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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第2章 明暗
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思い出の恋人

「ありがとう、ナイト!明日からよろしくね!」


フローレスが満面の笑みでナイトに手を振って送り出してくれた。

ホウホウの体でナイトも手を振り返してからフローレスの秘密基地をライガと共に出る。


「さあ、フロントが来る前に急いで戻るっす!」


ライガに引っ張られながら、ナイトは自室に帰り着く。


「ナイト様、いつも通りすよ!」


ナイトを部屋に送り届けたライガはそう言い残して姿を消した。

ベッドを目の前にして、ナイトは倒れこみたい衝動に駆られた。


トントン


ドアをノックする音でベッドへの歩みを止める。


「おはようございます、ナイト様」


フロントが満面の笑み入室してきた。


「おや、顔色があまりよくないみたいですね?」


ナイトの顔を見るなり怪訝な顔になった。


「えっと、ちょっと、眠れなくて・・・」

「大丈夫ですか?何か心配事ですか?」

「いや、ちょっと、昨日親衛隊とやりすぎたかな・・・ちょっと、体が筋肉痛なんだ」


ナイトは笑ってごまかした。

フロントは一瞬黙ったが、


「・・・それはいけませんね」


と、意味深な一言を呟いた。




夜、ネティアの部屋を守る親衛隊の数がいつもより少なくなっていた。

しかし、疲労困憊のナイトは親衛隊の防壁を突破することができなかった。


「ああ、それフロントの仕業っすね」


そうライガから聞いたのは翌朝のことだった。

今日もナイトはフローレスの秘密基地を訪れていた。

早朝、フローレスの猛攻を受けてから、昼は仕事へ出かける。

夜はネティアとの愛を阻む親衛隊と戦い、短い睡眠をとる。

そんな生活が3日と続く、はずがなかった。


「もう、限界だ!!!!こんなことしてたら、死ぬ!!!」


ナイトはフローレスの秘密基地で叫んで、地面に転がった。


「どうどう、落ち着いてくださいっすよ」

「これが落ち着いていられるか!俺は忙しくてほとんど寝れてないんだぞ!疲れが取れるわけないだろう!?」

「だから、そこはうまくやるんすよ」


ライガがナイトを宥めてくる。

フローレスはまだ来ていなかった。


「うまくやるって、どうしろっていうんだ?」

「そうっすね、まずはネティア様の寝所へ行かれるのはしばらくやめるとか」


昼の仕事を終えてから、ナイトの夜の営みを阻止する親衛隊との戦いは一番体力を消耗する。

だが、


「え、初夜を諦めろっていうのか!?新婚だぞ!」

「今のままじゃ永遠に初夜は迎えられないっすよ。ちょっと、遠回りっすけど、フローレス様を鍛えることに専念したらどうっすか?フローレス様が親衛隊の隊長になったら、ネティア様のところ行き放題っすよ」


ナイトは黙った。


「フローレス様、いい感じしょう?」

「うん、まあ・・・」


ちょっと鍛えれば、フローレスはあっという間に戦力になりそうだった。

しかし、ナイトには躊躇いがあった。

政治のいざこざにフローレスが巻き込まれてしまうのではないかと不安だった。


「いきなり、親衛隊の中に放り込んで、大丈夫だろうか?」

「そんな心配してたんすか?大丈夫っすよ、女王の双子の妹っすよ。王の一族ならやばいっすけど、親衛隊は大事に扱うと思うっすよ。なんせ女王直属の騎士団っすから」

「そうかもしれないが・・・」

「大丈夫すっよ、フローレス様に最強の護衛がついってるんすよ。親衛隊も下手なことできないっすよ、絶対に」


ライガは力強く断言した。

最強の護衛、フローレスの許嫁にして、ナイトの血のつながらない兄。

フロントはフローレスにベタ惚れで何かあったら絶対に許さないだろう。

それは弟である自分も例外ではないような気がした。

例えば、今の状況は特にまずい。

内緒でフローレスに剣の稽古をつけているのだから。


「ごめん、ちょっと、寝坊しちゃった!」


フローレスが元気いっぱいにやってきた。

元気が有り余っているフローレスは今日もやる気満々だ。

しかし、ナイトはもうボロボロだった。

そこで、ライガの提案の、うまくやる方法を試してみることにした。

ナイトは草の上に座ったままフローレスに話しかける。


「なあ、フローレス、今日はちょっと話をしないか?」

「え、話?別に、かまわないけど・・・」


フローレスはナイトの傍にきて隣に腰を下ろした。


「フローレス、剣の稽古を始めた理由を聞いていいかな?」


ナイトは少し躊躇いがちに言葉を発した。

どうしても聞いておきたいことだった。

フローレスに剣を教えることは、下手をすると大切な兄との関係も壊れてしまう危険性もあった。

フローレスは目を見開いていた。

ライガも寄りかかっていた木の幹から体を起こした。

その理由が何に起因するか、推測はできていた。

フローレスはしばらく黙っていた。

やはり、古傷を抉る行為だったようだ。

ライガがナイトを睨んでいる。


「無理に話さなくてもいいぞ・・・」


ナイトは慌てて質問を撤回したが、


「剣を始めた理由か・・・そうね・・・ナイトには話しといたほうがいいよね・・・」


フローレスは意を決したようにナイトの方を向いた。


「私ね、フロントの足引っ張ちゃったの・・・」


フローレスは気丈にも笑みを浮かべて切り出した。


「私ね、フロントとジェラードの決闘の場所にいたの・・・でも、私、気を失ってて・・・何があったかわからなかったの・・・でもね、フロントが守ってくれたことはわかった。でも、私は、フロントを守れなかった・・・」


