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朝ゴハンを食べてから出発します。

第15話になります。

――それで魔物退治を手伝うことにしたわけ?


 管制(コントロール)の口調には、彼女のお怒りがにじみ出ていた。

 おれの〈寄り道〉が気に入らないのだ。


「だって、歌う石板だぜ?」

――たしかにそれは気にかかるけど。うーん、スマホだという可能性は否定できないとしてもね。


「だろう? もし歌う石板がスマホなら、ダーケンのスマホ一個じゃないってことになるよな? 二個見つかったらそれは、三個、四個、ほかにもあるってことじゃないか? もしかしたら、スマホはこの世界にザクザクあるのかもしれない。それって結構大変な問題だろう?


――あんた、得意そうに話してるけどさぁ、それって、管理人であるあんたの、管理不行き届きってことでもあるんだからね。わかってる?


「あ、そうなのか?」

――バカ! バカ、バカ。あんたのミスはあたしの成績にもひびくんだからね。しっかりしてよ。


「♪フン、フン、フ~ン ♪パン~、パンを~捏ねる~ ♪かわいいあたし~」


 聞こえてきたのは、エラの鼻歌だった。


――なに、それ? そばに誰かいるの?

「えっ? なに? 何か聞こえる?」


「♪あたしのパンは~ ♪捏ねられて~、捏ねられて~ ♪捏ねられまくる~」


――混線してる? 何かしきりに捏ねられてるんだけど。

「ああ、安宿だからな。壁が薄くて隣の部屋の声が筒抜けなんだよ」


――こんな夜に、隣室じゃパンを捏ねてるわけ?

「旅回りのパン屋らしいよ。村から村へ、パンを売って回っているんだってさ」


――移動式パン屋なの? カマドはどうしてるわけ?

「携帯オーブンなんて物があってだね……」


「♪小鳥さんも、いらっしゃい~ ♪フン、フン ♪ウサギさんも、いらっしゃい~ ♪フン、フン」


――あんたの世界の技術力じゃ、携帯用って言っても結構大きいよね?

「うん、だから、背中に背負ってる」


「♪キツネさんも、いらっしゃい~ ♪フン、フン ♪リスさんも、いらっしゃい~ ♪フン、フン」


――鋳鉄製のオーブンでしょ? 隣の部屋って女の子よねえ? 持てるの?

「まあ、ダッチオーブンの大きいやつくらいかな。何とかなるみたいよ」


「♪みんなまとめて捏ねてやる~ ♪パンと一緒に捏ねてやる~」


――ちょっと、ヤダ。怖いこと言ってるわよ。あんた、その部屋、変わった方がいいんじゃない? 夜中に捏ねられちゃうかもしれないよ。

「忠告ありがとう。十分気をつけることにするよ」


――じゃあ、歌う石板の件は、わかり次第報告をちょうだい。とにかく急いでね。

「了解!」


 管制(コントロール)との通話は終わった。


「♪捏ねて~ 捏ねて~ 捏ねくりこかす~ ♪それが~ あたしの~ 人~生~」


「うるさい!」おれはカーテンを開けてエラを怒鳴りつけた。


「キャーッ」

 泡だらけの弟子がタライの中で悲鳴をあげた。


 そうだった。彼女は今、湯浴み中だった。ずっと我慢してきた身体が洗えて上機嫌なのだった。


 おれは慌ててカーテンを閉めた。

 エラの姿は見えなくなったが、彼女の胸のふくらみは、しかとわが網膜に焼きついていた。

 網膜なんてないけどな。


「ゴメン!」

「そっかー、師匠はそういう趣味だったんですかあ。わかりました、納得、納得」


「納得すんなよ」

「いーんですよー。世の中、いろんな人がいるんですから。師匠には師匠の好みってものがあっていいんです。それを恥ずかしがる必要なんて、ぜんっぜんないんですから」


 何だよ、この上から目線は?


