天下無双のヨーゼフです。
第11話になります。
おれは少々派手にやりすぎたようだ。
城門を入ってきた者、出て行こうとしている者が皆、足を止めておれたちを見ていた。
おれの周囲には、傭兵たちが気を失って転がっている。
足元には「八月軒」の肥満体がのびている。
城門を警護している兵士たちも、どうしたものかという顔で、こちらを見ていた。
私闘ならば、口をはさむことはない、放っておこう。
だが、あそこに倒れているのは町の名士、「八月軒」の主人じゃないか?
えー、どうすりゃいいんだよ?
そんな顔をおれに向けている。
こんなときは、さっさとその場を立ち去るに限る。
おれはエラを促して歩き出そうとしたが、振り返るとわが弟子の姿はなかった。
あれ?
まさか、このわずかなスキに、あの〈生ける調味料〉は誰かにさらわれた?
チャリン、チャリン。
何だ?
おれはキョロキョロとあたりを見回した。
あ、いました、いました。
鉄のカブトを逆さに持って、ハーフエルフは見物の間を回っていた。
彼女が手にしたカブトへ見物たちが、チャリン、チャリン、と銅貨を投げ込んでいた。
あんなカブトをどこから持ってきたんだろう、と思ったら、のびている傭兵の一人から奪い取ったようだ。
傭兵の一人がハゲ散らかした頭を風にさらしている。
かわいそうに。
あいつはハゲ隠しでカブトをかぶっていたのに。
うちの弟子ったら容赦がない。
「皆さま、ごらんになりました? わが師匠のあざやかな手並み! 八人の屈強な傭兵たちを、息をのむ間もなく、バッタバッタとなぎ倒したところ! これぞ天下無双をうたわれた武芸者ヨーゼフ・キーファーでございます。おうちに帰られたらご家族の方、また、お仕事場では同僚の方に、今日キーファーを見た、とんでもない強さであった、とお話しいただければ幸甚でございます。キーファーは今後とも一層の精進に励む所存でございますので、今の手わざに感心された方はぜひ、こちらにお心づけをお願いいたします」
何やってんだ、あいつ?
誰だよ、天下無双のヨーゼフ・キーファーって?
ん? ヨーゼフ・キーファー?
あ、おれじゃねえか。
さっき、そう決めたんだった。
「おい、エラ! 何してんだ、おまえ?」
「決まってるじゃないですか、師匠。見物料を徴収してるんですよ。こんなスゴイの、タダで見せてどうするんです!」
なぜかおれが叱られた。
エラが駆け戻ってきた。カブトの中をおれに見せてくる。三分の一くらい銅貨がたまっている。
一週間分の宿代くらいにはなりそうだ。
エラは得意げに、おれを見上げた。
ほめてほしそうだ。
いやあ、金ならいくらでもひねり出せるんだって。
とはいえ、そんなことは教えられない。
まいったなあ。
おれはため息をついて、しかたなくエラの頭を撫でた。
「ね、この弟子はなかなか役に立つでしょう? コネチだけではないのです」
「そうだな。だが、今はとにかく先を急がないと」
おれはエラが集めた金を、その場でひねり出した財布に入れて彼女に持たせた。
「この金はおまえが持っておけ」
「いいんですか?」
「おまえが稼いだ金だからな。おれはただ、こいつらをブン殴っただけだ」
「えへへへ、じゃ、遠慮なくいただきまーす。結構、儲かるんですね。予想以上です。こんなことなら二年もパンを捏ねてるんじゃなかった。そうだ、師匠、いいこと思いつきましたよ。これから道々、強そうなやつを見つけたら、端からブン殴って行きましょうよ。そのたびにこれぐらい稼げれば、あっという間に鋳掛屋なんかやめられますよ」
「怖いこと言うなあ。おまえみたいのを野に放っちゃいけなかったかもしれない。ずっと地下室に閉じ込めておいた方が、世の中は平和だな」
おれたちは怯えと称賛の入り混じった視線を浴びながら、城門を通り抜けようとした。
「いずこへ参られるご予定か、キーファー殿?」
城門の警護兵がおれの前に立ちふさがった。
何だ、捕まえるつもりか、と思ったが、どうも口調がおかしい。
キーファー殿?
鋳掛屋を呼ぶ言い方じゃない。
「あの、こちらの鍋はたいがい直してしましましたので、今度は隣の町へ河岸を変えようと思いまして……」
「これはこれは、身分を隠しての修行旅でございますな。いやいや、さきほどのあれを見せてしまってはもう、隠せるものではございませんよ。天下に名だたる武芸者でいらっしゃるキーファー殿を、黙ってこの門を通らせたとあっては、私が上司に叱られてしまいます」
「はあ?」
もう一人、警護兵が現れた。そいつは手に、高そうな羊皮紙と羽ペンを持っていた。
「ほら、キーファー殿、こちらをご覧いただけますかな」
警護兵は城門の壁を指差した。
兵士が言う方を見ると、石を積んだ壁を平らに磨いて、そこに何枚も羊皮紙が貼り付けてあった。
古いのも新しいのもあるが、どれにも大きく人の署名が記されていた。
「これらはすべて、当地を訪れた有名人に書いていただいたものでございます。古くは常勝将軍クローゼから、最近では赤毛の英雄王アベル三世王様。歌姫ビルギットのもございます。変わったところでは、しゃべる牝牛セリアなんてのも。ここにぜひ天下無双のキーファー殿の一枚も飾らせていただきたいのです。よろしくお願いいたします」
「へー、スゴイじゃないですか、師匠。ここに名前を残せば、史上最も有名な鋳掛屋ですよ」
エラが隣でピョンピョンはねた。
興奮の仕方として「はねる」のはべつに変じゃない。
ただ、エラの場合、はねるたびに、煙幕でも張ろうとしているみたいに、小麦粉が舞い散るのである。
「お弟子さんもこうおっしゃっていますし、天下に名だたる武芸者のキーファー先生の署名がいただけないとあっては、この町の名折れでございますよ」
何言ってんだ、である。
天下に名だたる武芸者ヨーゼフ・キーファーなんて存在しない。
名前を決めたこと自体、ついさっき。
キーファー君が人を殴ったのは今が初めてだ。
エラがそれっぽいことを言うから、警護兵の方も「一応、有名人らしいし、もらっておいて損はないんじゃね?」的に近寄ってきただけである。
「いえいえ、ただの鋳掛屋でございますので」
と通り抜けようとすると、警護兵がおれの袖をつかんで引き止めた。
それでも強引に進もうとしたら、低スペック脳を誇るわが弟子が腰にしがみついてきた。
「チャンスですよ、師匠。これを逃す手はないですよ」
いったい何のチャンスだよ?
警護兵は、おれが腕を振ると、すぐに袖を離した。
しつこくつかんでおれを怒らせてはまずいと思ったのだろう。
しかし、エラは何度ふりほどこうとしても、しつこく腕を離さなかった。
前へ進めば、そのままずるずると引きずられてくる。
このまま国境まで引きずって行くわけにもいかない。
「わかったよ。書けばいいんだろ、書けば」
それを聞いて、警護兵がとんできた。
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