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師匠と弟子は一心同体です。

第30話です。

「やつらは犬型の獣人兵でした。弟子の匂いを追ってきたんだと思われます。痛えっ!」


 後ろに縛りつけているエラに思いきり背中を叩かれた。


「あたしは臭くありません!」

「おまえ、話のポイントがズレてる――イテッ、イテッ、イテッ!」


「うぎゃあ、師匠があたしのこと臭いって言ったあー! うわーん!」


 エラは足をジタバタさせて、泣きわめきながら、おれの後頭部をゲンコツでガンガン殴ってきた。

 意識が遠のきそうだ。


 二人を結びつけているヒモをほどこうとしたが、修道女ヘルガのやつ、これでもかというほど固く結んでいた。


「ううぅ、あたし、臭くないのにー!」


 前へ逃げても後ろへ下がっても、エラのパンチからは逃げられない。

 とうとうエラがジタバタさせている足がからんで、おれは前のめりに床へ倒れてしまった。


 つまり、うつ伏せでマウントをとられた状態である。

 後頭部へ容赦なく拳が打ち下ろされる。

 そのたびに顔面が石の床に叩きつけられるのだ。

 鼻の奥から生温かいものが流れ出てくるのがわかった。

 血管もないのに、鼻血は出る。この基体(ボディ)の機能ってどうなんだろう?


 ギブです! もうギブアップだって!


 おれは床を何度もタップしたが、エラは攻撃を止めようとしなかった。


 ようやくレフェリー――じゃない、修道院長が止めに入った。

「大丈夫。エラちゃんは臭くありませんよ。師匠はね、エラちゃんのいい匂いを追いかけて悪者が来たって言ってるのよ」


「うぐぐっ、ほ、本当ですかあ? グブッ、グブッ、あたしはいい匂いですかあ?」

 エラの手がやっと止まった。


 おれはエラを背負ったまま四つん這いになり、ヘルガらに支えられて立ち上がった。


「師匠、本当にあたしはいい匂いですかー? グスッ」

「うん……いい匂いだよ」


 おれとしては、エラの体臭なんかより、目の前でチラチラしている☆の方が問題だったが、また怒らせるわけにはいかない。


「じゃあ、あたしが気づかないときに、クンカクンカしたりしてるんですかあ?」


 こいつは何を言っているんだ?

 この世界の管理人たるおれ様をなめているのか?

 おれは怒鳴りつけてやりたかったが、目の前にいる院長やヘルガたちが「うなずけ」と目配せしてくるので、しかたなく「そうだ」と答えた。


「やだー、師匠ったら―」

 パチン、と平手がおれの後頭部をはたいた。本人は照れ隠しのつもりかもしれないが、脳震盪寸前の身にはビンビン応えた。


「匂いを嗅ぎたかったら、いつでも言ってくださいね。師匠は師匠で、あたしは弟子なんですから。いつでも嗅いでいいんですよ。師匠は照れ屋さんだからー、言うのが恥ずかしいかもしれませんけどー、ガマンするのは身体に悪いですからねー」


 おまえと一緒にいること自体、かなり身体に悪い。


 気の効く修道女がハサミを持ってきて、二人を結び付けているヒモを切ってくれた。

 おれはよろよろとよろめいて、そこにあった椅子へしがみついた。

 いったい、おれは何と戦っているんだろう?


「身体は離れても、あたしたちは一心同体ですからね、師匠」

「そ、そうだな、弟子」


 おれは濃いワインを持ってきてもらった。少し時間をもらわないと立ち直れそうになかった。


 その間も、追手の傭兵団は修道院に迫ってきていた。

 本体へ連絡に走った人イヌの光点が、今はまた進路を逆転させて、こちらに近づいてきていた。

 その速度からして、本隊と一緒に行動しているのは間違いなかった。


 鐘楼へ上がれば見えるかもしれない。

 おれはワインを飲み干すと、まだ少しふらつく足で鐘楼へ向かった。


 鐘楼の上へは、院長もついてきた。

 彼女の総白の髪が風になびいている。さっき上がったときよりも、だいぶ風が強くなっているようだった。


「大丈夫ですか、天使様?」

 他に誰もいないので、院長はおれを天使と呼んだ。


「心配はいりません。あなた方にケガをさせるようなことにはなりませんから」


「いえ、心配なのは天使様です。もちろん、天使様ご自身が無限の力をお持ちのことは存じております。しかし、その身体、鋳掛屋ヨーゼフの身体はどうでしょうか? 私どものために、その身体の持ち主に危害が及ぶのは望みません。くれぐれもムリはなさらないようお願いいたします」


 そうか。この基体(ボディ)の心配をしてくれているのか。

 大丈夫です。わたしにとっても買い替えたばかりのこの基体(ボディ)。まだローンが丸々残っておりますので、決して無茶な使い方はいたしません。


「あ、あそこに――」


 院長の指差した方に、畑の中の細い道をやってくる黒い集団が見えた。

 おれは視力を増幅した。


 そろいの革鎧の兵士たち。騎馬に乗った一人を、十数人の犬狼型獣人が囲んでいる。

 小走りに修道院に向かってきていた。


「全員、人イヌ(ワンコロ)ですね。どこかの傭兵団のようです」


 騎馬の脇を走っている一人が傭兵団の旗を掲げていた。

 白と黒のブチの猟犬が三匹走っている図柄だった。


 おれはその図柄で、この大陸の全傭兵団を検索した。


 わかった。

 やつらは「ヴンターデルフの猟犬団」というのだ。

 まだ新興の傭兵団でここ五、六年の記録しかないが、いくつもの戦場を渡り歩いて、それなりの戦功を上げている。

 人イヌだけで構成されており、偵察や追跡任務を得意としているようだ。


 そんな傭兵団がどうやら、たまたまあの町に通りかかったらしい。

 行き掛けの駄賃で、「八月軒」の依頼を引き受けたということだろう。

 たしかに、「旅回りの鋳掛屋に連れ去られたハーフエルフの娘を探して連れ戻してくれ」というだけの仕事なら、連中には朝飯前と思えただろう。


 運のない連中だ。

何だかまだまだ続きそうです。

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