フローレスは当時のことを思い出し、悔しそうに俯いて、拳を握り締めた。


「だから・・・私、決めたの!自分の身ぐらい自分で守るって、もう二度とフロントの足手纏いにはらないって!」


決意に満ちた目をフローレスはナイトに向けてきた。


「・・・そうか、悪かったな、辛いこと思い出させて・・・」


ナイトは涙ぐんでいるフローレスの頭を優しくなでた。

リスクを負うには十分な理由だった。


「それとね、もう一つあるの」

「もう一つ?」


フローレスは頷くと、宙を見上げた。

その顔はさっきとは打って変わって晴れ晴れとしていた。


「フロントが剣を握らないから」

「え、兄ちゃんが剣を握らない?」


ナイトが驚いて声を上げた。

虹の国に戻ってきてから、フロントが剣を振るっているところを見ていない。

ナイトが知っている子供のころのフロントは剣技に関して天賦の才を持っていた。

その洗礼された剣技は、大人顔負けで、誰をも魅了した。


「フロントは、その事件以来、剣を持てなくなったんす」


ライガが話に入り込んで、


「だから、俺達のところにやられて、剣がダメなら槍だって、親父が仕込んで、俺が愛情を込めて稽古相手になったんす」


誇らしげに語った。


『命がけだな・・・』


ナイトの顔がちょっと引きつる。

しかし、彼のおかげでフロントは立派な槍使いになっていた。


「私、フロントの剣技好きだったの。でも、もう見られない・・・私のせいで・・・」


フローレスは無念さに肩をすくめたが、


「だったら、私が剣を握ろうって、思ったの」


にっこり笑っていた。


「フロントの真似して。あの素晴らしい剣技が自分でできたらいいなって」


前向きなフローレスにナイトも笑顔になっていた。


「俺も兄ちゃんの剣技、大好きだった。そうか、もう見られないのか・・・』


ナイトも残念そうに肩をすくめた。

憧れだったのだ。


「よし、復活させよう!フローレス、お前で!」

「うん!」


ナイトは立ち上がり、疲れも忘れて、時計を見る。


「時間ないけど、1本だけやるぞ!」

「うん!」


ナイトとフローレスは木刀を互いに握った。


「やれやれ、ナイト様お疲れじゃなかったんすかね」


ライガは微笑ましく2人を見守った。




***




「ナイト・・・今日、ちょっと、いいかな?」


シュウが帰った後、仕事が終わりかけの執務室でフロントが遠慮がちに声をかけてきた。


「うん、いいよ」

「・・・本当に?」


振り返ったナイトの顔を見てフロントは心配そうに覗き込んできた。

ナイトの目にはくっきりとクマができていた。


「仕事きついんじゃないか?少し、レイガル様に頼んで事務仕事してもらった方がいいんじゃないか?」


事務仕事が苦手なレイガル王はほとんどの仕事を娘婿のナイトに丸投げしていた。

理由はもちろん、虹の王になるための仕事を覚えさせるため。


「うん、ちょっとね。でも、いいよ。国のことはちゃんと把握しておきたいから」


ナイトは書類整理を終わらせると、席を立った。


「じゃ、行こうか?サムのところだろう?」

「う、うん・・・」


フロントははにかみながら不安そうに笑った。

ナイトは闇の騎士事件で知り合った宝石商のサムをフロントに紹介していた。

依頼はもちろん、婚約指輪の作成だった。


「ちゃんと、できてるかな・・・」


フロントは不安げに手元を見た。

手にはピンクのハート形の石を模したおもちゃの指輪があった。

幼いフローレスがフロントにせがんで買わせた物に似ているものらしい。

それを模した婚約指輪をフローレスに贈ろうというのがフロントのサプライズだった。


「石でハート形は難しいかもな。後、色もピンクだし、かなり高価なものになるかもな」


ナイトの言葉にフロントは重く頷き、懐を確認し、


「一応、それなりの額は持ってきてる・・・と思う・・・」


不安げに呟く。

世界を股にかける宝石商にどれくらい吹っ掛けられるか心配しているようだ。

虹の国は薄級の国で有名だから。

懐を見ては、ため息をつく兄の姿にナイトは吹き出した。


「大丈夫だって、ちゃんとした商人だから法外な値段は吹っ掛けてこないって。しかも、俺の知り合いだぞ」

「うん、そうだよな・・・」


と答えたものの、やはり不安は拭えないようだ。

ナイトとフロントでは身分が違う。

王族と闇の民の流民。

しかし、フロントは忘れている。

ナイト以外にも強力な後ろ盾がいることを。


「ようこそ、おいでくださいました!!!」


サムの屋敷に着くと、盛大な歓迎が待っていた。

息子夫婦のアダムとミナを始め、屋敷の者全員が道を作って待っていた。

フロントはたじたじになっていた。


「ささ、こちらへ!フロント様のご要望の品の準備は整っております!」


