アッパレ! というか、身勝手な弟子の道場破りです。
第56話です。
「たのもう!」
店に入ったところで、仁王立ちになっているエラの後ろから、おれは小さくなって入って行った。
「はいはい、いらっしゃいませ。四名様ですか?」
店の中はおばちゃんが一人で切り盛りしているようだった。
おれたちは店の真ん中あたりの卓に案内された。
うどんの汁の染み込んだ茶色い卓を囲んでおれたちは腰を下ろしたが、ふと気がつくとエラの姿がなかった。
振り返ると、仁王立ちのまま一歩も動かず、店先でうどんを打っている店主を睨みつけていた。
「たのもう!」
エラがまたひと声。
おばちゃんが困り顔をおれに向けた。
おれは頭を掻き掻き、そろそろとエラに近づいて、そのヒジを掴んで席へ連れて来ようとした。
しかし、エラはもがいて必死に抵抗した。
「店主殿、一手ご指南お願い申す!」
エラがひときわ大きな声を出した。
店中の人間がギョッとして、入口に突っ立っているハーフエルフの娘に気づいた。
店主はわけがわからない様子で、おばちゃんとエラを交互に見ていた。
「おい、おまえ、何言ってんだよ? 何で勝負しようとしてんだよ? ついさっきまで弟子入りするとか言ってたじゃないか?」
おれが囁いても、弟子は無視しやがった。
代わりにアギーレが立ち上がり、手を打った。遍歴の騎士はそれだけでもガシャガシャとうるさいのである。
「なるほど! 道場破りであるな! うむ、さすが、キーファー殿のお弟子だけある。日々研鑽の心を忘れないところはアッパレ!」
何がアッパレだ。
ここは普通のうどん屋だよ。そんなモン破りに来てどうすんだよ?
「店主殿、一手お手合わせ願いたい。もし、勝負を拒まれるのであれば、負けたとみなし、ここの看板は貰っていくがよろしいか!」
ウチの弟子はもう、口調からしておかしい。
何でこの子は粉のことになるとこんなにムキになるんだろう?
きっと頭にまで粉が回っているんだな。末期症状ってやつだ。
「へ? 看板を持っていく? 何をおっしゃっているんです、お客さん? あんな物持って帰っても置き場所に困るだけですよ。ははあ、さては、あなた、アレですか、看板蒐集を趣味にしているマニアの方? ウチの看板にそんな値打ちがあるとは思えませんが、相談次第ではお譲りしないものでもないですよ」
店主は店主でカン違いしている。
捏ねる人はみんな自分勝手なのだろうか。
もっと人の話を聞いたほうがいいと思うぞ。
「いやいや、店主殿、この娘が申しているのはそういうことではない」
ここでアギーレが説明に出ていくというのも、油に火を注ぐだけだと思うのだが、お節介は性分なのだろう。
おれはもう事態を収拾することはあきらめることにした。
「この娘は店主殿との勝負を望んでいるのだ。こちらにいらっしゃる方を店主殿はご存知か? この方こそ天下無双の誉れも高いヨーゼフ・キーファー殿である」
突然、おれの方にお鉢が回ってきて、オー、と店の中に声が上がる。
この人があのアレですか、なんて知ったかぶりで話す声も聞こえてきた。
「この娘はそのキーファー殿の一番弟子である。石に枕し、流れに漱ぎ、日夜修行に励んでいる者である。その者が今、店主殿に勝負を求めておるのだ。心ある武芸者ならば、受けて立ってやるがよかろう!」
うどん屋は武芸者じゃないよなあ。
アギーレの説明によれば、エラはうどん屋に一方的にケンカを売って、逃げるなら看板を持ってっちゃうぞってイチャモンをつけていることになる。
そんな非道なことは許されるはずがないと思うよ、騎士のジイさん。
「つまり、ウチの看板がほしいのはそちらのお嬢さんではなくて、お師匠さんの方ってことでございますか?」
うどん屋のオヤジも完全に頭まで粉が回っているようだ。
