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焼く前のジンジャーブレッドマンはぺたぺた走ります。

第50話です。

 おれはずっとそいつを作っていたんだ、その出来損ないのクッキー人形のような物を。

 空気に含まれる水だけを抽出して、石臼が吐き出す粉に混ぜ、ぺったんぺったん、ぐにぐにぐにと捏ね上げた。

 形を整え、歩き方や動き方の制御方法を入力し、何をどうするのかをプログラミングした。

 そして、起動したのである。

 造形に難アリだが、それはおれのセンスの問題で、機能と性能には問題はないはず。


 焼く前のクッキー人形はぺたぺたと不器用に走ってきて、呆気にとられているレモネード売りの祖父の前を通り過ぎ、戦闘用強化外骨格の背後から近づいた。

 そして、素早く前へ回るとマニピュレーターの先から、ちょうどおれの指を挿し込もうとしている輪っかを奪い取った。


 フルフェイスののマスクの中で、親父が目を丸くしていた。


 焼く前のクッキー人形は、赤く光る輪っかを持ってぺたぺたと通路を逃げた。

 慌てて外骨格の親爺と爺さんがそのあとを追いかけた。

 二人はすぐに追いついたが、その前にもう、焼く前のクッキー人形は自分の腹へ、輪っかを埋め込んでしまっていた。

 焼く前のクッキー人形の腹はぼんやりしたピンク色に光っていた。

 老人たちはクッキー人形にとびかかった。

 二人と一体はひと固まりになって通路を転がった。


 おれ以外は気づいていなかったが、そのとき、通路の両端に四角形が出現していた。

 二つの四角形は向かい合い、白くまぶしく輝いていた。

 それらは見る見るうちに広がり、初めは窓ほどだったものが、玄関扉くらいになり、やがて倉庫の大扉くらいになった。

 拡大するにしたがって輝きは薄くなり、四角い枠の中に見えてきたのは、製粉所の内部ではなく、どこかの町の夜の風景だった。

 鉄筋コンクリートの建物や、木造で瓦屋根の家が見えた。

 おれにはどこか懐かしいような景色だった。

 枠の真ん中には、幅の広い道がつながっていた。

 片方の枠から見える道に光が現れた。

 その光はだんだん近づいてきた。

 やがて、その光を発している物のかたちがはっきりと見えるようになった。

 四角く大きな物体、大きな窓、大きな車輪、輝くライト――おれは久しぶりに見た。


 四tトラック――


 ヘッドライトの光は製粉所の中へまっすぐ伸びて、ひと固まりになって転がっている外骨格たちを照らした。

 製粉所の大騒音のせいで、トラックの接近に彼らはまだ気づいていなかった。

 強い光を浴びて、ふたりはようやく接近してくる物の方へ顔を上げた。


 逃げるにはすでに遅かった。

 猛スピードで枠を走り出たトラックは、二人と一体に激突した。

 そして、車体前面のグリルに彼らを張りつけたまま、もう片方の枠の中へ走り去った。


 トラックは夜の道を走って行く。

 赤いテールランプが揺れながら小さくなっていき、やがて見えなくなった。

 トラックを呑み込んだ四角形はもう一度激しく発光すると、次の瞬間には消滅してしまった。


 通路には外骨格も老人も、焼く前のジンジャーブレッドマンも残ってなかった。

 ハーフエルフの娘とそれを羽交い絞めにしているガイドの娘が呆然としてしているだけだった。


「トラックがバーンッ」式他世界転移。

 すがすがしいまでの転移方式ではないか。

 この方式では生体の方はダメージが大きすぎて一緒に転移させることができないから、意識の方だけ他世界の生物に移すことになる。

 いわゆる「異世界転生」ってやつだね。

 今頃、レモネード売りの祖父さんと親父は、どこかの世界でとんでもないスキル持ちやらモンスターとして生まれ変わっていることだろう。

 それが幸せかどうかまでは知らないが。


 戦闘用強化外骨格とオーブンへ入れる前のジンジャーブレッドマンは、ボロボロになってどこかの世界に漂着しているかもしれない。

 そのときは、オーパーツとか、恐竜土偶とか言われることになるんだろうな。


――ごめーん。待たせたあ? 急にヒロ君から呼び出しが入っちゃってさあ。近くまで来てるって言うから、ちょっとお茶してきちゃったあ。


 そのとき、管制(コントロール)が何の陰りもない声で通信してきた。

 こんなに腹立つ女もいないね。

 本当にお茶だけだったんだろうなあ?

 他にも何かしていたら一生赦さねえからな。


――やだあ。何よ、あんた。無茶苦茶じゃない。えー、また毒ぅ? あんたホントに毒が好きよね。はいはい、わかってるって。今解毒するから、ちょっと待って。解毒工程開始します。一〇パーセント……二〇パーセント……ヒロ君ったら、財布を自分の部屋に忘れてきちゃったとか言うの。そういうちょっと抜けたところが可愛いんだよね。……六〇パーセント……しかたないからさ、少し貸してあげたんだけど、大した額じゃないのにすっごく感謝されちゃった。……九〇パーセント……一〇〇パーセント、解毒完了。ホントにちょっと渡しただけなんだよ、それなのに土下座しそうな勢いでお礼言ってくるんだもん、びっくりしちゃた。


「そりゃ返すつもりがないからな」


 おれは(フック)から基体(ボディ)をはずして、床へ跳び下りた。

 胸の傷はあっという間にふさがった。

 ひしゃげた頭も、変な方向に曲がった腕もあざやかに元の形へ戻っていく。


 エラがおれに気づいて泣きながら笑った。

 何か言っているので聴覚機能を彼女に指向させた。


「師匠、ふぇーん、生きてたぁ。よかったー! 大丈夫ですかあ? 痛いとこないですか? どこも問題ありませんか? 男性機能は無事ですかー?」


 すごいな、弟子。

 この状況下で言うことはそれかよ。


 ガイドの娘は、エラの声に誘われるように、父と祖父が消えた通路から、近づいていくおれの方へのろのろと視線を移した。

 そして、ほとんど無傷の状態に修復されたおれに気づくと、それまでぼんやりしていた目が急に燃え上がった。


「父さんとお祖父さんをどうしたあ! 全部おまえのせいだ! あたしは絶対に赦さないからなあ! 見てろよ!」


 エラを羽交い絞めにしているガイドの声は、エラに指向していた聴覚へびりびりと響いた。


 おれにも言い分はある。

 つい今しがた使い古しの雑巾みたいに柱へ引っ掛けられていたのはおれなのだ。

 何もしなければ、トラックにはねられていたのはおれなのだ。

 しかし、おれがガイドの娘の頭の中へ直接言葉を送ろうとしたその瞬間、娘の姿が消えた。


 瞬間移動してしまったのだ。

 エラも一緒に。


 製粉所の中にはもう、おれ一人しか残っていなかった。

おー、あっという間に50話となりました。どうでしょうか、「トラックがバーンッ」方式による異世界転移です。オーブンに入れる前のジンジャーブレッドマンについてはどこかで「逆襲」をさせてやりたいと考えております。

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