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遍歴の騎士は泣き落とします。

第14話です。

「こわいー。師匠、怖いですよー。ほうら、これでも食べて心を落ち着けてくださいよ」

 エラは自分が両手に持っていたジャガイモの片方を、おれに渡した。


 おれは腹立ちまぎれにジャガイモを頬張った。どうせ粉を喰っているような――


 うンまああああい! イモ、うンまあああい!


 いやあ、おれが今までジャガイモだと思って食っていた物はいったい何だったんだろう?

 この口の中でホロホロと崩れていく食感、そして舌の奥にねっとりとからむ粘り。

 ジャガイモ本来の土の香りが、ただ塩のみの味付けにより何物にも邪魔されずストレートに鼻孔へ届く。

 強すぎず、かといって決して薄くはない甘みが後をひいて、いつまででも食べ続けていたいと思う。


 ありがとう、ジャガイモ。

 ありがとう、大地。

 ありがとう、女将。

 ありがとう、わが弟子。

 ありがとう、オーナー様。


 感謝の言葉が自然に湧いて出てくる、そういう美味がおれの全身を包んでいた。


 そうか。おれが悪かったのか。

 おれはあらためて鶏肉をかじった。


 あれ? あれれ? ふつうですぅ。何と言うのかなー、さりげないとか、可も不可もないとか、そんな感じの味ですよ、鶏さんは。うーん、どうしたことでしょう? エラさんはここに鶏さんもいることを気づいていないのかなあー?


 エラは夢中で魚とイモを食っている。


 どういうこと?


 おれは手を伸ばし、エラの皿から魚の身を摘まみ取った。


「あ、あ、あー。それ、あたしんですう。とらないでくださいよ!」

「泣くなよ、一口くらいで」


 おれは魚を口に入れた。

 それはすでに冷めかけていたが――


 オイチィー! お魚さん、オイチィーでちゅぅー! 赤ちゃんに戻っちゃうくらいオイチィでちゅよー!


 そして、すぐに鶏肉を口に入れる。


 うん、ふつう。


 何だ、この落差?

 おれは魚と鶏を何度か交互に口に運び、はっきりと現れた違いに愕然としつつ、この理由を考えた。


〈エラの特殊能力は鶏肉には作用しない。〉


 いや、これは違う。「八月軒」のメニューにも鶏料理はあったはずだ。鶏だけダメなんてことはないはず。だとしたら何だ?


「あ、もう。師匠には自分の鶏があるでしょう。そんなにあたしの魚を食べないでくださいよー」

 エラは皿の上に身を伏せて、それ以上おれに料理を取られまいとした。


 この焼魚と焼鳥の違いは何だろう?

 エラの頼んだ魚と、おれの頼んだ鶏。――エラが選ばなかったのがいけないのか?

 しかし、それなら「八月軒」の地下に閉じ込められていた彼女には、料理はどれも選べなかったはずだ。


 おれはそこに何かヒントがあったような気がして、過去ログの確認を始めた。

 あー、どこだ、どこだ? 何かそれっぽいことを言っていたんだよな。


「師匠、どうしたんですか、難しい顔して? 食欲なくなっちゃいました? もう、その鶏肉はいりません? あたしが食べてもいいですか?」


 エラは猫のようにおれの鶏の胸肉を、皿の上からかすめ取って行った。


「美味しい。こんなおいしい焼鳥って生まれて初めてかもしれない! ここって魚だけじゃなくて、肉も美味しいですね」


 おまえの舌はこわれているのか? おまえの注文した魚とは天と地ほども差があるじゃないか……待てよ? そういえば、「八月軒」じゃ、新メニューを必ず試食させられたって言っていたな。もしかして、そういうことなのか……?


 おれは喰いかけの鶏の腿肉をかじった。


 こ、これは!


 さっき食べた同じ肉ではなかった。

 適度に焙られてパリパリとした皮。柔らかいながらも、最後にぐっと一つ抵抗してみせる肉の歯ごたえ。ひと噛みごとに舌へ流れ出てくる肉汁。適度に抑えられた塩気が肉の甘さを引き出して、次の一口を期待させる。


