表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹の花婿  作者: ドライフラワー
第2章 明暗
86/134

結界継承の儀式

ネティア女王の寝所に今日も辿り着けなかったナイト王子はトボトボと自室に向かっていた。


「いや、それにしても惜しかったっすね」


ライガは後ろから励ましの言葉を掛けるが、ナイト王子は自分の不甲斐なさに落ち込んでいる。

明日はネティア女王の結界継承の儀式だ。

その大事な日の前に、妻の傍にいて力づけてやることができなかったことを悔いているのだ。


「そう落ち込まないでくださいっすよ、ネティア様はわかってくださるっす」


ライガが再度励ましの言葉を掛けると、ナイト王子は急に足を止めた。


「ライガ、ここまでいい…」


突然、護衛の任を解かれ、慌てる。


「え、お部屋まではまだあるっすよ!」

「一人になりたいんだ…」

「……・・わかったす・…」


ナイト王子の気持ちを考えると、強硬はできない。

ライガは踵を返した。

ナイト王子にとって、安全とは言いがいた虹の王宮だが、1日に2回襲われることはそうはないだろう。


「ライガ、ありがとう…」


背後から感謝の声が届く。

ライガは振り向かずに手を上げて返した。

薄暗い廊下をしばらく歩いて、窓から外に出る。

外の外壁を渡り歩くのは忍びの近道だ。

虹の王宮の中央の一番高い部屋を目指す。

その部屋に住まうのは前女王ティティス。

女王を退いたとは言え、まだ彼女が虹の国の最高権力者だ。

今日のできことを報告に行って、ライガの仕事は終了する。




***




ほとんど眠れぬまま、夜が明けた。

ネティアは重い体を起こして、カーテンを開く。

雲の隙間から、陽光が突き刺してくる。

曇ではなかったが、太陽は顔を隠したまま姿を見せない。

そこにいるのに入ってこれない、夫のようだった。

ネティアは一つ溜息を吐くと、鏡台の前に座った。

櫛で髪を梳き始める、不安を鎮めるように。

今日は初めての結界継承の儀式、虹の女王の宿命からは逃れられない。

逃げてはいけないのだ。

前世の自分が始めたことだから。

例え、何が起きようとも、何を犠牲にしようとも、自分からはやめることができない。

例え、最愛の夫が死のうとも。

この世界を、自分達が助かるために重ねてきた呪縛。

もし、この呪縛を解ける者がいるとしたら、それは、1人しかいない。

ネティアは髪を梳くのをやめて、しばらく鏡の中の自分を見つめた。




***




今日はいつもの朝ではなかった。

朝食時に、ネティアと義母ティティスの姿はなかった。

早めに食事を済ませて儀式の準備に取り掛かっているらしい。

王である義父レイガルも早々に食事の席を立った。

色々な仕事がある。

ナイトは1人取り残された気分になった。

無論、儀式には出席しなければならない。

だが、何の仕事にもついてないナイトは正装して、ただ儀式が行われる場所に行くだけだ。

いてもいなくてもいいような存在。


「ナイト様、ご気分はいかがですか?」


食べ終わるころ、食堂の入り口からシュウが入ってきた。


「最悪だ」

「そうでしょうね、『殺されかけた』のでは仕方ありません」


はっきり言い切るシュウにナイトは慌てた。

王族の専用の食堂とは言え、大それた言葉を堂々というところではない。


「ご心配なく、身近にいる者はほとんど知っておりますので」


シュウは何でもないという様ににっこり言って、ナイトの隣に座った。


「そうか、それなら隠す必要もないか…」

「怖くなりましたか?」

「いいや、これくらいなんともない。水の国でもあったしな…でも、こっちほどあからさまじゃなかったから、正直驚いてる」


水の国では、国王の息子に危害を加えれば自分がどうなるかぐらい、謀反人でもわかっており、行動は慎重だった。

しかし、虹の国は堂々と宣言して、本気で殺しにきたのだ。

水の国では父王が大きな後ろ盾だった。

虹の国ではそんな後ろ盾はないにしても、ナイトは女王の夫だ。

多くの臣下が認めていないとは言っても、国を挙げて結婚式を催したのだ。


「親衛隊はディアナ女王の1人目の夫マルコ王のことを引きずっているのです」

「風の国から婿入りした王子のことか」

「そうです、マルコ王はかなりの風の魔法の使い手でしたが、武術においては親衛隊の誰よりも劣りました。しかし、女王が心に決めた方だからと、実力には目を瞑り忠誠を誓いました。その結果、マルコ王は初めての魔期出兵であっさりと命を落としました。その時、親衛隊は大いに責任を問われました」

