賭け事
「おはようございます、ナイト様」
「おはよう、ネティア、今日も綺麗だな」
軽く夫婦の挨拶を交わして、ナイトはいつも通りネティアの隣に座って朝食を取る。
義父母もいつもと変わらない。
しかし、フローレスとフロントは違った。
「フローレス様、足りないでしょう?これもこれもこれもこれもこれも、差し上げます!!!」
フロントが自分の朝食を大量にフローレスにやっていた。
昨夜、宣言した特別な『愛の証明』行動だと思われる。
「朝から鬱陶しいわね!何、お腹でも壊したの?」
「いいえ、ただ、フローレス様に食べて頂きたくて」
キラキラとした瞳で答えるフロントにフローレスは少し引き気味だ。
「ど、どんな風の吹き回しか知らないけど、別にもらって上げてもいいけど…どうせ、後で自分だけ何かおいしいものを食べに行くつもりでしょう?」
「いえ、そんなつもりはありませんよ!」
「本当にそれだけで足りるわけ?」
フローレスはほぼ空の皿を指摘すると、
「いえ、食べます。腹が減っては戦はできませんから…」
咳払いしてフロントは言い直した。
「ほら!」
「ああ、でも、1人だけ行くつもりはありませんよ!フローレス様もご一緒にいかがですか?」
「え、私も?」
目を丸くすフローレスにフロントは大きく頷ている。
これを口実にデートへ誘い出す魂胆だ。
「フロントが一緒ならいいでしょう」
ティティス前女王があっさりと許可を出した。
フロントの意図を察した助け舟だ。
「え、本当に?でも、今はナイトの補佐をしないといけないでしょう?」
フローレスはけっこう真面目だった。
ナイトは食事の手を止めた。
「俺の方は大丈夫だ。シュウがいるからな」
「でも、シュウじゃ、いざって時に、ナイトを守れないでしょう?頭はいいけど、護衛能力ゼロよ」
「その点はご心配なく!護衛なら忍び衆がいます!シュウ様もレイス領主ですので、レイスの影がいるはずですから!」
フロントは必死にナイトの護衛は大丈夫だとアピールする。
何が何でもデートにこぎつけたい、食らいつきがすごい。
「俺の方は大丈夫だ。いざって時は、自分の身ぐらい自分で守れるから」
「ナイトがそう言うなら、久々に行こうかな」
フロントはガッツポーズを密かに決めていた。
これで『特別な愛』の立証の一歩を踏み出した。
しかし、
『はあ、監視付きか…』
フローレスがポロリと小さく呟くのが聞こえ、ナイトは慌てたが、
「楽しんできてね」
「…うん、ネティアに何かお土産買ってくるね」
「ジャンジャン、買ってきますよ!!」
「楽しみしてるわ」
ネティアとフロントにはフローレスの呟きは聞こえてなかったようだ。
女王になり、ますます外に出られなくなったネティアは、2人が持って帰ってくるお土産を本当に楽しみにしている。
『まあ、前世からこの2人が結ばれるのを一番願っていたのはネティアだったからな…』
ナイトは前世の義妹と親友の姿をフローレスとフロントに重ねる。
フロントは張り切っているが、フローレスは無理して合わせている。
『ちょっと、前世とは違うな…』
育った境遇のせいだろうということにして、ネティアの方を見る。
自由に外に出られない妻をナイトは不憫に思った。
いつか、外へ連れて行ってやりたい。
前世で嫌というほど旅はしたが、どこも戦や天災で荒れ放題だった。
美しい現世の世界をネティアに見せてやりたい。
彼女は前世の荒れた世界とこの虹の国しか知らないから。
ナイトがネティアを見つめていると、
「今日は皆に大事な話があるの」
ティティス前女王が身を正して話を切り出した。
すると、何故かネティアも背筋を正した。
「明後日、初めての結界の引継ぎの儀式を執り行うことにしたわ」
その発表に和んでいた場の空気が一気に冷え込んだ。
フローレスとフロントの表情が硬くなった。
寝耳に水のナイトは慌ててネティアの方を見る。
ネティアは気丈な微笑みを返してきたが、ナイトとしては結界継承の儀式の重大事が迫っていることに忘れていたことが悔やまれた。
「…それは危険なことなのでしょうか?」
「虹の女王の宿命だから、大丈夫よ。でも、初めてだから気は抜けないでしょう。ネティア、体調を万全にしておくように」
「はい」
「ナイト、ネティアを支えてあげてね」
「も、もちろんです!」
と、返答したものの『支える』とはどうするればいいのか?
