はじめましての方ははじめまして、そうでない方はこんにちは、です。
第61話です。
五千の兵士たちの命を一瞬で奪う大量殺戮兵器。
そこでは一般の人も巻き添えを食うかもしれない。
が、本社の方では現地住民のことなど自分たちが創造した被造物としか見ていない。
造ることも捨てることも自分たちの勝手だと思っている。
管理人であるおれもまたそちら側に身をおいているわけだが、現場で働いている者にはまた現場の見方というものがあるのだ。
おれは管制の提案をすべて退けた。
「被害は最小限に抑えたい」
――それなら、いっそ領主様に殺されちゃうのはどう? 新しい基体をジランデに用意しておくから、今のは捨てちゃえばいい。この状況なら新品の方は経費で落ちるわよ。領主様は大妖術師を退治できて満足。あんたも先に進めて文句はないでしょ?
その手があるのは、彼女に言われるまでもなくわかっていた。
ただ、その方法では――
――特殊能力持ちのハーフエルフがいるからダメなんでしょ?
「え?」
息が止まるかと思った。呼吸なんかしてないけどさ。
――バカじゃないの、あんた? ああ、バカだっけね、あんた。あのさ、自分の管制している管理人のすぐそばに四六時中くっついている者がいれば、何者か調べるに決まっているじゃないの。ねえ、どうしてそんなオモチャのために苦労しなきゃならないの?
「オモチャ?」
――オモチャでしょ? あんたがその娘に何させてんだか知らないし、そんなことはあたしにはどうでもいいことだけどさ、面倒をかけられてるのは確かじゃない? オモチャなら替わりは用意できる。どんな特殊能力もランダムに発生するのは【世界-内】だけの話でしょ。【世界-内-存在】に非ざるあたしたちなら、どんな特殊能力持ちも自由に造れるんだからさ。
たしかに彼女の言うとおりだった。
〈生ける調味料〉を持つハーフエルフの娘と旅をしたいなら、本部にちょっと申請すればいいだけだ。
〈生ける阿片〉を寄越せというわけじゃない、上から却下されることもないだろう。
明日にはエラの替わりが届くだろう。
見た目を秘書課のポーちゃんそっくりにしてもらうことだって可能だ。
もちろんエラそっくりにも。コネチ付きで。
しかし、それはエラの替わりにはならない。存在とは属性の束ではないんだ。
「エラもヒロ君と同じだよ。世界の中にも外にも、どんな世界にも替えのきく存在なんてない」
――あー、あんた、そんなんだから、こっちに戻してもらえないのよ。
「何とでも言え」
――で、あんたの希望は何? 何を用意すればいいの?
「追加支援効果一番を申請する」
――一番? 一番ねえ。また、派手なことをやりたがるわねえ。まあ、あんたらしいわ。でも、認可まで時間がかかるわよ。間に合うの?
「間に合わせる方法を知ってる」
――また汚い手を使うのね? いいわ。一番申請の件、上にあげとく。他には?
「それから、至急手配してほしいのが――」
おれは必要なものを管制に依頼した。
さしあたりの用がすんでも、エラはまだ風呂から戻ってきていなかった。
余った時間を使って、おれは〈念話〉関連の魔法について仕様書で調べた。
おれが望む効果を持つ呪文はなかったが、既存の呪文を改造すれば目的に適うものは作れそうだった。
べそかいていたエラが鼻歌まじりに戻ってきたときには、新しい呪文をだいたい組み上げていた。
「師匠、いい湯加減でしたよ。師匠も今のうちに入ってきてください」
今のうちか。今のうちね。
おれは風呂場へ降りて行った。
服を脱ぎ、湯に浸かった。
湯気がモワモワと浴室を霞ませていた。
ああ、これはちょうどいいかもしれない。
おれは組み上げたばかりの呪文を唱えた。
半径一〇キロ以内の、情報伝達系魔法の修得者に強制接続。
領主のお抱え魔術師にも、通信兵にも、移動中の貿易商人や、たんなる通信マニアにも、今、入浴中のおれの動画が届いているはずだ。
「はい、どうもー。エー、はじめましての方ははじめまして。そうでない方はこんにちは。エー、神の使いです。今回はですね、領主さんが何かカン違いをしているようでして、ボクのことをやっつけるとか言ってんですよねー。なんか〜兵隊全部出してきたとかで、いやもう、スゴイじゃん、おれって感じなんですよ。やれるもんならやってみろ、オラって、煽っちゃいけないですよね。うん。今、ボクはアプレーデルの町にいるんですけど、ここを焼き払うとかいうウワサもあってですね、みんなもう逃げ出しちゃったんですよー。えー、残ってるのは変人と犬と猫ぐらい。じゃあ、おまえ、変人じゃんって、そういうツッコミはやめてくださいね。ちょっと変わってるかなーって程度ですから。で、今日の目的はですね、ジャジャーン、告知でーす。そう、告知。エー、何の告知かつーとですね。明日なんですけどー、領主の人が攻めてくるってんで、ここにいても不利なんで、いや、ホントは不利なんかじゃないんですけど、家とか燃やしちゃって後から弁償しろって言われても困っちゃうんで、場所をですね、移動しようと思いまーす。