表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/69

青少年はうどんをオカズにするのでしょうか。

第一部最終話です。

 アギーレが馬を寄せて「さすがキーファー殿、慧眼でござったな」と言ってきた。

 肌着姿の彼は寒そうだった。


「慧眼とは何です?」

「いや、かような場合も予期して、拙者を領主の陣へお戻しになったのでござろう。弟子殿があの双子の人質になるを見たとき、拙者思わず膝を打ち、ああ、このことかー、とキーファー殿の深慮に感じ入ったでござる。のう、アンドレ?」


「さようでございますよ、キーファー様。殿様は、恩を返すのはこのときをおいて他にはない、とおっしゃられました。音が立つからと領主より拝領の鎧を打ち捨て肌着一枚になられて、エラさんをお救いするためにあの魔法使いの姉妹に忍び寄ったのでございます」


「あたしはてっきり、ボケたジジイが二人で、空気も読まずに村娘のところへ夜這いをかけに来たんだ、と思いましたよ。だって、そんな格好してるんだもん」

「うわっははは。敵を欺くにはまず味方から、と申すではないか」


 何言ってんだ、こいつら。


「でも、本当にありがとうございます。命拾いしました。これで毒キノコの件はチャラにしてあげましょう」


 お礼を言っても、ウチの弟子は上から目線だね、やっぱり。


「それにしても、ビックリいたしました。奇跡でございますねえ、奇跡!」

「おう、まさに奇跡であった。水際まで追い詰められたわれらの前で湖面が、スーッと二つに割れたときには、あまりの神々しさに目がつぶれるかと思うたわ」


「気がついておられましたか、皆様? あのとき空には天使が舞い飛んでおったことを」

「まことか、アンドレ?」


 いやいや、そんなサービスをつける余裕はありませんでしたから。


「やっぱり、あたしが一生懸命祈ったんで、粉に通じたんですよ」

「粉ですか、エラさん? 天ではなく?」


「そりゃ粉の神様に祈ったんですから。だいたい、粉と天てのはホンチスイジャクなんです。粉を水で溶いて刻んだキャベツを混ぜると天になります。豚肉と卵を入れると豚玉天。切烏賊を入れるとイカ天。あたしは牛スジを甘辛く煮たのを入れた牛スジ天が好きですね」


 本地垂迹なんて言い出すから、とうとうウチの弟子にも知性の片鱗を見せるときがきたのかと思ったら、おいおい、どこの大喜利だよ。


「はあ、なるほどー。でもですね、あのー、粉の神様に祈ると湖が割れますか?」

「割れますよ、そりゃ。ほら、あのへん。あの白く泡立ってる辺り。ちょっと粉っぽくありません?」

「あー、あそこ。うーん、そう言われると確かに粉の感じがありますねえ」


 ねえよ。

 アンドレのおっさんもそんな小娘に調子合せるんじゃありませんよ。


 だいたい、感じって何だよ、感じって。

 神様ってのはそんなニュアンスみたいなものか?


「あー、やだー。師匠、戻ってくださいよ。忘れ物しちゃいましたよ」

「何だよ?」


「あたしの形見ですよ。あっちに置いてきちゃってどうすんですか?」

「あの、うどん屋の看板のことを言っているのか? どうもしないよ。あんな物、邪魔なだけだ」


「えー、あたしが邪魔だって言うんですか?」

「看板の話をしていたんじゃないのかよ?」


「だって看板はあたしの形見ですよ。つまり看板イコールあたしです」

「〈元祖アプレーデルうどん・あたりや〉がおまえか?」


「そうとも言えます!」

「そんなところに力を込めたってさー」


「あっちに置いてきちゃったからなー、まずいなー、若い子とかに拾われちゃったらどうしよう? まずいなー」

「拾われたっていいじゃん」


「ダメですよ。たとえば、少年Aが拾ったらどうなると思います? 看板イコールあたしなんですよ。ほぼ等身大ですよ。オカズにされちゃったたらどうすんですか?」

「よく考えろ。〈元祖アプレーデルうどん・あたりや〉て書いてあるだけの看板だぞ。うどんをオカズにすんのか? うどんはオカズにならないだろう」

「それは関東人の偏見です」


 やっぱり大喜利なのか?


 おれは呆れて馬を降りた。

 ジランデの地面に足をつけた。湖に背を向け、これから行く町の方を眺めた。

 おれたちが立っている場所は道ではなかった。

 辺りは草地が広がっている。羊の群れが小さく見えた。

 まだオトランは遠い。

 任務は端緒についたばかりだ。


「アギーレ様はこれからいかがなさいますか?」

「うむ。遍歴の騎士と申しても、この格好では信じてはもらえまい。まずは中古の安物でよいから、鎧を一式手に入れなければならぬ。それには先立つ物が必要じゃ。町に着いたら年寄りでも雇ってくれる店を探して働かねばな」


「わたしたちのために申し訳ありません」


「いや、キーファー殿や弟子殿のせいではござらん。ひとえに正義のためでござる」

「あ、あんなとこに何かキラキラ光ってる!」


 エラが水際を指差した。


「あれは?」

 アンドレが馬を降りてキラキラ光る物へ走って行った。

 目当ての物にたどり着くと、彼はそれを両手に持って頭上に掲げた。

 カブトだった。


「殿様、鎧でございます。鎧がこんなところに落ちておりますよ」


 はあ?