寄り添って、不安な気持ちを話してもらうことぐらいしかできない。
いや、それさえもできていないことにナイトは気付いた。
公務に追われる2人の時間と言えば、夜しかない。
しかし、ネティアの寝所の前には親衛隊が立ちはだかる。
『あの滝を登り切らなければ…!!!』
ナイトは鮭のように逆流を遡る決意を固めた。
「よし、今夜こそはあいつらを全員蹴散らしてやる…」
本腰を入れて作戦を練る、
1対50でも勝つ方法はあるはずだ。
「そうだ、道具だ!!道具を使えばいいんだ!!」
「仕事に身が入ってませんね…」
突然椅子から立ち上がって叫ぶ、ナイト王子の前で書類の束を持ったシュウがぼやく。
「ダイナマイトなんかいいな!いや、ちょっと、やりすぎか?いいや、この際、手段は選ばない。使える物は何でも使ってやる!」
ナイト王子はひたすら親衛隊の防衛を突破する方法を独り言で喋っていた。
「仕方ないさ、ネティア様の初めての結界継承の儀式だから」
もう1人の従者であるフロントがナイト王子を擁護する。
しかし、こちらも、鏡を見ながら身だしなみを整えている。
フローレス姫と昼食デートをするからだ。
シュウは大きな溜息を吐く。
「そうですね、今日は大目に見ましょう…」
そう呟いたシュウに身だしなみを整え終わったフロントが手を差し出してきた。
「何ですか、その手は?」
「…その、『あれ』を返してほしんだ。ナイト様から没収したものを…」
言葉を濁しながら言うフロントに、シュウは溜息を零す。
「大罪人が名乗り出てきましたか…」
フロントは大慌てで『シー』と口に手を当てる。
「こっちは見て見ぬふりをしてあげたんですよ」
「でも、証拠はないだろう?」
「今出てきましたよ」
シュウが指摘すると、フロントは目の前で手を合わせた。
「お願いします、シュウ様!!あれが必要なんです!!」
「………全く、血は繋がってなくても兄弟は似るんですかね…」
ナイト王子はネティア女王を、フロントはフローレス姫のことで頭がいっぱいだった。
目をウルウルして見つめてくるフロントにシュウは大きく溜息を吐く。
前にもこんなことがあったような気がする。
「あんなものなくても、フローレス様の行きたいとこへ連れて行ってあげればいいじゃないですか?」
「いや、駄目だ。フローレス様を驚かせたいんだ!!」
フロントは必死だ。
そう、昔のフローレス姫だ。
昔のフローレス姫はフロントに夢中だった。
フロントの好きな食べ物や趣味など、事あるごとにシュウはフローレス姫から事情聴取をされていた。
今は2人の立場は逆転している。
「…わかりました、ですが、1つ条件があります」
「何だ!?」
フロントは喜色満面で飛びついてきた。
「ナイト様が可哀そうだからと言って、親衛隊を『闇討ち』しないこと」
そう告げると、フロントは急に能面のような顔になり、シュウからスッと離れた。
「やっぱり、考えていたんですね?」
「…だって、ナイト様とネティア様が可哀そうじゃないか…」
兄弟同然で育ったナイト王子をフロントはとても大切に思っていた。
何か企んでいるかもしれないと思い、釘をしたら案の定そのつもりだったようだ。
「今生の別れになるわけじゃないんですよ。それに、そんな卑怯な真似をしてしまっては、親衛隊がナイト様を認める日が遠のいてしまいます」
「それは、そうだけど…でも、大事の前にお2人でゆっくり過ごしてもらいたいんだ…」
「気持ちはわかりますよ、ですが、これもお2人が背負われた試練ですから」
シュウの説得にフロントは大きな溜息を吐いた。
「わかったよ、そっと見守ることにする。私はフローレス様に集中する」
「それがいいでしょう」
シュウはニコッと笑って、懐からフロントが所望していたものをあっさりと渡した。
あまりにもあっさりと返したので、フロントは目を瞬かせた。
「え、ずっと、それ持ってたのか!?」
