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弟子は暴走します。

第32話です。

 後ろめたいといえば、エラを連れ回していることだが、実際のところ、これは問題ではない。

 そのせいで経費がかさんでいるとも言えるが、管理人がちゃんと仕事をしていれば、それなりに経費は発生するものだ。

(と言うと、今まではちゃんと仕事をしていなかったみたいだが……フフフ、その通りだ)


 管理人が現地住民と結婚しようと愛人契約を結ぼうと、最悪の場合、監禁調教してしまいに殺害して地下室の壁に塗り籠めようと、世界自体の発展変化に関わらない限り、会社は何も言わない。


 要は担当世界の「政治」に首を突っ込まなければ何をしても自由なのだ。


 実際、同僚には転勤辞令が出るやいなや、それまでガマンしていた猟奇殺人を繰り返して、そのまま新任地へトンズラしたやつがいる。

 もっとも、こいつの場合、起こした事件が世紀をまたぐ大ミステリーとなって、現地住民の社会に文化的影響を残してしまった。

 オーナー様から厳重クレームが入って、結局、こいつは石ころしか存在しない無生物世界へ左遷された。

 仲間内では「やり逃げジャックの事件」としてよく知られている話だ。


 まあ、そんな話に比べれば、おれが〈生ける調味料リヴィングシーズニング娘を連れ歩いていることなど、本社連中のランチタイムのうわさ話のタネくらいにしかなりはしない。

 ただ、そのランチタイムのうわさ話が怖いんだ。


 秘書課のポーちゃんや受付のマインちゃんに、エラのことが知られたらどうなるか。

 おれはそれを心配しているわけで。

 見ようによっては、少女連れ回しの事案だよ。

 せっかく本社栄転がかなっても、それじゃちっともいいことがない――というか、女性社員の目を考えたら針のムシロである。


 こりゃ、追加支援効果はあきらめるしかないか、と思い始めた矢先だった。


――あんた、そのままちょっと待ってて。今オーナー様から連絡が入ったから……また何かクレームじゃなきゃいいけど。


 おれは幽閉されるはずだった地下室の中を、幽閉された囚人のようにグルグル歩いて待った。

 どうしてオーナー様がまた連絡してきたのかは、だいたいわかっていた。

 修道女たちがまた一心にお祈りしているからだ。

 彼女たちのお祈りはオーナー直通である。

 それを期待して、彼女たちには祈り続けてもらってもいたのだ。

 ただ、その結果は予想がつかなかった。


 また寝られないとブチ切れているのか――?


――また、修道女たちがお祈りしてるそうじゃないの?


 管制(コントロール)が戻ってきた。少々呆れているようだ。


「そうだよ」

――そうだよじゃないわよ。神に仇なす悪の軍団に正義の鉄槌を与えたまえって、もしかして、あんたが言わせてるの?


「おれはできることをしろって言っただけ。できることはお祈りだけだって言ったのは彼女たちの方だ」

――そそのかしたのね。ま、いいけど。オーナー様は今回は怒ってないわ。怒ってないけど――


「怒ってないならいいじゃないか」

――酔っ払いなのよ。へべれけなのよ。ぐでんぐでんなのよ。もうぐっちゃぐちゃなのよ。あんた、まさかこのタイミングを狙ったんじゃないでしょうね?


「さすがにそんなことはできない」

――何かもうね……ドッカーンと派手にやってくれって言ってるの。おれに逆らうやつは許さんとか興奮してるわけ。で、とにかく派手なのがいいらしいわ。


「じゃあ――?」

――いいわよ。追加支援効果三番の申請を受理します。オーナーが派手にやれってんだからしかたないわ。酒が醒めてから後悔したって知らないってーの。


「ありがとう。そうしたら、標的の座標を送る。ターゲットしておいてくれ。発動はおれの合図で頼む」

――了解。


 天祐とは、まさにこのことか。


 おれは喉の奥でクククと笑いながら、礼拝堂へ戻った。

 そこではエラが神像の台座の縁に腰かけて、脚をプラプラさせていた。

 神をも畏れぬやつとは、まさにこいつのことか。


「師匠、退屈ですよー」

「おまえ、この状況でよくそんなこと言えるな」


「だって、何にもすることがないんだもん。退屈ですよー」

「皆んなと一緒にお祈りすればいいだろう?」


「えー、もう飽きちゃったんですよう。ずっとおんなじこと言ってるだけだし」

「お祈りってのはそういうもんだ」


「ねえ、師匠、あたし、やりたくなっちゃった」

「え?」


 修道女たちの祈りが止まった。止まったのは一瞬だけですぐに再開したが、彼女たちの耳はウチワのように大きくなって、こちらに向けられていた。


「ねえ、師匠、やりたいです。すっごくやりたいの。いいでしょう?」

「いいでしょうって、おまえ――」


「おとといやってから、ずっとやってないんですもん。昨日は気分じゃなかったから、やらなかったでしょう? もうまる一日以上やってないんですよ。今すっごくやりたい気分なんですよう!」


 エラはヒステリックにわめいて、地団太を踏んだ。


「ウグッ!」

 修道女の中にはひと声うめいて失神する者が出た。


「この中の誰かと一緒にやりたいんですけど、師匠、院長のおばあちゃんに許可取ってくださいよ」


「一緒にやる? ヒィッ!」

 マルゲリータが床をのたうっていた。

 ヘルガが頭をガンガン柱に打ち付けている。


「あたしが一人じゃ最後までいけないの、師匠も知ってるでしょ? 今すぐあっちの部屋を使わせてほしいし、院長にお願いしてくださいよ!」


 おれはどうしていいかわからず、救いを求めて院長を見た。

 彼女はおれから目を背けて、修道女たちを叱咤した。


「集中しなさい! これも神の与えたもうた試練です! 皆さん、祈るのです! 一心不乱に祈るのです!」


「もういいです、師匠。あたし、あっちで一人でやってますから、誰か連れてきてくださいね!」


 エラはふくれっ面で礼拝堂を出て行った。


 修道女たちの怯えたような目がおれに向けられていた。

 エラのあとを追うのも誤解を招くだけだろう。

 おれは一歩も動けず、へらへらと笑いながら、修道女たちを見回した。


 やがて厨房の方からエラの声が聞こえてきた。


「早くぅ……ウッ……まだですか……ウッ、ウッ……この棒、使ってもいい?……ウッ……」


「天使様! ダメです! いくら何でも、これ以上は許せません!」


 院長が真っ赤な顔で、おれの前を駆け抜けて行った。

 しかたなくおれもそのあとを追った。おれの後ろから修道女たちもバタバタとついてくる。

 

 厨房の入口で院長が棒立ちになっていた。

 おれは彼女の肩越しに中を覗き込んだ。


 粉まみれになったハーフエルフの娘が、麺棒でパン種を伸ばしているところだった。


「もうっ! 遅いですよ。……ウッ……早く石窯に火をつけてください。……ウッ……あたしは、コネチは高いですけど……ウッ……焼くの得意じゃないんですから」


 エラは真っ赤な顔をしていた。力を入れるたびに変な声が出る。


 後ろから押されて、おれと院長はそのまま厨房の中へ入って行った。


「やりたいことって、おまえ……」

「一日休んだら……ウッ……それだけ技能は下がるんですよ……ウッ……わかります?……ウッ……それがプロってもんですよ」


 パン捏ねのプロは、やけに晴れがましい笑顔で、おれと修道女を見回した。

次回は天変地異が起こります。

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