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ノッポの薬屋さんに無能認定されてしまいました。

第51話です。

 おれは地図を展開させ、エラの位置を確認した。

 彼女を示す光点は土手の上にあった。

 しかし、すぐに点滅を始め、やがて地図上から消えた。

 次に現れた場所は水門の上だった。

 そこからは消えなかった。

 どうやらガイドの娘はそこからエラをアッププロ川へ突き落とすつもりらしい。

 大水車と川底に挟まれたら浮かんではこられない。

 たとえ大水車に巻き込まれなくても、泳げないエラは溺れるしかない。


 おれは出口をさがした。

 その扉はすぐに見つかったが、開けようとしてもダメだった。

 時限式の魔法で施錠されていた。

 術式を解析して解錠を試みたが、ここにもおれには手に負えない呪文が組み込まれていた。

 製粉所に閉じ込められていると、おれは認めるしかなかった。


 エラが無謀にも挑戦した侵入路を逆進する――つまり、水車の車軸を伝って外に出る手を確かめてみようと、軸受けのところまで上がってみたが、そこにはおれが抜け出せるような隙間はなかった。

 あきらめて下へ降りた。


 無理やり壁を打ち破るといった方法も考えてみた。

 一晩くらい時間をかければできそうだった。

 ただし、その頃には、エラの溺死体ははるか下流まで流されてしまっているだろう。


 どうしたものかとそこら中をうろうろしているうちに、エラが見つけた窓のことを思い出した。

 天井付近にあるはずだった。

 おれは天井を見上げて、目や鼻に粉が入り込むのもものともせずに、スリット状の窓を探した。

 しかし、もうもうと舞い上がっている粉のせいで、天井の辺りは朦朧としていた。

 目で探してもなかなか見つからないので、製粉所内の各場所の温度を感知し、空気の流れを調べた。

 そして、ようやく窓を見つけた。

 木製のパイプとパイプの間に隠れていた。


 おれは石臼の上へ跳び上がり、機械をよじ登って、壁から天井へ延びる木管を伝い、窓へ向かった。

 一分もかけずに窓へはたどり着いたが、それは「窓」と呼ぶのはおこがましいほどに小さかった。

 製粉所の壁は厚く、窓は中から外へ広がっているのだが、一番広い外壁側でも幅は三〇センチほどしかなかった。

 内側はコブシ一つ分程度の幅しかない。

 とてもおれが通り抜けられるような大きさではなかった。


 おれは失望して一階へ戻ろうとした。

 そのとき、窓の下に何かあるのに気がついた。

 手のひらサイズの、薄っぺらで四角い物。

 表面は滑らかで、建物の外の夕暮れ間近い空の色を反射していた。

 一瞬前までそこには存在しなかった物だ。


〈瞬間移動〉か?


 そいつが突然、ピピピピと鳴りだした。

 ドキッとした。

 おれは依然として製粉所の騒音の中にいる。

 本来ならそんな電子音が聞こえるはずがないのだ。

 あきらかにその音はおれに聞こえるように調整されていた。


 おれはその〈スマートフォン〉に手を伸ばした。


――取引をしないかね?


 電話に出るなり、相手はそう切り出してきた。

 乾いた木を擦り合わせているような声だった。


「あんた、薬屋だね?」

――キミは鋳掛屋さんだろう?


 おれはスマホの電波を逆探知した。

 だが、相手の位置がわかるまではしばらくかかりそうだ。


「どうしておれを狙うんだ?」

――邪魔をするからさ。これまでみたいに昼行灯でいればよかったものを、急に真面目に働きだすからこんなことになる。私は手抜き仕事しかしないキミの方が好きだったな。


「今だって真面目に仕事しているつもりはないんだがな。何か誤解しているんじゃないのか?」

――いやあ、キミは十分真面目だよ。おかげでこっちが何百年もかけて仕掛けてきた計略が破綻しそうだ。まさかキミがあの歌う石板に気づくとは思わなかった。あれを壊されたのには、やられた、と思ったよ。あればっかりはキミの前任者の目さえくらましていたのになあ。


「ああ、あれね。あれは簡単な謎だった。ちょっと頭を働かせれば誰だって気づくだろう」


 歌う石板を作ったのもノッポの薬屋だったということか。

 おれはわかっていたようなふりをした。

 薬屋の口ぶりでは、おれの前任者というのは結構な切れ者だったようだ。

 会ったことがないからわからないが。

 三百年前の交代時も引継ぎとかは一切なくて、おれはポンとこの世界に送り込まれて「明日からよろしく」と言われただけだった。

 管制(コントロール)に聞いても、その辺りのことはお茶を濁して教えてくれない。

 まあ、大っぴらにできない何かがあるんだろう、とは察しがついている。


――そうか。あれがオーナーの権威を失墜させる計画だと、キミはいつ気づいたんだね?

