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追加支援効果一番、発動します!

第68話です。

「これをその者の指にはめよ」

 領主が大声を張り上げた。


 家来が戦車の上へ駆け上り、輪っか(リング)を恭しく受け取った。

 そいつは戦車の前面を尻で滑るように降りてくると、膝をついているおれの前に立ち、芝居がかった動作で輪っか(リング)を頭上に掲げた。


 兵士たちが、うおー、と地に響く声をあげた。


「師匠!」

 エラは泣いていた。

 彼女は双子のどちらかに腕を掴まれ、もう一人に短剣を突きつけられていた。

 うどん屋の看板は彼女の足元に落ちていた。


 彼女が人質になってさえいなければ、おれを押さえている男たちを振り払い、戦車を駆け登って領主をひっさらうのも難しくはない。

 だが、こればかりはしかたがなかった。

 エラを守ってやりたかった。

 おれがどこか知らない世界へ転送されても、後釜が来てノッポの薬屋のことは何とかしてくれるだろう。

 ただ、エラのことまでは考えてくれない。


 おれはあきらめて一切抵抗することをやめた。

 輪っか(リング)を持った男は、おれの左手首を捻り潰そうとしているような強さで掴んだ。


「手を開け」と男は言った。


 おれは大人しく従った。

 自分でも震えているのがわかった。

 最後にもう一度エラの顔を見たいと思った。

 ライブカメラの位置を変えてエラの顔のアップをとらえた。

 泣きじゃくっていても、黒い髪のハーフエルフはかわいかった。


 おれの調味料娘だ。


 この瞬間、アプレーデルから三キロ東のパブリックビューイング会場でも、巨大なスクリーンにエラの顔が大写しになっているはずだった。

 観客はどんな気持ちで見ているのだろう。

 領主様が大妖術師を捕まえて喜んでいるのか。

 神の使いが捕らえられて悲憤慷慨しているのか。


 まあ、どっちでもいいや。

 どうせおれは少女の願い一つ叶えてやれなかった失格天使だ。


 そう思いながら、目を閉じてずっとエラの顔を見つめていたのだが……。

 土手に立つ彼女の後ろで動いているものに気づいた。


 二つの人影。

 のそのそと彼女の方へ近づいてこようとしていた。

 おれはそっちへフォーカスを合わせ直した。

 見慣れない格好で最初はわからなかったが、よく見ると知っている二人だった。

 遍歴の騎士アギーレ・オン・ロゴントスとその従者アンドレ。

 アギーレは鎧を脱ぎ、肌着姿に剣だけ持って、土手の裏からエラたちに近づこうとしていた。


 おれは指に輪っか(リング)がはめられるのを感じ、目を開けた。

 輪っか(リング)はおれの左手の薬指の根元まで深くはまっていた。

 他世界転移装置のスイッチが入った。

 赤く光り始めた。

 おれにそれをはめた男は、おれの左手首を掴んだまま周りによく見えるよう高く差し上げようとした。


 そのとき、アギーレ主従がレモネード姉妹に襲いかかった。

 姉妹の手から逃れたエラが、土手をダンゴムシのように転げ落ちてきた。


 おれを囲む領主軍の軍勢の外側に、二個の異世界へつながっている窓が現れた。


 おれは押さえつけている兵士を振り払い、戦車の上へ跳び上がった。

 腰を抜かした領主を蹴落とし、ハッチから中へ飛び込んだ。

 戦車を操縦していた四人の兵士たちの襟首を掴み、端から外へ放り出した。


 砲塔を回し、異世界につながる窓の片方へ向けた。

 窓の向こうから重厚なエンジンの音が聞こえてくる。

 四トントラックのクラクションが怪獣の吼え声のように響き渡り、兵士たちが慌てて道を開けた。


 おれは砲塔の中へ引っ込んで、砲口を低い位置に下げた。

 狙いをつけるまでもない。

 トラックはおれにまっすぐ向かってくるのだ。

 おれは砲弾を片手で掴み、砲へ装填した。

 異世界から飛び出してきたトラックを狙って撃つ。

 命中したが、運転席を吹き飛ばしただけだった。


 おれは次の弾の用意をし、さらに狙いを下げてもう一度発射した。

 トラックはまだ止まらない。

 何度でも撃ってやる。

 装填から発射まで、常人二名がえっちらおっちらやる作業を、おれは一人でものすごいスピードで繰り返した。


 トラックはしぶとかった。

 とうとう砲身の直前に迫った。

 文字通りのゼロ距離射撃。

 砲弾が破裂し、戦車も揺れ動いた。


 もうもうたる爆煙が風に吹き流れた後に、前半分を失い荷台だけ残ったトラックが停止していた。


 おれは戦車を飛び出した。

 異世界につながる窓が点滅を始めていた。

 じきに消えてしまう。

