婚活
闇の流民の学校の卒業式に立ち会ったナイトは、その日は闇の流民達と語り合って1日を終えた。
次の日からは、再び治安部に戻って、幅広く王都内を見て回る予定だったが、治安部兼福利厚生部のバルドに強制的に福利厚生部に連れて行かれた。
「是非とも、ナイト様のお力をお借りしたことがありますのじゃ!」
福利厚生部の応接室に通されたナイトにバルドが頼み込んできた。
財務部改革が一応の成功を収めたのが広がっているようだった。
「何に困っているんだ?」
「婚活です!」
簡潔な返答にナイトは一時思考停止に陥った。
ナイトは頭を押さえて、苦悩する。
婚活、それはとてもフライべーとなものだ。
「それって、俺の仕事なのか?」
「国民の幸せを願うのが国王になられる方の仕事だと私は思っておりますが?」
バルドに返されてナイトは唸った。
「わかったよ、話を聞くよ」
「流石はナイト様、では、お話させて頂きますじゃ!」
とバルドは嬉しそうに言ったが、ナイトには自信がなかった。
というか、まだナイトは18だ。
前世の記憶があることもあり、年齢にしては多少人生経験が多めだが、男女のことはさっぱりわからない。
むしろ、5回も結婚したバルドの方が分かるのではないかと思うのだが、そうではないらしい。
「実は、ここ王都の少子化が進んでおりまして…」
「え、ちょっと、待てよ。俺が見た資料では虹の国の人口は増えてるみたいだったぞ」
ナイトは暇があれば、虹の国の資料を見ていた。
その中に人口統計も入っていた。
シュウが咳払いして説明する。
「確かに、虹の国全体では人口は増えています。しかし、ここ王都とレイス領を除いた場所です。つまり、王都とレイス領は人口が激減しているのです」
「え、そうなのか!?」
ナイトは飛び上がった。
レイス領はわかるが、なぜ首都である王都の人口が減るのか理解ができなかった。
「王都に職はありふれていますが、その所得が低いのです」
フロントが溜息交じりに応える。
「首都なのに、所得が低いって、どういうことだ?」
「それは、ナイト様自身が身をもって体験中かと…」
シュウに指摘されて、ナイトはハッとした。
王侯貴族の所得が低いのが災いしているのだ。
「国は命を懸けて戦う騎士達に給金を多めに払っていますが、王や主である貴族が薄給ではその額も抑えられてしまうです。つまり、遠慮してしまうのですよ」
「レイガル様は元孤児で薄給でも全く気にしていないのですが、仕える者達としては気が引けるのです」
シュウとフロントが同時に溜息を零す。
レイガル王に少々問題がありそうだ。
「ともかく、給料が安い。農民や商人や職人達はまだいい方ですじゃ。問題は王家に仕える文官や騎士達。特に正規軍の騎士達は哀れなもの者ですじゃ」
「え、文官よりも優遇されてるのにか?」
財務部の話では文官は騎士の半分しか給料をもらっていない。
「文官は命の危険はありませが、正規軍の騎士は明日をも知れぬ身なのですじゃぞ。それなのに、虹の国の騎士団の中で一番給料が低い。危険手当が入ったとしても、他の騎士団の半分程度ですじゃ。だから、1人者が多いのですじゃ。闇の流民が多いのもありますがな…」
「恋人がいても、他の騎士団の騎士の方に行ってしまったとか、よく耳にしますね」
「正規軍の騎士になる者も減ってきています。他の騎士団なら命の危険も少なく、給料も高いですからね。特に、王の一族は自領で勝手に貿易をして利益を上げて、私腹を肥やしています」
フロントが腹立たし気に話してくれた。
一番頑張っている王都とレイス領の騎士達の処遇の低さにナイトは悲哀を禁じ得ない。
「それで、王都とレイス領が人口減少してるのか…」
「勿体ない話ですじゃ、王都やレイス領に残った者達は忠誠心に厚く優秀な者が多いのに、子孫を残せる者が少ないですからな…」
バルドはしみじみ呟いて、本音を漏らす。
「儂の娘を嫁にくれてやりたいですじゃ」
