レモネード姉妹の逆襲、あるいは草臥せの騎士の面目、です。
第57話です。
おれは大騒ぎのうどん屋の中で、ぶっかけうどんをすする従者アンドレの傍ら、アギーレから事の次第を聞いた。
「うむ、キーファー殿の助けもあってオーガを退治でき、拙者の仕官はかなったわけだがーー」
助けもあって?
何言ってんだ?
まるで自分が何かしたみたいな口ぶりだが、オーガをやっつけたのは一〇〇%おれだろう。
「領主の城へ行ってみると、そこにあの『八月軒』の主人がやってきてな、領主に貴公を誘拐犯として訴えたのだ。どうやらあの店と貴公の間には弟子殿のことで行き違いがござるようだな。もちろん拙者は貴公の無実を知っておる。しかし、こちらは騎士とはいえ仕えたばかりの末席の末席。故なき訴えであると申し出ることもかなわなかった。領主は貴公捕縛のために騎士を送ることを約したが、まあ、騎士の一人や二人なら、キーファー殿であれば片手でもあしらえようと胸を撫で下ろしたのだ」
そうか、「八月軒」は領主に泣きついたか。
あの店にお忍びで領主がよく来ているというウワサは聞いたことがあった。
さすがにどうして美味しい料理を提供できたのかまでは教えなかっただろうが、「八月軒」はエラを失って創作意欲が失われたぐらいのことは言ったに違いない。
そして、領主も知らず知らずにエラの〈生ける調味料〉能力の虜だったということだろう。
たかが料理屋の訴えに騎士を派遣するとは破格の扱いだ。
「その翌日のことか、命を受けた騎士が出発の準備を整えているときだった。ずいぶんと騎士たちがぐずぐずしていたと思われるかも知れんが、彼らはキーファー殿のことを旅回りの鋳掛屋としてしか聞いておらなかったからな、多分に甘く見ておったのだ。自分たちが出向けばすぐにかたがつくと考えておったようだ。そこへ傭兵団敗走の報せだ。『ヴンターデルフの猟犬団』といえば近頃売り出し中の傭兵団だそうだな。もっとも芳しい評判ばかりではない。団の全員が人イヌだというのも人を警戒させる理由の一つではあるが、実際、戦場では悪虐な真似が目立つとも聞く。その傭兵団がキャンペ女子修道院を襲ったところを、旅の鋳掛屋が救ったという報告であった。あの修道院はここらでは由緒ある修道院であるからな、院長からは追って旅の鋳掛屋は神の使いであるとの報せが届き、いったんはキーファー殿捕縛の件は沙汰止みとなったのだ」
「いったんは――ですか?」
「さよう。いったんは沙汰止みとなった。それがまたひっくり返ったのは一昨日のことでござる」
「また『八月軒』が泣きついたのですか?」
「いや、そうではない。このアプレーデルの警備隊がアッププロ川の大水車が壊れたと知らせてまいったのじゃ」
「そうなんですよ。大水車が壊れたせいで、わたしたちはここに足止めなんです。水門が直るまでは動けないのです」
「なんでも水車がついておった製粉所が大爆発を起こしたとか聞いておる」
「ちょうどわたしたちも水車見物に行っておりましてね、それはもう大変な爆発でございました。製粉所は跡形もなくなってしまったぐらいで」
エラの魔法のせいなのはナイショだ。
大水車はこの宿場の大切な観光資源。それを打っ壊してしまったんだ。
おれの業務的にはしかるべき措置ではあったのだが、この宿の人たちからすればそんな身勝手な話もない。
メシのタネを失って今、ここの人たちは皆、途方に暮れているのだ。
こんな場面で「やったのはこの子でーす」なんて言ったらリンチは必至。
誰もかばってはくれないだろう。
「いや、その大爆発だが――キーファー殿」
アギーレは声を小さくした。
「何でございますか?」
自然とおれも声をひそめた。
「キーファー殿、製粉所の大爆発は貴公のせいということになっておる。貴公が怪しげな魔術を使って、歴史ある大水車もろともを吹き飛ばしたのだという話になっているのだ」
「はあ?」
まあ、間接的にはそういうことだと言えないこともない。
だが、どうしてバレたのだろう?