「いや、そういうことじゃないから」

「大丈夫です。あたしなら平気ですから。弟子になると決めたときから覚悟はできてます。お風呂を覗かれることぐらいで音を上げてちゃ、とても修業はできないということですよね?」


「だから、そういうことじゃないって」

「気にしないでください。覗きたくなったら、いつでも覗いていいですから。他の人が何と言おうと、あたしだけは師匠の理解者ですからね。もうバンバン覗いちゃってくださいよ。覗いて、覗いて、覗き倒しちゃってください」


「いや、違うって――」

「ちがう? 違うんですか? あ、申し訳ありませんでした、師匠。この弟子は考えが足りませんでした。そういうことではないのですね?」


「そうだよ、やっとわかってくれた?」

「はい、よーくわかりました。覗かれても平気、というのは、師匠的にはうれしくない。そういうことですね? キャーキャー言われてこその覗きだと。師匠は乙女の恥じらう姿にこそ興奮なさるのですね! はい、エラ・ルーツ・ノルデンショルト、承知いたしました。今後も覗かれれば必ず悲鳴をあげますから」


 おれはもうあきらめた。誤解を正そうとしても、エラは絶対に見当違いの方向へ話を進める。

 脳みその構造がそうなっているんだから、しかたがない。

 最高に美味しいゴハンと引き換えに、ややこしいハーフエルフの面倒を見なければならなくなったというだけのことだ。


 その「だけのこと」が大変なのだが、美味しい食事には代えられない。


 おれは眠ることにした。なんだかいろいろなことのあった一日だった。プラス・マイナスで考えたら、きっとプラスの一日だったろう。少なくともそう考えなきゃ、やっていられない。


 翌朝、食堂へ行くとアギーレたちはすでに朝食をすませ、出発する支度を整えていた。

 追手のことを考えたら、おれたちもぐずぐずしているヒマはないのだが、エラと食べる朝食の誘惑には勝てなかった。

 女将はおれたちが食べた鶏と魚の骨からダシをとり、塩味だけで具もないスープを用意していた。

 おれがどうしようもないライ麦パンと具のないスープに感涙しながら食事を終えると、待ちくたびれたアギーレが痩せ馬にわざと騒々しく鞍をつけていた。


「魔物の住む森は遠いのですか?」

「ここから半日もかからぬ。昼前にはたどり着けよう」


 アギーレはカブトをかぶりながら答えた。その声には緊張が感じられた。


「魔物の種類などはわかっているのですか? それによって対策の立てようも変わってくるかと思いますが」

「ふむ。どうだったかな、アンドレ?」


 ロバ男は自分のロバに鞍をつけているところだった。その様子をエラがじっと見つめている。わが弟子は今日もロバに乗って行くつもりのようだ。

 アンドレは主人を振り返り、はつらつと答えた。この男には何もつらいことがないように見えた。


「殿様、たしか魔物の親玉はオーガでございました。噂では(よわい)百歳を越えるオーガだとか」

「強敵であるな。しかし、こちらにはキーファー殿がついておる」

「左様でございますな。心強いことでございます」


 オーガか。

 アギーレたちはやけに大物扱いしているが、この世界の設定ではどちらかと言えば雑魚モンスターだ。


 この世界の初期設定では存在しなかったモンスターで、オーナー様からの要望(バランスが悪いとか何とか、よくわからない理由)によって、最初の改修工事で導入されたと記録にはある。


 そういう経緯があったので、そんなに多くの場所には生息していない。この地方では珍しくないが、北の方ではほとんど見かけない種だ。

 これといった特別な能力を持っているわけではなく、力が強くて狂暴という単純さ。百年物でも大した脅威とは言えない。


 また、繁殖力が強くないので、むしろ絶滅しないように気を使わなくちゃならない。

 手間ばかりかかるくせに、あまりオーナー受けが良くないので、管理人仲間では評判が悪い。


 あ、そうだ。

 人食を好むって特徴もあったっけ。


「足手まといにならぬよう奮闘いたしますので」

 おれは老いぼれ騎士殿を立てて言った。


 おれにとってオーガを倒すことぐらいわけはない。方法はいくらでもある。

 雷を一発落としたっていいし、相手の体の中に爆弾を出現させてバラバラに吹き飛ばしたっていいし、視覚神経を麻痺させて後ろから大きな石で頭を潰したっていい。

 四肢を動けなくして、呼吸が止まるまでくすぐってやることだってできる。


 ただ、エラやアギーレたちが見ていることを考慮すると、彼らを不思議がらせないよう、それなりに面倒なやり方を選ぶ必要があった。


 まあ、現場に行けば何とかなるだろう。

 問題はやっぱり、歌う石板の方だ。

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