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こっちは必死なのに、パブリックビューイング会場ではビールと焼きそばが大人気です。

第65話です。

 正直、ノッポの薬屋が自ら参戦してくるとは考えていなかった。

 裏からコソコソやるだけで、直接事に当たるのはこの世界の住民なんだろう、とタカを括っていた。

 完全な読み損ないだ。

 想定外の事態。


 後方から火球がビュンビュン飛んでくる。

 空気の膜に当たって飛散する。

 馬の周囲に炎が雨のように落ちて大太鼓を連打するような音を立てた。


 エラは首をすくめ、耳をふさいで、ひと声もあげない。

 石のようにおれに抱えられていた。


 直接の被害はないが、防御壁を消して攻撃に転じる機会を奪われた。

 逃げることしかできない。


 薬屋の基体(ボディ)にはどれだけの能力があるのか。

 経年劣化の見られる髪や皮膚から推し量れば、おそらくおれの基体(ボディ)の方が単純なスペックは高い。

 しかも、こっちには管制(コントロール)の支援もある。

 だが、それでもこの局面においては、薬屋の方に分があるようだった。

 こっちが乗っているのは所詮生身の馬にすぎないし、エラのことも守りながら戦わなければならない。

 一方、向こうは好き放題にやれるのだ。

 装飾だらけでムダに重そうな鎧も、基体(ボディ)の能力からすれば負担にはならない。

 むしろ、適当な外装といえるだろう。


 おれはとりあえず体勢を立て直す余裕がほしかった。

 まずは薬屋の追跡を一度振り切りたかった。

 馬を走らせつつ手を探っていたが、思いつかなかった。


 薬屋はわざと追いつかない速度に抑えて走っていた。

 面白がっているのか、おれを焦らしているのか、それとも他に狙いがあるのか。

 いらだちを募らせたおれは、眼による空間認知だけでは不足を感じて音響認知(ソナー)を併用しようとしたが、薬屋が発するジャマー音波が一帯を満たしていて使えなかった。

 もっとも、これは薬屋も同じことだから、そこに彼我の差はないというべきなのか?

 しかし、あえて不便な状況を選択しているのは、そこにおのれの利があるからだろう。

 おれは小さな不利を積み重ねられて、本来の有利さをすべて消されてしまっているようだった。


 チクショウ、どうすりゃいいんだ?


 突然、目の前に薬屋が現れた。

〈瞬間移動〉だった。

 やつは両手で戦斧を振り上げ、おれを待ち構えていた。


 おれは前方の防御壁を消して、右手に作り出した斬馬刀を左から右へなぎ払った。

 薬屋がその剣先を弾いたとき、おれはすでに斬馬刀を捨てていた。

 手綱を引き、馬の首を返していた。


 回れ右だ。


 まだ混乱したままの軍勢へ向かう。

 兵士に包まれた戦車が行き場をなくして停止しているのが見えた。

 何かが頭をかすって、ヴィイイイン、と聞こえた。

 おれは慌ててまた空気壁を展開させた。


 今のは何だ?


