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こうなれば、もう、アレを回してやるですよ。

第67話です。

 突っ込んだときはそうでもなかったが、五千人の集団の真ん中でいったん立ち止まってしまうと、脱け出そうとするのは難しかった。

 兵士たちが溶けた飴のようにまとわりついてくる。

 前へ出れば前へ、右へ行けば右へ。

 集団全体がこちらの移動に合わせて動いてくるのだった。


 その中で領主の乗る戦車はじりじりと近づいてきていた。

 砲口は貼りついたようにおれを狙っていた。

 さすがに味方を吹き飛ばしすぎたと反省しているのか、撃ってはこない。

 確実に狙いをはずさないところまで接近することに方針を変更したようだ。

 もし、ゼロ距離射撃をくらったら、おれは平気だが、馬とエラの無事までは保証できない。


 おれは焦った。

 が、馬を急かしても、まとわりつく敵兵の厚みをどうにかできるわけではなく、いたずらに馬を興奮させるだけだった。


「ぜんぜん進まないじゃないですか。こうなったらもう、こいつらみんな焼き払っちゃってくださいよ」

 エラが勝手なことを言いだした。


 兵士だって好きでここにいるわけじゃないだろう。

 領主に命じられて仕方なくこんなところでオシクラマンジュウしているに違いない。

 お互い恨みがあるわけじゃなし、焼き払うなんてそんな寝覚めの悪いことはしたくない。


 となると、いよいよ昨夜配達してもらった物を使うときが来たようだ。

 おれは懐からリモコンを出した。


 スイッチを入れた。


 空気の壁の外の音は遮断しているから駆動音は聞こえなかったが、モーターは回転を始めたはずだ。

 ジャイロを起動し、モーターの回転を車軸に伝えた。

「車輪」が回り始めた。

 はじめはその場でグルグルと輪を描いているだけだったが、ジャイロの効果で起き上がり、やがて「車輪」は直立した。

 数日前まで大水車だったそいつは、アッププロ川の半ばから派手な水しぶきをあげて、岸に向かって転がり出した。


 人の背丈の十人分はある「車輪」が接近してきているのだ。

 それなりの音は出るし、視界に入らないということもない。

 川に近い方の兵士から砂糖菓子が崩れるように散り始めた。


「水車だあ、水車だあ」

 エラは見たことをそのまま口にするだけの子どものようになっていた。

「回ってるぅ」


 おれは水車の速度を上げた。

 進路は領主軍五千の中央。

 水車の進路上にいた騎士や歩兵が慌てて逃げる。

 水車が切り開いた道をおれが使おうという算段だ。


 戦車も水車に気づいた。

 砲塔が回転し、水車に向けられた。

 すかさず射撃が始まる。

 いくら的が大きいといっても、自分の方へ向かってくる水車に当てるのは難しいようだ。

 四、五発撃って、一発も命中しなかった。


 水車が徐々に近づいてくるにつれ、戦車も進路を変えておれから離れて行った。

 おれは包囲のゆるんだ方へ馬を差し向けた。

 馬の周りから少しずつ兵士が剥がれていった。

 水車の真下に馬をつけるともう誰もそばには近づかなくなった。


「行けえ、行けえ」

 エラがはしゃいでいる。


 しかし、どこへ行けと言うのだ。

 何とか自由な動きは取り戻せたが、大きな目で見れば川原をウロウロできるようになっただけだ。

 ゾンビ映画のようなまとわりつきからは解放されたものの、膠着状態は続いている。


 結局、領主をどうにかするしかない。

 戦車に雷を一発落とせばケリはつけられるのだが、一国の領主ともなれば世界の歴史や文化における重要性は大砲の弾に吹き飛ばされる歩兵とは一緒にならない。

 管理人の権限でそこまで干渉していいかどうか、疑問の余地の残るところだ。

 うるさいオーナー様だったら絶対に許さないだろう。

 こんな大立ち回りをしていること自体認めてはくれまい。

 管制(コントロール)の話じゃ、ウチのオーナー様は面白がってくれているようだから、そこはクリアできるとしても、領主に手をかけるのはやっぱりマズかろう。

 せいぜい身柄を拘束し人質にして国境突破を図るというのが落としどころだと思うのだが、戦車の中にいられたんじゃそれもなかなか難しい。


 おれは上手い手を考えあぐねていた。

 水車を操って五千の軍勢を川原じゅう追い回し、お茶を濁していた。

 自分の方に有利な局面だと思う油断があった。


 突然、目の前に影が現れ、何か黄色い物を顔の前にかざされたときに、おれは何も反応できなかった。


 ピュッ。


 冷たい液体が両目に飛び込んだ。

 しみてしみて、まともに開けられない。

 目つぶし。

 鼻をうつかぐわしい香りでレモン果汁だとわかった。


 ブォン。


 腕の中に抱えていた重みがふっと消えた。

 ムリに目を開けると、涙でグニャグニャに歪んだ視界のどこにも、エラの姿がなかった。


 ライブカメラの一台が土手の上にいるエラを見つけた。

 彼女はレモネード姉妹につかまっていた。

〈あっという間にこっちからあっち〉なのか〈あっという間にタネ抜いちゃいました〉なのか、どっちがどっちだかわからないが、双子の片方が何か言っている。

 おれは壁の外の音をまた聞こえるようにした。


「――してもムダだ! 水車を止めて、馬を下りろ! 抵抗すれば、この娘の生命はない!」

「師匠ー! ひえー、あたし、タネ抜かれちゃいますよ!」


 おれは自分のバカさ加減を呪った。

 まだ、こいつらが残っていたんだった。

 おれは馬を止め、リモコンのスイッチを切った。

 水車を回していたモーターが止まり、水車はそのまま惰性でゴロゴロと数十メートル転がってから横倒しになり、大きな音を辺りに響かせた。

 おれは馬を下りた。

 空気の壁を消滅させる。

 わっと兵士たちが駆け寄ってきて、おれは揉みくちゃにされた。

 殴られ足蹴にされ、槍で突かれたり、剣で斬られたりしながら、おれは戦車の前へ引き出された。


 戦車のハッチが開いて、左右に角を生やした派手なカブトの武者が上半身を突き出した。

 のそのそと外へ出てくる。

 装飾鎧が重すぎるのだろう、全身を出すのにだいぶ手間取った。


 おれは両腕を押さえられ、髪を掴まれて、石だらけの川原へ跪かされた。


 戦車の上の鎧武者は面皰をはずし、髭だらけの顔を見せた。

 これが領主か。

 ケンカは強そうだが、頭は弱そうだ。


「そなたが大妖術師か。手間取らせおってからに」

「大妖術師なんて、滅相もございません。わたくしはただの旅の鋳掛屋でございます」


 周囲の兵士たちから一斉にブーイングが沸き起こった。

 まあ、そりゃそうだな。


「わが領地の製粉所を破壊したのみならず、大水車でワシを追い回すとは言語道断。そなたのような者は斬首や磔では生ぬるい。その身体、灰の一片も残らぬように消してやる。どうした? 怪訝な顔をしおって。そのための道具なら、ある者が献上してくれたぞ。ほら、これだ」


 領主は右手に持っていた物を高くかざした。

 輪っか(リング)である。


 おい、薬屋。

 おまえが買った「トラックがバーンッ」式他世界転移装置は何個入りだったんだよ?

管理人 VS 領主軍 PART6 です。

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