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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第2章 明暗
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会いたいけど、会えない

フローレスを親衛隊に入隊させてから最初の方、ナイトは心配で様子を見に親衛隊の詰め所を不意に訪れた。

詰め所を除いて、息を呑む。


「王子、今日はどうされたのですか?」


気付いたライアスが出てきた。


「ああ、フローレスが心配で様子を見に来たんだが・・・」

「ああ、それなら、ご心配には及びません。皆、フローレス様のためにと配慮してくれています」

「・・・そのようだな、部屋がよく片付いているな」


以前、ナイトが来たとき、暇つぶしの麻雀やトランプが散乱していた。

たばこの吸い殻もあった。

家具はヤニで薄横れ、ほこりも隅に積もっていた。

出された資料など乱雑に積まれ、男だけの職場感丸出しだった。

しかし、今各調度品は新品同様に磨かれ、チリ一つない。

隊員たちは気崩していた制服をしっかり着込み、髪のセットがビシッと全員決まっている。

暇つぶしの麻雀やトランプが、本やチェスに早変わりしていた。

言葉遣いも別人のようだ。


「ただいま戻りました。今日も異常なしでした」

「平和だな・・・お疲れ・・・」


優雅にコーヒーを渡して、談笑している。


そこへ、カインとアインが返ってきた。


アインは花束を買ってきていた。

それを花瓶に生けると、詰め所が華やいだ。

カインは抱えていた絵を壁に飾り出した。

美しい風景画だ。

しかし、その場所には以前は、歴代親衛隊長の肖像画があったはずだ。

親衛隊のあまりの変わりようにナイトは開いた口が塞がらなかった。

しかめっ面は演技だったようで、皆、フローレスが来てくれたことを内心では大歓迎していたのだ。


「フローレス様のおーなり」


ゼインがフローレスが来たことを告げると、皆整列して迎える。

女王の夫であるナイトには一度たりともしたことはない。


『こいつら、意外にミーハーだな・・・』


「フローレス様、お疲れさまでした。見回りはいかがでしたか?」

「特に異常はなかったわ。平和ね」

「あ、上着お預かりします」

「ありがとう」


何かにつけて、フローレスの世話を焼いている。

下心が丸見えだ。


『兄ちゃん、連れてこなくてよかった』


ナイトは1人でフローレスの様子を見に来てよかったと心から思った。


「あ、ナイト、来てたの?」


フローレスがナイトに気付いてくれた。

そこで初めて、気付いたと言わんばかりに親衛隊がひきつった笑顔でこちらに顔を向けた。


『なんだその顔は、俺がフローレスを取り立てたんだぞ』


ナイトは心の中で毒づきながら、やってきた義妹に笑顔で話しかける。


「うまくやってるみたいだな」

「うん、私は大丈夫よ。みんな、良くしてくれるから」


フローレスが振り返ると、親衛隊は顔をさっと引き締めた。


「フローレス様には早く仕事を覚えてもらいたいだかないといけませんから」

「フローレス様のことは我々にお任せを」


一応、それらしいことを言って、ナイトに敬礼もした。

フローレスの前だから、ナイトを立てたようだ。


「安心した。お前ら、頼んだぞ」


それに乗じ、ナイトは上から目線で親衛隊にさわやかな笑顔で返した。

敬礼が返ってきたが、内心は悪態をついているに違いない。

思惑通り、フローレスを使えば親衛隊を手中に収めることは可能のようだ。

確かな手ごたえを感じて、良い気分で廊下を歩いていると、



「フローレス様の様子を見に行かれたんですか?」



凍えるような声が角から聞こえた。


「に、兄ちゃん・・・」


ナイトは内心脂汗を掻きながら、平静を装う。


「ちょうど、近くを通りかかったらちょっと様子を見て来たんだよ。あ、兄ちゃんも行きたかったよね?」

「いいえ!別に興味ありませんから!」


ナイトは気を使ったが、フロントはきっぱり否定した。


「会議に、街の視察、面談、貴族連盟のゴルフ参加など、スケジュールが詰まっていますよ、ナイト様」


渡されたスケジュール表を見て、ナイトは顔を強張らせた。

このスケジュールはフロントが組んだものだろう。

表立って抗議ができない分、こういう形で抗議してきた。

しかし、それは予想の範囲内。

ナイトは組まれたスケジュールをがんばってこなした。

フローレスが正式に親衛隊の騎士と認められれば、フロントも認めざる得なくなる。

フロントの気持ちもわからなくはないが、フローレスのためであり、ナイト自身のためでもある。

今は気持ちの整理がつかないだろうが、賢い兄ならそのうちわかってくれるはずと、ナイトは信じた。




***




仕事が終わってから、フローレス姫の部屋に行くのが日課になっていた。

フロントがドアを開けると、フローレス姫が腕を組んで待っていた。

今日、親衛隊であった出来事を話したくてたまらないのだろう。


「今日ね、剣の稽古で10人抜きしたのよ!」


お茶の準備をしているフロントに纏わりついて、熱く語り出した。


「へぇ、それはすごいですね・・・」


フロントは興味のない反応をする。

親衛隊を10人抜きなどありえない。

確かに、フローレス姫は強い。

だが、親衛隊は虹の女王を守る精鋭部隊である。

倒したとしても、2,3人が限度だろう。

後は、手を抜いているはずだ。


「すごいでしょう!」

「すごいですね」


笑顔で自慢してくるフローレス姫にフロントは淡々と返した。

沈黙が流れる。


「ねぇ、信じてないでしょう?」

「ええ」


怒りのこもったフローレス姫の声をフロントの冷めた声が打ち消す。

フローレス姫は立ち上がると、壁にかけてあった剣をとって、フロントに向けてきた。


「じゃ、相手をして。私の実力を見て!」

「おやめください、フローレス様・・・」


フロントは悲し気に制止したが、聞く耳を持つ姫ではないことはよくわかっていた。

フローレス姫は剣を構えて突進してきた。

しかし、フロントは微動だにせず、待ち受ける。

躊躇いのない強靭が左胸を狙ってきた。



カン!!

カランカラン・・・!!