 砲弾ではない。

 戦車はおれをすっかり見失っていて、射撃どころではない状況にある。

 おれは空を見上げて理解した。

 そこには、戦闘をライブ中継しているカメラがいくつも浮かんでいた。

 そのうちの一台が、おれ〈神の使い〉の必死の形相をローアングルでとらえるために、低空飛行してきたらしい。


 なるほどね。

 アプレーデルの東方三キロのパブリックビューイング会場では今頃、やんややんやの大盛り上がりだろう。

 ビールや焼きそばが大売れだろうな。

 他人事だと思って気楽なもんだよ、チクショーめ。


 と、おれは一つ思いついた。

 観戦客たちには悪いが、ライブ中継用カメラを貸してもらおう。

 おれは空中にあるすべてのカメラをコントロール下に置いた。

 そして、個々の位置を修正し、それぞれのカメラがとらえる映像を統合処理して地図に合成、おれを中心とする周辺空間の全方位視覚イメージを認知できるようにした。

 これで、音響認知(ソナー)を封じられた不利を取り返した。

 前方の軍勢と後方の薬屋だけではない。

 あらゆる方向があらゆる角度から「見える」ようになった。

 が、そのことを薬屋に気取られぬよう、慌てたふりでそのまま領主軍が右往左往している中へ突っ込んでいった。

 そして、集団の中央で馬を止めた。


 おれに気づいた連中が、逃げ出そうとする者、攻めかかって来ようとする者、おれを囲んで渦を巻いた。

 離れた場所には周りの味方のことなど考えずに矢を射かける者たちがいて、空を半ば黒くするほどの矢が四方八方からおれをめがけて飛んできた。

 もちろん、それはすべて空気の壁によってはじかれた。

 槍で突きかかってくる騎兵も、モーニングスターを振り回す大柄な兵士も、壁の中へは一歩も入り込めない。


 矢が集中して射られているのを見て、戦車はようやくおれを発見したらしい。

 砲塔が回って、砲口がおれを向いた。

 おれは初めて戦車の照準にとらえられた。

 おれは砲身内の空気圧を上昇させた。砲弾を射出する圧力に匹敵するくらいまで上げた。

 射ち出された砲弾は初速を相殺されて、目に見える程度の速さで砲身を滑り出ると、数メートル先に落下してそこで爆発した。

 領主軍の兵士たちが吹き飛ばされた。


 おれは周りに敵兵が集まるがままにした。

 あとからあとから敵兵はおれの周りに押し寄せてきた。

 最前列は後ろから来るやつに空気の壁へ押し付けられて圧死しそうな具合である。


 おれは壁の外の音を遮断し、馬を落ち着かせた。

 エラがトンガリ耳から手を離した。

 周りを見回し、これまで一度も見せたことのない怯え顔でおれを見上げた。


「あたしたち……まだ生きているんですよね?」

「ああ」


「周りは全部敵ですか?」

「ああ」


「ここを突破しなければいけないんですよね?」

「ああ」


 エラは、はあ、と大きなため息をついた。

「あたしたち、この戦争が終わったら結婚するんですか?」


 おれはよく考えてから答えた。

「いや。師匠と弟子だからな」


 エラはこわばった表情を少し緩めて、ちょっとだけ微笑んだ。

「なんだか大丈夫そうな気がしてきました」


 ノッポの薬屋は領主軍の外側にいた。

 外縁に沿って走っていたが、ときどき戻ったり、進路を変えたりしているのは、おれの雷撃を避けているのだった。

 いずれやつが〈瞬間移動〉で攻撃を仕掛けてくるのはまちがいない。


 おれはその瞬間に賭けていた。


 そのための準備に使う時間をおれは何とか稼ぐことができた。

 あとは待つだけ――だが、そんなに待つ必要がないのもわかっていた。

 ライブカメラから送られてくる映像で、おれはずっと薬屋を追尾していた。

 やつはまだお互いに肉眼でしか相手を補足できないと信じているだろう。

 どこにもおれに近づける隙間がないとわかれば、すぐにやつは〈瞬間移動〉してくるに決まっていた。

 そして、その「瞬間」はすぐにやってきた。

 ライブカメラの映像から、薬屋が消えた。


〈瞬間移動〉――


 だが、おれの周囲には領主軍兵士がひしめいていて、もう出現できる空間(スペース)はない。

 となれば、攻撃を仕掛けられる位置は一つしかない。


 おれは頭上の防御壁を解除し、そこから空へ向けて、数千の鉄の玉を四五度の角度で円錐状に射ち出した。


 そのうち数十発の弾丸が、おれの頭上十数メートルの空間へ出現した薬屋の鎧に包まれた基体(ボディ)を貫き、引きちぎった。


 弾丸射出と同時におれは壁を再展開。

 血を噴きながら薬屋は領主軍の中へ落ちていった。

 たちまち、その基体(ボディ)は右往左往する兵士たちに踏みにじられた。


 ジャマ―音波が消えた。

 薬屋の位置を検索――どこにも存在しなかった。

 しかし、あのぐらいで死ぬはずがない。また逃げたのだろう。

管理人 VS 領主軍 PART4 です。

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