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春のキャンペーン期間中です。

第45話です。

「行く行くー!」

 エラが横で叫んでいた。


 エラのその気持ちはわかる。

 おれも、渡りに船とはまさにこのことだろうと、内心ほくそ笑んでいたのである。


「いくらだ?」

「おひとり様十五ギルになります」


 高い!

 観光地ってすぐボルから苦手なんだよ。


「行きましょう! 十五ギルでいいんですよ」


 こいつはまた、自分で出す気なんかさらさらないね。


「二人だといくらになる?」

「お二人の場合は三十五ギルいただきます」


「え、上がるの? 普通は安くなるだろ?」

「一人より二人一緒に運ぶ方が大変なんですよ」


 本人にそう言われたら、こっちには返す言葉がない。


「じゃあ二人分で」

「承知しました。それでは大人お二人様ですね? それで、帰りも〈あっという間にこっちからあっち〉の力をお使いになりますか?」


「片道なの? いや、そりゃ使うでしょ? えげつない商売してるなあ。麦が全部挽かれたら、製粉所の人が戻ってくるんだよねえ? そこで見つかっちゃ意味ないもの。その前に帰りますよ。うん、帰りも使わざるをえないじゃん」

「何をです?」

「何をって……わかったよ、言えばいいんだろ。あんたの〈あっという間にこっちからあっち〉の力を使わせてもらう」


「ありがとうございます。合計一四〇ギルになります。前払いでお願いいたします。あ、お兄さん、今は春のキャンペーン期間中ですので、サービスがあります」

「あ、サービスがあるんだ。そうだよね。普通は少し安くなるよね」


 おれはほっと胸を撫で下ろした。

 空中からひねり出した金貨を使うのをケチるつもりはないが、この姉妹にはいいようにだまされているようで気分が悪かったのだ。


「はい、キャンペーン期間中はお一人様の往復料金が無料となります」

「なんだあ、そういうことは先に言ってよ。じゃあ、往復で六〇ギルでいいんだ」


「いえいえ、お兄さん。料金は一四〇ギルでございます」

「え、今一人分無料って言ったよねえ?」


「ええ、今なら一人分の往復料金が無料になります」

「じゃあ――」

「でも、さっき、お弟子さんは一回使いましたから。――ね?」


 ね?って、あなた、それはつまり、どういう――?

 おれはエラの顔を見た。

 弟子は頭を掻きながら、えへへと笑った。


 ああ、そうでした。

 こいつが溺れたんだった。


 というか、アレは善意で助けてくれたんじゃなかったんだ。

 おれは呆れてガイドの顔をまじまじと見つめてしまった。

 彼女はどうカン違いしたのか、頬をぽっと桜色に染めた。


 おれは一四〇ギルを支払い、二人をうながしてさりげなく製粉所の方へ歩いて行った。

 おれには一つ思いついたことがあった。

 ガイドの娘の〈瞬間移動〉の特殊能力を、製粉所見学のためだけに使わなければならないという決まりはないのである。

 ここは一つ、オトランのダーゲンまでひとっ飛びに連れて行ってもらうのはどうか。

 ガイドの娘がどれだけがめついことを言おうと、どうせ空中からひねり出す金貨で払うのだ。

 いくらでも払ってやろうじゃないか。


「なあ、製粉所見学のあとのことなんだが、あんたのその〈瞬間移動〉――もとい〈あっという間にこっちからあっち〉の力をまた別のことに使わせてもらえないかな?」

「わかりました、師匠! 銀行の金庫へ泥棒に入るんですね?」

「エラ、ちょっと静かにしていてくれ」


「何でしょう? 銀行の金庫に忍び込むんだったら、建物の図面を用意してくださいね。場所が正確にわからないと飛べないので。それから、報酬は七三でお願いします。ちなみにあたしが七ですよ」


 がめついなあ。


「いや、そういうあぶない話じゃない。でも、あんたには儲け話だと思う」


 儲け話と聞いた途端、ガイドの娘の目が炯々とした光を放った。


 そして、おれとガイドの娘の間にすっと弟子が割り込んできた。


「ガイドさん、すみません。気にしないでください。また愛人契約とか言い出すと思うんで」

「そんなこと言わねえよ」


「ウソでしょ? 儲け話ってそういうことじゃないんですか? あたしなんか一銭も貰ってないんですよ」

「何言ってんだ? おまえは弟子だろ?」


「あー、こんなことなら、弟子じゃなくて愛人として契約するんだった!」


 エラは不貞腐れた様子で、おれたちを置いて先へ歩いて行った。


「あのー、愛人とかそういう話なら、あたしちょっとそういうのは――」


 残されたガイドは困惑した表情で、おれから距離を取ろうとしていた。


「誤解しないでくれ。そんな話じゃない。じつはオトランまで行きたいんだが、いくら出せば連れて行ってくれるかな?」

「ムリです」


 即答だった。


「どうして?」

「遠すぎます」


 そうか、距離に制限のある能力だったか。


「じゃあ、アップラ湖の向こう岸のジランデだったらどう?」

「あー、それもムリですねえ」


「じゃあ、どれくらいまでオーケーなの?」


 ガイドはすっと腕を上げた。アッププロ川の方を指している。


「あの辺でしょうか」

「川の対岸かい?」


「嫌ですよ、お客さん。そんなに飛べるんなら、製粉所見学なんかより川の渡しをやったほうがずっと稼げます」

「川を渡れない?」


「そうですね。だいたい川の真ん中くらいまで。それくらいの距離です。さっきみたいに連続して力を使うことはできますけど、十回もやったらバテバテでしばらく動けませんし」


 世の中そうそううまくはいかないもの、ということだ。

 結局、おれはダーゲンまで歩いて行くしかないのだろう。


 おれたちは製粉所のだいぶ近くまで来ていた。

 製粉所の音を気にせずに話ができているのは、またおれたちの周りに空気の球体(スフィア)を作っておいたからだ。


「ここらへんで大丈夫でしょう。行きましょうか? 用意はいいですか?」


 ガイドの娘は製粉所の壁を背にしておれのほうへ向き直ると、左手を差し出してきた。


「手を握ってください」


 おれは言われるがままに彼女の手を握った。

 冷たく、少し汗ばんでいた。


 ガイドの娘の右手をエラが握った。


「お二人も手をつないでいただけますか?」


 おれとエラは空いている手をつなぎ、三人の輪ができあがった。


「行きます」とガイドの娘が言った。


 ブォン、と分厚い空気が震えるような音がした。

 そして、目の前が真っ白くなった。

次話はいよいよ製粉所の中です。

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