表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/69

おばさんは注意散漫です。

第28話です。

 院長室を一晩使わせてもらったエラに、とっとと支度をすませて降りてくるように命じ、おれは礼拝堂へ行った。


「♪ラララー 神なき夜の~ 終わりを告げる~ ♪ラララー 教えの家の~ きざはしに立ち~」


 昼間の石板は真面目に聖歌を歌っていた。おれはまだこの石板のことが気にかかっていた。

 管制(コントロール)は「現地の魔法が偶然に設定レベルを超えるのはないことではない」と言って、さほど気にしていない様子だったが、おれはその認識はちょっと甘いと見ていた。

 ただ、「歌う石板」が作られたのは五百年前のことだから、今回のオーパーツのスマホの件とは別だと考えるべきかもしれない。


「お待たせしましたー」

 エラは元気な声を礼拝堂にひびかせた。


 おれたちの出発には修道院総出で見送りである。

 そりゃそうだろう。何といっても天使様がお発ちになられると言っているのだから。


「すごいですねえ、師匠。来たときとは大違いです。拝んでる人がいますよ」

 何も知らないエラはのんきなものである。


 おれたちが玄関の扉を開けようとしたそのときだった。

 扉が勢いよく開いて、茶色い塊がとび込んできた。


 な、何だ?


「大変ですよ、皆様!」


 茶色い塊がしゃべった。魔物か、と思ったら、土ぼこりにまみれた農婦だった。大急ぎで転がるようにやってきたのだった。


「ここは神の家です。お静かに願います。どうぞ落ち着いてください。何が大変なのですか?」


 院長が農婦の前へ進み出た。


「あれ、院長様? そのおでこ、どうされました?」

 農婦は自分の「大変」を忘れて、赤く擦りむけた院長の額を見つめていた。

 エラが、プッ、と笑った。


「いいんです、おでこのことは。それよりもあなたの言った大変とは何なのです?」


「あ、そうでした。院長様、それが本当にもう大変なんですよ――あ、男がいる!」


 農婦は驚愕の表情でおれを見つめた。どうにも注意力の散漫な農婦である。


「こ、この人は旅の鋳掛屋さんです。底の抜けた鍋があったので直してもらったのですよ」

 院長は擦りむけた部分が目立たなくなるほど真っ赤になって言い訳した。そんな赤面するようなことではないはずだが。

「そ、そんなことよりですね、あなた、あなたの大変の方を早く教えてくださいな」


「そうそう、そうなんです。うちの亭主が畑から飛んで帰ってきてですね、大変だから早く修道院の方々に教えて差し上げろと申すもので、こうしてとんできたんでございますよ。その大変というのはですね――あ、歌ってる!」


「♪聖なる光ー 世に満ちてー ♪われらが糧を~ オーオー 産み出さん~」


 たしかに石板が歌っている。というか、ずっと歌いっ放しである。


「ええ、ええ、歌ってますね、石板。そうなんですよ! 戻ってきたんです! 昨日! 戻って来やがったんで、歌はもういくらでも聞けますから。ね? だから、早くそっちの大変を教えてください」


 院長の顔が赤いのはもう恥ずかしさのためではなかった。


「戻ってきたんですかあ、ようございましたねえ。……いえいえ、院長様、それどころではないんでございますよ。大変なんですからもう、聞いてくださいませよ――あら、いい匂い!」


 厨房ではちょうど昼餉の支度の最中だった。野菜を炒めているらしい香りが礼拝度にまで流れてきていた。

 院長の顔が赤を通り越して白くなっていった。穏やかだった目つきが別人になっていた。

 おれは心配になった。いいかげん、このオバサン、話を先へ進めないと、修道院長に殺人の大罪を犯させることになりそうだ。


「ゴ、ゴ、ゴ、ご主人は何が、タ、タ、大変だとおっしゃったのですか?」


 さすがに院長ともなると自分を抑える術を心得ているようだ。とはいえ、噴火しそうなのは変わりなかった。


「はい、亭主の言うことにゃ獣人の兵隊がこの辺りをうろつき回っているそうなんです。それで、その一人が野良仕事をしていた亭主に聞いたそうなんですよ。最近ハーフエルフの娘を見かけなかったかって――あ、ハーフエルフ!」


 農婦の目がエラの上で止まった。全員が凍りついた。ただ、エラだけが、えへへへ、と照れ笑いしていた。


 いや、違うから。そこは照れ笑いするところじゃないから。


 農婦を帰した後、おれは鐘楼に登った。すぐさま出発することも考えたが、どこで追手と鉢合わせすることになるかわからず、今はまず状況を把握しようと判断した。


 鐘楼に登り、聴覚と視力を増幅した。獣人特有の息遣いに耳を澄ましつつ、四方を見回した。

 すると、いた、いた。

 ぱっと見渡しただけでも三人見つけた。どれも犬狼型の獣人で、農婦の伝えてくれたとおり、兵装を整えていた。三人とも鎧が揃っているところを見ると、町の南城門にいたようなゴロツキの傭兵ではないようだ。

「八月軒」がどこかの傭兵団を雇ったのだとすれば、追手は見えている三人だけということはない。最低でも一〇人はいるはずだ。


 どこかに傭兵団の旗印が見えないかと探したが、見当たらなかった。

 旗に描かれたマークから検索すれば、傭兵団の特徴やここに送られている人数が掴めるのに。


 犬狼型の獣人が雇われたということは、エラの匂いで追跡してきたのだ。

 このキャンペ女子修道院まで、連中がやってくるのも時間の問題だった。

 しかし、今ここを出発しても、国境へたどり着く前に追いつかれるのは間違いない。


 とすれば、ここでケリをつけてしまう方がいい。

 院長たちには申し訳ないが、それがベストの選択だった。


 さしあたって、敵の人数と位置が知りたい。

 それなら、どうするか?


 敵がどこにいるかわからないから、面倒なのだ。いっそまとめてしまう方が対応はしやすい。

 じゃあ、どうやってまとめるかだが……。

もうちょっと続きます。国境までは行かせてやろうと思うので。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