「あー、あれだね……あの辺なんかそうだったな。……うーんと……それから、あのアレがああなっているところとか……」


――なるほど。やはり、そうだったのか。聖歌を歌う石板を聖遺物に認定させたあと、信者どもの前で春歌を歌わせるつもりだったのだが。

「毎晩、修道女の前だけでエロい歌を歌ってたぜ」


――ちょっとした手違いだ。あそこの修道女たちが使い方を間違えたものだから、あんな物になってしまった。おかげで計略は百年遅れてしまったよ。


「計略って何だ? ダーゲンのスマホか?」

――それはその一部にすぎない。もっと先がある。


「その先? スマホを教皇庁へ持ち込むだけじゃダメなのか?」

――取引に応じるなら教えてもいい。


「取引に応じるかどうかは条件次第だ。計略が何かなんて、本当のことを言えばまるで興味がない。他に何か、おれに旨味のある話はないのか?」

――何を格好つけているんだね? キミはハーフエルフの娘の命を助けたいんだろう? 彼女は今、水門の上にいる。一歩前に出れば川へ落ちるよ。この流れに呑まれたら、泳ぎの達者な者でも助かるまい。


 おれは薬屋と話している最中も、地図に示されたエラの光点から目を離すことはなかった。

 エラは何かに縛りつけられているのか、気を失っているのか、一点から微動だにしていなかった。


――大丈夫。私が許可しない限り川に突き落とされることはない。まあ、キミの返事次第ではどうなるかわからないが。

「おれにどうしろと言うんだ?」


――わかるだろう?ダーゲンのオーパーツのことなど忘れて、このまま元の町へ引き返せばいいだけだ。


生ける調味料リヴィングシーズニング〉娘を連れて「八月軒」のいる町に帰れ、と。

 何をおっしゃる、ウサギさん、である。

 こっちはあそこを逃げ出してきたんだ。


「いや、それはちょっと。こちらにも事情がありましてですね」

――ふふふ、管制(コントロール)に気づかれてしまうというのだろう?


 あ、そっちもあるか。


「うん、まあ、そうですねえ……」

――それなら、ダーゲンへ向かうだけ向かえばいい。ただ、スマホが聖遺物として認定される前に着かなければいいんだ。方々へ寄り道していけばいい。急いだが間に合わなかったと言えばいいじゃないか。結果、無能だと言われてもこれまでのキミの評価から下がるわけじゃなし、問題はなかろう?


 こんなところでこんな相手に無能認定されるとは思わなかった!


――ほとぼりが冷めた頃にここの管理人なんて仕事は辞めてしまえばいい。キミのために、どこの会社の管理にも入っていない世界を用意しよう。キミはその世界でオーナーとして好き放題やればいいじゃないか。私にはあんなションベン臭い娘のどこがいいのかわからないが、キミが望むならハーフエルフの娘をそっちの世界に連れて行ったっていいんだよ。それに、クレジット会社だって、キミが独立した世界(インディーズ)に潜り込んでしまえば追跡不可能になる。


 はあ、ローンから逃げられるわけですか……。


「うますぎる話だな」

――それだけの価値があるからさ。もちろん、この製粉所はこのまま残していってもらうよ。管制(コントロール)には「破壊した」と報告すればいい。向こうからは調べようがないんだから。さあ、どうするね? 多少でも頭の働く者なら、取引に応じるべきじゃないかな?


 ノッポの薬屋が出してきた条件は魅力的だった。

 だが、命を狙ってきた相手の言うことを「はい、そうですか」と信用するほど、おれはお人好しじゃない。

 それに、たとえ薬屋の言うことがウソではないとしても、おれは足下を見られるのが大嫌いなのだ。

「あなたって使えないのに、ムダにプライドばかり高いわよね」と言われて何百年という男なのだ。


――まさか、迷っているんじゃあるまいね? 今、キミの大事なハーフエルフがどういう状況にあるか、わかっていないんじゃないだろうね?

「わかっていないわけじゃないが――」


――わかっているなら、取引に応じたらどうだ?

「状況がわかっていないのは、むしろあんたの方かもしれない、とは思わないのか?」


――私がわかってないと言うのかね?


 薬屋の声は笑いを含んでいた。

 おれの言うことをまるで信じていない。

 ハッタリだとテンから決めつけていやがる。


「うん、ぜんぜんわかってない。あんた、おれの弟子のこと、あんなションベン臭い娘のどこがいいのかわからないって言ったよな? いや、まったくその通りだよ。かわいくておっぱいが大きいだけの――ついでに言えばパンを捏ねるのが達者なだけのハーフエルフだよ」

――ずいぶん誉めているようだが……。


「でもなあ、あんた、ここで管理人を勤めて三百年のこのおれが、たったそれだけの理由で連れ歩いたりすると思うか?」

――他に理由があると?


「当たり前だろ」

――何だ?


「答える義理はないが、じゃあ、ヒントだけやろう」おれは深呼吸一つ分だけためて言った。「特殊能力があるのは、ガイドの娘だけとは限らないだろ?」

――ハーフエルフの娘にも特殊能力があると言うのか?


 ノッポの薬屋の声には、かすかに動揺がにじんでいた。


「さあ、どうだろうね」


 逆探知が終了した。

 薬屋は水門の上、エラのすぐそばにいた。


――娘が川に落とされたら困るだろうに。

「そこに本当におれの弟子がいるならね」


――私を甘く見ない方がいいぞ。

「ハッタリをかますのはやめた方がいい。おれはその手にはのらない」


――愚か者め。信じられないのなら、自分の目で見るがいい!


 ブォン、と耳元で聞き覚えのある音がした。

 視界が転換した。


 急に静かになった。

 空気が冷たくなり、風が吹いていた。

 西の空が赤く染まっていた。


 おれは土手の上にいた。製粉所から脱け出ていた。

製粉所から出てきましたが、ですよ。まだ川を越えちょらんですよ。

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