全とっかえでお願いします。
第17話です。
おれは立つこともできず四つん這いになって、エラを追った。
「いかがいたされた、キーファー殿。いざ、オーガ討伐に参ろうぞ〜、あははは」
最高にハッピーな状態の騎士に追い抜かされた。
「足が、いひひ、足が、いひひ……」
アンドレもふらふらと森の奥へ入って行く。
どうやらキノコの毒はおれに一番効いているらしい。
調子に乗って食い過ぎたかなあ。
頭の中にこの世界の仕様書を展開、ミナミヤマタケを検索。
ありました。
【ミナミヤマタケ】毒キノコ。チトセケ大陸南部の広域に見られる。食べると数分から一時間で「多幸」「万能感」「幻覚」「幻聴」の症状が出る。まれに運動神経に麻痺の出ることもある。致死性はないが中毒性は高い。南部のコボルト少数部族で祭儀に用いることでも知られている。
げっ、いわゆるマジックマッシュルームじゃん。
なんて物を食わせるんだ、ジジイ。
おれは木にすがってなんとか立ち上がった。
このままでは先へ行った連中は全滅だ。オーガがいくら雑魚だといっても、キノコでヘラヘラになっているやつらに討たれはしないはず。
老いぼれ騎士とその従者なんかどうなっても構わないが――いっそオーガに食われてしまえ――うちの弟子だけは守らなくては。
しかたがない。最後の手段だ。
「管制! 管制!」
――あら、意外と早かったわね。モグモグ。歌う石板はどうだったの? モグモグ。
ヤバい。彼女は食事休憩中だ。
「そいつはまだなんだ」
――えー? じゃあ、何で連絡してきたの?
たちまち不機嫌になった彼女に、いつもなら適当な言い訳を考えるところだが、今はそんな余裕はなかった。
「助けてくれ。毒キノコを食っちまった」
――はい? 今、毒キノコって言った? 好きよ。
「今、好きって言った?」
――はあ? ブチ殺されたいの、あんた? 前からずっと好きだったのよ。何で毒キノコなんか食べんのよ? 魔物退治に出かけたんじゃなかったの?
まいった。この状況で告白されてもなあ。
「昼メシでほかに食うモンがなかったんだ」
――一食ぐらい抜いたって死にゃあしないわよ。何だか暑くなってきちゃったわ。脱いでもいい? どんな状況なのよ? 食べたキノコの種類はわかるの?
「ミナミヤマタケっていうキノコだ。足にきてる。ふらふらだよ。キミは暑いんなら脱げばいい」
――何言ってんのよ? 全部脱いじゃった。あたしが今、どんな格好してるか想像してみて。足にきてるってそれは食べ過ぎよ。あなたも脱いだら?
おいおい、職務中だぞ? 本気かよ?
「え、全部かい? 今、ここで全部脱ぐの?」
――何であんた、服を脱ごうとしてるのよ!
「だって、キミが脱げって言ったから――」
――言ってない。そんなこと一言も言ってない。
「キミもスッポンポンなんだろ?」
――あたしゃ、どこの裸族だ? どうして全裸で仕事しなきゃならない? バカか、あんた? いや、バカなのはわかってた。あんた、真性のバカだね。それは幻聴よ!
「おれがバカだってところは幻聴?」
――いや、そこは本当!
つまり、管制はおれに告白もしていなければ、服を脱いでもいないということか。
おれはしぶしぶズボンをはいた。
「毒を消してくれ」
――ちょっと待って。今、あんたのその世界での基体を調べているところだから。…………あんた、ホントどうしようもないわ。何でこんな薬物耐性のない肉体を使ってんのよ?
だって、薬物耐性を上げるといくら飲んでも酔っ払えないんだもん、って正直に答えたら怒るだろうなあ。
おれは「現地人とのバランスがゴニョゴニョ」とお茶を濁した。
――もう、あんたったら調子に乗って食べ過ぎよ。現地人なら完全に廃人レベルだわ。
「つまり、どういうこと?」
――もう毒性を完全に消すことはできないってこと。これは基体ごと交換するしかないわね。
全交換かよ。まいった。これは経費じゃ落ちないかもしれない。しかし、背に腹は代えられない。
「わかった。そうしてくれ。急いで。頼む」
――急いで頼むって言われても、過去ログから何から何まで移し替えなくちゃいけないし、服とかだってコピーの必要があるんでしょ? そっちの時間で三〇分から一時間くらいかかるわよ。
「かかり過ぎだよ」
――かかり過ぎったって自分のせいじゃないの。あんたがキノコなんか食べなければ良かったのよ。
「それじゃ、基体交換の準備を進めてくれ。それと今の基体の方も応急処置を頼む」
――応急処置だけでいいの?
「急いでいるから、それだけでいい」
――了解。……処置終了しました。どう?
身体の中にわだかまっていた、ぼんやりした熱のようなものが、すっきり消えていた。顔を洗ったように意識もはっきりしていた。飛び跳ねても問題ない。
「いい感じだ」
――そりゃ毒が回っている状態に比べればマシでしょうよ。でも、気をつけて。その基体の各スペックは初期設定の一割近くまで落ちてるんだから。つまり、今のあんたはそこの現地住民と大差がないってことよ。
そいつは想定にない話だ。おれは頭を掻いた。
「オーガと比較したらどうなんだ? 石板を持ってる魔物ってのがオーガなんだ」
――うーん……殴り合いをしようとか思わない方がいいわね。雷撃とか熱線とか爆破とか、そういう派手なのもちょっと控えた方がいいわ。使えてもせいぜい一回だし、どうせ手の届く範囲ぐらいにしか飛ばないから。
「じゃあ、何ができるんだ?」
――そうねえ……近くまで行ったら悪口くらいは言えるんじゃないかしらね。でも、一〇メートル以内に近づかないこと。相手の方が足が速い。まあ、次の基体を用意しておくから死ぬ心配はないけど、オーガは人を食べるからねえ。頭からガリガリかじられるのはちょっと痛いと思うわよ。
こっちの難儀など他人事で、どこか面白がってもいるような管制に新しい基体の準備をできる限り急いでくれるよう頼んで、おれはエラが走って行った森の奥へ向かった。
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