第漆話
本日二度目の更新となります。
ご注意くださいませ。
「……っう」
「圭子、圭子っ。良かった。心配したんだからもうっ!」
「……?」
「姉ちゃん」
体のあちらこちらが痛い。喉もヒリヒリして口の中は不快でしかなく、カラカラに渇いていた。弟がペットボトルのミネラルウォーターを差し出してくれたのでそれで喉を潤せば鉄の味がする。口の中も切っているみたいだ。
圭子が水分補給をしている間、大きくなった弟がグシャリと顔を崩して泣きそうなのが耐えられなかった。それほどまで心配かけてしまったのかと圭子は精一杯の笑顔を向けた。
「……まーくん、ただいま」
自然と口から出たのは“学”ではなく“まーくん”だった。こっちの方が今の弟にはしっくりくる。目が落ちそうなほどこれでもかと目を見開いた弟が、次の瞬間には泣き笑いのように破顔した。
「お帰り、ねーね」
+ + +
「ねぇ、朔ちゃん。聞いてる? まーくんがさぁ〜」
「はいはい。聞いてます、聞いてますよ」
あれから、家に帰ってからが大変だった。擦り傷切り傷、打ち身に打撲と捻挫まで、大怪我と言ってもおかしくないぐらいの怪我をして帰宅した圭子に仰天した両親がもしかして暴漢に襲われたんじゃないかと、警察に通報されそうになった。慌てて公園の階段から派手に落ちたと説明すれば、呆れながらも大事に至らなくて良かったと抱き締めてくれた。
一緒にいた弟も怒られそうになったけれど、一人で散歩に出ようとした圭子を夜道は危ないからとついてきてくれた事を言ったらお説教は免れた。
疲れ果てていた圭子は自分の部屋に着くなり眠ってしまい、次の日病院送りになって病院でも変な誤解をされそうになったりと大変だった。全治二週間らしい。
ボロボロの圭子を見て一番驚いたのは朔だった。圭子と逸れた後、学と合流してミラーハウスの出口へ向かうと、出口近くの床に血だらけで倒れている圭子を見つけたからだ。
呼びかけても反応がなく、グッタリと横たわる圭子の姿に生きた心地がしなかったと言っていた。
今でも時々、圭子をギョッとした目で見てくる人もいるけど朔は『どんな圭子でも圭子である事には変わりないから、友達やめる気ないよ』と言って、本人曰く親友の座は誰にも渡さないらしい。
「……ね、酷いでしょ〜?」
「はいはい、いつもの事ね。それよりも圭子さ、弟にベッタリし過ぎなんじゃないの」
「そんな事ない! まーくんは良いって言ってるもん」
「もんってあなた……」
何を言ってもダメだと呆れた朔は圭子を置いてお昼を買いに行ってしまった。そんなにベッタリしている訳ではない。ただ、前よりも距離が近くなっただけ。そう自分に言い聞かせて圭子はお昼を約束した弟を教室まで迎えに行った。
「まーくん、ご飯食べよっ」
「あぁ。ねー……ちゃん、弁当忘れて行っただろ。母さんがモーモー牛になってたぞ」
「アハハ。あたしはまーくんが持ってきてくれるって分かってたから、ね?」
弟が母のマネをして笑っている。『もー、圭子ったらお弁当忘れてっ。誰に似たのかしら、もー』親子だから特徴を掴むのが上手いのだが、それでも母の声で再生されてこうやって言っていたのだなと浮かんでしまうくらいには似ていた。
教室を出て屋上へ向かう。最近のお気に入りの場所だ。先にお昼を買いに行った朔がモソモソパンを食べていた。どうやら闘争率が高い数量限定のメンチカツバーガーは買えたようだ。ご満悦な顔で圭子達の方を見ていた。
「今日のおかずは何かなぁ?」
「ねーねの好きな唐揚げ入ってるって」
「ふふ、教室では“姉ちゃん”なのね?」
「っ、……るせ……っ!」
真っ赤になった弟を揶揄って、空を仰ぎ見る。
視界いっぱいにどこまでも広がっていく青空は雲が一つもなく澄んでいた。サァッと髪を優しく撫でる風がとても心地良い。穏やかな午後が始まる。
ふと空へ手を伸ばした圭子の手首には包帯が巻かれていた。裏ドリへ行った時の痣があり、どんなに日にちが過ぎていっても、一向に薄くなる気配はなかった。
いつの間にかハラリと解けた包帯の隙間から、いくつかの小さな子供の手形が赤黒く残っているのが見えた。恐らくはその足首にも……ーー
グルグル回る。終わりのない円と連鎖を携えて。
グルグルグルグル……まわる、廻る……。
『こ こ か ら だ し て』
了
これにて完結となります。
今年もホラー企画に参加できまして嬉しく思います。
ドキドキ、ワクワクする楽しい設定を考えて下さいました主催者のなろうさま、そして読んでくださった皆さまに多大なる感謝を。
ありがとうございました。
ここまでお読みくださりありがとうございますm(_ _)m
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