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レモネード売りの姉、粉挽き見学の醍醐味について語る。

第43話です。

 あちっ!


 あちっ!

 あちっ!


 何だと思ったら、エラがおれのオデコに、剥いた枝豆大の炎をぶつけているのだった。

 いつの間にか、連続で発動させられるようになっている。

 大した進歩だ。

 彼女は、おれが製粉所の壁を睨んでため息をついたまま一向に動こうとしないので、飽きてしまったようだった。


 エラが何か言った。

 うるさくてわからない。

 首を振ったら手を引っ張られた。

 彼女はおれの手を引いて、話のできるところまで製粉所から離れた。


「ねえねえ、師匠。潜り込みませんか、あの中?」

「製粉所の中に潜り込むのか? 正面の扉からはムリだと思うぞ」


「正面の扉から入るのを潜り込むとは言いません」


 珍しくウチの弟子がまともなことを言った。


「じゃあ、どこから入る?」

「そりゃあ窓からですよ。泥棒は窓から入るのが王道です」


「おれたちは泥棒じゃないし、窓から入るのが王道なんて話も初めて聞いた。だいたいさ、おまえはそう言うけど、窓なんてどこにあるよ? 見渡す限り壁じゃん」

「あそこ」


 エラははるか上の方を指差した。

 たしかにそこには窓があった。

 灰色の石が積み上げられた壁の、ほとんど屋根に近いところに、縦長のスリットがあった。

 通気口だろうか。


「あそこまでどうやって上がるんだ?」

「魔法で」


「いくら頑張っても今日中は無理じゃないかな、それ」

「あしたならいけますかねえ?」


「いやー、さすがにそこまで上達するには結構時間かかると思うなあ」

「どれくらいですか?」

「うーん、ざっと一年弱ってとこ」


「うわあ、妊娠一回分かあ!」

「おまえの時間感覚は絶対おかしい。だいいち、あそこ狭いぞ。通れるか?」


「そうですねえ、臨月だったらムリかもしれません」

「いや、そうじゃなくてもムリだって」


「あ、おっぱいのせいですか! あたしのおっぱいが大きくてつかえちゃうって言いたいんですね!」

「どうしておまえは、そういうことになるといつも怒鳴るんだよ? ぜんぜん違うよ。あんな狭いとこ、子どもだって通れないよ」


「そういえば、そうですかねえ。あの幅じゃ、あたしたちの子どもでもムリですね」


 さらっと「あたしたちの」とか付けてくるところが、わが弟子である。


 おれたちが並んで製粉所の窓を見上げていると、突然声をかけてきた女がいた。


「かわいらしい魔法使いさんですのね」


 おれは振り返ってビックリした。

 そこにいたのはあのウソつきのレモネード売りだったからである。

 しかし、今はさっきの村娘風の格好から、町場の若者のようなボーイッシュな服に着替えていた。


「また出たな」

「え?」


「レモネード美味しかったです。今は持ってないんですか?」


 弟子ときたら、飲んだりとか食ったりとか、覚えているのはそんなことだけだ。


「ああ、妹に会ったんですね? レモネードをお買い上げいただいた? ありがとうございます」


「妹? あんたじゃないのか?」

「ええ、双子の妹なんです。あの子は街道で旅のお客さんにレモネードを売って、わたしはここで観光ガイドをやっているんです」


「なるほどな、そういう仕組みか。妹が客をここの大水車へ客を誘導し、姉がここでその客からガイド代をせしめようと――」

「やだ、お兄さん。そんな悪どい商売してませんよ」


 ガイドの娘はおれの二の腕をビシッと叩いて大笑いした。

 思いのほか彼女は力が強かった。骨が折れたかと思った。

 骨なんかないけどな。


「なんかお兄さんたち困っているようですけど、どうしました?」

「あの中見たいんです」


 エラが製粉所を指差した。

 ウチの弟子の警戒心のなさは一度注意したほうがいいかもしれない。

 このガイドの妹は一杯一ギルのレモネードを売りつけた女だぞ。

 人の足元見て商売してやがるんだからな。


「ああ、製粉所見学ですか。水車が止まってから来いって言われたんじゃないですか?」

「そう。そうなんです」


 エラがガクガクとうなずいてみせた。


「でも、止まっている製粉所なんて見ても面白くないですよねー? やっぱり動いているところを見たいんでしょ、お嬢さん? 動いてこその製粉所。それが粉挽き見学の醍醐味ですよね?」

