残されたもの
トントン
ドアを叩く音でナイトはベッドから顔を上げた。
「誰だ?」
『俺っす、ライガっす、入るっす』
ライガは入ってくるなり、ベットの上に転がっているナイトを見てニコッと笑った。
「お疲れのようすっね」
「何か用か?」
「いえ、ただ様子を見に来ただけっす」
「用がないなら帰ってくれないか?いろいろあって疲れてるんだ」
ナイトは素っ気なく答えて反対側に体の向きを変えた。
「そうっすよね。いろいろありましたもんね。殺されかけたり、結界継承の儀式でネティア様がお倒れになったり、駆けつけようとしたら、突然現れたお父上に呼び止められて、何か言われたんすよね。大変したっすね」
「わかってるなら、帰ってくれないか?」
「あ、そうそう、ネティア様、お目覚めになられたんすよ」
「そうか、それは良かった」
「会いに行かないんすか?」
「・・・今日は夜も遅いしな」
「ネティア様はそんなこと気にしないと思うすけど?会いに来てくれただけで喜ぶと思うっす」
「………今日はやめとく…・…」
ライガは大きな溜息を吐く。
「何か、嫌なことでも思い出しちゃったんすか?」
突然、確信を突いてきた。
「例えば、前世で浮気されたこととか」
ナイトは飛び起きた。
「あ、やっぱり…」
「違う、あれは浮気じゃない!」
「え、浮気じゃなかったら、本気っすね」
「…………本気……」
ナイトは撃沈した。
「ライガ!」
咎める女の声に、ナイトはハッとした。
ライガはいらずらっぽい笑みを浮かべる。
「ナイト様が来たがらないだろうからって、ネティア様自らお会いに来られたっすよ」
ネティアが部屋に入ってくるとナイトは慌ててベッドから起き上がり、身なりを整える。
「・・・ナイト様、やっぱり、まだお気になされてるんですね?」
「いや、そんな、大昔のこと気にして何かないさ」
「そういえば、バイソン卿は水の民で、精悍な美丈夫で青髪でしたっすよね?」
ライガがバイソンの特徴をさらっと言う。
その特徴は、ナイトにピッタリ特徴が一致する。
「違うぞ!これはたまたまだ!『女にモテまくってた』あいつの真似なんかじゃないからな!」
ナイトの必死の言い訳は、ライガとネティアを白けさせていた。
「…ネティア様、本音出たっすよ」
「ナイト様も前世で十分モテてましたよ。ただ女性だけじゃなかったですけど…」
「やっぱり、一番は女にモテたいっすよね…」
「いや、違う!別にモテなくていい!俺が愛したはただ1人!お前だけだから!」
言い訳から愛の告白を叫ぶ。
ネティアは顔を赤らめる。
「嬉しいです…なのに、わたくしは、わたくしの身勝手な行動のせいであなたからこの国を取り上げてしまった…」
涙ぐむネティアを見て、ナイトは咳ばらいをする。
「いや、国造りに夢中になりすぎてお前をほったらかしにした俺のせいだ。それにこの国はお前のために造った。だから、お前のものでいいんだ…だが…」
ナイトは少し顔を背けて、
「…・自分が造った国に自分がいないってのは…・その、嫌だけど…」
「もちろん、ナイト様にはいてもらわなくては困ります」
ネティアはナイトの傍に来て顔を寄せる。
熱いものがこみ上げてきた。
誰よりも守りたい、誰にもとられたくない、ずっと一緒にいたい愛おしい存在。
「こ、今世は、俺だけでいいよな?今度は絶対、お前をほったらかしになんかしないから…」
「ええ、もちろんです…」
見つめ合い、顔が自然と近づく。
抱き寄せて、口づけを交わす。
パシャ!!