あのとき、エラが魔法で作り出した炎が製粉所の中へ吸い込まれていくのを見ていた者がいたというのか?
「騎士団長が妙なことを言い出してのう。旅回りの鋳掛屋が――貴公のことだな――悪魔を呼び出して製粉所を消してしまったのだとお告げを得たと」
「お告げですか?」
「うむ、そうなのだ。騎士団長殿は拙者と同年配でな、夜は眠りが浅い。大水車崩壊の連絡が入った晩、自室で休んでいるときにふと目覚めたのだそうだ。すると、枕元に天女が立っておって、貴公が水車を壊したと告げたという。騎士団長が『これは夢に違いない、起きて手洗いに行かないと布団を濡らしてしまうぞと教えてくれているのだ』と言うと、天女は『自分の言うことをウソだと思うなら、明日の朝食に出てきたレモンを切ってみよ。そこにはタネは一つも見つけられないであろう』と言い残して消えてしまったのだそうだ」
「ほう、それで?」
「うむ、騎士団長は手洗いへ行ってまた寝たそうだ。おかげでオネショすることもなく快適に朝を迎えられたという」
「いや、そこじゃなくてですね。レモンの方はどうなりました?」
「おお、そちらか。不思議なことに朝食に出てきたレモンを切ってみるとタネが一つもなかったそうだ。騎士団長はまさかと思って他のレモンも切ってみたが、どのレモンもすべてタネがなかった。ああ、これは、昨夜のことは夢ではなかったということか、と騎士団長、天を仰いでハラハラと涙を流したそうな」
「師匠、〈あっという間にタネ抜いちゃいました〉の力ですよ」
エラが囁いた。
「レモネード姉妹のやつめ」
しかし、あの双子には到底考えつく芝居ではない。ノッポの薬屋の入れ知恵なのだろう。
「うむ、不思議なこともあるではないか。しかし、その騎士団長の意見で沙汰止みになっていた鋳掛屋捕縛の件が改めて持ち出されてな。しかも、今度はたんなる個人の訴えではない。この国に多大なる収入をもたらしていた観光資源の破壊者だ。貴公は領主に仇なす者ということになってな、捕縛では生ぬるい、鋳掛屋討伐だ、見つけ次第殺せ、切り刻め、千切りにして塩で揉め、茹でてから挽肉を巻いて煮ろ、糠漬けにするのもなかなかオツだぞ、ということになっておるのだ」
サーチ・アンド・デストロイ、ですかね。
まいったなあ。
「それだけではないぞ。傭兵団『ヴンターデルフの猟犬団』を一人で撃退し、製粉所を跡形もなく消し去った者だ。旅回りの鋳掛屋とは仮の姿、正体は稀代の大妖術師に違いあるまい――と、こうなってな。全軍を挙げて立ち向かわねばかえって危ういということになったのだ」
「全軍を挙げて? 騎士様はここにいらっしゃるではないですか? ここにいてよろしいのですか、まさか――?」
「いや、なに、キーファー殿。貴公には助けていただいた恩もある。また、よしんば貴公が本当に大水車を破壊したにせよ、そこには何か相応の仔細があったものと信じておる。だからな、領主出陣のことを貴公に知らせんがため、領主の下を離れて、ここへ参った次第」
おれは驚いた。真新しい兜の中の皺だらけの顔をまじまじと見つめてしまった。
「騎士様、それでは反逆ではありませんか?」
「ははは、反逆かのう? だが、何に対する反逆だ? たった三日仕えただけの主君にかのう? 声をかけられたこともない主君に従って友を追うのが忠義ならば、そんなものはイヌに食わせればよかろう。拙者は草臥せの騎士でござる。ただ己の信ずる正義のみを主として生きてきた。信念を曲げて手に入れる地位や名誉に何の価値があろうか? いや、ありはしない、という反語表現じゃ」
おれはアギーレ・オン・ロゴントスという人物を見損なっていたようだ。
おれは高潔な騎士に深く頭を下げた。
うどんの生地を寝かしている間の話でした。




