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オーガのものはおれのもの、です。

第20話です。

 オーガが巣にしていた洞穴はすぐにわかった。

 穴の外に「とても よい おーが(ひとくい)」と表札が出ていたからだ。


「うむ、これで良い」


 アギーレのジイさんは表札をはずすと、ヒョイと鎧の首から懐へ入れた。


「え、それで証拠になるのですか?」

「うん」


 ジジイは屈託なくうなずき、従者はホッと胸を撫でおろし、おれは仰天していた。

 表札が魔物退治の証拠になるなら、何も命がけでオーガと戦う必要などないじゃないか。

 オーガの留守をうかがって表札を盗んでくればすむ話である。


 エラがおれの袖を引いて、コソコソと囁いた。

「とても良いオーガだったらしいですよ、師匠。まずいんじゃないですか? バーンッ、てやっちゃいましたけど、後から問題になりません?」

「でも、人食いって書いてあるから」


「良い方の人食いかもしれませんよ」

「何だよ、良い方の人食いって。人食いは悪いだろう。悪だよ、悪」


「物事の善悪はそんな簡単に判断できるものでしょうか? 表面的な判断が間違いであることは、よくあることではありませんか?」


「何なの、おまえ、突然、真面目な人みたいなこと言って。わかった。じゃあ、おまえはここで今回の魔物退治について倫理的に深く検証していてくれ。その間に、おれは巣の中へ入って、宝物を探すから。たしか大玉のルビーのネックレスがあるとか、騎士様は言っていたよな」


「はっ、宝物! ルビーのネックレス! それを忘れておりました。ええ、ええ、師匠のおっしゃる通りでございます。わたくしが間違っておりました。オーガは悪。良いオーガだろうが、悪いオーガだろうが、オーガであること自体が悪なのです。オーガはすべて撲滅あるのみです」


「いや、そんな過激なことは言ってないから」

「えー、でも、ルビーのネックレスですよお?」


「おまえ、すっかり自分のものにする気でいるけどさ、どうしてそういうことになるんだ? オーガを倒したのはおれだぞ」

「え? だって、あたしがかわいいから、師匠は魔物と戦ったんですよね?」


「おまえの言っていることがよくわからないんだが」

「あたしがこわいからもう帰りましょうって言ったときに、師匠はあたしを抱きしめて言ったじゃないですか」


「何て?」

「安心しろ。おれがいる限り大丈夫だって」


「ああ、まあ、そんなことを言ったかな」

 おれは顔が赤くなるのがわかった。耳まで熱くなる。われながらよくもそんなクサいセリフを吐けたもんだ。


「あれはつまり、(かわいいおまえのために、オーガを倒し、ルビーのネックレスは絶対に取ってきてやるから)安心しろ。おれがいる限り(大玉のルビーのネックレスは、かわいいおまえのものだから)大丈夫だって、意味ですよね?」


「そのカッコの中は何なの? どういう変換をすればそういう意味になるんだ?」


「こんなの、ふつうですよ」

「おまえ、おかしいよ」


「(かわいい)おまえ、おかしい(けど、そういうところがまたかわいい)よ、ですか?」


 おれは新品の基体(ボディ)の首がちぎれるのを覚悟で、ブンブンと水平に振った。


「おまえ、一度しね」

「(かわいい)おまえ(に前から)一度(言おうと思っていたんだけど、かわいい)し(ほんとうにかわいい)ね?」


「もう区切るところからして無茶苦茶じゃん」

「いいんですよ、何でも」


 ハーフエルフはキレたように言い棄てると、おれに背を向けてオーガの洞穴へ飛び込んで行った。


「くっさー、目にしみるわー、ルビーはどこじゃー、それにしてもくっさー」


 宝物を目前にしてすっかり機嫌のなおったエラの明るい声が、巣穴の中から聞こえてきた。


 おれも穴に入って行った。臭いのは耐え難いほどだが、あのオーガは思いのほか几帳面だったようで、穴の中はキレイに整えられていた。石造りのベッド、解体途中の人間、棍棒のストック、いろいろな物が整理されて、穴の各所に置かれていた。


