ハッピーキノコでーす。
第16話です。
森の外れに着いたのは予定より少し遅く、お日さまはもう頭の上まで登っていた。
おれは激しく後悔していた。
昼食の用意をしていなかった。宿屋でパンと干し肉でも分けてもらえばよかった。
腹が空いている。
傍らには〈生ける調味料〉のエラがいる。
しかし、食料がない。
こうなると、うちの弟子はまったくのムダだ。ムダ以外の何物でもない。
何の役にも立ちゃしない。
「んー、師匠、何か怒ってます?」
「いや、怒ってなんかいないよ」
「ウソですよお、絶対怒ってますもん。そーゆー顔ですもん。そうだ! おっぱい見せたら、機嫌直してくれます?」
「いらない。そんなモン見たって何にもならない」
「そ、そ、そんなモンって。ひっどーい。師匠ったらひっどーい。弟子がどんな思いで『おっぱい見せる』って言ってると思ってんですか。死にそうなくらい恥ずかしい気持ちなんですよ。それを、そんなモン、なんて。昨夜はあんなに喜んでいたくせにー」
エラはロバの上でおっぱいを揺らしながら憤慨していた。いやもう、ムダどころではない。百害あって一利なしの弟子である。
ロバのクツワを取っているアンドレが目を丸くして、おれを見ていた。
彼の頭の中ではきっと、天下無双の武芸者ヨーゼフ・キーファーはド変態ということになっているだろう。
「やめろ。人聞きが悪い」
「カッカッカ、まあ良いではござらぬか。英雄色を好む、とも言うからのう」
アギーレまでが誤解している。
「おれはなあ、エラ、腹が減っているだけなんだよ」
「なあんだ、そうでしたか。師匠って子どもみたいですね」
「たしかに腹が減りましたな。腹が減っては戦はできぬ、と申す。いかがかな、キーファー殿。ここらで食事休憩といたすか?」
「はあ、そうしたい気持ちはやまやまなのですが、昼食の用意をせずに出てきてしまいました」
おれは老いぼれ騎士に肩をすくめてみせた。
魔物退治を手伝ってやるんだ。ジイさん、食い物持ってるなら出せよな。
「申し訳ないが、われらも食料は持っておらん。フム、じゃが、心配はいらん。こちらをご覧あれ」
アギーレのジイさんの槍の先が木の根方を指していた。そこには茶色く丸々としたキノコの群生があった。
「ミナミヤマタケというキノコじゃ。これがなかなかにいけるのじゃ。のう、アンドレ?」
「さようでございますな、殿様」
アンドレはアギーレが馬から降りるのを助けた。それは降りるというより転げ落ちるのに近かった。従者の手伝いがなければ、鎧をつけた騎士は馬からまともに降りられそうもなかった。
「かようなときに草臥せの騎士の経験が生きるというものじゃ。しばし、待たれよ。今、集めてくるのでな」
アンドレとアギーレは、あっという間に山になるほどのミナミヤマタケを採集した。
「さあ食おうではないか」
「生で?」
「うむ。ミナミヤマタケは生がいちばん美味いのだ」
そう言うなり、アギーレのジイさんは一番上の一個を取って、口の中へ放り込んだ。
むしゃむしゃと咀嚼しながら、美味い、と言った。
恐れを知らないエラも一口かじり、オイシー、と叫んだ。
それを見てから、おれもキノコに手を伸ばした。
しかし、いくら〈生ける調味料〉が美味いと言ったからといって、本当に生で食べるキノコがそんなに美味いだろうか。
おれはおそるおそる、傘の端っこを齧ってみた。
生でかじるキノコは思いのほかジューシー。
サクッとした歯触りがあって、香味あふれる汁が噴き出してくる。
濃厚な甘味はまるで熟した果物のようだ。
自然の苦味とピリッとした辛味がアクセントになって、食べ飽きるということがない。
おれはわれを忘れてミナミヤマタケをむさぼり食った。
腹がくちくなって、おれたちは意気揚々と再び歩き出した。
森の奥へ。森の奥へ。
オーガを退治しに――。
とても愉快な気分だ。何でもできそうな気がする。
というか、おれにできないことなんてないだろう。
あはあは。
オーガなんて一発だし、オーパーツやスマホが何だ!
ははは、そんなモン、全部まとめてウリャーである。
そして、おれは本社に帰り、ぐふふ、秘書課のポーちゃんと受付のマインちゃんと結婚するのだ、ぐへへへへ。
3Pはダメだから、寝室は別にしなきゃな。
いやもう、寝られませんわ、ひひひ。
スタミナつけないと。ニラレバとかさ、とろろとかさ。ムフフ、精のつく物を食わないととても身が持ちません。
あ、そうだ。
ポーちゃんやマインちゃんが料理上手だとは限らないし、ここは一つ、エラも一緒に連れて行こうか。
うむ、グッドアイデア!
おれって天才だわ、あは、あは、あははは。
「アンドレや、ははは、拙者が十六のみぎり、わはは、初陣で敵将の首級をあげた話は、イヒヒ、聞かせたことがあったかのう……うむ、ヒヒヒ、あれは拙者が十六歳のときであったぞ、むふふ、いや、待て、はは、十五の歳であったかの? オホホ、アンドレや、拙者はいくつであったかのう? まあ、何でもいい……」
「殿様ー、畑をですなあ、ははは、耕すとですね、うふふ、そこから足が生えてくるんです、うふふ、抜いても抜いても、生えてくる、ふふふ、足がですよ、生えてくるんですわ、ははは、臑毛がモジャモジャの男の足がですね、へへへ、あっちにもこっちにも、生えてくるわけですよ。ホントですよ、殿さま。これはね、へへへ、つまり、だれの責任なのかと、あはあは、私は村長にですね……」
これはおかしい。ははは……さっき食べたミナミヤマタケの中に……へへへ……毒キノコが混ざっていたのだ。ぶふふふ……そうとしか考えられない状況である。……ぷっ、もしかしたら、ミナミヤマタケというのは毒キノコなのかもしれない。
老いぼれ騎士ならありそうな話だ、ぎゃはははは。
どうする? どうすればいい?
ダメだ、考えがまとまらない。
おれの身体から毒を消すことはできるはずだが、頭に霞がかかったようにぼんやりしていて、うまくできない。
どうやらおれの今の身体は、ミナミヤマタケの毒成分に弱い体組成のようだ。
飲み過ぎて二日酔いになったときと同じだった。
足がもつれてまっすぐ進めない。平衡感覚もおかしくなっていて、おれは何度も転んだ。
こんなところを「八月軒」が差し向けた追手に見つかったら、何もできないまま、エラをさらわれてしまうだろう。
エラ、エラ。どこだ? どこにいる?
おまえは無事か?
「ひゃっほー、突撃ぃ!」
そのとき、ロバに乗ったエラは奇声を発して、おれの傍らを走り抜け、そのまま森の奥へと突進して行った。
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