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管理人は輝かしい将来を夢見ます。

第4話投稿しました。

――スマホよ、スマホ。ス・マ・ホ!


 スマートフォン。ご存知か?

 科学依存文明の、シンギュラリティ直前の文明期に発明使用される通信機器である。

 文明発展のレベルにおいては決して高いとは言えない段階の道具だが――

 おれがいま担当しているこの世界は魔法依存系だから、歴史の初めから終わりまでいつどの段階でも、絶対に現れない類の代物だ。


 まいったね。絶対に創世時バグなんかじゃない。

 何が原因かわからないが、異世界から持ち込まれたのだ。


――しかもね、スマホを見つけた坊さんは、それで神の声を聴いたって言っているの。


「スマホで?」

――そう、スマホで。


「いったい誰と話したんだよ?」

――あたしが知るわけないじゃない。だから、あんたが行って調べるんでしょ。


 ごもっともである。

 ごもっともではあるが、おれは冷静に物事を判断できる状態ではなかった。


 何百年ぶりのショック!

 もしかしたら、この世界に着任して以来、最大のトラブルかもしれない。

 首を掴まれて、頭をグワングワン揺さぶられているような感じだった。


「なあ、おれの前任者の忘れ物ってことはないかな?」

――あんた、そこに左遷されて何年目? 何百年も電池切れしないスマホなんて作ってる世界、どこにもないと思うわよ。


「え、おれ、左遷されてたのか?」

――あんた、自分が左遷されたことに三百年も気がついてなかったわけ? プッ、ウケるんですけどぉ。


「おれがいったい何したって言うんだよ?」

――んー、そうねー、いわゆるー、世間で言うところの、無能、っていうやつ? アレだと思うわ、あんた。


「カンベンしてくれよお!」

――むしろね、まわりがあんたにそう思ってたんじゃないかしらね。うんうん。だって、あたしなんか、いつもそう思ってるもん。あんたなんかの担当にされちゃってババ掴まされたわね、かわいそー、って他の子にも言われるし。


「誰、誰? 誰が言ってんの、それ?」

――そこは気にしない方がいいんじゃない? だって、聞いたらショック受けるでしょ?


「秘書課の誰かかな? ポリーヌちゃんとか? それとも、受付の子?」

――あー、その辺が気になるのかあ。うわー、そこかあ。そこなんだあ。こりゃ、マズいわー。


「えー、マズいのかよ? まいったなあ。すっかりやる気うせちゃったよ。オーパーツなんてもうどうでもいいわ」

――よくないわよ。言ってんでしょ、へたしたら二人ともクビだって。


 そうだった。

 スマホがきっかけでこの世界が滅亡するようなことになれば、絶対に解雇は免れない。

 ここはしっかりしなければいけないところだ。


 しかし、秘書課と受付ではおれは不人気らしい。

 この悲しい事実に打ちのめされて、今一つやる気が起きない。


――でもねえ、ピンチはチャンスってよく言うでしょ? このピンチはさ、あんたにとっちゃ何百年に一度の大チャンスかもしれないわけ。

「ピンチはピンチだろ?」


――バカねえ。あんたがそこに派遣されてからどうだった? 何か本社に認められるような機会ってあった? これといって悪いこともなかったけど、これはスゴイってこともなかったでしょ?

「まあ、そうだねえ」


――つまり、ぜんぜん目立ってなかったわけ。本社からすれば、見えていなかったも同然。見えていない物は存在しないも同然。

「なるほど。そうかもなあ」


――そうかもなあ、じゃなくて、そうなのよ。あんたねえ、このままこれまでと同じようにボーッと過ごしていたら、一生そのちんけな世界から出られないからね。本社に戻ってくるなんて夢のまた夢なんだから。

「そうなの?」


――そうなの! でもね、想像してみて。あんたがこの世界滅亡の危機を事前に察知し、回避する。あたしがそれをパンパンに膨らまして上に報告する。どう? 上層部はどう思うかしらね? あいつもなかなかやるじゃないかってことになるんじゃない?

