の仕事を終え踵を返す僕達。昼から何をして定時まで時間を潰そうか考え始めようとしたところ、思い切り婦警に肩を掴まれた。
「いやいやいやいやいやいや待ってくださいよ先生!」
「何が?」
「先生はこの事件の謎を解きに来たんですよねぇ!?」
「そうだよ、そして解いたじゃないか」
「何にもわかってないじゃないですか! 残ってるじゃないですか事件の謎が!」
この人は何を言っているのだろうと思案する前に気付いたのは、この部屋にいるその他大勢の纏う空気であった。そうだそうだの六文字が自然と浮かび上がるが如くの。
「謎って?」
「それはもちろん」
彼女は件の死体を指差し、次に僕等が入って来た扉を指差す。それから声を大にして主張するのは。
「この密室殺人のです!」
詐欺師の先生が解決するには、手に余る謎についてだった。
「はい? 密室殺人?」
頭を軽く掻きながら、エージは目を細めて聞き返す。
「そうですよ密室殺人です! その謎を解いてもらおうと」
「おいおいおいおい少しは考えてくれないかな君達。こんな剣と魔法の世界で、何だ密室殺人? 手から火が出る物は浮かせる呪文を唱えりゃ傷が治る。こんな素っ頓狂なご時世で何を言うかと思えば密室殺人だって? あれか、もしかしてそこの扉が閉まってて窓もはめ殺しで出入り口は一つしかないとかそういうあれなのか? ……何だっていいだろうさそういうのは。鍵はサイコキネシスで外から閉めたとか、召喚獣だかに殺させたとか、テレポートして部屋から出たとかそういうの、あるだろ? なあアル、あるんだろう?」
一瞬、部屋の空気が凍った。エージがぺらぺらと並べ立てた言葉は、彼らにとっては痛いところだったのだろう。そう、彼らには検討すべき事項があまりにも多いのだ。人間一人を殺せる魔法は数多く存在するが、それを確認する労力はあまりにも多すぎる。
「まあ、そういう殺し屋とかもいるらしいよ。床屋にあった週刊誌に書いてあった」
「だろう? ならもういいだろ何でも……こいつが転生者なのはわかったんだから、さっさと財産を没収。そして終了はい解散」
「いやでも犯人を」
「それは俺の仕事では……ないよね」
よね? と首を傾げながら僕に尋ねるエージ。うんとしか言いようが無かったのだが、あえて言葉を出さず首を縦に降った。
「おかしいですね、確かに私達はこういう事件解決の専門家の先生を読んで、全身黒い服だからすぐわかると聞いたのですが……」
確かにエージの服装を見れば、相変わらず上下黒い服を着ていた。専門家でもあるが、多分彼のことではない。漂う違和感を誰もが感じていると、閉じられていた部屋の扉が突然開かれる。
「その通りですよ、巡査殿」
やって来たのは、僕と同じ服を着た男だった。つまり黒い服ではなく、警察にしか見えない青い帝国軍人の制服。背は高く背筋は伸び、長めの金髪を後ろで縛っている。その青い瞳からは、とてつもない自信が溢れていた。
「この……マジカル探偵先生にお任せください!」
そしてその後ろからひょこっと顔を出したのは、なるほど確かに黒い人だ。黒いコートに黒い帽子、隙間から見える短めの髪は艶のある黒髪だ。ただし背はとても低い。横にいる男の肩に届かないぐらい低いぞマジカル探偵先生。
「衛兵君」
「なんですか先生?」
先生に呼ばれて、衛兵君は笑顔を向ける。コートの裾のせいでその表情はよく見えないが、どことなく不機嫌なのは見て取れた。
「マジカルは……どうかと思う」
「ダメですか?」
「ぼくの考えだと、ダメっぽいかな」
僕の考えでもダメだと思う。
「まあ、いいか。ぼくの呼び名なんてどうでもいいし。で、そこの婦警。死んだのは名探偵シャー……の作者かな」
「え? ああ、はいあの名探偵の作者さんです……」
