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目覚めたら若い修道女がいるんです。

第27話です。

 目が覚めたとき、一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。窓から差し込む光の中に、若い修道女がいるのを見て、ギョッとした。


「な、何? どうしてそこにいるんです?」

「はい、あなた様がお目覚めになられたとき、すぐにご用が果たせるようにと待機しておりました。もうお起きになりますか?」

「うん」

「何かお要りようの物はございますか?」

「いや、特にありません」


 おれはのびをした。修道院の固いベッドで寝たせいで、背中が痛い。血の巡りが悪くなっているのだろう。腕をグルグル回してみた。そして、この基体(ボディ)に血管なんてないことを思い出した。


「お背中をマッサージいたしましょうか?」

「いや、いいです」


 ベッドを降りようとすると、足元にサンダルがさっと出された。ベッドわきにひざまずいた修道女は、おれを見上げてニコッと笑った。

 部屋を出ようとすると、修道女は戸口へ飛んで行って、おれが手を伸ばす前に扉を開いた。


「キミ、名前は?」

「マルゲリータと申します」

「そうですか。おまえの働きぶりは上に報告しておきますから」

「それでは私、天国に――」

「うん、天国の門はキミに開いています」


 修道女マルゲリータは喜びのあまり失神した。

 この世界の「死後の世界」設定はどうなっていたかな、とおれは設定書を確認してみた。


 天国も地獄も「死後の世界」はオプション設定なので、オーナー様の趣味や予算によってはついていない場合がある。

 最近は現世に金をかけるのが流行りだから、昔ながらの伝統的な世界観にこだわるオーナー以外はあまりつけないとも聞いていた。

 中には「地獄だけつけてください」とか言う、偏った趣味のオーナー様もいるらしいが、そこでどうしたいとか、そんな深いことまで尋ねるのはマナー違反というものだ。


 ちなみにこの世界には小規模ながら天国も地獄もついていた。

 あまりにも小規模なので、どっちへ行っても大した違いはないようだった。


 おれにあてがわれた部屋は副修道院長用の個室だった。建物の三階にあった。一階の食堂へ行こうと階段まで行くと、そこにいた体格のいい修道女がおれを見るなり、こちらに背を向けてしゃがみこんだ。


「何?」

「あなた様を背負わせていただきます。この階段をそのお御足で降りていただくなんて、畏れ多いことでございます」

「いりませんよ、階段ぐらい自分で降りられますから」

「ダメです。私が院長に怒られます」


 体格のいい修道女はそう言っておれの前をふさいだ。おれが右へ行くと、彼女もしゃがんだまま右へ動く。左へ行くと左へ動く。右へ行くと見せかけて左へ出ようとフェイントをかけると、彼女はバランスを崩して階段を転げ落ちて行った。


「大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫でございます」

 踊り場にひっくり返っている修道女が答えた。


「キミ、名前は?」

「ヘルガと申します」


 このまま意地を張っていると、しまいには本当に修道女ヘルガがケガをしそうだった。

 おれはあきらめてヘルガにおぶわれることにした。

 広い背中につかまると、彼女はたしかな足取りで階段を下りて行った。

 途中から奇妙な振動が入ってきたので、何だろうと様子をうかがうと、彼女がすすり泣いているのだった。

 どうやらおれを背負ったことに感動しているらしい。気恥ずかしいというより、むしろ気持ちが悪い。


 階段を降り切ると、おれはさっさとヘルガの背中から降りた。


「いかがでしたでしょうか?」

「何が?」

「私の背中でございます。乗り心地はどうでしたでしょう? じつは私、この背中には少々自信がございまして」

「はあ、そうなの?」


「ここに入る以前、生まれ故郷におります頃は、村一番の背中と言われておりました。村中の者が、老いも若きも、男女を問わず、私の背中におぶわれたがったものでございます。水車番のゲオルグも――ゲオルグはご存知でございますか――あのゲオルグもですね、私の背中に乗るたびに『おまえの背中はすばらしい。おまえの背中が一番だ。おまえの背中に乗ったらもう、他の背中には乗れないよ』なんて申しましてですね――」


「わかりましたから――。ヘルガの背中については神様にも必ず伝えますから――」

「ありがとうございます。そうしましたら、何でしょう……神様もヘルガにおんぶしてほしいなんておっしゃいますかしら?」


 修道女ヘルガには勝手に妄想を続けさせて、おれは食堂へ入って行った。

 もう昼に近い時間だったが、エラが食事をしていた。どうしてこの弟子は師匠を待つという気づかいを見せられないのだろう?


「師匠、おはようございます!」

「おはよう。しびれの方はどうだ?」

「しびれって何の話です?」


 ウチの弟子は、寝れば忘れる、という体質のようだ。


 おれはエラが食べているのと同じ物を頼んだ。パンと厚切りチーズと小タマネギのピクルス。それに新鮮なミルクだった。

 素朴だがていねいに作られている食べ物。芳醇な味わいと鮮烈な香りが、エラの特殊能力〈生ける調味料リヴィングシーズニング〉のおかげで何十倍、何百倍にも増幅されている。

 おれは修道女たちに囲まれていることも忘れて夢中で食べた。


「師匠、一晩たったらここの人たち、ぜんっぜん扱いが違うんですけど?」

「良かったじゃないか」


「まさか、師匠、エロに飢えた女たちを一人で満足させたなんてことはないですよね?」

「まさか! おまえ、いいかげんその認識を改めなさいよ」


 おれが食後のコーヒーを飲んでいると、院長が現れた。

 昨夜、土下座し過ぎたせいで、彼女の額は赤く擦り剥けていた。

 それを見て、エラがクスクス笑った。院長はハラワタが煮えくりかえる思いだったろうが、おれの手前、笑顔をくずさなかった。


「弟子の具合も良いようなので、この者の支度ができ次第、出発しようと思います」

「もうしばらくゆっくりなさってはいかがでしょうか?」


 エラがおれの脇腹をつついて言った。

「これ、絶対下心ありますよ。このおバアちゃんは信用できないですからね」


 本人は囁いているつもりらしいが、まったく小声になっていない。まわりに丸聞こえである。院長のこめかみがピクピクひきつっているのがわかる。修道女たちもどう対応していいか困っている様子だった。


「お言葉はありがたいのですが、先を急ぐ旅ですので」

 おれは弟子の声など何も聞こえなかったふりで、院長の申し出を断った。

すみません。30話では終わりそうもないです。

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