サムは興奮気味にフロントの手を引いて屋敷の2階へと引っ張っていく。

かなりの自信があるようだと、ナイトは思った。

アダムとミナが扉を開けると、部屋の中央のテーブルに紫の小さな箱がおいてあった。


「最高の職人が丹精込めてお作りしました!どうぞ、お手に取ってご確認ください!」


サムの熱意に気圧されながらも、フロントはゆっくりと紫の小箱に近づき、蓋を開けた。

フロントは息を呑んだ。


「・・・いかがでしょう?」


興奮を抑えて、サムが静かに尋ねた。


「これだ、まさに、イメージ通りだ!」


気圧されていたフロントの方が今度は興奮していた。

ハートのおもちゃの指輪と宝石で作った指輪を交互に見ながら頷いている。


「お気に召していただいたようで、嬉しく存じます」

「フローレス様は絶対気に入ると思う!」

「では、お買い上げということで」

「ああ、いくらだ?」


フロントはいくらでも出すとい雰囲気だった。


「500万ゴールドでいかがでしょう?」

「500万・・・!!」


フロントは唸っている。

明らかに予算オーバーのようだ。

サムはちらりと、ナイトに視線を流した。

ナイトは瞬きを3回した。


「ナイト様のご紹介ですし、フロント様にも今後ご贔屓にしていただきたいですから、300万ゴールドでいかがでしょう?」

「300万か・・・」


納得の金額だったようだが、フロントの声のトーンは少し低かった。

どうやら持参した金額ピッタリだったようだ。


『ゴホン、ゴホン!!』


部屋の奥から咳払いが2回聞こえてきた。

サムはニンマリとした顔で指を1本立てた。


「特別大サービスでございます。100万ゴールドでいかがでしょう?」

「え、100万でいいのか?」


フロントは驚いて顔を上げた。


「はい、私共もフロント様とフローレス姫のお幸せになっていただきたいので、お祝いということで」

「ありがとう!」


フロントは懐から金貨の入った袋を取り出して、サムに渡した。

サムは中身を確認して、満面の笑みを浮かべた。


「お買い上げありがとうございます」


フロントはハートの指輪を大事そうに懐にしまった。


「良かったね、兄ちゃん」

「ああ、ありがとう、ナイトのお陰だ」


フロントはナイトに礼を言った。

ナイトのお陰で5分の1の値段になったと思っているようだった。

しかし、それはちょっと、違った。







「全く、強欲な商人め。何がお祝いだ」


柱の陰からウォーレス王がでてきた。


「何をおっしゃいますか、ウォーレス王。ハート形という複雑な加工。ピンクダイヤは普通のダイヤに比べてとても希少なのです。本来なら700万ゴールドの品ですぞ。500万でも破格の値引きです」

「わかった、わかった。ちゃんと払う」


指輪本来の値段の差額は隠れていたフロントの育ての親であるウォーレス王が払うことになっていた。


「さすが、ウォーレス王」

「血は繋がっていないが、フロントも私の大事な息子だ」


小切手を受け取って、サムは大満足だった。


「いや、感無量ですな。ウォーレス王ご本人と、そのお2人のご子息の婚約指輪を手掛けられるなんて」

「あの子には幸せになってもらいたい」

「なりますよ、うちの宝石をお買い上げになったんですから」


サムは宝石商らしく、都合のいい太鼓判を押した。







「で、いつプロポーズするの?」


ナイトが気になって聞くと、


「初夏の初めに花火大会があるんだ。その時にしようと決めてる」

「花火大会か・・・絶好のロケーションだね」

「そう思うだろう!」


フロントは興奮気味に答える。

そして、ナイトはネティアの顔を思い浮かべる。

ドタバタで結婚して、ゆっくりデートなどできなかった。

一緒に花火を見に行けたらなと、思うが、女王に即位したネティアが王宮からでることは難しかった。


「ネティアも近くで見たいだろうな・・・」


パン!


フロントの手がなる。


「それいいな!ネティア様も花火大会にお誘いしよう!ダブルデートだ!」

「え、プロポーズだろう?」


ナイトが驚いて叫ぶ。


「どうやって、フローレス様を誘おうか迷っていたんだ。ネティア様が一緒なら絶対来る!」

「ふ、普通に誘えばいいじゃんか」

「なんか、2人で行こうと言ったら断られそうな気がするんだ・・・」


自信なさげなフロントにナイトはずっこける。

確かに、フローレスはちょっと意固地なところがあり、フロントに何らかの不満を抱えているようで、素直に行くとはいわなそうだった。

しかし、2人が思いあっていることをナイトはよく知っている。

ただ、気になるのは、その対象が、互いに過去の2人であるような気がして、一抹の不安を覚えた。





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