恐ろしい男と呼ばれてしまいました。
第24話です。
「師匠、何かあっちの人キレてますよ?」
「おまえがキレさせたんだよ」
「めんどくさいですねえ。こういうめんどくさいのは、まとめてバーンッでいいんじゃないですか?」
「何がまとめてバーンだよ。おまえがめんどくさくしてるんじゃないか。おまえはバーンなんて簡単に言うけどさ、そりゃね、やるとなれば簡単な話なんだけど――でもなあ、聖職者に手を出すのはいろいろとマズいんだよ」
「信仰上の理由ってやつですか? 師匠って意外とマジメだったんですね」
「いや、契約上の理由かな……」
「契約上?」
「いいんだよ、細かいことは……。そんなことより、逃げるぞ。おれが道を開けるから、おまえはぴったりついて来いよ」
「わかりました」
「イチ、ニノ、サンで出口に走るぞ。いいか?」
「了解です!」
「イチ、ニノ、サン――」
「ああああ」
飛び出そうとした瞬間だった。エラが膝から崩れ落ちた。
「どうした?」
「力が……力が入りません……」
「ぶわっははは。どうやらシビレ薬が効いてきたようですね」
院長が聖職者らしからぬ悪人じみた笑い顔を、おれたちに向けていた。
シビレ薬? 毒?
すげえ、エラ、一日何回毒にやられるんだ?
おまえ、昼メシは毒だったじゃん。また、晩メシも毒だぞ。
もはや、メシを食ってるというより、毒を食ってると言った方がいいな。
「いくらこちらに人数がいると言っても、しょせんはか弱い女の集団です。何の手立てもなく男性のあなたに立ち向かうと思いましたか? ふふふ、甘いですよ。シチューの中にタップリ、薬を入れました。熊でも立っていられないくらいにね。ふふふ、もうじきあなたの身体にも薬が回って、シビれてきます」
「はい?」
「どうです? そろそろあなたの身体もマヒしてきたのではありませんか?」
何を言っているんだ、このバアさん?
「大丈夫ですよ。効き目は一時的なものです。次に目が覚めたら、あなたは地下室にいることでしょう。オホホホホホホ」
「ホホホホ」
「ホホホホ」
「ホホホホ」
院長の高笑いに修道女たちが唱和する。揃いも揃って上品な笑い方で、それがまた腹が立つ。
「食ってないんだけど」
おれは笑っている女たちを見回して言った。
「ホホホホ……はい? 何ですか?」
「食ってないって言ったんだけど」
「何を?」
「何をって、そりゃ晩メシをだよ」
「大丈夫! 熊さえ倒す薬ですから、全部食べなくても問題ありません。一口でコロリです。ホホホホ」
「一口も食ってないんだけど」
院長は疑うような目でおれを睨んだ。
「パンも?」
「パンも」
「ワインは?」
「ワインも飲んでない」
院長はおそるおそるテーブルの上へ身を乗り出し、おれの前の食事が一口も手をつけられていないのを確認した。
「うむむむ、見破られるとは!」
いや、見破ったわけじゃないから。
あんたがずっと話していたんで、手をつけるタイミングがなかっただけだ。
「恐ろしい男! さすがオーガ殺しの騎士について行って何もせずにボーッと見ていただけはあるな」
たしかにそう説明したけどさあ、あえてそう言われるとなんかムカつく。
おれは右へ一歩踏み出した。
右にいた修道女たちは悲鳴をあげてうしろへ下がった。
おれは左へ一歩出た。
左側の修道女が、きゃあきゃあ言って逃げた。
修道女たちは若いのも歳を取ったのも、もはやまったく戦意を喪失していた。これなら痛い思いをさせるまでもない。ちょっとほっとした。さすがにオーガ相手とはわけが違う。
しかし、このまま逃げ出せる状況でもなかった。
足元ではエラが唇を震わせて何か言おうとしていた。眼差しが真剣だった。どうしてもおれに伝えたいことがあるらしい。まさか自分を捨てて逃げろなんて言うつもりか。バカなことを。
おれは彼女の身体を抱き上げ、その口元へ耳を寄せた。
「し……師匠……え……エロに飢えた人たちを……犯し放題ですよ……」
全身がしびれていても、うちの弟子はこんなことを考えているのだ。バカらしさを通り越して、感動さえ覚えた。
とりあえずハーフエルフの娘はそこに転がしておくことにして、おれは立ち上がった。院長と交渉して、エラのマヒが治ったらここから出してもらわなくてはならない。
「院長」
「ひえええっ」
おれがテーブルを回りこもうとすると、院長以下十数名の修道女が反対側へ逃げた。さらに進むと、相手も同じだけ逃げる。おれが走ると、修道女たちも走った。
「ちょっと待って――」
「きゃああああああああああああ」
テーブルの周りをグルグルと何周もしている間に、誰かが食堂の入口の扉を開けた。
修道女たちはそこから叫びながら逃げ出して行った。おれは仕方なくそのあとを追った。
「ちょっとおれの話を聞いてくれ!」
「きゃあ、来ないで!」
「あっち行って!」
「キモチ悪いって言ってんでしょ!」
「触んないでよ、アレルギー出ちゃうじゃない!」
修道女たちは礼拝堂を横切り、ヒワイな歌を歌い続けていた石板の前を素通りして、反対側の通路へ逃げた。
「大丈夫だから。乱暴なことはしないから。――いったん立ち止まって話し合おうよ。一晩中追いかけっこするわけにもいかないでしょ?」
しかし、彼女たちはおれと話すよりは一晩でも走り続ける方を選んだ。
おれは飛んでくる花瓶や燭台を避けながら、彼女たちを追いかけた。そして、とうとう彼女たちを階段まで追い詰めた。おれは離れた場所で立ち止まり、彼女たちを見た。
「こわいー、あの目、こわいー」
若い修道女が泣いていた。
「あー。あれは変態の目だね。あんたたち、目を合わすんじゃないよ、妊娠しちゃうから」
年配の修道女がとんでもないことを言っている。
院長が前へ進み出た。
「見逃してくださるわけにはいかないのですか?」
えー、そっちが被害者かよ!
「なんかカン違いをしているようだけど――」
おれは一歩、前へ出た。
修道女たちは転げ落ちるように階段を下りて行った。
バタンッ。
重い扉の閉まった音がした。
おれは真っ暗な階段を覗き込んだ。何も見えなかった。空中に光の球を浮かべて、階段の隅々まで照らし出した。
一歩ずつゆっくり下りて行った。
狭い階段から狭い通路がまっすぐ続いていた。
石の壁が湿気た匂いをさせている。
そして、修道女は一人もいなかった。
通路の一番奥に重そうな木の扉があった。
おれは扉の前まで歩いて行った。
中から女たちのすすり泣きや、祈る声が聞こえてきた。
どうやらこの扉の向こうが、院長の言っていた地下室のようだった。
つまり、院長たちはおれを閉じ込めるはずだった地下室に、自ら閉じこもってしまったのだ。
そろそろ第一部完結に向けて話をまとめていきます。もうちょっとつきあってください。