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人に歴史あり、ハーフエルフにもあるみたいです。

第6話になります。

「おまえは弟子になりたいって言うがな、おれは弟子をとれるようなモンじゃないんだ」

「ウソですね。さっきのスゴイ魔法。あれが何よりの証拠です」


「まあ、多少魔法を使えることは認めよう。だが、魔術師をやれるほど使えるわけじゃない。魔法を教えてもらいたいなら、魔術師を見つけて弟子にしてもらうんだな」

「師匠は魔術師じゃないんですか?」

「おれは旅回りの鋳掛屋だよ。各地を回りながら、魔法で穴の開いた鍋を直したり、錆びた包丁やナイフの切れ味を甦らせたりして、生計を立てているんだ」

「鋳掛屋さん? 魔法の使える鋳掛屋さん?」

「そう」


 魔法を使える鋳掛屋というのはウソではなかった。

 まさか現地住民に「おれはこの世界の管理人なんだ」と言って通じるわけがないし、わかってもらおうといろいろやってみせても担当世界に混乱を引き起こすだけだ。

 身分を公表してはならない、と管理マニュアル第一項第一〇則にも明記されている。

 だから、管理人はたいてい、その世界で怪しまれず目立たない、よくある職に就いているのがふつうだ。


 魔法の存在する世界では、管理人はその能力を怪しまれないよう、魔術師を選ぶことが多い。

「冒険者」なんておよそ非生産的な業種が許されている世界では、十中八九はソロプレイ専門の魔術師を名乗っている。

 しかし、生憎と、おれが管理するこの世界には「冒険者」はいない。

 魔法は存在するが、それを戦に使ったり、疫病を防いだり、雨乞いや冷害の回避に使ったりする魔術師は、この世界ではかなり目立つ存在だ。

 実際、有力魔術師の去就をめぐって、敵対する国同士が戦争を始めた例もある。

 派手すぎてちょっと管理人向きの仕事じゃない。


 そこへいくと、「旅回りの魔法鋳掛屋」というのはなかなか良い仕事(かくれみの)なのだ。

 一か所にとどまらないから、現地住民との間にあとあと面倒になるような人間関係を作らなくてすむ。

 鋳掛屋なら持ち込まれるのは鍋や包丁だから、本業に差し支えるような依頼を受けることもない。


 おれは三百年間ずっと、鋳掛屋一本でやっている。

 前任者も鋳掛屋だったと聞いている。まあ、定番の商売ってことだね。


「でも、魔法は使えるんでしょ?」

「ほんのちょっと。鋳掛屋だからな、さっきおまえの服を元に戻したように、修復系の呪文をちょっと知っているだけだ」


「それでもいいです。それだけでいいから教えてください。弟子にしてください。お願いします」


 娘は急に殊勝になってテーブルの上へ深々と頭を下げた。

 おでこがテーブルに当たって、ゴンッ、といった。


「どうしてそんなに弟子になりたいんだ?」


 ハーフエルフの娘はガバッと顔を上げた。


「あたし、お母さんに会いたいんです!」


「んー、何だろう? また、キミの言っていることがわからなくなっちゃったなー。キミはボクの弟子になりたかったんじゃなかったっけ? そうだよねー? つい今さっきまでそう言っていたよね? 本当はお母さんに会いたいんだ? 弟子になりたいんじゃなくて? あー、お母さんねえ……? そいつはどうもなあ」


「お母さんがいつでも会いに来ていいって言ったんです」

「うん、じゃあ、会いに行けばいいんじゃない?」


「でも、お父さんがムリだって言ったんです」

「ああ、お父さんがね。――ところで、どっちが人間で、どっちがエルフなの?」


「お父さんが人間で、お母さんがエルフです」

「ああ、そういう組み合わせね。了解。どうぞ、先を続けて」

「ちゃんと聞いてくれてます?」

「聞いてる、聞いてる。今お父さんが、お母さんに会いに行くのはダメだって言ったとこまで聞いた」

「違います。ダメだって言ったんじゃなくて、ムリだって言ったんです」


「ムリ? 何で?」

「あたしが魔法を使えないからって。お母さんが住んでいるエルフの森は人間にとても警戒心を抱いていて、最低でも魔法が使えなくちゃ中には入れてくれないって。お父さんも何度か会いに行ったけど、一歩も入れてもらえなかったって」