なるほどと頷いてから、帽子をかぶり直し先生は言葉を続ける。
「さあ、ゲームの始まりだ」
今朝僕が遮った、名探偵の一言を。
ただ、その横の衛兵くんの正体について、僕は多分そこの先生ぐらい詳しかった。
「よっ、ヨーゼフ。奇遇だねこんな場所で」
片手を上げて挨拶をすれば、衛兵くん改めヨーゼフが微笑みを返した。
「あっ、アルフォンスじゃないか。三ヶ月ぶりぐらいかな?」
「多分それぐらいだっけか、前遊んでから飲みに行ったの。気になる女の子の話は……って仕事中か」
「そうそうこの間は負けちゃってすっからかん……って仕事中なのはお互いだね」
「なんだ、そっちは知り合いか」
「同期なんだよ。あと実家も近いし同業者だし、何かと縁があるんだ」
割って入ったエージに説明を加えれば、興味無さそうに頷いた。だったら聞かないでくれないかなという言葉が、喉から出る事はなかった。
「アルフォンスの横にいるということは……なるほどあなたがエージ殿。お話は常々伺っております」
「ろくでもない噂かな」
差し出された手を上下に振りながら、嫌味っぽい笑顔を向ける。
「いいえ、ご立派な方と」
だがその嫌味は彼には通じない、顔も性格も良いのに裏表が無いのがヨーゼフなのだ。その証拠に巨乳の警官なんかは、呼んでおいた先生を無視して彼に見惚れていたりする。
「あっ、そ……」
エージも毒気が抜かれたのか、愛想のない返事しかできなかった。両手を離したヨーゼフは、少し屈んで先生に耳打ちをする。
「でも確かに彼の方が探偵っぽいですね先生」
思い切り内容も聞こえたし、思い切り足を踏まれるヨーゼフ。だがなぜかその顔には、無邪気な笑顔が広がっていた。
「で、事件の捜査したいんだけどいいかな」
「あ、はいどうぞ……」
もう事件よりヨーゼフの笑顔のほうが気になるのか、なおざりに返事をする婦警。どうやら事件を解決したいのは、もう先生しかいないらしい。
「僕等帰ってもいい?」
当然僕らにもそんな気は無いので、当然のように帰宅を申請する。が、そんな僕の肩をヨーゼフが軽く叩いた。
「そう言わないでくれアルフォンス。折角だからうちの先生の手際を見てから、ランチタイムにしてくれないか」
「エージはどうする?」
「まあ、戻っても暇だしな」
結局僕らは、別に帰ってもやることがない事を思い出し、適当な椅子に腰をかける事にした。先生は一瞬だけ嫌な顔をしたものの、コートのポケットからチョークを取り出し、死体の周りや部屋のあちこちになにやら魔法陣を手際よく書き始めた。
「なあ先生、そいつは転生者だぞ」
「……それぐらいわかってる」
不機嫌そうな先生の返答に、エージはしかめ面を浮かべた。
「理由は?」
「君に説明すべき理由は?」
エージは深い、腹に溜め込んだ苛立ちを無理やり押し出したようなため息をついた。どうやらこの二人は相性というものが非常に悪いらしい。それぐらいは名探偵でなくても察せるのだろう、ヨーゼフも苦笑いを浮かべていた。
「おいアル、あいつ友達いないぞ」
「え? エージより?」
思わず口についた言葉は、思いの外エージを黙らせる効果があったらしい。意外だったのは気にしていたとか自覚していたとか、そういう真人間らしい感情が彼にあったことだろうか。
「それで先生、捜査の方は……」
少しだけ申し訳無さを感じてしまった真人間の僕は、片手を上げて当たり障りのない質問をした。正直に言えば、事の真相などどうでも良かった。
「まあまあ、ここからがうちの先生の本領発揮だって」
ヨーゼフは軽い咳払いをしてから、さぁどうぞと先生に手を差し伸べる。差し詰め絵本の中のお王子様に見えなくもなかったが、同期として癪なので言わないでおいた。
