人に歴史あり、この世界にも黒歴史があるんです。
第42話です。
おれは周囲に張った球体の防音域を解除した。
轟音が一気に全身を包む。
エラは両手でトンガリ耳を押さえてしゃがみ込んだ。
おれを見上げて怒っているが、彼女が何を言ってももう聞こえなかった。
「管制!」
――あんたねえ、いいかけんにしなさいよ! どうしてまだ国境を越えてないのよ!
管制の声は頭の中にビンビン響いた。
音声通信ではないから、彼女とのやりとりには水車の喧しさも影響しなかった。
「おれだってとっととここから出たいんだよ」
――それなら、そんなとこで大水車観光なんかしてないで出ていけばいいでしょ?
「そうもいかないからここにいるんじゃないか。ここに製粉所があるんだが、こいつがまずいヤツかもしれない」
――まずいって何? そこの水車は百年以上も前からそこにあるんだけど。記録で確認する限り、製粉所も一緒にできてるわよ。あたしの言っていることがわかる? あんたの職務怠慢で百年も放置しておいて、今さらまずいも何もないってーの!
「そうは言ってもまずいんだよ」
――どうまずいのよ? 簡潔に言いなさいよ。あたしは忙しいんだから。
「オーパーツかもしれないんだ」
――何が?
「いや、だから、製粉所がさ、オーパーツみたいなんだ」
――建物まるごと? オーパーツ?
「動力は水力だが、機構がどうもあやしい。全自動だと現地住民は言っている。それが本当なら……魔法の補助もなしで完全全自動だとしたら、こいつは世界設定の技術力を凌駕していることになる」
――何が「凌駕していることになる」よ。他人事みたいに言うんじゃないわよ! あんたねえ、相手が小っちゃくて動き回ってるってなら、まだ話はわかる。でも、バカでかくて、どこへも行かない製粉所がオーパーツなんだよねえ。それを、あんた、百年放っておいたんだよ。自分の置かれている状況がわかってる? 左遷やクビってレベルじゃないんだけど。百年前って言ったら、あたしはもうあんたの担当だったよねえ。つまり、あたしまで監督不行き届きでクビ確定なんだけど。
管制の声には半分泣きが入っていた。
本当に、かなりまずい状況のようだ。
「クビ確定?」
――最近、あたし、ヒロ君とうまくいってないんだよ。これでクビってことになったら、絶対もうオワリだよ。金の切れ目が縁の切れ目ってことになっちゃうじゃん。どうしてくれんのよ?
ヒロ君って誰だ?
どうしてくれるって、どういうつきあいしてんだよ?
そっちの方が問題じゃないのか?
――壊せ。
「はあ?」
――オーナー様や、会社にバレる前に壊せ。その製粉所を打っ壊して、証拠を隠滅しろ。
「じゃあ、また雷撃でもドカンと――」
――馬鹿か。現地住民の財産に対して、とくに理由もなくそんな派手な真似ができるか。馬鹿が。
管制の声は冷え冷えとしていた。
彼女は本気でおれを馬鹿だと思っている。
ヒロ君との関係が悪化した日にゃ、二度と支援してもらえなくなりそうだ。
「じゃあ、どうしろと」
――それぐらい自分で考えろ、馬鹿。
通信が切れた。
【三重に知恵のあるヘルメス(ヘルメストリスメギストス)の会】のことは伝えることができなかった。
まあ、また今度ということにしよう。
どうせ伝えたところで、管制とヒロ君の関係改善の役に立つわけじゃなし、余計に怒らせるだけなのは目に見えている。
【ヘルメストリスメギストスの会】というのは、この世界に存在する秘密結社である。
たんに「皆んなに内緒で仲良くしようぜ」という集まりなら、いくら作ろうと、管理人たるおれの知ったこっちゃない。
仲良きことは美しき哉、である。
そんなお友だちサークルとは【ヘルメストリスメギストスの会】は一線を画す、本当にヤバい団体なのだ。
始まりはおよそ二千年前、キンメリヤ大陸だということになっている。
このキンメリヤ大陸発祥という点がミソだ。
幻の大陸キンメリヤ――
言い換えれば、この小さなかわいらしい世界の唯一の汚点、この世界の黒歴史である。
どこにでもある話っていえば、確かにどこにでもある話なんだけどね。
キンメリヤ大陸は一夜にして海に沈んだ、という伝説がこの世界にはある。
ほらね、どこかで聞いたような話でしょ?