 穴の一番奥で、エラが腕を組んで悩んでいた。

 彼女の前には、誰から見ても宝箱だとわかるーーというか、それ以外に使うのはちょっと仰々し過ぎてはばかられるような「宝箱」が二つ並んでいた。


「何を悩んでいるんだ?」


 エラは宝箱の蓋を指差した。

 どちらの箱の蓋にも紙が貼ってある。


   「とても よいもの(ほんとう)」

   「とても よいもの(うそ)」


「こういうときって、絶対どっちかミミックじゃないですか」

「うん」


【ミミック】捕食のため宝箱に擬態する甲殻類モンスター。主にダンジョンなど薄暗い場所に生息。魔法可能世界でのみ設定。職業としての冒険者の設定のない世界では希少種。


 というわけで、この世界ではミミックはレアなのだ。宝箱に入っている宝物なんか拾うより、ミミックを生け捕りにして見世物小屋へ売り飛ばす方がずっと実入りが良い。


「オーガの知能レベルから考えて、どっちがミミックか悩んでるんですよ」

「なるほど。で、おまえはどっちがミミックだと思うんだ?」


「こっち」

 エラは「とても よいもの(うそ)」を指差した。


「ほうほう、なぜこちらだと思うんだね?」

「だって、うそって書いてあるから」

「ん?」

「うそって書いてあれば、うそに決まってます。うそって書いてあるのに、本当だったらズルじゃないですかあ」


「うーむ。おまえ、オーガの知能レベルを考えたようなことを言っていたよね?」

「はい、考えましたよ。だって、オーガってバカじゃないですかあ。バカなのによく字が書けたなあって、ほめてあげたい気持ちになりました。しかも、見た人がわかるように『ほんとう』と『うそ』も書いているし、とても正直で好感が持てますよね。ほっこりしましたよ」


 おれは、オーガにほっこりしているエラを無視して、二つの箱を透視した。「ほんとう」の方がミミックだった。

 つまり、うちの弟子はオーガとの知能バトルに敗れたということになるのだろう。


「でも、そっちの『うそ』の方が本当は宝箱かもしれないよね?」

「大丈夫ですよ。オーガはそんな意地悪な子じゃありません」


「おれはこっちの『ほんとう』は、あやしい気がするんだよなあ。これ、ミミックじゃないかなあ」

「こわがりですねえ、師匠は。大丈夫ですって。あたしは信じてますから」


「信じてる? 誰を?」

「オーガを、に決まってるじゃないですか」


「おれが『あやしい』って言っているのに、おまえはオーガを信じるのか?」

「そうですよ。変ですか?」


「おまえなあ……おれとおまえの関係を言ってみろ?」

「…………愛人関係?」


「ちがーうっ! 師弟関係!」

「あー、そっちかー。おしかったなあ。そっちね。あと一歩でした」


「いいか、おまえにとっておれは師匠だ。そしてその師匠が『この箱はあやしい』と言っている。じゃあ、そのとき弟子であるおまえはどうすればいい?」


「はあ、あたしはこの箱が宝箱だと思ってる――。で、師匠はミミックだと思っている――。さあ、あたしはどうするのが正解か――。という問題ですね?」

「そうだ! 弟子のおまえはどうすべきだ?」


「あいだを取って、師匠に開けてもらう?」

「そうかー、あいだを取っておれが開ければいいのかあ――ガチャ! うわあ、ミミックだあ――なんてなるわけないだろ!」


 こんなことをいつまで続けていても不毛なので、おれはオーガの棍棒ラックから手頃な一本を抜いて、「とても よいもの(ほんとう)」のミミックを粉砕した。


 グシャ! キュ~!


 獲物をひと噛みするのを心待ちにしていたであろうミミックは、蓋を開けられることもなく昇天した。


「あ。ミミックじゃん」

「さっきからずっと、おれはそう言ってた」


「おのれ、オーガのやつめ、だましたな~」


 いやいや、おまえが勝手にだまされただけだから。


 おれは本当の宝箱の蓋を蹴り上げた。カギが壊れてパカッと開いた。


 宝物といっても、しょせんオーガの「宝物」だ。

「大玉ルビーのネックレス」とは、ただの真っ赤なガラス玉のネックレスだった。

「千里眼の眼鏡」は、度の強い老眼鏡でしかなかった。

 そして、「歌う石板」は――。


 それは箱の底に布に包まれてあった。

 大きさからするとスマホというより、タブレットのようだった。

 持ち上げてみると、そこそこの重さがある。

 タブレットではなく、ノートパソコンか?


 全体を覆っていた布を取り払った。


「♪見~よ~ 栄えあるー 大~地 ♪ララー これも 神の恵みなり~」


 石板は聖歌を歌い出した。

「歌う石板」は、ただの歌う石板だった。

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