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遍歴の騎士、天地を返す!

第55話です。

 夕暮れて涼しくなってきたので、おれたちは宿へ帰ることにした。


「今日は麺がいいですねえ」


 エラはおれの先をぴょんぴょん跳ねながら、晩飯を決めた。

 毎食何を食べるか決めるのは彼女だった。

 何を食べるにせよ、彼女が食べた物ならおれはオッケーだ。

 今日は麺類か。

 エラと一緒に麺を食うのは初めてだ。

 ただ、麺となると宿の食堂では食えない。麺を出せる店を探さなきゃいけない。


 枝豆や冷奴があることでも納得してもらえるだろうが、この世界にはパスタはもちろん、ラーメン、蕎麦の類いまである。

 いいのか、その辺の統一性は? という問題はあるけれども、オーナー様のご要望なのだから仕方がない。

 世界設定においては食物というのはきわめて恣意性の高い項目となっている。

 何しろ、オーナーというのはちょくちょく自分が所有する世界を訪れるわけで、そのときに自分の食べたい物がなかったら「えー、おれの世界なのにー?」ってことになる。

 だったら初めからアリにしとけよ、というわけで、歴史発展の早い段階からメニューを豊富に揃えるように設定された世界というのは多い。


 こういうところにオーナーの趣味嗜好ははっきり現れてくるのだが、さすがにウチのオーナー様のように居酒屋趣味を前面に押し出しているのは珍しい。

 いぶりがっこを見つけたときには、さすがにおれも、あの酔っ払いはどうかしてる、と思ったが。


 宿の外れから、麺類を食わせる店を探しながらおれたちはぶらぶらと歩いていった。

 確か、宿の近くに「〜マシマシ」とか呪文のようなことを唱えて注文する汁麺屋があったはずだ。


 目当ての店を見つけて覗いてみると、時間が早いのか空いていた。

 席はカウンターしかなくて、入口からほど近い席では全身鎧の騎士が従者と肩を並べて、今運ばれてきたばかりの丼に手をつけようとしているところだった。

 騎士は箸を両手で一本ずつ持って、麺とその上へ山と盛られた野菜を器用に上下ひっくり返した。


「見たか、わが天地返しを!」

「さすが殿様。見事でございまする」


 こういうのを見ていると、「剣と魔法の世界」ってのは何だ、という気がしてくる。

 おれがムキになって科学技術の進歩を邪魔している意味はどこにあるのかって思う。

 もっとも、こんなことを言っていると、おれたち管理人が守っているのは、オーナー様の意向であって文明でも文化でもない、と本社のエライ人に怒られてしまう。


「あ、あれ」とエラがおれの脇腹をつついた。「キノコジジイですよ」


 言われてみると、天地返しした汁麺をズルズルすすっているのは、遍歴の騎士アギーレ・オン・ロゴントス殿だった。

 忘れもしない、おれに毒キノコを食わせて前の基体(ボディ)をダメにしてくれた張本人である。


 あれー、この国の領主のとこへ仕官したんじゃなかったっけ? と見ていると、向こうもこっちに気づいた。


「おお、キーファー殿。探しましたぞ」


 箸を放り出してガシャガシャと駆け寄ってきた。よく見ると兜の頬当て部分にモヤシが引っ付いている。

 そして、気がついたのだが、彼の鎧は真新しい物に変わっていた。

 後ろに控えている従者アンドレの衣装も新調したもののようだ。


「これは騎士様、こんなところでお目にかかるとは思いませんでした。領主様に仕官なさったのではなかったのですか?」

「うむ、そうなのだ。貴公と別れてから領主様のところへ赴き、念願かなって仕官することができた。それはよかったのだが――」


「お客さん、食べてる最中に席を離れてもらっちゃ困るなあ」


 店主がアギーレを睨んでいた。うるさい系の主人がいる店に入ってしまったらしい。


「これはご主人申し訳ない。すぐに終わるのでこらえられよ」

「あたしは待てるんだけどね、お客さん、その間にも麺はスープを吸っちまうんだよ」


 なるほど、店主の言うことにも一理あるな。


「騎士様、わたしは外で待っておりますので、先にお食事をおすましになってください」

「さようか。かたじけない、キーファー殿。それではしばしお待ちくだされ」


 アギーレは自分の席に戻って行った。

 おれはエラの手を引いて店の前から逃げ出した。


「えー、ここで食べないんですかー?」

「あの騎士にまた面倒事を頼まれたらいやだろ?」

「そりゃまあ、そうですけどー」


 すたこら走っているうちにうどん屋の前を通りかかった。

 店主が店先でうどんを打っている。

 エラの足が止まった。

 いくら引っ張っても根が生えたように動かない。

 こんなところに足っていたら、アギーレたちに見つかってしまう。

 カンベンしてくれ、と思ったが、エラは目をギラギラさせながら店主の動作を睨みつけていて、気安く話しかけられる雰囲気ではなかった。

 どうやら捏ね師の魂に火がついてしまったらしい。


 まいったなあ……。


「師匠、このオヤジ、なかなかやりますよ。あの手首の返し、腰の入れ方、タダ物ではありません」


 そんなこと囁かれてもだね、おれはちっとも興味がわきませんよ。

 食べて美味けりゃいいんだよ、何でも。

 店の奥からは美味そうな出汁の香りが流れてきていた。

 腹の虫が鳴いた。そんな虫、飼ってないけどな。


「ねえ、エラ、中入ろうぜ。今日はうどんを食おうよ。おまえ、何食う? おれはきつねうどんが食いたい気分なんだけどさ――」

「うるさい、黙れ」


 師匠に向かって、黙れって言うのか、おまえは。


「うむ、なるほど。この棒さばきはもはや神技の域です」


 店主は捏ねたうどん棒で延ばして、いよいよ包丁で切りに入った。

 一定の幅にリズムよく刻まれていくうどんに、おれはただ食欲だけを反応させていたが、隣ではホーとかハーとかため息をついている。


「あたし、このオヤジの弟子になろうかな」とポツリと言った。


 おまえはおれの弟子じゃなかったのか?

 いいのか、弟子ってかけ持ちしても?

 というか、二股かけられた師匠の気持ちをおまえは考えたことがあるか?


「おお、こんなところにいらしたか、キーファー殿」


 とうとう口唇をスープと肉の油でテラテラ光らせたアギーレに見つかってしまった。


「キーファー殿の今日の夕餉はこの店のうどんであるか? うむ、美味そうであるな。お付き合いいたそう」


 ええ、ジジイ、まだ食えるのかよ?

 とっとと店の中へ入って行く騎士主従を、おれは呆れて眺めていた。

 騎士たちの後ろから、エラが決闘に向かうような表情で暖簾をくぐった。


「たのもう!」


 おい、エラ、それって店に入るときのセリフじゃないよな?

♪捏ねて、捏ねて、捏ねくりこかす~

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