音共にフラッシュがたかれた。
2人で振り返ると、ライガの横にブルーとレッドの姿があった。
ブルーの手にはカメラがあった。
カメラから写真が出てきた。
「お、ばっちり取れてるな」
ライガが受け取った写真を見てニンマリ笑う。
キスシーンを撮られてしまった。
ナイトとネティアの顔色が赤から青へ変わる。
「こら、それをどうするつもりだ!!?」
「嫌だな、そんなに恥ずかしがらなくていいじゃないっすか。だって、ご夫婦なんすから」
「写真を寄越せ!個人のプライバシー侵害だぞ!」
「あ、これはダメっス!これはティティス様にプレゼントするっす」
「義母上に?」
「ティティス様は浮いた話が大好物なんす。本当はフロントとフローレス様のキスシーンをスクープしたいんすけど、撮れそうにないんでこれで我慢してもらうっす。レッド、お2人の台詞はちゃんと記録したか?」
「もちろんです、若。一言一句間違わずにメモリました!」
レッドは得意げにメモを見せて、大事に懐にしまう。
「仲直りが済んだということで、ネティア様をお送りした後に、ティティス様に報告に行くっす。ナイト様、お邪魔しましたっす、ゆっくり休んでくださいっす」
ライガは強制的にネティアを連れ帰ろうとする。
「え、ちょっと、待て、後もう少し…・!?」
「ナイト様、また明日…!!」
久々に会えたのに、夫婦はあっさり引き離された。
***
翌朝、食事を取りに来たナイトとネティアを義母ティティスは満面の笑みで迎えた。
食事中始終ナイトとネティアを見ては上機嫌だった。
「なんか、母上、今日はものすごく上機嫌ね。父上、何かプレゼントでもしたの?」
昨夜のことを知らないフローレスが食事の手を止めずに聞くと、義父レイガルは読んでいた朝刊を置いてしばし考えた後、
「そういえば、大王イカを釣り上げてな、持って帰ってきた・・・あれが気に入ったのか・・・・・・・・・」
ドンピシャ!!
レイガルの上に雷が落ちた。
義母の上機嫌の理由が大王イカではないのは明白。
むしろ、夫のプレゼントは嫌いだったようだ。
「変なもの持ってこないで頂戴」
「しかし、あれはうまぞ」
「・・・・・・・生で持ってこないで!」
「・・・・・・・・・・・・わかった・・・・・・・」
見た目はグロテスクだが、おいしいようだ。
義父母の力関係のわかる会話を見た後、ナイトはフロントに視線を移した。
フロントはため息をついて、隣で料理を駆け込んでいるフローレスを見つめている。
こちらの進展はゼロのようだ。
「さて、今日はどこの狩場に行こうかしら?」
父親に似てフローレスも狩りが好きなようだ。
「フローレス、今日はあなたも王宮に残りなさい」
「え、何か、行事あった?」
フローレスがフロントを見ると、キョトンとした顔をしている。
「今日は我が父ビンセントが帰郷する日ですので、恐縮ですが、王家の皆様にお見送りをお願いしたいのです」
食堂の隅で控えていたシュウが歩み寄りながら言った。
フローレスとフロントの顔が急変した。
たしか、ビンセントはレイス領主をシュウに譲り、自身は領土に戻り、魔物との戦いの指揮を執ると公言していた。
とうとうその日が来たのだ。
「ナイト様も今日は我が父の見送りに参列していただきたいのですが?」
シュウの願いにナイトは立ち上がって答えた。
「当り前じゃないか、是非、参列させてもらう!」
名実ともに虹の国の最功労者であるレイス元領主の帰郷の見送りしないといういのはあり得ない。
「ありがとうございます。王族の皆様に見送っていただける父は、名誉の誉れでございます」
シュウが静かに微笑んで答えて、ドアへ向かう。
ビンセントの見送りの支度の手伝いに行くようだ。
「ねぇ、シュウ!」
黙っていたフローレスが大きな声で呼び止める。
シュウが静かに振り返る。
「・・・・なんでしょう?」
平静を装っているが、明らかに呼び止められることを予期していた感じがする。
「私が行くってことは、もちろん、フロントも同行させていいのよね?」
念を押すフローレスの言葉が食堂に響き渡る。
その場にいる全員はシュウの返事を固唾を飲んで見守る。
シュウはしばらく沈黙した後、
