お師匠様は復活します。
第19話です。
「何を泣いてんだ?」
エラが顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃの顔でおれを見た。目を大きく見開いて――
「出たあ! 師匠、早っ! 幽霊になるの、早っ!」
弟子よ、予想通りの反応で師匠はうれしいよ。
「おお、キーファー殿、無事であったか。良かった、良かった」
アギーレも目に涙を浮かべ、今にも抱き着いてきそうな様子で、喜んでいた。
「ご心配をおかけしました」
おれは殊勝に頭を下げた。内心はこの年寄りをブン殴りたい気持ちでいっぱいだった。
このジイさんが変なキノコを食べさせなければ、もっと簡単に魔物退治なんかすませられたのだ。
こっちはおかげで基体を新調しなければならず、しかも費用は自腹なのだ。
この世界でいくら宝物を手に入れようと、そんな物はこの世界の中でしか価値がない。
新基体の支払いには使えない。
また、ローンが一つ増えてしまった。
本当は、オーガの棍棒で、脳天に一発食らわせてやりたいところだ。
「あ、そうだ。騎士様、あのお昼に食べたキノコですけど、毒キノコでしたよ」
エラが無邪気な口調で言った。
が、彼女の腹の中も怒りで真っ黒のはずだ。
もしかしたら、おれが見ていなかったら、一発くらいどついているのかもしれない。
「なんと! 毒キノコが混じっておったか!」
「いえ、アギーレ様、全部です」
おれは老騎士のかなり間違った認識を訂正した。
「全部? あれはミナミヤマタケではなかったのか?」
「いえいえ、ミナミヤマタケでした。ミナミヤマタケは毒キノコですから」
「えええっ、毒キノコ!」
アギーレのジイさんは大仰に驚いた。ワザとっぽかったが、オーガ討伐前に毒キノコを食らうバカもいないだろうから、本当に知らなかったのだろう。
「あのキノコは、今までもずっと食してまいったが! これまでは何ともなかったぞ」
「死ぬような毒ではありませんから、気づかなかっただけですよ。それも騎士様の普段の修行の成果ではありませんかね」
おれはさらっと皮肉を入れてみたが、アギーレはそれには気づかず、ムムム、とうなっていた。
「ときどき意識がとんでいるようなことはあったが、あれは毒に当たっていたということであったのか」
おいおい、ジジイ、ちゃんと自覚症状があるじゃないかよ。
何でそれを無視するかなあ?
「おお、そういえばアンドレはいかがしたであろう? さっきまでは一緒におったのだが――」
さっき? さっきってことはないだろう?
おれが森の中で遭難しかけている騎士の従者を見かけたのはだいぶ前だった。
「ずっとわが初陣の話をしておったのじゃ。あの者は何度聞いても必ず感心するでな」
うーん、それは幻覚だな。
ジイさんがその話を延々くり返していた頃、本物のアンドレは全然違う場所で大木に向かって、畑から生える足について語っていたもの。
「さっきまで一緒だったら、どっか近くにいるんじゃないですかー」
エラはどうでもよさげに答えていた。もうこれ以上、この主従にはかかわりたくないという気持ちが、露骨に見えていた。
おれは新しい頭の中に新しい地図を展開させると、アンドレの位置を表示させた。
いいねえ、新品は。表示もきわめてクリアだ。
「わたしはあちらの方で見かけましたが」
おれはアギーレを促してまた森へ入って行った。
途中でロバを捕まえ、老騎士を乗せた。
馬はオーガに殺されてしまったので、とりあえずロバにでも乗せておかないと、ジイさん格好がつかないし、重い鎧のせいで歩かせるとどうしても遅れがちになる。
自分が乗りたかったエラは、ほっぺたを膨らませて、ロバの尻を折れた木の枝でペシペシ叩きながら、ついてきた。
アンドレは木漏れ陽のさす窪地で見つかった。
彼は朽ちかけた切り株に対して、笑いながら何度も頭を下げていた。まだ毒が抜けていないようだった。
アギーレが声をかけると、ぼんやりした顔で振り返った。目の前にいるのが主人だと気づくと、急に目を輝かせた。
「おお、殿様~。ご無事でしたか。魔物退治の首尾はいかが? おお、本懐を遂げられた。それはよろしゅうございましたなあ。わたくしは道にはぐれてしまいまして、お手伝いもできず、誠に申し訳ないことでございましたが、いやー、この間、こちらのご隠居にたいそう親切にしていただきまして――」
「アンドレや、アンドレや」
「はい、何でございます? このご隠居はずっと北の方でちりめん問屋を営んでいらっしゃるそうで――」
「それはご隠居ではない。切り株じゃ」
「何をおっしゃられます、殿様。人を見て切り株とは、失礼でございますよ。本当にもう、このようにご隠居は――お、おおう! ご隠居がいない! どこに行かれた? はて、面妖な。あ、こんなところに切り株がございます。これはいったいどうしたことでございましょう!」
「じゃから、それは最初からご隠居ではなく切り株だと申しておろうが」
「な、な、なんと。さては魔物のめくらましでございますな」
いちいち毒キノコだと説明するのにももう飽きた。
おれはおマヌケな主従は放っておいて、オーガの巣を探すことにした。
魔物退治なんてどうでもいい。おれにとって大切なのは、オーガが隠していたという宝物、歌う石板の方だ。
オーガの匂いの分布を地図に表した。ピンクが濃いところは、より匂いの濃度が濃いところだ。
一番濃い辺りに巣は見つかるだろう。
「無事本懐を遂げられて、これで殿様も念願の仕官がかなうということになりましたな。おめでとうございます」
「うむ、おまえにも苦労をかけた。じゃが、長年の苦労もようやく報われるというものじゃ」
「でもさ、でもさ、騎士様。オーガを退治したっていう証拠はないよねえ? 領主様は信じてくれるかなあ? マジ、どうすんの?」
毒キノコの件を根に持っているエラは、老騎士主従の喜びに水を差すようなことを言った。
「ああ、殿様、オーガの首級とか尻尾とか、何も取って来られなかったのですか?」
アンドレはロバの前へ回って、心配そうに主人を見上げた。
「爆発して流れてっちゃったんですもんねー。そんなの取りようがなかったすよねー」
エラは面白がっていた。意外と性格の悪い弟子である。
「まあ、心配はいらん。巣に行けば何か見つかろう。案ずるな、ははは」
のんきな騎士である。もしかしたら、こっちもまだ毒が抜け切れていないのかもしれない。
さらに森を奥へ進むと、人の鼻でもオーガの臭いがわかるようになってきた。くっさーい、行きたくなーい、という弟子を叱りとばして、おれはより臭いの強烈な方へ進んで行った。
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