じゃあ、どこへ移動するかというと……ジャカジャカジャカジャカと、これ、ドラムロールね。ジャ~ン、川原へ行きまーす。えっと、大水車のあったあたりね。あそこで領主軍を迎え撃つことにします。領主、かかってこいや、オラ! なんですけど、結構危険だと思うんで、一般の人は近づかないよーにしてください。危険なんで、お願いします。ケガとかされても困るんで。でもですね、エー、どうしても見てーよーというあなた、そういうバトル好きななあなたのためにパブリックビューできるよーにしましたー! 会場はアプレーデルの宿場から東に3キロ。ジャンボスクリーンが目印でーす。入場無料でどなたでもご覧になれますが、結構込み合うと思うんで早目に行ったほうがいーですよー。始まるのはたぶんお昼ぐらいだと思います。パブリックビュー会場には全国の美味しい物の屋台も出ますので、始まるまではいろいろ食べたりして楽しんでください。えー、このことは周りの人にも伝えてくださいね、お願いしまーす。領主軍五千人VS神の使いですから、見逃したら一生後悔しますよ。じゃあ、また明日。――以上、神の使いでした。バイバイ」
おれは放送を終えると、部屋に戻った。
エラがゴワゴワの分厚いスカートに木綿の生成りのブラウスを着て頭に赤いスカーフで、部屋の中をピョンピョン跳ねていた。
「何だよ、それ?」
「えー、見てわかりませんか? 村娘ですよ。師匠も早くそれに着替えてください」
見ると、ベッドの上に修道院長がくれた修道女の制服が置いてある。
「何だよ、これ?」
「見たまんまですよ。修道女の服じゃないですか」
「それはわかるよ。わかるけどさ、何でおれがそんな物を着るんだ?」
「だって、ずっとやりたかったんでしょ。純朴な村娘をだましてエロいことをする女装の修道女っていう、ややこしいシチュエーション。だから、やらせてあげるって言ってんですよ。感謝してほしいもんですよ」
またもキレ気味の弟子である。
「いつそんなことやりたいって言った?」
「言わなくてもわかるんですから。明日死んじゃうかもしれないんですよ。この期に及んで我慢なんかしなくてもいいんですから、ヨーゼフ」
エラはベッドに腰を下ろし、隣に来いとばかりにポンポンとシーツを叩いた。
何だ、おまえ?
「ヨーゼフって呼ぶなよ。死なないよ。大丈夫だから、ムリするな」
「そんなのわかんないじゃないですか! 大丈夫、大丈夫って、大丈夫のわけないじゃないですか! 敵は何千人もいるんですよ!」
エラの目に涙があふれた。
たちまち頬を流れて、いくつもの滴がつながった真珠のように、顎から落ちた。
そして、ベッドを蹴っておれに跳びついてきた。
おれの胸に顔を擦りつけて泣きじゃくる。
おれはその背中を子どもをあやすように叩いた。
しばらくそのまま、おれはエラを抱きしめていた。
「おれを信じろよ。必ずお前を母親に会わせてやるから」
エラは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
「じゃあ……じゃあ、師匠のことを信じますから――『明日戦いが終わったら結婚しよう』って言ってください」
へ? この戦いが終わったら結婚するんだ、ですか?
おまえ、それ、死亡フラグだよなあ?
「おまえ、あくまでおれを殺すつもりだな?」
「何言ってんですか。あとに残されるあたしの身にもなってくださいよ。結婚しようぐらいいいでしょ? きれいな思い出の一つぐらい遺してくださいよ。何をよすがにこれから生きていけってんですか!」
「おまえ、やっぱり、おれが死ぬと思ってんじゃん!」
「生き延びようなんて、それこそ思い上がりってもんですよ!」
「ムチャクチャだなあ。やだよ。絶対そんなこと言わない。おまえもよく考えてみろよ。おれが死ななかったらどうすんだ?」
「しかたがないから結婚してあげますよ。それで文句ないでしょ!」
そのとき、扉がノックされた。
注文の品が届いたのだ。
扉を開けると、作業服の男が立っていた。
「管理人さん? ここにサインをお願いします」
作業服の男は弁当箱くらいの段ボールの箱の上に伝票を重ねて出してきた。
おれは伝票にサインしながら、依頼した作業は終了したのか確かめた。
「ええ、ジャイロとモーターは設置しました。動作確認もしてあります。明後日には回収に上がりますんで、リモコンの方はモーターと一緒にしておくか、そちらで責任を持って処分してください」
「あいよ、了解。ご苦労様でした」
「ありがとうございました。あ、そうだ、管制さんから伝言があります」
「なに?」
「ヒロ君とオモチャを一緒にするな、だそうです」
あんなの歩く大人のオモチャじゃねえか、とつぶやきながら、おれは扉を閉めた。
ベッドに放り出されたままの修道女の服が目に入った。
そうだった、おれにはまだやらなきゃいけないことが残っていたのだった。
ちょっとベタベタさせてみましたが、まあ、こんなもんです。