「もちろんです。『フローレス様の従者としてのみ』、同行してもらって構いません」
シュウは、条件付きでフロントの同行を許可し、食堂を出て行った。
ドアが閉まった後、すぐさま侍女長が義母ティティスを迎えに来て、早々に食堂を後にする。
その後を追うように義父レイガルが上着を着て立ち上がった。
そして、フロントのそばに来て肩を叩いて去っていく。
ネティアは不安げにフロントとフローレスを見つめていたが、サラが迎えに来る。
「ネティア様、そろそろ・・・」
「そうね、それでは、ナイト様、フローレス、フロント・・・」
ネティアを見送って、ナイト、フローレス、フロントの3人だけが残った。
フロントは思いつめたような顔をしている。
その様子をナイトとフローレスは黙って見つめる。
フロントとビンセントの関係はとても複雑だ。
なんと声をかけていいのか、ナイトが迷っていると突如、食堂の扉盛大に開いた。
「王子!!お迎えに参りました!!」
場違いな大声が轟く。
ライアスだ。
ナイトの専従の従者であるシュウとフロントが追従できないときに、戻るようになっているようだ。
「さあ、参りましょう!!偉大なる前レイス卿のお見送りのための準備をなさいませんと!」
「ああ、わかった、わかった・・・」
久々に回ってきた従者の仕事でライアスは大いに張り切っているが、主のナイトには迷惑だった。
「じゃ、また後で」
「うん。フロント、私達も行きましょう」
「そうですね・・・」
フローレスが座り込んでいるフロントに手を差し出すと重い腰を上げた。
時がようやく動き出したような印象を受けた。
***
王都にあるレイス邸には大勢の人が押しかけていた。
老若男女は問わず、職業も身分も、果ては異国の者までも関係なく、前レイス領主ビンセントとの別れを惜しんで集まってきていた。
ビンセントの人柄がよく映し出されていた。
その後継者であるシュウは直立不動で、偉大なる義父の傍についている。
そのプレッシャーは計り知れない。
その姿を羨ましく思ってから、フロントは自嘲する。
シュウがいる場所には、本当は養子に入った自分とビンセントの1人息子ジェラード立っているはずだったからだ。
ジェラードに決闘を挑まれた前日のことを思い出す。
*
フロントは緊張した面持ちでビンセントの私室をノックした。
「来たか、フロント・・・」
偉大な養父に満面の笑みで迎えられて、フロントの緊張はます。
「そう緊張するな、『我が息子』よ」
そういって、ビンセントはフロントの両肩を叩いて見つめてくる。
フロントは溜まらず目をそらす。
「あの・・・本当によろしいのでしょうか?私のような者が名誉あるレイス家の一員となっても・・・」
「もちろんだとも!そうでなければ、フローレス姫と釣り合わないであろう?」
養子の決め手となったのは、フローレス姫との婚約を決めたことだった。
「そうですが・・・」
気がかかりなことがあった。
それは、ビンセントの1人息子ジェラードだ。
傷心の淵にいる彼が心から受け入れてくれるだろうか?
「案ずるな、ジェラードもきっと受けれいてくれる。それにお前はレイス家に相応しい資質の持ち主だと私は確信している。だから、けして、自分の出自を恥じることはないぞ」
「あ、ありがとうございます!」
「うむ、期待しているぞ。ジェラードとともにこのレイスを盛り上げてくれ」
憧れの人に期待していると言われ、とても嬉しかった。
しかし、その期待に応えることがフロントにはできなかった。
不安が的中したのだ。
*
フロントはかつて、一度は父と呼んだ憧れの人に目を馳せてから、ワインを一気に飲み干した。
しかし、一杯だけではこの渇きは治まらない。
ボトルごと手に取ろうとしたとき、横から制止される。
「ちょっと、飲みすぎじゃない?私の護衛中でしょう?」
フローレス姫が睨んできた。
「す、すいません・・・」
フロントはワインを飲むのをやめた。
すると、嘘のように渇きは消えていた。
何もかもなくしてしまったが、まだ、彼女がいた。
今日はちゃんと一国の姫らしく正装している。
ツンデレな女性に成長してしまったが、フローレス姫がフロントの心を支えてくれていた。