青い光が剣を弾き飛ばした。

フローレス姫はその場に崩れる。

フロントは歩み寄り、


「いったでしょう?私には『魔法』がありますから」


とフローレス姫の耳元で囁いて離れる。


「この、卑怯者!!」


フローレス姫の怨嗟の声がフロントの背に刺さった。




***




昼下がり、フロントは町の公園のベンチでボーとしていた。

ナイトの元を離れ、使者として地方へ派遣されたのだ。

仕事はすでに終わっていた。

しかし、王都に戻りたくない。

頭の中はフローレス姫の、『卑怯者』、という怨嗟の声が頭から離れない。


「いい天気だわ、散歩に行きましょう」

「散歩!?お待ちください、お嬢様、誰かに見られたら・・・」


公園の通りに一組の不釣り合いなカップルを見つける。

日傘をさした彼女はどこかの令嬢、彼は下働きの使用人のようだった。

辺りをキョロキョロと見回しながら、彼女から付かず、離れずの距離を保って歩こうとするも。


「隣に来なさい。面白くないわ」

「は、はい・・・」


一目で身分差のあるカップルだとわかったが、目に着いたのはそれだけではなかった。

彼女は12歳くらい、彼は18歳ぐらいだろうか。

身長差が年齢を物語る。

昔のフローレス姫と自分を思い出す。


デートに連れて行って。

カップルドリンクを飲みたい。

思い出に写真をとる。

恋人同士は写真入りのロケットを持ち歩くものだとか。

身長差があるのに社交界でダンスを一緒に踊って、ギコチナイ動きを笑われたこともあった。

疲れたと言っておんぶや抱っこをねだってくると、恋人というより妹をあやしてるようだった。


『傍から見ると、なるほど、滑稽に見えるな・・』


不釣り合いなカップルを見ていると笑みが零れた。

懐かしく、悲しかった。

自分のせいで、あの穢れなき天使が剣という名の凶器を手にしてしまった。

何とかもぎ取りたい。

しかし、どうすることもできない。

ただ見守るしか。

フロントはため息を吐いて、王都に戻るため立ち上がった。

しかし、フローレス姫に会う決心はつかなかった。

王都に戻っても、フローレス姫の部屋に足が向かなかった。

その日、外から、フローレス姫の部屋を眺めて、踵を返した。



翌日、廊下でばったりあったフローレス姫は見違えるように立派になっていた。

親衛隊を引き連れて、もう隊長になったような雰囲気さえ醸し出していた。

腑抜けている自分とは真逆だった。

思惑は外れてフローレスは、順調に騎士として認められていく。

フロントの足はフローレスの部屋に向かなくなっていた。




***




コツコツ


夜、寝る前の読書をしていたナイトは窓を叩く音に気付いた。


「兄ちゃん!?どうしたの?」

「いや、ちょっと、トランプを見てたら、懐かしくなってさ・・・一緒にやらないか?」

「い、いいけど・・・」


フローレスとのことで悩んでいるだなと思い、ナイトはフロントを快く受け入れた。

これが新たな不眠の種となった。

フロントは毎晩何かにつけて、夜、ナイトの元を訪れるようになった。

フローレスのところに行きたいのに行けない。

だから、行きやすい、ナイトのところに足が向くようになってしまったようだ。


「兄ちゃん、フローレスにプロポーズするのやめた?」


