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あなたもわたしも焼き払われちゃうってウワサです。

第59話です。

 宿へ戻ると宿の主人が真っ青な顔で、領主の軍勢が町に迫っていることを教えてくれた。


「なんでも大水車を壊した妖術師を討伐にいらっしゃるんだそうですよ」


 その大妖術師というのがおれだとも答えられないから、神妙な顔で相槌だけ打っておいた。


「その妖術師ってのが恐ろしい男で、若い娘とみれば端からさらっていくんだそうですよ。お嬢さんも気をつけなさい。そんなやつに見つかってさらわれたら、どんな目に遭わされるかわからないですからね」

「そうかしら? そんなにスゴイことはしないんじゃないですかねえ」


 それはつまり、エラ、おれをかばっているつもりなのか?


「何言ってんですか、お嬢さん。あなたはまだ若いからわからないんです。大人っていうのは本当は汚くて怖いものなんですから」

「せいぜい風呂に入っているところを覗いてキャーキャー言わせたがるくらいじゃないですか」


 アレは過失であって、故意ではないって言ったろう。


「そんなはずがないでしょう。もう、あなたが知らないあんなことや、こんなこと、その他いろいろ口にするのも汚らわしいことをするに決まっているんです」

「そういうのガマンすることに快感を覚える変態ってのもいるみたいですよ」


 なんだ、結局、おまえはおれをそういう目で見ているのか。


「あのね、どんな変態だって、つまるところ変態なんだから、最後には何をされるかわからないんですよ」

「え、じゃあ、お祈りにきた村娘をだましてエロいことをする修道女なんてシチュエーションで襲ってくるなんてこともありますかね?」


「複雑ですね……そ、そう、それも考えられないことじゃないですよ」

「うわあああ、それは恐ろしい」


 そう言いながら、ウチの弟子はうどん屋の看板をひしと抱きかかえた。


「とにかく、お客さんたち、明日は部屋から出ない方がいいですよ。とばっちりでケガでもしたら大変です。誰も治療代を出してくれないんですからバカバカしいだけですよ」


 アギーレが領主を裏切ってまで急ぎ伝えてくれた情報が、宿屋の主人の口から簡単に出てくるのを聞いて、おれは少し奇妙な気がしていた。

 しかし、考えてみれば、そう不思議なことでもないのだった。


 宿屋には諸国を移動する貿易商人たちが集まる。

 商人たちは世界各地の動きに敏感だ。

 どこかで冷害があった、疫病が流行っている、戦争が起こりそうだ、そうした様々な情報に彼らは商機を見出して機敏に動く。

 有能な商人にとって情報はメシのタネなのだ。


 だから、彼らの間には独自の情報網が発達しているし、また、情報伝達系の魔法の習得には熱心だ。

 遠隔地にいる相手と話す〈念話〉や文書を送る〈自動書記〉などの術は、いまどきの意識高い系の貿易商なら身につけていて当たり前と言われている。

 それで、老いぼれ騎士殿が馬を飛ばしてご注進に来てくれたのと同じくらいには、宿屋にいた商人たちのところへも移動中の領主軍を見た仲間から連絡が入っていたわけである。


 おれは部屋へは上がらず、腹は一杯だったが宿の食堂へ行った。情報収集のためだ。

 食堂にいる客は八割がた旅回りの商人や職人だった。

 地元の住民の顔もあったが、その客たちもどうやら最新の情報を知りたくてやってきているようだった。

 何か知っていそうなやつの卓に客は集まっていた。


 おれは西方風の衣装を身にまとった貿易商らしき男の卓へ行った。

 エラが熱いコーヒーを飲みたがった。

 おれは周囲を見回して、誰もコーヒーを飲んでいないのを確かめた。

 この状況で〈生ける調味料リヴィングシーズニング〉能力に発動されると、正確な情報を手に入れられなくなる恐れがあった。

 ウェイトレスをしている宿の店主の娘を呼んで、アップルジャックとコーヒーを頼んだ。

