第壱話
よろしくお願い致しますm(_ _)m
ーーねぇ、知ってる?
ーーえ、なになに〜?
ーーあぁ、あれでしょ?
お昼休みのザワザワと騒めいている教室の一角でカラーリングした茶髪を巻き毛にして、つけまつ毛を着け、同じような化粧をしたグループが流行りの噂話に興じていた。
席が離れていても彼女達の話し声の大きさに嫌でも耳に入ってしまうのだ。
「「裏野ドリームランド!」」
いつもは意見が合わなくても、こう言う時だけはピッタリと息が合うものなのかと圭子は感心した。
「えー、廃園になったんでしょぉ?」
「そうなんだよ。突然だったらしいよ」
「ふぅん。で、ウワサってなんなの〜?」
裏野ドリームランド、略して裏ドリは業績不振によって廃園になったと言われている。そう言われているのも殺人があったとか行方不明者がいるとか、事実かは分からない話が持ち上がっていて真相は明らかになっておらず、最終的には真実みのある業績不振に落ち着いたからだった。
突然の廃園騒ぎで先月はほぼ毎日ニュースになっていたので記憶に新しい。
圭子の幼い頃には両親と一つ下の弟と一緒に良く遊びに行っていた。でも、今のような噂話なんて無かったように記憶している。それがいつからかゾッとするとも言える噂話を度々聞くようになった。
「ホントにアンタ知らないの?」
「もー、あたしは知らないから聞いてるんでしょぉ〜」
本当に噂話を知らないようだ。“疎いと言われる圭子でさえ知っているのに”と、目の前でお弁当箱を広げ箸を伸ばしている朔が零す言葉に、グループから目を逸らして目の前の彼女を睨みつけた。
入学当時から同じクラスで席が近く、他愛もない会話をするうちにサッパリとした性格の彼女とウマが合い、今ではすっかり親友の座を射止めていたのだった。
「怒んないでよー。圭子は知ってるんでしょ?」
「ミラーハウスの入れ替わり、だよね?」
「そうそう、ソレソレ」
同じ言葉を重ねて言われると、適当に相槌を打たれたようで腹が立つって知っているのだろうかと思ったが、何とか表に出す事は抑えられた。
「入ったら別人みたいに中身が入れ替わるんでしょう?」
「中身ねぇ。噂を聞いた時にも思ったけど、自作自演なんじゃないの」
「自作自演?」
「ほら、よくあるじゃん。普段はイイコちゃん演じているけれど裏では……ってヤツ」
「あー。そうだね?」
「その普段抑えている理性の箍が外れたら、それこそ本性しかないじゃん?」
じゃん、と同意を求められても、比較的素直で裏表のない性格の圭子は返答に困った。朔にそう言われてみれば確かにそうなのかもしれないと思えてくるから不思議だ。
「ま、真相は闇の中ってね」
肩を竦めておちゃらけて見せるけど、実際にこんな噂話が広がるって事は何かがあったんだろうなと圭子は思う。真実であるにしろ無いにしろ、何も無い所からは何も生まれないのと同じで。
「でさぁ……」
「アハハ、マジでぇ〜?」
噂話をしていたグループも今では別の話題で盛り上がっていた。
黙々と買ったパンを口へ放り込みながら、朔も友人として見せている部分はある程度演じているものなのだろうかと思考の海へと沈んでいった。
+ + +
「……お、はよう」
「おは……はぁ!?」
「ちょ、ちょっとヤメテよ。アンタ何、その格好!?」
「おいおい。マジかよ?」
HRの始まるギリギリの時間で、殆どの生徒が登校していた。先ほどまでザワザワ煩かった教室は、驚く二人の女子生徒の声と、彼女達と連んでいる男子生徒の声でシンっと静まり返っている。
「……え。私、ですか?」
「はぁ!?」
二度目の衝撃も大きかったのか、更に信じられないと凝視していた。
この日はいつもなら巻いている髪も三つ編みにされて縄のように大人しく垂れ下がっていた。いつもならバサバサなつけまつ毛もせずに自然なままの目も、いつもなら濃い目の化粧で友人達と同じような顔になるはずの化粧も無かった。
「ちょっと、本気? よくそんなんで外歩けたね」
「……何も変わりませんけど……?」
「はぁ!?」
変わらない事ないだろうと誰もが浮かべる表情に圭子は笑ってしまいそうになる。そして三度目ともなれば慣れたのか注目していた目も飛散して、少しずつ喧騒が戻ってきた。
「別人レベルで変わったね。まぁ、私は前より今の方が可愛いと思うけど」
「朔、それ言っちゃ……」
週末に入る前の彼女は自分の事を「あたし」と言っていたし、こんなにおどおどした丁寧な物言いはしなかった。
「ちょっとドッキリとかなら笑えないんですけど」
「ねぇ、やっぱ昨日のさ……」
「こいつ出てから様子おかしかったじゃん?」
「マジでヤバイって」
「あの……、もう、いいですか……?」
これ以上は関わり合いたくないと言いたそうに伺う姿に、何故かゾクリと圭子の背中を悪寒が走った。
まるで、まるで初対面の相手と接するようではないか。少なくとも金曜日までは友人として接していたはずの彼女達の時間が全て無くなってしまったみたいだった。
その日一日中、彼女の様子が変わる事はなく、寧ろ何かと絡んでくる二人に迷惑そうな顔をしていた。そんな様子を見ていた圭子の悪寒が消える事はなかった。