次の瞬間、目の前に広がった光景は間違いなく魔法の産物だった。
なにせ倒れ込んでいる被害者の周囲に、大量の氷が現れたからだ。だが別に、それ自体は珍しい事ではない。先程エージが言ったように、魔法で炎を起す程度などこの世界では日常茶飯事だからだ。ただ一つ異常な点があるとすれば、何一つ寒気がしなかった事だろう。恐る恐るその氷に手を伸ばせば、触れずにただ通り過ぎる。
「これが先生の魔法……魔法の痕跡を生み出す、唯一探偵のための魔法さ」
なるほど、と僕は納得した。彼女が事件解決のための専門家という意味と、マジカル探偵先生という冗談みたいな仇名について。
「はいはいぼくちゃん凄い凄い……で、その雪まつりがなんだって?」
「被害者は氷で動きを封じられ、後ろからナイフで刺された。別に床やソファーが濡れてないのは、一瞬だけ凍らせたからだろうね。鍵は……氷で作って閉めたんだろう。そういう痕跡が出てる」
「で、犯人は?」
「失礼でせっかちな人だな……いいかい、魔法には個人の痕跡が出るんだ。癖、と言ってもいい。だから関係者で氷の魔法が使える人に、試しにやらせてみればいいのさ」
うんうんと頷くのは、現場に居た警官一同。よしじゃあそうしようと誰かが言えば、関係者を集め始めたりと忙しそうに動き始める。犯人も動機もわかりはしなかったが、これで解決までの糸口が見つけられたというものだ。
「じゃあ、エージそろそろ帰る?」
「そうだな。ああ、でも先生……一つ気になるんだが」
「何かね雪まつり君」
「犯人が魔法を使うのを渋ったらどうするんだ? それかそうだな、嘘をつくとか」
「ああ、それは大丈夫。そのために衛兵くんがいるのだから」
「……アル、非常に癪だが意味不明なので説明をしてくれ」
エージにそう尋ねられて、ヨーゼフに関する一番重要な事を説明していなかったことを思い出す。
「ああ、ヨーゼフ・クライヌリッシュは帝国の双剣って呼ばれるぐらい最強の剣士だから。帝国の中で二番目ぐらいに強いんだ」
「だから?」
「……脅すんじゃない? このクライヌリッシュ流の錆になりたくなかったらさっさと魔法を使ってみせろって」
「なるほど」
多分それが一番現実的だ。無理やり魔法を使わせる魔法というのが探せばあるかもしれないが、そこまでくると専門家の専門家が必要になるので、もう剣の専門家に頼ったほうが早いと言うやつだ。
「それって……初めから脅したほうが早いんじゃないか? お前が犯人かって」
僕はほんの少しだけ考える。いやでも、こう捜査の正当性とか効率とかを秤にかけたとしてだね、公務員としての規律のようなものを考えるとだね。
「……これからも僕らもそうするかい?」
「死体が喋れる魔法があるなら、検討しようか」
エージが肩を竦めてそう言うので、僕はなるほどとしか答えるしかなかった。どうやら僕に名探偵の素質は無かったらしい。
「ああ、最後に先生」
そう言うとエージは先生を手招きし、耳元で小さく囁いた。先生は耳まで真っ赤にすると、思い切りエージの足を踏もうとする。だが、躱す。どうやら今日の勝負については、エージに軍配が上がったようだ。
「じゃあ……また、ヨーゼフ。この前言ってた気になっている女の子の話、今度はもう少し詳しく聞かせてくれよ」
「ああ、そうするよ。本当、照れ屋なところが可愛いんだ」
そうして僕らは帰路についた。ついたのだが、なぜかエージは僕のことをとんでもないしかめっ面で眺めていた。あと少し遅れて先生の咳払いが聞こえたような気がしたけれど、いつのまにか定時までの暇つぶし方を考えることに専念してしまっていた。
「で、なんて耳打ちしたの? あの先生怒ってたみたいだけど」
「……本当にわからないのか? いくら贋作とは言え、本当に読書をしているのか?」