 安物のリンゴの蒸留酒の方はすぐに運ばれてきた。舌にピリピリくるが、やけに甘い酒だった。

 おれは強い酒を舐めながら客たちの話に耳を澄ました。


 おれの卓にいる貿易商は、三人の先客相手に〈念話〉で確かめた話というのを披歴していた。


「仲間の一人が兵隊から聞いた話によると、製粉所を噴き飛ばした妖術師というのは何にでも姿を変えられるというんだな。旅回りの職人だったり、武者修行中の武芸者だったり、神の使いを名乗ることもあったという。これはウソかもしれないが、修道女に化けて純朴な村娘を襲おうと企んだこともあったらしい」


「そんなやつがこの宿場に潜んでいるのかい?」

「そうなんだ。そんなやつだから見つけるのは難しい。難しいなら見つけるのはもうやめようって、将軍たちは話しているんだそうだ」


「なんだ、あきらめて帰るのか?」

「まさか。領主様がやられっ放しで黙っているわけがないだろう。だからな、見つけるなんてまどろっこしいことはやめて、町ごと宿場ごと焼き払ってしまえってことに決まったそうだ」


「町ごと焼き討ちかい? 乱暴な話だなあ。そんなんじゃ中にいる人は大変だねえ」

「おいおい、感心してちゃいけないよ、あなた。あなたもその中の人なんだから。いいかい、領主様はここに火をつけようってんだよ」


「はあ、ここに火をねえ、つけますか? いつ?」

「いつって、今領主様がいるところからだとここまで半日くらいかかるってから、まあ、その見当じゃないかねえ」


「その見当なんて悠長なことを言ってちゃいけねえよ。あっしはねえ、火事ってえと餓鬼の時分からじっとしてらんねえ性分でね、三度の飯より火事が好き。半鐘がジャンと鳴りゃもう落ち着いて座っちゃいられねえんだ。ジャンジャンときた日にゃ飯の最中だろうが何だろうが、家ン外へぱあーッと飛び出して、火元へ一散に駆け出して行って、火消しの手伝い。しまいにゃ背中一面にモンモンを入れたもんですから、親父がカンカンになりまして、おまいのようなバカ者はウチみたいな堅気の家には飼っちゃおけない、今日限りおまいとは親でもなければ子でもない。久離勘当するから好きなところへ行っちまえーって。こっちも若かったから売り言葉に買い言葉、こんな身上熨斗つけて貰ってくれって言われたって貰ってやるもんか。いっそ勘当されてありがてえ、こっちもこれからは好きにやらしてもらわあってんで知り合いの鳶の親方のところへ転がりこみました」

「あなた、あなた、いったい何のお話をなさっているんです?」


「へ? 『火事息子』の一席を――」

「誰がそんな話を聞きたいと言いました?」


「焼き払われちゃう前に逃げ出さないといけませんな」

「早くしないと逃げ出せなくなるかもしれません」

「でも、逃げるってどこへ逃げるんですか? 南は湖、西は川。北と東からは領主様の軍勢が迫っているんですよね? はい、どうぞなんて通しちゃくれないでしょう。いったい、どこへ逃げればいいんです?」

「どこかはわかりませんけど、ここにいて蒸し焼きにされるのはゴメンですよ」

「そうですねえ、とにかくここは早く出た方が良さそうだ。おい、娘さん。お勘定を頼むよ。それから親父さんに言ってな、竹の間の客だが急に出立することになったからって、部屋まで宿代を取りに来るようにって、そう言っておくれ。急いでおくれよ、こっちは一刻を争うんだからね」


 おれの卓にいた客たちはバタバタと食堂を出て行った。

 他の卓の客も浮足立った様子で、今にも外へ飛び出していきそうな雰囲気である。

 領主が本当に宿場町を焼き払うつもりだとは思えないが、可能性はゼロじゃない。町の人たちの動揺を鎮めることなどもはや誰にもできない技だろう。

アップルジャック、アップルブランデー、カルヴァドス。

シードルは蒸留してないんだよねえ?

でも、ここんとこ呑んでるのは日本酒。

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