「どこをどう聞くと、おれが看板をほしがっているという話になる?」
「え、じゃあ、誰が看板を買うんです?」
「ご注文は何になさいます?」とおばちゃん。
「あー、あたしはねえ、ぶっかけ貰おうかな」と従者アンドレ。
「尋常に勝負勝負!」とエラが叫ぶ。
「あ、エラちゃんじゃないか」と客の一人が立ち上がった。「オヤジさん、引き抜きはやめてくれよ。この子にはウチで毎朝パン捏ねてもらってんだからさあ。エラちゃんも給料に不満があるなら、こんなとこ来る前に相談してくれよ」
ふむ、どうやらエラが毎日バイトに行っているパン屋のようだ。
「こんなとこってなんだ! おまえがうちの看板買うのか? いくらほしがってもおまえには絶対に売ってやらん!」
「誰がうどん屋の看板なんかほしがるか! ウチはパン屋だぞ。 うどんなんて捏ねた物を茹でるだけなんて中途半端なモン扱ってんじゃねえんだ。ウチのは焼いてんだよ。捏ねたら石窯でゴウゴウ焼いてんだ。うどんみてえにグニャグニャして立たせても立たねえような食い物とは違うんだよ」
「バカ言ってんじゃねえ。てめえんとこのパンなんかパッサパサで、水がなきゃノドを通らねえって評判だぞ、コラ!」
「何をっ!」
「やるのか、コラ!」
唐突にうどん屋とパン屋の取っ組み合いが始まった。そこへガシャガシャとアギーレが割って入る。
「待たれよ、待たれよ。弟子殿の方が先客でござる。先に弟子殿と勝負なされよ」
「あと、ちくわ天つけてもらおうかな」
「はい、ぶっかけにちくわ天ね。うちはね、かき揚げも自慢なのよ」
「へえ、じゃ、かき揚げもつけて」
「何なのよ、もう! みんなしてそんなにあたしが捏ねるのを邪魔したいか。はいはい、わかりました。勝手に捏ねさせていただきます!」
エラは土間で団子状になっているうどん屋とアギーレとパン屋を飛び越えて、店主がうどんを打っていたのし台の前へ行き、粉をふるい、塩を溶いた水を混ぜて捏ね始めた。
グイグイと捏ねていく。
確かにエラには粉を捏ねる天賦の才があるのかもしれない。
彼女の手の中で粉はまとまり、官能的なまでに白く柔らかそうな塊に変わる。
誰も見ていなければ、そこへ顔を埋めたいという欲望を抑えることは難しいだろう。
やがて、彼女はふっくらと丸いそれを袋に入れるとこっちへ戻って来た。
うどん屋とパン屋のケンカは客に飛び火して、店のあちこちで殴り合いが始まっていた。
エラは掴み合って転がっている客たちを避けながら卓へやって来て、腰を下ろした。
おばちゃんが置いていったお茶はもう冷めていたが、それを美味そうにぐびぐびと飲んで、はあっと息を吐いた。
「終わったのか?」
「まだ半分です。今は生地を寝かしているんですよ」
エラは粉を捏ねられて落ち着いたのか、やさしい笑顔を見せた。
捏ね中毒者だからな。
「はい、お待ちどおさま。ぶっかけにちくわ天とかき揚げです」
「お、美味そうじゃないか」
おばちゃんが運んできたうどんを、従者アンドレは割り箸を割ってグチャグチャと掻き混ぜた。
そして、ズズズズーッとすすった。
「美味い! 美味いね、おばちゃん。殿様、うどん美味いですよ!」
「さようか」
アギーレがうどん屋とパン屋とのコンガラガリから身体を剥がして立ち上がった。
うどんをすする家来をぼんやりながめていたが、突然、はっと目が覚めたような顔になると、おれの前へやって来てガシャガシャとおれの両肩を掴んだ。
「そうであった! キーファー殿、大変じゃ! 貴公に伝えたいことがあって探しておったのだ!」
「何です?」
「領主の軍隊が貴公を捕えるためにこっちへ向かっておる!」
はあ……?
はあああああ?
領主の軍隊がおれを捕まえにくるだって?
そういうことはとっとと言えよ、ジイさん!
うどん派かそば派かと聞かれたら、そば派なんですけどね。