定時より少し前、いつもの職場に戻った僕はエージに質問を投げかけたのだが、帰ってきたのは罵倒としか言いようのない回答だった。
「何が?」
「気になる女の子、いただろ今日」
今日の事を思い出す。女の子、いや待てよ確かに居たなあの部屋に。
「巨乳の婦警さん」
「アルの脳味噌は筋肉で出来てるらしいな」
「そりゃどうも。んで正解は?」
「そこはほら、俺の仕事は詐欺師だから。そういう謎解きは専門のマジカル探偵先生にでも聞いてくれ」
なるほど、そうしよう。恋の魔法なんて小洒落た者は無いだろうが、ヨーゼフの横にいつもいるなら聞いてみればわかるだろう。
「しかしまぁ、多いよな転生者……」
呟くようにエージが言う。確かに僕としても、あの本の作者が転生者だったというのは衝撃だった。
「ああ、死んだ作者じゃないぞ」
「え?」
「マジカル探偵先生」
「はぁ」
はぁ、というため息をエージが続ける。またマジカル探偵先生だ、本当は仲良くなったのだろうか。ただ、急に何かを思いついたのか少し目頭に指を抑え考えを巡らせてから、ゆっくりと顔を上げて指を弾いた。
「……いやまてよ、そうだアルこうしよう。俺もほんの少しだけ気になった事があるから、お互いに情報を交換するってのはどうだ? 俺が君の質問に答えるから、君が俺の質問に答える」
交互に僕らを指差して、エージがそんな事を言い出した。気がつけば首を縦に振ってしまっていたので、一言付け加えずにはいられにった。
「まぁ、僕に応えられる範囲なら」
紅茶のカップを傾けながら、納得したエージが言葉を続ける。
「あの探偵先生、転生者だぞ」
「……そうなの?」
「なぁアル、君が今朝買った本のタイトルを教えてくれると嬉しいんだが」
君が遮った上に二回もゴミ箱に投げ捨てたから絶対に知っているはずだけど、という言葉は言わない。なにせ僕が何を言っても、罵倒される未来が目に見えているからだ。
「名探偵ショルメ・エルロック最後の事件だけど?」
「でも彼女は、『シャー』って言いかけた」
「言い間違えじゃないの?」
「まさか。ショルメ・エルロックってのは、まぁ本当はエルロック・ショルメなんだが……その辺りが相当うろ覚えで腹立たしいが、そっちはアルセーヌの方の登場人物なんだよ。俺の世界で別の作者が名探偵を勝手に登場させて色々あって、名前を変えさせられる事になったんだ。本来は……名探偵シャーロック・ホームズ、そっちが正式名称だ。得意げにゲームの始まりだなんて宣う探偵マニアの彼女が言い間違えるなんてありえないさ」
「なるほど、よくわからん……ってえ、彼女?」
「君の友達が気になってる女の子」
照れ屋なところが可愛い女の子って、あれ?
「え? 男の子じゃないの先生」
「どう見たって妬いてただろ巨乳の婦警に……だから言っておいたんだよ。君は転生者だけど、愛には多分関係ないよって。あと身長差も」
「相変わらず性格悪いね君は」
「相手が転生者の時だけさ」
絶対に嘘だ、と僕は思うもやっぱり口に出しはしない。もう彼の言葉を一日中聞きすぎたせいで耳が痛いし、定時も丁度過ぎたところ。
「ああ、帰る前に交換条件。あのヨーゼフってのが帝国で二番目に強いなら、一番強いのは誰なんだ?」
――そして何より今度は、僕が彼を驚かせる順番なのだから。
「僕だけど? 218勝203敗98引き分けぐらいだから、そのうち変わるかもしれないけど」
うん、これは多分言ってなかった。その証拠にエージにしては珍しく、ぽかんと口を開けてくれている。ほんの少しだけ得意になった僕は、荷物をまとめて足早に職場を後にする。
「……マジ?」
扉越しに聞こえる彼の声に僕は一つだけ確信した。
名探偵の才能は、彼にも無いって確かな事実を。