「そうか、お父さんは魔法が使えないんだな。そんなお父さんがよくエルフのお母さんと知り合えたな」


「昔、お母さんは森を出て、一人で世界を歩き回っていたんだって。お父さんは船乗りをしていて、南の港町で知り合ったんです。お父さんがごろつきに絡まれているところ、お母さんが助けたのがきっかけ」


「お母さんがお父さんを助けた?」

「そう。変ですか?」

「いや、そういうこともまあ、あるんだろうな。それで?」


「二人は恋に落ち、結婚しました。お父さんはコックだったから――」

「待て」

「何?」


「さっきはおまえ、お父さんは船乗りだったって言ったぞ」

「だから、船乗りでコックだったんですよ」


「ジョブチェンジ・システム?」

「違います。お父さんは大きな船の料理番だったんですうー」

 娘は勝ち誇ったように言った。


「はあ、そうですか。わかりました。はいはい、恋に落ちて二人は結婚したんだな、それでお前が生まれた、と」


「それから、ふたりは別れたんですね」

「別れた? もう別れた? 結婚したって聞いたばかりのように思いましたけど――」


「別れたものはしょうがないじゃないですか。ほら、エルフってもともと森で暮らしているわけでしょう? 毎日毎日、海の上って生活が合わなかったらしいんですね。ストレスが溜まって蕁麻疹とか出るようになっちゃったんだって」


 エルフの蕁麻疹――。まあ、そういうこともあるんだろう。あまり見たくはないが。


「それでお母さんは、あたしが四つのときに、お父さんと別れて船を降りたんです。もう放浪はやめて生まれ故郷の森へ帰るって。そこで静かに暮らすつもりだって。最後にお母さんはあたしを抱きしめて、いつでも会いにいらっしゃいって言ってくれました」


 なるほど。

 いつでも会いにいらっしゃい――か。

 一緒に連れて行ってはくれなかったんだな。

 そういう薄情なところはエルフらしいとも言える。


「おまえはお父さんと船で暮らしてるのか?」


 ハーフエルフの娘は首を振った。


「お父さんはあたしが一〇歳のとき、セイレーンに恋をして船べりから海に落ちて死にました」


 あれま、お父さんは異種族フェチかな?


「それで、おまえはどうしたんだ? 船にはいられなかったろう?」


「うん。でも、船長さんが親切な人で、子供でも雇ってくれるオバさんの店を紹介してくれたんです。そこはキレイな女の人がたくさんいる宿屋みたいなところで、みんな優しくしてくれました。あたしは部屋の掃除とか、洗濯をして、ゴハンを食べさせてもらっていました。もうちょっと大きくなったら、おまえにもきれいな恰好をさせてあげるって、オバさんは言ってくれてたんですけど……」


 それはおまえ、紹介してくれたんじゃなくて、売り飛ばされたんだよ。

 澄んだ黒い瞳を見る限り、そんなことはまったくわかっていないようだった。

 毎晩、犯し放題、とか言いながら、この娘の低スペックな頭では、そこらの配線はどうなっているのだろう?


「逃げ出しちゃったのか? というか、よく逃げ出せたな」


「べつに逃げ出してきたわけじゃないです。あたしはお母さんに会いたいから魔法を習わせてくださいって言ったんだけど、それはやっぱりお金がかかるってことで許してもらえなかったんです。だから、『長い間、お世話になりました。ありがとうございました』って、ちゃんと手紙を書いて出てきたんです」


 つまり、娼館の女主人(マダム)は、大枚払って仕入れた商品に、店へ出す前に逃げられたというわけだ。

 ざまあみろ、ではあるな。


「それからはいろんなところで雑用したり、こういうお店でお皿洗ったりして暮らしていたんですけど――」


 ハーフエルフの娘は急に何かから隠れるかのように身体を小さくした。


「二年前に、あたしが働いていた居酒屋に『八月軒』のご主人が来て、あたしに自分の店で働かないかって言ってきたんです」

「『八月軒』て、あの『八月軒』?」


 娘はこっくりとうなずいた。


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