「なるほどな…俺は武術には自信あるけどな…」

「それは彼らもわかっているとは思いますよ。問題は『彼らがあなたを守り切れるかどうか』ですから」


ナイトは宙を見つめてから大きな溜息を吐いた。


「まあ、仕方ないと言えば仕方ないんだけどな。俺、前世で死ぬ前にレイスとバイソンにネフィアとこの国のことを託したからな。魔物を道連れにして、それで終わりだったんだ…」

「しかし、女王はあなたと運命を共にされた…」


シュウが静かに言う。


「だから、戻って来ざる得なかったのかもな。でも、転生してきたから『今更、返せるか』、『残った魔物ことは俺に任せとけって』って、バイソンの奴、怒ってるのかもな…」

「バイソン卿はそうかもしれませんが、我々は違いますよ。あなたが戻ってくるのを女王と共に待っておりました」


ナイトは頭を抱える。

カインに斬りかかった時、前世のライバルの姿がそこにあるようだった。


「レイスか…あいつがいなかったら、この国はとうに終わっていた…」

「レイスはただの策略家です。ですが、この国を創ったのは紛れもなくあなたたです。バイソン卿は、初代女王のため、あなたに代わりこの国を守ってきたに過ぎません。ですから、ディアナ女王は、バイソン卿を追放したのでしょう…」

