オーナー様はご立腹です。
第25話です。
おれは腹が減っているのを思い出した。厨房へ行って何か食べられるものを探すとしよう。
こっちが腹を満たしている間に、修道女たちが地下室から出てきてくれればありがたい。
おれは階段を登り、食堂へ戻った。
エラは床に転がったままだった。怯えた表情だったが、目だけ動かしておれに気づくと、その頬の緊張が緩んだようだった。
「修道院長も一時的なものだって言っていたから、そのうちしびれは取れるだろう。心配はいらない」
エラは必死に右手を上げようとした。おれに手招きしたいらしい。どうせまたくだらないことしか言わないんだろうと思ったが、彼女のところへ行ってその身体を抱き上げるとテーブルの上へ移した。
「師匠……人が動けないと思って……変なことをするつもりですね?」
「するか、バカ」
まあ、エラは大丈夫だろう。時間さえ経てば元に戻る。彼女が動けるようになったら、ここを出ていくことにしよう。ただ、だいぶ時間をロスしてしまう。管制が怒るのは何とかしのぐとしても、「八月軒」が放った追手はきっと近くにいるはずだ。これから国境まで、かなり警戒して動かなければならない。
おれは食堂を出て隣の厨房へ行った。エラに見られていないのを確かめてから、光の球を天井のそばに浮かべた。これで暗かった厨房の中は、隅々まで明るくなった。
ベーコンが吊るしてあるのを見つけた。ナイフで厚く切ってフライパンで焼いた。香ばしい良い匂いが漂い出す。食堂へまで流れて行ったのだろう。エラが唸り声をあげる。あいつ、このうえまだ何か食いたいのか。
玉子も一緒に焼きたかったが、見つけられなかった。代わりに干乾びかけたライ麦パンを見つけた。おれはベーコンからフライパンへ滲み出た脂をパンに吸わせながら焼いた。どちらもこんがり焼けたところでかまどから下ろし、そのままフライパンから食べた。
エラの特殊能力〈生ける調味料〉の助けがなくても、ぞくぞくするほど美味かった。
鍋にはまだシチューが残っていた。こっちはエラも食べている。つまり、これを食べれば彼女の力によって増幅された美味を味わうことができるのだ。全身がマヒすることを割り引いてもまだ、かなり迷わされる誘惑だった。
――ねえ、何であんた、まだそんなところにいるわけ?
管制の不機嫌な声が急に聞こえて、おれは一瞬心臓が止まりそうになった。
心臓なんかないけどな。
――しかも、そこって、女子修道院よねえ。どうしてそんなところにいるのよ?
「いやあ、あの石板がここのだったんだよ。それを届けに来たら、礼を言われて引き留められちゃってさ」
――へえ、それで修道女たちが命乞いのお祈りをしているんだ。どういうことか、ぜんぜん、わかんないんだけど。
「へ?」
――へ? じゃないわよ。いったい何してんのよ? わかってる? 聖職者が神に祈ってるんですからね。つまり、オーナーへの直接請求ですよ。オーナー様からは至急の対応依頼がこちらに回ってきています。
「早いなあ。どんな内容だよ?」
――修道院が暴漢に襲われて、修道女たちが生命の危機だって。早く何とかしてくれないと、お祈りがうるさくって眠れないって、オーナー様はすでに半分怒ってます。
「えー、もう怒ってんの?」
――あんた、三百年も管理人をやってりゃわかるでしょ? あんたのとこのオーナー様は短気なのよ。ただでさえ、その世界はあまり面白くないって、オーナー受けが良くないんだからさ。気をつけてほしいのよ。
「わかった。気をつける」
――もう遅いの。こっちじゃ現地の管理人に至急対応させますって、マニュアル通りの返事をしたわけ。それで、あんたは今どこにいるのかと確かめたら、何とビックリもう現場に到着してるじゃない。あら、結構やるやつじゃん、と思ったら、何とまあ、修道女たちのお祈りが始まるずいぶん前から、そこにいらっしゃるじゃありませんか。
「そんな前でもないんだけど――」
――他に暴漢らしきやつもいないみたいだしさ。どう考えても、こりゃあんたが暴漢じゃない。どういうこと? オーナー様にばれたら、クレームどころじゃすまないわよ。
「わかった! お祈りをやめさせればいいんだよな?」
――そうだけど……皆殺しとか全員発狂とか、あとで問題になりそうな方法は避けてちょうだいよ。
「そこは上手くやるよ。信用してくれ」
おれはベーコンの残りを頭陀袋に突っ込んだ。ワインの樽もあったので、栓をひねって流れ出た赤ワインを口で受けた。甘味は少なくすっきりしていた。渋味も強くない。クセのない飲みやすい味だった。酒を入れる皮袋はすぐに見つかった。パンパンに膨らまして、それは肩から下げた。
食堂に戻るとエラがテーブルの上に起き上がっていた。おれを見ると、なぜなのか恥ずかしそうに笑った。
「ベーコン食べたでしょ?」
「明日食わせてやるよ」
「もしここを出られたらですよね?」
「まあ、大丈夫だろう。それよりおまえの方はどうなんだ? 起き上がって平気なのか?」
彼女はヒョイとテーブルを飛び降りて、おれの方へ歩いてきた。少しふらついていた。
「眠って起きれば出発できると思います」
そう言ったそばから、エラはあしをもつれさせて転びそうになった。おれはあわててその身体を支えた。
「えへへ、やっぱり師匠はやさしいです」
おれはエラを椅子に座らせた。そして、また地下へ戻った。
光の球を頭の上に浮かべて階段を降りる。真昼のような明るさにネズミたちが逃げて行った。
修道女たちは依然として、地下室に立て籠もったままだった。扉の中からはもう泣き声は聞かれなかった。彼女たちは声を揃えて祈祷していていた。
そうやって彼女たちが真剣に祈っているせいで、うちのオーナー様は眠ることができずご立腹なのだ。
理不尽な話だ。
いやはや、大体30話くらいで完結させる予定です。本当かいな?