南の城門で待っています。
第10話になります。
傭兵が八人。
種族は雑多だ。人もいれば、オーク、リザードマンもいる。
そいつらの後ろから、でっぷり太った男が歩み出た。
「八月軒」の主人だ。
「エラ、こっちにおいで」と猫撫で声。
「嫌です。あたしはもう捏ねたくないんです!」
エラは大声で返した。
「そうか。パンを捏ねるのが嫌だったんだね。だったら、そう言ってくれればいいのに。大丈夫。嫌なことなんてやらなくていいんだ。もうパンを捏ねなくてもいいよ。たしか魔法を身につけたいと言っていたね? うん、魔術師の先生もつけてあげよう。だから、戻ってきておくれ。私がどれくらいおまえを大事に思っているか、わかっているんだろう?」
エラは、どうしよう、という顔でおれを見た。
「あいつの言うことを信じるか?」
エラは首をかしげた。迷っていた。
おれは彼女の目を見て言った。
「パンを捏ねなくていいってのも、魔術師をつけてくれるってのも本当かもしれない。でも、お母さんには絶対に会いに行かせてもらえないだろう。あいつは、おまえが店を空けるのをたった一日だって許さないぞ。それだけは間違いないよ」
「エラ、そんなやつの言うことを信じるんじゃない。おまえをだましているんだよ。さあ、こっちに戻っておいで」
おれは「八月軒」の小狡そうな顔を睨みつけた。
「これまで自分がさんざんだましておきながら、今さら正直者のふりかい? そうか、それなら今ここでどちらがより正直か、彼女に本当のことを言い合うってのはどうだ? 正直比べだよ。そっちが先攻でいいぜ。さあ、話しな」
「本当のことを言えだと――」
「そう、本当のこと」
「うぐぐ、本当のことなど言えばどうなるか、そっちだってわかっているんだろう?」
「おまえが言えないなら、おれが言おうか?」
「やめろ!」
「本当のことって?」
エラが目にクエスチョンマークを浮かべて、おれを見た。
「エラ、おまえには――」
「やめろおおお!」
「八月軒」が叫んだ。
「ほら、エラ、わかったろう? あいつはウソつきなんだよ」
エラはうなずいて、おれの袖をつかんだ。
「ご主人。やっぱり、あたし、ご主人のことを信用できません。あたし、師匠と一緒に行きます。これまでいろいろと良くしてくれてありがとうございました。ごめんなさい!」
ぺこり、とハーフエルフの娘は頭を下げた。
「ダメだ、ダメだ、ダメだ。力づくでもおまえは行かせん。おまえはずっと、うちの店の地下にいなくてはいけないんだ!」
とうとう「八月軒」は馬脚を現した。
傭兵たちが一歩前へ出た。
「管制」とおれは囁いた。
――いつまでそこにいるのよ、あんた!
おれの呼びかけに彼女は素早く応えた。
「今、出て行こうとしているところだ」
――じゃあ、とっとと出て行きなさいよ。
「ところが、そうもいかない。緊急メンテナンス作業要請、動作速度を三分の一まで低下」
――え、何よ、突然。……申請事由を報告してください。
「現地人暴漢八名に行動を妨害されている。即時排除のため」
――そんなの、標準装備能力で何とかなるでしょ。
「見物が多すぎるんだ」
――しかたないわね。じゃあ、緊急メンテナンス作業申請を許可します。動作速度を三分の一まで低下。作業開始まであと、三。……二。……一。……開始。
頬に当たる風が弱くなった。
――のではない。
時間の速度を遅らせたのだ。
今、この世界は通常の三分の一まで時間の進みが遅くなっている。
もっとも、それはおれにとってだけの話だ。
世界内に存在しているすべてが同じ時間速度で動いているから、誰も時間の速度が変わったなどとは感じない。
というか、世界内から見れば何も変わっていないというのが事実だ。
「やっーちーまーえー」
間延びして聞こえた「八月軒」の主人の声も、本当はもっと必死な感じのはず。
傭兵たちがいっせいに、おれに向かって動き出した。
が、おれの目には踊り出したようにしか見えない。
おれはゆっくり前に出た。
普通に動いたら、世界内からはとんでもなく速く動いているように見えてしまう。
一番近くにいる傭兵に向かった。
まるで格闘技の型の演武でもしているようだった。
相手の突き出してきた拳を右手でそらし、がら空きの脇腹、膵臓のあたりを左拳でゆっくりと突く。
そのまま当てても十分な威力だが、あえて最後の数ミリだけ速度を上げた。
世界内では砲撃を喰らったような衝撃だろう。
傭兵の身体は浮かび上がり、ガスの入った風船のようにフワーっと飛んで行った。
そんなふうに残りの七人もかたづけた。
ゆっくりと「八月軒」の主人の前に立つ。
やつは目を丸くして俺を見ている。
「八月軒」の目にはきっと、おれはとてつもなくケンカの強い男に見えただろう。
練達の武闘家だと思っているかもしれない。
だが、魔法やおかしな能力を使ったとは見えていないはずだ。
「管制、作業終了。動作速度復旧願います。」
――了解。……只今、通常速度に復旧しました。
「ありがとう」
――とっとと出発しなさいよね。
「八月軒」が怪訝な顔でおれを見つめていた。
自分が「ありがとう」と言われたと思ったらしい。
「わかったろ? あきらめるんだな。エラはおれが連れて行く」
「あんた、エラを独り占めするつもりか?」
「ずっと独り占めしてきたおまえに言われたくはないな」
「それは違うぞ。私は彼女の力を私の店に来る客全員に提供してきたんだ」
「大金持ちだけにな」
「エラの力にはそれだけの値打ちがあるんだ」
「それは認めよう。でも、それはあの子の力で、おまえのものじゃない」
「おまえのものでもないぞ」
おれは「八月軒」の脂肪で膨らんだ腹に拳を叩き込んだ。
肥った身体が饅頭のように地面に転がった。
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