 鎧の落とし物なんて聞いたことないぞ。


「いや、それはどなたかが水浴びされている方が置いているのであろう。アンドレ、勝手に触るでない」


 どこに水浴びしているやつがいるってんだ?


「えー、ここに何か彫ってありますよ、殿様。『雷光の騎士の正義感と勇敢なる働きを嘉し、この鎧を与う。これを身に着けし者、二度と敗れることなし』ですって。『雷光の騎士』といえば殿様のことでございましょう」

「確かにさようであるが――」


 そういえば、最初に会ったとき、「雷光のアギーレ」とか、ジイさん言っていたな。


管制(コントロール)、どういうこと?」

――オーナー様から、ご褒美だって。あんたのハーフエルフにもあるよ。


「エラにも?」


「エラさん。これはエラさんの物では」

 アンドレが一メートル程の棒を振り回している。


 おれは湖水がひたひたと打ち寄せるところまで行って、アンドレから棒を受け取った。


「『ハーフエルフの信仰と勇気を讃え、この麺棒を与う。この棒を持つ者、天下第一の捏ね者なり』だってさ」


「何それ?」エラはブチ切れ寸前だった。

「何それって神様がご褒美をくれたんだろうよ。おまえの大好きな粉の神様がさ」


「はあ、毒キノコのジジイはピカピカの鎧で、あたしはただの棒っきれですかあ?」

「ただの棒っきれって、エラ。せっかく神様がくれたんだからさ」


 おれは馬の口を取ってジランデ最初の町に向かって歩き出した。

 空は晴れている。

 風も心地いい。


「こんなの道具屋に持って行ったって二束三文ですよ。よけいなことが書いてあるぶん値が下がるってもんですよ。まったく、神様も気がきかないなあ。せめて純金製でしょうよ」

「純金製の麺棒は使いづらいだろう?」


「どうせ売るんだから、使いづらくったっていいんです!」

「売るの前提かよ?」


 ジランデ名物は何だっけかな?

 そう、ローストラムチョップだ。

 馬の上では、おれ専属の〈生ける調味料リヴィングシーズニング〉が足をぶらぶらさせていた。

 今夜は生涯最高のラムチョップを味わうことができるだろう。

 唾液が自然と出てくる。口の端から溢れてしまいそうだ。


「現金でくれれば面倒がなくていいのに、まったく! ねえ、師匠もご褒美貰えますかね? もらえたら半分分けてくださいよね。師匠と弟子は一心同体なんですから」

「一心同体じゃねえよ」


「あ、棒の反対側にも何か書いてありますよ」

「あん? ホントだ。ナニナニ……『汝が昨晩願いしこと、しかと聞届きたり。必ず叶えてしんぜるゆえ、安心いたせ』。ふうん、よかったな。願いは叶うってよ。昨夜、何をお願いしたんだ?」


 エラは真っ赤になって、おれの手から黙って麺棒をひったくった。

 そして、そこに書かれている文言を確認すると、麺棒を胸に抱きしめた。


 確かに、こんなに働いたおれにはご褒美はないのだろうか?

 おれは馬から離れて管制(コントロール)を呼び出した。


「なあ?」

――何よ?

 声に警戒心が滲み出ていた。


「おれにはご褒美というか、ボーナスはないのか?」

――やっぱり、そうくるよね。ウンウン、そりゃそうだよね。あんたが一番大変だったんだから。


 何だ? 妙に同情的なところが気にかかる。


「評価されないのは毎度のことで慣れてるから、大丈夫だよ。ぜんぜん気にならない」

 思わずこっちが気をつかってしまった。


――評価されてないわけじゃないのよ。実際、今回の働きで、あんたのことをよくやってるって言っている人もいる。スマホの件が片づいたらこっちに戻そうかって話が――

「戻れるのか?」


――そういう話もあったって言いたかったのよ。

「あったのがダメになった? 誰のせいだよ? べつに妬まれたり、恨まれたりするようなことをした覚えはないんだが」


――オーナー様がね、絶対に動かさないでくれって。

「はあ、気に入られてるんだなあ」


――というかさ、オーナー様ね、あんたのハーフエルフに約束しちゃったらしいのよ。

「何でそこにエラが出てくるんだ?」


――昨夜、あんたのハーフエルフは神様にお祈りしたんだって。『どうか、師匠とずっと一緒にいられますように』って。よかったわね、愛されてて。でさ、オーナー様が、現地住民に約束したことだから、けっして管理人は動かしてくれるなって。そういうわけ。

「ずっと一緒に――か」


――そう、ずっと一緒に。ちなみにあんたのとこの仕様書によると、エルフは長命種で平均寿命は約五百年。ハーフエルフも同じくらい長生きらしいわよ。彼女まだ十六歳なんだっけ? あと最低でも四五〇年は、そこから異動することはないわね、あんた。


 おれは通信を切って、少し先を行くエラを見た。

 彼女は馬の上で麺棒を振り回していた。

 そして、おれを振り返って言った。


「この棒の先から火とか出せませんかね? そういう魔法少女ってアリじゃないですか?」


 まあ、四五〇年は美味い物が食えるってことでヨシとしますか。


(第一部 完結)

ここまでお読みくださった方、長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。

ブクマなり、評価なり、感想なり、レビューなり、ご遠慮なくくださってかまいませんので(笑)、よろしくお願いいたします。

続きはしばらく休んでから始めたいと思いますので、そのときはまたご贔屓に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