5日目にしてナイトはフローレスの話題を持ち出した。


「いいや、するつもりだけど・・・・・」

「じゃ、準備してるのか?」

「いいや、なんか気が進まなくて・・・」


フロントはオセロの白をひっくり返しながら、熱のない声で答えてきた。

ナイトは焦りを感じた。

このまま2人が離れてしまうのではないかと。




***




夕方、フローレスは窓の外を盗み見る。

庭にフロントがいる。

じっと、フローレスの部屋を眺めている。

30分ほど眺めた後、フロントは去っていった。

ここ1週間ほどずっとだ。


「ああああああああああ、何なのよ、あいつ!!!!!!!」


フローレスは部屋の中で咆哮を上げる。


『なんで、来ないのよ!!!!』


という続きの言葉があるが、飲み込む。

言ったら、負けのような気がするから。

部屋の中にはライガがいた。


「今日も来なかったんすね、あいつ」


笑いながら窓の外を覗き込む。

フローレスはソファにドッカと腰を下ろすと、ぶっきらぼうに呟く。


「来たいなら、来ればいいのに・・・」

「あははは、あいつも今度ばっかりは譲れないみたいっすね」

「私も譲らないわよ」

「じゃ、フロントのことは諦めるっすか?」


フローレスは口ごもった。

いたら鬱陶しいが、いなかったら寂しい。


「いつもフロントが折れてるんすから、今回はフローレス様が折れたらどうっすか?」


フローレスは考え込む。

喧嘩したらいつもはフロントが先に謝ってきてくれた。

それが普通だった。


「・・・・折れるって、どうするのよ・・・」


フローレスは自分から謝ったことがなかった。


「フローレス様がフロントに会いに行くんすよ」

「わ、私が会いに行くの・・・・」

「そうっす、フロント驚いて、泣いて喜ぶと思うっすよ」


ライガは満面の笑みで断言した。


「そ、『それだけ』で、許してくれるの?」

「もちろんすよ。『それだけ』で、いつも通りっす」


ライガはウィンクした。

フローレスは自らフロントに会いに行く決心をした。


しかし、


『それだけ』、は思ったより難しかった。



『どんな理由をつけて会いに行けばいいのよ!?』



フローレスは途方に暮れていた。

昼間、親衛隊に入隊した以上、仕事があり、自由に動けない。

前は、フロントに頼めば、街においしいケーキ屋さんができたら行きたい、と言えば連れて行ってくれた。

しかし、今はフロントもナイトの従者としての仕事がある。

会うなら夜だが、どんな理由で尋ねたらいいか思いつかなかった。

夜の自由な時間は、仲良くなった仕事仲間と親睦を深めるための食事に行ったり、遊びに誘われたりもする。

帰りは遅くなり、昼間の疲れがあるから早く休みたいとも思う。

それはフロントも同じだろう。

いつもあると思っていた2人時間はいつの間になくなってしまった。

そして、気付いた。

フロントが時間を作ってわざわざ会いに来てくれていたことを。

怒っているフロントに偶然に、さりげなく、会いに行く理由はないか?

フローレスは必死に考えを巡らせた。






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