「はい、重要証拠ですので。軟弱な私が持っていれば、取り返しに来るだろうと思いまして。襲いやすいでしょう?そこを捕まえようと思っていたのですが…」
「いや、襲うなんて、滅相もない…」
フロントは身を縮ませて首をブンブンと横振った。
冗談で言ったのだが、本気にしたようだ。
シュウのレイス領主という身分を考えれば当然の反応だろう。
カーン、カーン…………
正午を知らせる鐘の音が鳴る、
「もう昼か…フロント、頑張れよ」
ナイト王子が親衛隊攻略の妄想から戻ってきた。
「健闘を祈ります」
「頑張ります…!!」
フロントはシュウとナイト王子に見送られて意気揚々と出かけて行った。
「さて、勝算はあるのでしょうかね?」
「え、勝算!?」
シュウの溜息交じりの呟きにナイトが大きく反応した。
更に、
「進展しないに1ゴールド!」
「俺も」
「レッド、ブルー!?」
いつの間にか忍び衆のレッドとブルーが部屋の中にいた。
フロントとフローレス姫の中が進展するか賭け事を始めていた。
「て、お前ら何しに現れたんだ!?」
「それは決まっているじゃないですか、ナイト様」
レッドが当然のように言い、ブルーが愛用のカメラを手に取る。
「スクープを取るためです」
「お前ら、フロント達の後を追うつもりか?」
レッドとブルーは無言で首を縦に振った。
「それはダメだろう?フロントにもプライバシーがある」
「え、仕事なんですけど」
「そんなもん、仕事じゅないだろう。野次馬だ。それより他に大事な仕事があるだろう?」
「私も進展しないに10ゴールドでお願いします」
「て、シュウも!?」
ナイト王子が忍び衆を説教している最中にシュウも賭けに便乗する。
ナイト王子が目を見開いてシュウを見つめてくる、
「何か問題でも?」
「問題だろう、だって、プライバシー侵害だぞ」
「フロントとフローレス姫のプライバシーに興味はありません」
「え、じゃ何で賭けを?」
困惑するナイト王子にシュウは眼鏡を光らせた。
「純粋に金が欲しいからです!貧乏領主ですから!!!」
「…・…金が欲しいのはよくわかったよ。でも、賭けだから勝たないと手に入らないぞ」
「もちろん、勝ちますよ!!」
「えええええ!!!?」
答えを聞いたナイト王子は顔を引き攣らせている。
「で、ナイト様はどちらなんですか?」
「え、俺も!?」
ナイト王子にも賭けに参加させるよう仕向ける。
逆に賭ける者がいなければ賭けは成立しんない。
身内であるナイト王子が逆に描けることを確信してのことだ。
忍び衆2人も無言で圧を掛ける。
「じゃ、進展するにい『5ゴールド』…」
ナイト王子は小さな声で掛け金を呟いた。
シュウは忍び衆2人の下へ言ってコソコソ話を始めた。
『たった5ゴールドか、ケチケチしてんな…』
『シュウ様より少ないですね…』
『ナイト様、本当にフロントのこと応援してんのかな?』
『本心は違うのかもしれませんね、あの2人どうもくっつきそうにありませんから…』
コソコソ話であっても、ナイト王子には丸聞こえだった。
「わかったよ、100ゴールド掛けるよ!ちゃんと俺、応援してるから!」
「はい、これで賭けは成立しました」
「若、ちょっと、行ってきます」
ブルーが締めて、レッドが天井に向かって叫ぶと、
『おう、気をつけてな。フロントにはあんまり近づきすぎるなよ』
「「はい!」」
「ライガもいたのか!?」
ナイト王子が呆れて叫ぶ。
「当然です、若がいないと賭けになりませんから」
「因みに、若の掛け金は200ゴールドです」
「僕も毎回、儲けさせてもらっています」
レッド、ブルー、シュウは実は賭け友達だった。
その3人にとってライガはいい鴨だった。
ライガは相棒のフロントの恋愛成就を応援していた。
そして今回、その鴨にフロントを兄と慕うナイト王子も加えることができたのだった。
「それでは結果をお待ちください」
レッドとブルーはフロントを追って出て行った。