今から遡ることおよそ二千年前――
この世界にはキンメリヤという大陸があった。
その大陸に住む人々が興した帝国は、高度な文明を誇り、一説には空を飛ぶ船や、離れたところにいる者同士が会話できる道具などを使用していたと伝えられている。
そのため、キンメリヤの人々は自分たちの力を過信してしまったのである。
自分たちはすでに神を超えたなどと、大言壮語してはばからなくなった。
彼らの自惚れに腹を立てられた神様は、罰として彼らが暮らす大地を、たった一晩で海の底へお沈めになられた、という話だ。
こんな話、子どもでも信じないだろう、と思ったら大きな間違いで、じつは結構多くの大人が信じているのである。
【ヘルメストリスメギストスの会】もこのキンメリヤ伝説を信奉する一派で、とくにキンメリヤ帝国が所持していたと言われる技術の復活を目的としている。
尻尾を呑まない蛇の紋章は、同じところへ戻らない――たゆまざる技術の進歩を象徴しているのである。
いきおいアンチ神様なのはわかってもらえるだろう。
反教会、反王政、反魔法、反異種族を旗印に、技術者集団による統制主義を標榜する秘密結社なのだ。
彼らは目的達成のためには手段を択ばないテロリスト集団でもある。
もっとも、【ヘルメストリスメギストスの会】にしてもいいように作られたウソ話を信じ込まされているにすぎない。
この世界の恥部とさえ言われる「キンメリヤ大陸沈没」に関する真相はこうだ。
この世界がオーナー様の諸々の希望を入れて創造されたとき、この世界の中心となる場所として一つの大陸が用意されていた。
その大陸はやがて地域住民から「キンメリヤ」と呼ばれるようになった。
この大陸が文明の中心となるべく、わが社の設計士が用意していたのが特殊金属「オリハルコン」である。
銅より加工しやすく、鉄より硬度の高いオリハルコンは、この大陸以外では産出されない設定になっていた。
その結果、キンメリヤ大陸に発生した文明は、その他に発生したの石器文明、青銅器文明、鉄器文明を圧倒的スピードで蹴散らした。
オリハルコンの文明はやがて帝国となり、キンメリヤ大陸全土に拡がった。
そして、オリハルコンの鍛造技術を持つ人間こそが世界の長であると人間は考えるようになった。
他の生き物は使役されるか、駆逐される対象でしかなくなった。
その頃、まだエルフやオークたちの文化は未発達で、大陸の異種族は一方的に排除されることとなった。
また、人類社会においても、オリハルコン使用から派生した科学技術の進歩の方が魔法の発達速度よりも速かったため、その格差は時間を経るに従いどんどん広がっていった。
科学技術が進歩しても飛行機や電話が作られるところまではいかなかった。
だが、魔法というのはあるのかないのかわからないアテにならないものという地位に貶められた。
キンメリヤ大陸とそれ以外の場所の間には、いつの間にか埋めきれない文明の溝が生じていた。
そして、とうとうキンメリヤの帝国は全世界の征服に向けて動き出した。
皇帝ヘルメストリスメギストスが治世のときである。
帝国の敵には百に一つの勝ち目もなかった。
それは誰の目にも明らかだった。
しかし、こんな世界をオーナー様は望んでいなかった。
彼が欲しかったのは単純素朴な「剣と魔法の世界」だったのである。
オーナー様はわが社を契約不履行で訴えた。
そりゃ、誰だってそうするわ。
いや、まったくもってごもっともな話です。
莫大な損害賠償と対外的なイメージダウンを避けたい会社は、それまでにオーナー様が支払った全費用の返却と「キンメリヤ大陸の抹消」を示談の条件にして解決を図ったのである。
オーナー様は示談を承諾し、そうして、キンメリヤ大陸は一夜にして海の藻屑と消えた。
社内では責任の擦り付け合いが始まった。
オリハルコンを世界設定に入れた設計士がいけないのか。
技術の進歩を適宜妨害しなかった現地管理人がいけないのか。
ウチの会社、本体はゼネコンである。
売り物を創る部門と、売った物を運営する部門とどっちが強いかと言ったら、前者なのだ。
結局、販売部門が建設部門の側について、管理人が悪かったのだということで話にケリがついた。
当時の管理人はもちろん解雇されたと聞いている。
管理人のおれとしては、その人をかばいたい気持ちもあるが、いかんせん二千年前のこと、つまり、おれが入社するはるか昔のことだから、よくはわからないというのが正直なところだ。
一方、設計士にはお咎めなし。
その後出世して、今では第三設計部の部長さんになっている。
当時のオーナー様もそれからしばらくしてこの世界を手放した。
大陸を一個消してリセットしたという事故物件である。
評価価値はかなり下がっていたという話だ。
会社はちょっとリフォームして破格の値段で売りに出した。
その安い中古物件を買ったのが、今のオーナー様というわけなのだ。
もちろん、現在のオーナー様もキンメリヤ大陸の件は承知している。
だが、当事者ではないので、そのときの悲惨な状況を実感として理解しているわけではない。
それはもちろんおれも同じなのだが、現場にいるぶん、まだ肌でわかるというところがある。
【ヘルメストリスメギストスの会】なんか出てきて、こいつはまずいな、と思っているのはつまりそういうわけだ。
最悪、キンメリヤ大陸の二の舞なんてこともあるかもしれないのだ。
ようやく敵役らしい組織が出てきました。言いづらい名称ですが。