 おれは戦車を降りて、トラックの後ろへ回った。

 左手の薬指から輪っか(リング)をはずし、荷台へ放り込んだ。

 数歩離れた位置から、助走をつけてトラックへ体当たりをくらわした。

 トラックが前へずるずると動く。

 おれはそのままトラックを押していった。

 トラックは戦車を押して、消滅しつつある窓へ進んで行った。

 戦車の端が小さくなった窓にかかったところで、トラックごとその中へ蹴り込んだ。


 窓がすぼまって――消えた。


 この世界にはもう、戦車もトラックも存在しない。

 オーパーツはなくなった。


 おれは呆気にとられている騎士を引きずりおろして、その馬を奪った。

 兵士の間を駆け抜ける。す

 れ違いざまにもう一人騎士を殴り落として、二頭目も手に入れた。

 そして、領主の兵の集団の中から脱け出した。


管制(コントロール)!」

――追加支援効果一番ね? あんた、また修道女たちを使ったでしょ?


 そう。おれは昨夜、風呂から出たあと、「聖石板女子修道院(旧キャンペ女子修道院)」の院長の夢に忍び込んだのだ。

 そして、天使の特権を行使して、彼女たちには朝から神様に祈ってくれるように頼んだのである。

 オーナー様は朝から一刻も途切れない修道女たちの請願に、またも悩まされることになったわけだ。


――オーナー様が修道女たちの言うとおりにしてやってくれって。あの女たちにはウンザリだってさ。というわけで、追加支援効果一番の申請は受諾されました。いつでも発動可能です。タイミングはそちらに任せますので、合図をお願いします。

「了解!」


「師匠! ここですよぅ! あなたのかわいい弟子はここですから!」


 エラは土手の下で両手をバタバタ振っていた。

 おれはエラに向かって馬を走らせた。

 領主軍の連中はようやくわれに返ったようにおれを追って動き出した。

 疾走するおれの馬の後ろへ五千の兵士がついてくる。


 おれは駆け抜けざまエラを抱え上げた。懐かしい重みだった。

 そのまま土手を駆け登った。

 土手の上にはアギーレ主従がいた。


「これに!」


 おれは奪ってきたもう一頭を彼らに与えた。


「どこへ向かうのだ、キーファー殿? 川は渡れぬ! アプレーデルに戻るわけにもいかぬ!」

「このまま土手の反対側へ駆け下りてください!」


「えー、師匠、そっちは湖ですよ。行き止まりですから!」

「いいから、ついてきてください!」


 土手の上から振り返ると、領主の兵たちは百メートル程度まで迫っていた。

 おれは馬の腹を蹴って一気に土手を駆け下りて行った。

 前には澄んだ水を満々と湛えたアップラ湖が広がっている。

 対岸にジランデの地がかすんで見えた。

 青い空。

 いい天気だ。


「師匠、バカ! あたしが泳げないの知ってるでしょ!」


 エラが叫んで暴れるのを、おれはギュッと抱きしめた。


管制(コントロール)! 追加支援効果一番発動!」


 穏やかだったアップラ湖の水面に、一本白い筋が走った。

 その筋を中心にして左右に大きな波が立つ。

 筋の部分の湖面がスーッと下がっていく。

 湖水がきれいに左右へ分かれていく。

 おれの前で、湖が二つに割れ、湖底が現れた。


 おれは湖の中に伸びた一本道へ駆け込んだ。

 すぐ後をアギーレたちが続いた。

 おれの前方、扉が開くように水が割れていく。


 領主軍は湖の手前で進入をためらっていた。

「追え、追いかけろ!」

 領主の怒号が聞こえた。

 改めて兵士たちが湖水が割れたできた道へ入ってきた。


 おれは馬の前に重力場を作り出した。

 馬は坂を駆け下りるように速度を上げた。

 領主軍との差が広がった。

 ジランデまでの数キロを、おれたちの二頭の馬は、自由落下する石塊のような速さで、駆け抜けた。

 対岸に駆け上がったとき、領主たちはまだ三分の一も進んでいなかった。


管制(コントロール)。支援効果終了してください。ありがとう。ただ、こちら岸の方からゆっくり戻してくれるかな。五千人も溺れさせたくない」

――わかった。オーナー様は派手にやれって言ってるけど。


「五千人も殺したら、あっち岸じゃ神様の評判がダダ落ちだよって言ってやって」

――甘いんだよね、あんた。だから、左遷されたまま戻ってこれないのよ。


「ポーちゃんやマインちゃんがいない本社に戻ってもしょうがない」


 おれはエラには聞こえないように囁いて、ゆっくりと閉じていく湖を見ていた。

というわけで、当然のことをしたまでです! フンッ!

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