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男性機能の問題ではありません。

第23話です。

 修道女たちは包丁や鎌を振り上げて、じりじりと迫ってきた。


 おれは腹を立てていた。

 晩メシをまだ一口も食べてない。

 おれの前にはすでに湯気を上げていないシチューとパンが並んでいる。カップにはなみなみと赤ワインも注がれている。

 どれもこのキャンペ修道院が自給自足で作っている物だろう。

 エラの特殊能力〈生ける調味料リヴィングシーズニング〉の力を借りなくても、十分美味しいに違いない。

 こういうことは、せめて食事を終えてからにしてほしかった。

 最悪、晩飯を食いっぱぐれる可能性もある。


「わたしたちを殺すのですか?」

 おれは修道院長を睨みすえた。


 おれが発した「殺す」の一言にエラは怯えて、背中へしがみついてきた。


 院長は首を振った。

「私たちは聖職者です。人の命を殺めるなどということはできません。しかし、外へ出てこの秘密をぺらぺらとしゃべられては困るのです」


「しゃべらないと約束します」


「本当に一生しゃべらないでいられますか。あなたたちはまだ若い。死ぬまでこのことを一言も漏らさないと神に誓えますか?」


 そりゃオーナー様との契約は絶対だが、オーナーもこんなバカバカしい契約は結びたがらないだろう。

 オーナーには何のメリットもない。

 そこのところを修道院長に説明してやりたかったが、現地住民の信仰内容に立ち入ることは、オーナー様と会社が交わした管理契約条項に反する。

 管理人としては、現地住民からオーナーに誓えと言われたら、とりあえず誓うしかない。


「もちろん誓えます」

「そちらの娘は?」

「えーと…………」


 迷うな、エラ! こういうときに迷うなよ!


「誓いま……すよ」

「はい、信じられませーん」


 わが弟子の誓約は、院長にいとも軽く否定された。ま、そりゃそうだろうな。


「どうするつもりです?」

「あなた方には一生この修道院の中で暮らしてもらいます。驚かないでください。私たちと同じことをしてもらうだけです。私たちも修道院から一歩も出ない生活をしているのですから」


「殺されなくてすみそうですね。良かった」エラが囁いた。「しかも、師匠にはハーレムじゃないですか。まわりはエロに飢えた女だらけですよ」

「おまえ、ノンキだなあ」


「そちらのハーフエルフには、私たちと一緒に信仰の道に入っもらいます。しかし、男性であるあなたをそのままここへ留めておくわけにはまいりません」


「ということは、男としての機能を奪うということか? ひー」

 どうしてエラが自分の股間を押さえて目を回しそうになっているのか、おれには理解しかねた。


 院長は顔を真っ赤にして否定した。

「いえいえ、そんな恐ろしいことはいたしません。ただ、鍵をかけた地下室に死ぬまで入っていただきます」


「良かったですね、師匠。切られなくていいみたいですよ」


「でも、閉じ込められちゃうみたいだけど」

「えっ、切られちゃう方が良かったですか?」


「そういうわけじゃないけど……」

「暗くジメジメした地下室に死ぬまで閉じ込められちゃう方が絶対いいですよ」


「そういう言われ方するとよけいに嫌だよ」

「はっきりしてください。切られちゃう方がいいんですか? それならそうと、今言っておかないと、後から『やっぱりあっちの方が良かった』とか言っても通用しないんですからね」


「そうなのかあ?」

「そうに決まってんじゃないですか。もう、子どもじゃないんですからハッキリしてくださいよ。はい、どっち?」


「どっちって、おまえ――」

「優柔不断はもてませんよ。じゃ、いいです。あたしが決めます。暗いとこは嫌なんですよね? わかりました。はい、おバアちゃん、おバアちゃん」


「私はおバアちゃんではありません!」

「でも、おジイちゃんでもないでしょう? いいんですよ、そんなことは。今問題になっているのは、ウチの師匠の男性機能なんですから!」


 いやいや、そんなことはありません。おれの男性機能問題など議題にはあがっていない。おまえが問題にしているだけだ。


「ウチの師匠ったら地下室じゃなくて、切る方がいいんですって。というか、積極的に切りたいらしいっす」


 誰が積極的に切りたいって言った?


「何を言う? そんなバカなことを望む者がいるはずがありません」

「ウチの師匠をなめんなよ。誰も望まないようなことを望むバカが、ヨーゼフ・キーファーという男なんだよ!」


 やめて。フルネームを出さないで。


「でも、切るのは痛いですよ。血も出ます。そりゃすごく出るに決まってます。本当にいいんですか?」


「いいんだよ、本人が切りてえって言ってんだから。だいたいここにいろって言ってんのはそっちだろうが。べつにこっちは好きでここにいさせてくれって言ってんじゃねえんだよ。男がいるのは困るって言うから、『じゃあ、切りましょうか』ってウチの師匠が気ぃ効かして言ってんじゃねえか。下手に出りゃいい気になりゃあがって、切るのか切らねえのかはっきりしろい!」


「えええー、そのようなことを突然言われても準備がありません。全然想定していませんでした。そこを何とか地下室の線でまとめてもらうわけにはいかないでしょうか?」


 かわいそうに院長はかなり動揺していた。


「まあ、こっちもおまえさんの顔を潰してえわけじゃあねえんだ。ただ『魚心あれば水心』って言うだろ? 切りてえって言ってる師匠に切らせねえんだから、それなりのモンは用意してあるんだろうなあ。え、ちょいとカビくせえくれえの地下室じゃ納得できねえぜ。ウジのわいた死体(ホトケ)の一つ二つ見つくろって放り込んでおくとかよ、それなりの工夫はあるんだよなあ?」


 ウジのわいた死体なんかいらないって。っていうか、エラ、おまえ、どこの人だよ?


「いやー、死体なんてありませんよ。あるわけないじゃないですか」

「ねえならつくれや、このウスラトンカチが! ムダ飯食いがこれだけ雁首並べてんだからよお、一つ二つ絞めたところで問題はあるめえ」


「神に仕える身をムダ飯食いとは何ですか!」


 うわ、これはマズい。聖職者をムダ飯食い呼ばわり――オーナー様からの完全なクレーム案件だよ。「弟子が勝手に言ったことです」なんて言い逃れはきかないだろうなあ。「何なんだ、その弟子っていうのは?」ってことになるに決まってる。ここはもう逃げちゃうしかないかな。

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