 おおおお、鶏よ。「ふつう」などと言ってしまったおれを許してくれ。おれの舌こそ、おまえを迎え入れるだけの力を持っていなかったのだ。


 おれは納得した。

 つまり、こういうことだ。

 エラの生ける調味料リヴィングシーズニングという能力は、彼女が経験した食べ物にだけ発現する。

 だから、塩漬け肉の店では彼女が口にした肉もエールも美味かった。だが、ここでは彼女が口にするまで、焼いた鶏肉はごくごく普通の焼いた鶏肉でしかなかった。


 そういうことだ。

 これからはエラと同じ物を食べることにしよう。

 重大な発見には違いないが――そんな大騒ぎするほどのことでもなかったか。


 おれは鶏をお替りし、エラとふたり、下を向けなくなるくらいに食べた。

 おれは、お茶がいい、というエラを無視してコーヒーをふたつ頼んだ。ブウブウ言うエラにコーヒーを飲ませ、おれは香味深く濃厚な食後のコーヒーを満喫した。


 遍歴の騎士たちが食堂に顔を出したのはその頃だった。

 彼らは何も知らずにエラの恩恵を受けて、美味いメシを腹一杯に詰め込んだ。

 食後、アギーレは大きなパイプを出し、タバコに火をつけた。

 安タバコの藁を燃やすような匂いが食堂に流れる。


「のう、キーファー殿。貴殿の腕前を見込んで一つ頼みがあるのじゃが」


 ほらきた。


「申し訳ございません。生憎と先を急いでおりまして」


 おれは速攻で頭を下げる。


「うむ。それは承知の上での頼みじゃ。まずは拙者の話を聞いてくだされ。この先の森に魔物が住まっておってな、ときどき里に出てきて悪さをするので住人たちが難儀しておる。当地の領主も事態を憂いて魔物退治の布れを出した」


 魔物退治の助太刀か。ヒマなら手を貸してやらないこともないのだが、今はとにかく一刻も早く国境を越えてしまいたい。

 騎士のジイさんには悪いが、断るしかない。


「明日も早く出なければなりませんのでそろそろお(いとま)させていただきます」

「住人たちはもうずっと我慢しておるのじゃ」


「あ、我慢といえば、あたしはずっとお風呂我慢してるんですよお。師匠、うー、いいかげん限界ですよー」

 エラは手足をバタバタさせて、粉を周囲に撒き散らした。

「かように私の弟子は風呂に入りたがっておりますので」


 アギーレは肩を落とし、ぼそっと言った。

「……じつは、魔物を退治した者を家臣にとりたてると領主は約束しておる。拙者もご覧の通り、遍歴を続けるうちにすっかり年老いてしまった。拙者にとってはおそらく、これが(あるじ)を得る最後のチャンスじゃろう。どうか、この老いぼれを助けると思って手を貸してはもらえないかのう?」


 横では従者のアンドレが目を擦っていた。アレルギーということじゃないんだろう。

 泣き落としかよ、カンベンしてくれ。


 エラも、かわいそう、とつぶやいた。そして、何かを期待するような目をおれに向けた。


 おまえ、また忘れてるだろ?

 先を急いでいるのは、オーパーツのスマホのためだけじゃない。おまえが「八月軒」に追いかけられてるからなんだぜ。


「もちろん、キーファー殿。貴殿にも得はある話じゃ。領主は、魔物が持っている宝物も、魔物を退治した勇者に与えると言っておる。拙者は仕官さえできればよいのじゃ。宝物は全部、キーファー殿が取られるがよい。聞いたところによれば、魔物は大玉ルビーのネックレス、みかわしの盾、千里眼の眼鏡、歌う石板などの秘宝を持っておるとのことじゃ。それでその魔物――」


 魔物の宝物ねえ、そんな物に興味はない……ん、歌う石板?

 歌う石板て言ったか、今。

 オイオイ、それって――


「ちょ、ちょっと待ってください。今、何とおっしゃいました?」

「の」

「へ?」

「『へ』ではござらん。『の』でござる。魔物の『の』でござるな」

「いや、その前です」

「『魔物』であるから、『の』の前は『も』だが、キーファー殿」


 本当にベタな返しをしてくるジジイだな。


「いえ、そうではなくてですね――」

「『も』の前は『ま』ですからね、師匠」

「おまえは黙ってパンでも捏ねてろ!」


 エラが、ここで何か言わなければ損とばかりに、横から口をはさんできた。

 ここまでくると、弟子の脳みその低スペックさに悪意すら感じる。もしかしたら、これはオーナー様のおれに対するいやがらせ?

 おれは何かオーナー様を怒らせるようなことをしただろうか。

 検索すると、頭の中にダラっと長いリストが出たので、あわてて消した。


「今、アギーレ様はたしか、歌う石板とおっしゃられたような」

「うむ、たしかにそう申した。魔物の持っている宝物の一つじゃ」


 石の板が歌を歌う。

 これってスマホのことじゃないか?

 確かスマートフォンの機能の一つには音楽を流すというのもあったはずだ。

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