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修道院長は怯まないのです。

第31話です。

「ヴンターデルフの猟犬団」はまっすぐ修道院にやってきた。

 門前に到着するなり、兵隊たちは左右に散開した。

 あっという間に、連中は修道院のそんなに広くはない敷地をぐるりと取り囲んだ。

 よく訓練されているという点は認めてやらなければならない。


 おれは「猟犬団」の全団員のリストアップを行い、全員の現在位置を地図上にマーキングした。

 二人を除いて、全員が修道院の包囲に参加していた。

 包囲陣に含まれない二人のうち一人は、さっき鼻面を燃やしてやったやつだった。

 まだ光っているということは生きてはいるようだが、さっきの場所から動いてはいなかった。

 もう一人はおれたちが逃げ出してきた町にいた。

 直接の戦闘には参加しないメンバー。傭兵団の営業部員というか、連絡係なのだろう。

 

「キャンペ女子修道院の院長殿はいらっしゃるか? わたしは『ヴンターデルフの猟犬団』団長のトーゲ・マスチフである。院長殿と話がしたい」


 騎馬に乗った「猟犬団」団長が叫んでいた。

 院長がおれを振り返った。応えていいのか、と目で尋ねていた。


「大丈夫です。わたしがついています」

 そう答えて、おれは傭兵団長からは見えないようにしゃがみこんだ。


「マスチフ殿。私が当修道院の院長です。ここは神の家です。それを兵隊たちに囲ませるなど、これはいったいどういうことですか? 即刻立ち去りなさい!」

 辺り一面にひびきわたるよう、院長の声を、おれは増幅した。


「不遜なふるまいであることは承知しております。ただ、こちらの修道院に旅回りの鋳掛屋を名乗る男とハーフエルフの娘がいると聞いております。その娘は、鋳掛屋を名乗る男にかどわかされたのでございます。われらは、娘の親代わりの者から、娘を見つけ次第保護してほしいとの依頼を受けております。どうぞ、ハーフエルフの娘をこちらにお引き渡しになりますよう、お願い申し上げます!」


「親代わりの者ですと! 何をたわ言を言っているのです! その者には多年にわたり地下室へ幽閉された、と娘から聞いております。そのような者の元へあの娘を帰すわけにはまいりません! 今すぐ立ち返り、娘に戻る意思はない、と伝えるがよいでしょう!」


「引き渡す気はないとおっしゃられるか?」

「左様です!」

 院長は言下に答えた。


「ならば、こちらにも考えがある。名のある修道院と言えど、不正に手を貸せば、もはや神の家とは言えません。強制的にハーフエルフの娘を保護させていただくまで。その際、あなた方が下手に邪魔だてすればケガをすることになりますぞ。もちろんケガだけですめば幸いとも言えましょう」


「いずれが正義で、いずれが悪か、それは神がよくご存知です。やれるものならやってごらんなさい。悪事をなす者には必ず神罰が下りましょうぞ!」


 やんや、やんや。パチパチパチ。

 なかなか立派な院長なのである。


「よろしい。それでは日没まで猶予を差し上げる。その間に考えを変えればよし。さもなければ――」

「笑止!」


 院長は言い捨てて、鐘楼の縁から下がった。おれの前でほっと胸を撫で下ろした。

 それから、おれたちは鐘楼を降りて行った。


「よろしかったのですか?」

 おれは階段の途中で聞いた。


「もしや、まずかったとでも?」

 院長が微笑んで答えた。その声には不退転の決意を固めた力がこもっていた。


「いえ、そんなことはありませんが、修道女の方々を怖がらせてしまうのではないかと。もし、不安でしたらおっしゃってください。そのときには、わたしと弟子はすぐにここを出てまいりますので」


「とんでもありません。むしろ、うちの女たちは安心したことと思いますよ。これがほかの娘のことで、あなた様がいらっしゃらなかったとしても、私は同じ判断をしたでしょう」

「わたしがいなくてもですか?」


 院長は力強くうなずいた。


「ここにいる女たちは、必ずしも神に一生を捧げたいと決心して来た者ばかりではありません。家や働いていた場所でとてもつらい思いをして、ここを頼ってきた者もおります。父親や夫の暴力から逃げ出してきた者もいるのです。昔から、このキャンペ女子修道院は、そういう女たちを守ってきたのです」


 院長は晴れ晴れとした笑顔で、おれを見た。


「外からやってきた男に、『妻や娘を帰してくれ』と言われて、もし一度だって従ってしまったら、誰もここへ救いを求めには来なくなるでしょう。今ここにいる女たちの信仰も揺らいでしまうに違いありません。ですから、エラをあの者たちの手に引き渡すなんて選択肢は、私にはないのです」


 院長はしっかりとした足取りで階段を下りていた。彼女には不安などないのだった。


「とはいえ、私たちには戦うことなどできません。わたくしたちはどうしたらよいのでしょう?」

「そうですね。できることをすればよいのではありませんか?」


「私たちにできること?――それなら、祈ることでしょうか?」

「ええ。神に祈ってください。あとは、わたしが引き受けます」

 

 一階に降りると、院長は修道女たちをまとめて礼拝堂へ入った。そして、一心に祈り始めた。

 おれはエラにも一緒に祈るように命じた。

 石板が荘厳な聖歌を歌っていた。夜になるまでは立派なやつなのだ。


 おれは地下室へ降りて行った。一人になって管制(コントロール)と連絡が取りたかったのだ。


管制(コントロール)

――何よ。また昼休みじゃない。何であんたって、人のランチタイムをねらって連絡してくるわけ?


 またもや、彼女は怒っている。デフォで怒ってるってのはどうなのかねえ? そういうのが好きな人もいるのだろうか。


「ねらってるわけじゃないんだけどさ」

――いや、絶対ねらってるね。あんたはそういう男よ。で、何なのよ? 用があるなら早く言って。パスタが冷めちゃうじゃない。


「追加支援効果の三番をお願いしたいんですが……」

――えっ! もう一回言ってくれる?


「追加支援効果の三番――」

――えっ! えっ! もう一回!


「追加支援三番を――」

――えっ! えっ! えっ! これだけ言えばニブイあんたでもわかるわよねえ?


「ダメってこと?」

――それ以外の意味に聞こえた?


「何でだよ?」

――何でだ? 自分の胸に手をあてて考えてみなさいよ。あんたねえ、ここ三日ばかり金遣いが荒すぎるのよ。経理部に目をつけられたからね。


 たしかにそうかもしれない。

 一昨日は本社に緊急メンテナンスを頼んで時間の進行を遅くしてもらったし。

 昨日は基体(ボディ)を一体オシャカにして新品を購入した。

 そして、今日は追加支援の要請。

 あははは、戦場世界の管理人並の経費濫用だ。


――今までいるんだかいないんだかわからないような仕事しかしてこなかったでしょ? それが突然経費をバカスカ使い始めるんだもの。何か悪いことをしているんじゃないかって疑われるのも当然でしょ?

「ああ、そういうことか」


――何が『そういうことか』よ。あんた、本当に大丈夫なんでしょうねえ?

「だ、だ、大丈夫アルよ」


――えー! 〈全然信用できない〉系の返事じゃないの!

次回は弟子が暴走します。

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