「争いの種になるからか…」


憎んだこともあった。

だが、何だかんだで、バイソンとの関係はそんなに悪くはなかった。

むしろ、国を大きくし、ずっと支えてくれたのだから感謝の方が大きい。

ナイトのそんな思いを読み取ったのか、


「では、必殺のレイスの名案をまたやりたかったですか?」


と、聞いてきたのでナイトは思わず叫んだ。


「それは絶対にダメだ!!」


いきり立ったナイトの様子を見て、シュウはコロコロと笑った。


「でしょうね…やはり、王は1人がいいのです」


シュウは立ち上がった。


「では、行きましょうか?あなたを信じて待っていた者達を失望させないように…」

「そうだな…」


ナイトは重い腰を上げ、シュウの後に続く。




***




虹の結界の継承の儀式は日が天中に差し掛かるときに行われる。

それに向け、虹の神殿は着々と準備が進められていた。

レイス家を始めとする王の一族を筆頭に、有力者達も馳せ参じていた。

女王直属の親衛隊も勢揃いで儀式の警備に臨む。

彼らに囲まれたネティアの顔は浮かない。

愛する夫を手に掛けようとした者がこの中にいるからだ。

その場所に1人参加していない者がいた。

ゼインだ。

ゼインは前女王のティティスの下へ出頭していた。

罪状は、ナイト王子殺害未遂。

ナイト王子に投げられた槍がゼインの物だったからだ。







ゼインは、ティティス前女王の儀式の準備が終わるまでの長い時間、謁見の間で待たされた。

永遠かと思われた矢先、ティティス前女王が現れ、ゼインは額を床にこすりつけた。


「待たせたわね…」

「申し訳ございません!!ティティス陛下!!」


ゼインは声を張り上げて懺悔した。

しかし、それはナイト王子殺害未遂のことではなかった。


「陛下より直々に、ナイト王子の身を守るように仰せつかっていたのに、このような容疑を掛けられるとは…このゼイン、不徳の極みでございます!!」


ゼインは恥じ入って、再び額を床にこすりつけた。


「ゼイン、顔を上げないさい。もうその件はいいわ…」

「しかし、このような容疑を掛けられては、もうナイト王子に

顔向けできません…」

「大丈夫すよ」


第三者の声にゼインは顔を上げた。

仮面を被った男がティティス前女王の横に立っていた。

昨晩、ナイト王子を助けに来た男だ。


「ナイト王子はあんたが犯人だと思ってない。煙幕をあんたの槍にからめとられないように、真っ先にあんたを倒しに行ったからな…」


ゼインはティティス前女王が頷くのを見て、ホッと胸を撫でおろした。


「犯人の目星は、わかっているのでしょう?」

「はい…しかし、確証はありません」

「尻尾を出してくれるような奴なら、親衛隊には入れないっすよ」

「そうね…ゼイン、引き続きナイトを守りなさい」

「は!今度はこのような失態は致しません!必ずや、ナイト王子をお守りします」


ゼインは深く敬礼し、誓った。






「ゼインの奴、大切な儀式の前にティティス陛下に扱かれてるのかな?」


戻ってこない同僚を心配してアインが呟く。


「当然だな、ナイト王子の命を狙ったんだからな」

「運の尽きだよな。あの煙幕の中、たまたま投げた槍が急所に行っちまったんだからな」

「何にせよ、心配はいらないぞ、アイン。ゼインにお咎めはないだろう」

「え、そうなのか?」


カインの言葉を疑うアイン。


「俺の言ったことが外れたことあったか?」

「いや、ないな」


アインは満面の笑みで納得した。

理由は特に聞かない。

単純な奴なので、よく当たる感だと思っている。


「そろそろ儀式が始まるぞ」

「え、まだ、ティティス陛下来てないじゃないか」

「もう日が高い。結界を受け取る側のネティア女王は魔力回路を作る準備に入るころだ。ほら、始まったぞ」


露台に立ち、ネティア女王は呪文の詠唱を始めていた。

魔力が銀色の光となって、女王の周りに輝く、その姿はとても神々しく美しい。

その光景を見ている者すべての心を奪う。


「おお、やっとる、やっとる!」


突然、場違いな陽気な声が聞こえていた。

見ると、人込みかき分けて、水の王ウォーレスが正規軍の騎士を数名引き連れて突然、乗り込んできた。

事前の連絡はない。

真っ直ぐにこちらにやってくる。


「ウォーレス王、儀式中です。これ以上先へお通しできません」


カインが前に出て制止する。


「行くつもりはない。お前達に用があってここまで来たのだ」

「我々に?」


アインが面食らった顔をする。


「昨晩、ナイトの命を狙った奴がいたらしいな」

「たまたまですよ」


アインが応じる。


「ほう、たまたまか…それでもし、ナイトが死んでいたら、お前達どうするつもりだったんだ?」


ウォーレス王に睨まれ、アインを始めとする親衛隊は言葉に窮した。

そん中、カインだけが口を開いた。


「どうもしませんよ、我々はナイト王子の力量を量っていただけですから。不運な事故として処理されたでしょう。ですが、もちろん、犯人は処罰されたでしょう」


ウォーレス王とカインはしばし睨み合った。


「不運な事故か…ふははは、なかなか肝が据わっているな…さすが、『バイソン』の者だ」


冷静だったカインに殺気が宿った。

バイソン領は、主が追放された後、レイス領に併合された。

もはや、存在しない領土だ。

だが、レイス家に次ぐ名門のプライドは今もなお残っていた。

斬って掛かりたいところだが、相手は水の王。

それに実力もカインの遥か上を行く。

身分も実力も到底敵わない。


「バイソンはもはや存在いたしません。私はレイス領の者です」


何とか怒りを鎮めて言葉を絞り出した。


「レイスの者か…ならば、出身地の領主に文句の1つでも言っておかんとな…」


ウォーレス王はカインを一瞥すると、元レイス領主ビンセントがいる方へ歩いていく。

遠くからビンセントがこちらを見つめていた。

カインは深々と頭を下げ、謝意を示した。

ウォーレス王がビンセントの下へたどり着く。

今の領主が頭を下げる姿を目にして、熱い物が込み上げてくる。


「カイン、大丈夫か?」

「ああ、いつものことだ…」


アインが心配して声を掛けてくれたのが、唯一の心の救いだった。




***



小一時間ほどかけて、ネティアは世界を覆う巨大な結界と自身を繋ぐ魔力回路を作り上げた。

後は、魔力を微調整しながら、結界と波長を合わせながら、適合させる。

準備が整ってからすぐに母ティティスが、侍女長ラナに車椅子を押されて出てきた。

ラナはティティスを残すとすぐに露台を去った。


「準備はいいわね?」

「はい!」


母が印を結ぶと、空に虹の結界が濃く出現した。

7色の内一番外側にある赤色の層が一際輝く。

母は自分から出てきた赤い魔力の光をネティアの首に掛けた。

魔力回路に赤い光が入り込む。

ネティアを包んでいた銀色の光が赤く染まる。

魔力回路を伝い、ネティアの体の中に入ってくる。

体が燃えるように熱くなった。


「落ち着いて、コントロールすのよ」


母のアドバイスに従い、ネティアは体の中を暴れまわる結界の魔力を安定させるために集中した。

ゴウゴウと燃え盛る炎のようだった魔力が、ダンダンと焚火のようになり、日の光のようになり、最後は人肌の温もりにまで落ち着いた。


「上出来よ」


母が印を解くと、赤い光はネティアへと吸収された。

そして、空に濃く表れていた虹の結界も、いつもの霞んだ色に戻った。

ネティアは体に重りをつけられたような重さを感じた。


「お疲れ様、今日の儀式はこれで終了よ」


母が笑って言うのが、霞んで聞こえる。


『ネティア!!』

『ネティア様!!』


体が傾き、誰かの腕に抱き留められたネティアはそのまま意識を失った。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