「おう、あいつもなかなかやるなあってなるなあ」


――あいつをあんな僻地に置いておくのはもったいない。本社に呼び戻そうってなるでしょう?

「うん、そりゃ呼び戻そうってなるよなあ」


――それだけじゃないんだからね。おエライさんの誰かが、何かの拍子にポロッと秘書に言うわけよ。知ってるかね、キミ、じつはあそこの世界がちょっと危なくてなあ。それをあの管理人が救ったんだ。ああ見えて、なかなかやるやつだよって。

「うんうん」


――たちまち秘書課じゃ大評判よ。あそこの管理人はやり手だ、切れ者だって。そうなったら、ポーちゃんはビッチ――ううん、軽い子、でもなくて、えーと、純粋な子だから、絶対にあんたを気にするよ。

「ポリーヌちゃんがおれに惚れるかー!」


――惚れる、惚れる。間違いないね。あんたはもう、秘書課のアイドルだよ。で、秘書課がそうなれば受付だって黙ってないから。受付で一番かわいいマインちゃん、知ってるでしょ?

「うん、知ってる。すごく知ってる。名前だけじゃなくて、住んでるとことことか、ご両親のこととか、趣味とか、好きな食べ物とか、おれ、いろんなこと知ってる。総務課のやつに金払って個人情報を教えてもらったんだ」


――んー、それ、得意になって話すことじゃないんじゃないかなー。ま、細かいことは気にしないでおこうか。あのマインちゃん、じつはポーちゃんとバチバチのライバル関係のわけ。ポーちゃんがあんたのこと狙ってるとなれば、マインちゃんだってそれを指くわえて見ているはずがないのよ。

「うわー、マインちゃんも来ますか、マインちゃんも?」


――うん、断言するね。ぜーったい来るよ。

「マインちゃんも来る? 断言しちゃう? 困ったなあ。こりゃ、困った。ポリーヌちゃんとマインちゃん、両方来ちゃう? いやー、困った。3Pですか? うわー、3Pかー!」


――いや、3Pとは言ってないから。

「あ、3Pはダメ? 倫理的に? そういうことなら、二股でいいや。二股交際ね」


――二股でも三股でも好きにすればいいわ。でも、それもこれも全部、このオーパーツの件を解決したらの話なんだからね。わかってる?

「わかってる、わかってる。何か、おれ、俄然やる気が出てきたわー。燃えてきたなー!」


――じゃあ、その調子で、さっそく現地に旅立ってちょうだい。

「よっしゃ、わかった! じゃあ、オトランのダーゲンへ、おれを瞬間移動してくれ」


――ダメ。

「へっ?」


――それはダメよ。

「何で? 緊急時特殊移動の申請をしてるんだけど」


――だから、まだオーパーツが出てきたってだけだもの。本当にオーパーツかどうかもわからないんだし。これじゃまだ、緊急時特殊移動の「緊急時」に当たらないのね。だから、管理マニュアル第二項第一則、管理人の通常時の行動は、当該世界設定に従うべし、よ。移動は通常の方法でお願いね。


「通常の方法って……?」


――わかってるくせに。


 そう。わかっている。この世界の交通手段は徒歩か、馬だ。


 おれはげんなりした。

 しかし、おれには本社への栄転とポーちゃん・マインちゃんとの二股交際という未来が待っているのだ。

 この程度の障害にくじけるようでは明るい未来は手に入らない。

 気を取り直して皿の上の塩漬け肉を――ないっ!


 食った覚えもないのにパンに挟んだ肉がなかった。

 皿は空っぽ。


「プハーッ。師匠、さすが良い店知ってますねえ」


 顔を上げるとそこに……とんがった耳……黒い髪の毛……ハーフエルフの娘がいた。


 彼女は空にしたジョッキを、ドン、とテーブルに置いた。

 彼女の前にはパン屑が落ちていた。

 口唇の端には黄色い辛子がついていた。


なるべく毎日更新させますので、よろしければブックマークをお願いします。

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