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本日のオーク運は最悪です。

2話目投稿しました。

「たすけてください……」


 オークの巨体のかげに小さな娘がいた。

 耳がとんがっているが、髪はブロンドじゃない。ハーフエルフか。

 だが、そんな部分よりまず目を引くのは、その恰好だ。

 服はビリビリで、ほとんど肌が隠れていない。

 エッチだ。

 とはいえ、右腕で胸を隠しているところを見ると、初めからそんな恰好で町を歩いていたわけではなさそうだ。


 オークがまた、ぐるるる、とうなった。


 おれは以前から、この世界におけるオークの生殖本能の設定に疑問を抱いているのだ。

 何でこんな真っ昼間に、こんな町の真ん中で、繁殖活動にいそしまなくちゃならん?

 やりすぎだろ、この設定。

 だが、決まっちまった設定に文句をつけてもしかたがない。

 そいつはおれの担当じゃないんだ。


 しょせん、おれはこの世界の管理人にすぎない。

 各種設定を決めるのは設計士の仕事だ。

 設計部の連中が、発注主(オーナー様)の希望に沿って、物理法則のパラメータを決定し、魔法のあるなしとか、棲息生物の種類や知的レベルを細かく設定する。

 そして、設計士の図面通りに開発部門が世界を創造するわけだ。


 おれたちの出番はそれから。

 完成した世界が、オーナー様に満足していただける発展をするよう監視し、ガタのきているところが見つかれば修繕(メンテナンス)する。

 すべてはオーナー様のための、地味なお仕事である。


「うせろ、人間」


 オークは濁った目でおれを睨んだ。


 人助けというのは、本来、管理人の業務の範囲にはない。

 その世界に設定されたルールの中で起こることなら、どんな犯罪も「故障」ではないからだ。

 たとえ最低最悪の爆弾で全住人が滅びようとも、その爆弾がその世界の物理法則に反していないなら、管理人は何もしない。

 そういうことだ。


 つまり、オークが女を襲うのは設定に従った行動なのでセーフ。

 おれは黙ってここを立ち去るか、あるいはハーフエルフが犯されるところを喜んで見ているかすべきなのだ。


 じゃあ、この場合、かわいそうな娘を助けちゃいけないかというと、じつはそのへんは曖昧である。


「最終事態予防措置」というのがあってだな――

 上も、せっかく創った世界だからそうそう簡単には滅ぼしたくないわけよ。

 だから、なるべくそっち方向に世界が進まないように細かくバランスをとるのも、おれたち末端管理人の業務のひとつなのね。


 こんなふうにオークが若い娘を端から襲っているとですね、いずれ世界は滅亡してしまうんですよ。

 と、おれが判断するなら、そのときは「最終事態予防措置」が発動できる。


「お願いします。助けてください」

 ハーフエルフの娘に拝まれた。両方の腕に挟まれた胸がムニッと……エッチだ。


 オークが吠えて腕を振った。

 娘の身体がはじき飛ばされた。

 この瞬間、おれの腹はきまった。


 おれはゆっくりボタンをはずしてシャツを脱いだ。

 それを見た娘の目に絶望が浮かぶ。

 どうやらおれまでオークの仲間になって自分を襲ってくると思ったらしい。


 ……そういう選択肢だってないわけじゃないんだけどさ。


 濡れたシャツをねじって右手にさげ、オークに近づいて行った。

 オークはおれを見て鼻で笑った。

 おれも笑ってやった。


「おまえ、濡れた布で叩かれたことはあるか?」


 おれの問いかけに、オークは、ぐるるる、と答えた。

 語彙の乏しいやつだ。


「さっき会ったオークはもうちっと頭が良かったぜ。おまえ、オークの中でも底辺だろ?」


 オークが吠えた。同時に、太い右腕がおれの顔めがけて襲ってきた。

 おれは半歩さがって腕をかわすと、濡れたシャツでオークの頬をひっぱたいた。


 グシャッと骨の粉砕される音。

 オークの顎はありえない形に歪んで、顔の下半分にぶら下がっていた。

 血とよだれの混ざった液体がだらだらとたれている。

 こいつはもう二度と肉を噛めまい。


 夢詰草で痛覚が鈍っているのだろう。

 オークは牛刀のような刀を抜いて襲いかかってきた。


 おれは刃にシャツを巻きつけてオークの手から刀をもぎ取った。

 膨らんだ腹に蹴りを入れる。

 オークの巨体は背後の壁まで吹っ飛んだ。

 壁がなければ、きっと冗談みたいにどこまでも転がって行ったろう。


 オークは身体を二つに折って悶絶していた。

 その体内を透視してみる。

 内臓がひしゃげていた。

 四つある胃袋のうち二つはきっともう使い物にならない。

 背骨も砕けている。――立ち上がることは不可能だ。


 命を奪うつもりはなかった。

 ただ、殺してくれた方が良かったと思わせるぐらいには痛めつけた。


「ありがとうございます」

 ハーフエルフの娘がしがみついてきた。ハダカ同然の姿である。

 このままではハイエナから獲物を奪うライオンになってしまいそうなので、おれは娘の破けた服を元通りに修復した。

 おれは娘の格好を見て後悔した。

 もう少し露出度が高い服であってほしかった。


「魔法ですか?」

 娘は自分の格好を見てキョトンとしている。

「呪文――唱えなかったですよね?」


 そうなのだ。とっさのことで「呪文」を唱えるのを忘れていた。

 この世界では魔法が「技術」として存在している。

 魔力と呪文の組み合わせで魔法が発現するという設定なのだ。


 おれは単に「娘の服を修復した」だけで、魔法を使ったわけじゃない。

 この世界の住人の前で、この世界の設定にはないことをしてしまったのだ。


 ヤベッ!


 いつもならこういうときは、いい加減な呪文を唱えてからやるようにしている。

 そうすれば、この世界の住人たちは「当たり前に魔法が使われただけで、何の不思議もない」と見過ごしてくれる。

 二日酔いのせいか、ハーフエルフのおっぱいのせいか、何でか知らんが、その大切なひと手間を忘れてしまったわけだ。


「いや、唱えたよ、……早口で」

「えー、ウソですよお。ぜんぜんっ、聞こえませんでしたもん」


 こだわるねえ。


「聞こえなかった? ああ、その、ほら、小声で言ったからね」

「ブー! ごまかさないでくださいー。絶対、言ってませんから。あたし、耳だけはいいんです」


 しつこい娘だ。


「うー、あー、それね、その、何だ、こいつブン殴るより先に言ったからさ、たぶん、気がつかなかったんじゃないかな……」

 おれは苦しんでいるオークの頭をコツコツ蹴とばして言った。


「ダメですぅ、そんなのありえませんー。ぜぇーったい、呪文唱えてませんから。もうバレバレなんですから。いいかげんにしてくださいよー」


 いいかげんにしてほしいのはこっちだよ。


「おまえねえ、助けてもらったのに、その態度はないんじゃない?」

「えー、だってえ」

「だってえ、じゃねえよ。あんまりウダウダ言ってると犯すぞ!」


 ハーフエルフは一瞬黙って、おれの顔をまじまじと見た。

 それから、ニヤリ、と笑うと「いいですよ」と答えた。


「はあっ?」


「いいですよ、犯しても。でも、そのかわり――」

「そのかわり?」


「あたしを弟子にしてくださいね」


 おれは一目散に逃げだした。

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