「お姉さん、わかってるぅ!」


 エラは思わぬ味方を得て、おれへ非難の目を向けた。

 おれは睨み返した。

 そんな醍醐味なんかわかりたくもない。


「粉が石臼の間からどんどん、どんどん出てくるのがいいんですよね。砂のように細かい粉が、もわもわと煙のように舞い上がって、部屋中粉っぽくなっているところを想像してみてください。テンションが上がりますでしょ?」


「そうなんですよ、お姉さん。そこら一面粉だらけで、霧の中にいるみたいに真っ白になっているんです」

「はいはい、わかりますよ」


 うーむ、さすが商売人。

 ちょろい客には調子を合わせてくるなあ。


「右を向いても白、左を向いても白。前も後ろも白。上を見ても下を見ても全部純白なんですよ」

「うんうん、真っ白なんですよねー」


「この世界にはもう、あたしと粉しかないという感じ。いいえ、もはや粉こそが世界なんだって感じなんです。わかります、お姉さん?」

「粉こそ世界。粉末世界ですねえ。そうですよねー。もちろん、わかりますよー」


 えー、『結晶世界』とかならまだ納得できるんですけど……、『粉末世界』はなあ……。


「でしょ、でしょー? それでぇ、あたしは――胸いっぱい吸い込むんです!」

「そう、思いっきり、スゥー、って――はい? 今なんておっしゃいました?」


 ガイドは目を白黒させていた。


「吸い込むんです。胸いっぱいに」

「粉をですか?」

「はい!」

「……むせますよ」


「『アマルフェドニドゥメロイル』!」


 枝豆大の炎がガイドに向かって飛んだ。

 ガイドは反射神経がよかった。

 ひょいっと首を傾けて、炎をかわした。


 二人はお互いに見つめ合ったまま固まっていた。

 一気に気温が零下まで下がったような感じ。


「ゴホン、ゴホン」


 ガイドがわざとらしく咳をして視線を逸らした。

 エラはしかめっ面でおれを見て、肩をすくめた。


「あのー、お嬢さん」

 ガイドがおずおずと話しかけた。


「何ですか?」

 エラのそっけない返事。


「――製粉所の中、入れますよ」

「止まっているのを見たってしかたがないですよ」


「ううん。動いているところ、見られますよ。今すぐ入れますよ」

「本当に?」


 今すぐの一言で、俄然エラの気持ちがまた盛り上がった。


「おいおい、ガイドさん。ウソはよくないよ。子どもだと思ってだまさないでやってくれ」


 おれは口をはさんだ。

 何といってもコイツの妹はあのレモネード売りなのだ。

 あの娘のせいで、おれたちはまだアッププロ川のこちら岸にいるのである。

 本当なら今頃、国境の関所を通過していたはずなのに。


 もっとも、おかげで大水車の製粉所というバカでかいオーパーツには気づけたのだけれども。


「いいえ、ウソじゃありません。今からでも中へ入れますから」


 ガイドはパタパタと顔の前で手を振って否定した。

 その笑顔には、ウソなどひとかけらも混じっていないような、晴れやかさがあった。

 でも、その笑顔が信じられないんだよなあ。


「製粉所の人はダメって言ってましたよー」

「蛇の道は蛇って言うんですかね。表からはダメでも裏から入る方法があるんです」


「窓はムリですよ」

「存じてます」


「あ、わかった! 大水車の軸の上を渡って行くんですね?」

「あの、お嬢さん、水車はすごいスピードで回転していますよね? 当然軸も回っています。そんなところを渡って行けると思いますか?」


「はい」とても元気な返事。

「はい、じゃありませんよ、あなた。ムリですって」


「でも、あたし、すばしっこいから」

「すばしっこくてもムリですよ」


「やってみなきゃわからないじゃないですか」

「いや、やるまでもありませんって」


「やれるかやれないか、やってみようじゃないですか」


 エラは大水車に向かって駈け出した。

 ガイドが慌ててその後ろを追いかけていく。

 おれは面白いから見ていることにした。


 激流と化しているアッププロ川の川っぷちまで行って、エラはピタリと足を止めた。

 そこから水車を見上げている。

 どうやって大水車の軸まで登るつもりでいたんだろう?

 まあ、何も考えていなかったんだろうな。


 ガイドが必死に何か話しかけているのがおかしい。

 製粉所のあんなにそばではきっと何も聞こえていないはずだ。


 エラが突然両腕をグルグル振り回し始めた。

 何だ? イヤな予感がする。

いったいいつ国境につけるんでしょうか。

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