「え?」
突然バルドの私心が入ってきた。
「ゴホン、ナイト様もご存知のことと思いますが、実は儂は5回結婚し、その妻達との間に『20人の娘』を設けたのですじゃ」
「…・・………20人!?そんなに娘がいたのか!?」
ナイトは驚いて思わず立ち上がった。
「はい、どの子も皆亡くなった妻達に似てとても器量が良いのですが、何故か、なかなか男ができんのですじゃ。何とか一番最初の妻との間にできた4人の娘達は結婚できたのですが…」
溜息を吐くバルドにナイトは疑いの目を向ける。
「本当に器量よしなのか?」
「な、まさか、疑っておいでなのですか!?自分の娘じゃなかったら、全員まとめて嫁にしてやりたいくらいの美女ぞろいですぞ!」
「うーん、でもな、バルドの血も引いてたら、その、滅茶苦茶強そうなんじゃないかなあって…」
バルドは老人だが、未だに筋骨逞しい肉体をしていた。
現役の騎士達にも引けを取らない、いや、勝る風貌だ。
「娘達は儂には全然似ておりません。普通のか弱い女です。ですが、そうですな…儂の血が原因かもしれませんな…」
憤っていたバルドが急に塩らしくなった。
「どうした、何かあったのか?」
「はい…結婚した娘達の経緯ですが、皆、できちゃった婚でして、子供を身ごもるまで、相手に儂の娘であることを黙っていたそうですじゃ」
沈黙が流れる。
「えっと、それって、つまり、バルドが父親だとわかると、相手に逃げられるって、思ってたとか?」
ナイトが推論を言うと、バルドが机に突っ伏した。
どうやら的中してしまったようだ。
「そうなんですじゃ!!『お父さんの娘だと知られたせいで何人もの相手に逃げられた!!』と長女が結婚する時に言われたのですじゃ!!儂は娘がどんな男を連れて来ても、娘が選んだ男なら快く結婚を認めると心に決めていたのにですじゃぞ!!それなのに、子供を身籠るまで、相手の男に黙っているなんて…そりゃ、儂だって、相手の男に怒りますでしょう!そうしたら、当然、相手も怯えるわけで…」
号泣するバルドにナイト達はタジタジになる。
娘の計画的犯行のせいで、婿とバルドの関係はあまりよろしくないようだ。
「まあ、戦場で武勇を轟かせ、今なお現役の騎士以上に騎士らしいバルド殿の娘となれば、迂闊に近づく者はなかなかいないかもしれませんね」
「そうなのですじゃ、儂は、儂は!娘達のために、いない方がいいのでしょうか!!」
「うわあああ、何をする気だバルド!!」
「バルド殿、落ち着いてください!!」
突然剣を引き抜いて、腹を切ろうとするバルドをナイトとフロントが必死に止める。
「わかった、わかったから、お前の娘に見合う男を必ず連れてくれるから、落ち着け!!」
「本当ですか!?」
ナイトは思わず口走ってしまった。
それを聞いたバルドは剣を鞘に納めた。
シュウに差し出されたハンカチで涙を拭って鼻をかんだ。
ナイトとフロントは互いに汗を拭って、呼吸を落ち着かせた。
「要はだ…バルドが父親でも動じない男を連れて来ればいいわけだよな」
「いるのですか!?娘は残り、16人いますじゃ!」
「16人か…」
ナイトは唸る。
1人の娘を嫁がせるのも大変だと言うのにそれが後16人もいるのだ。
バルドの苦労は想像を接ずる。
「さ………さすがに、そんなにはすぐ浮かばないが、取り合えず、1人か2人心あたりがある」
「おお!!それはどなたですな!?」
「まずは、ライアスだ」
ナイトととしてもちょうど良かった。
ライアスは彼女に振られて、虹の国に連れてこられたのだ。
そのライアスに早々と彼女ができれば、一部関係が修復さされるはずだ。
「おおおおおお、ライアス殿ですか!!!!!!あのような立派な若者が1人者だったのですか!?」
「ああ、こっちに来る前に彼女に振られたんだ。それに、ライアスならバルドが父親でも普通に大丈夫だと思うぜ」
「確かに、ライアス殿なら、アンチナイト様の親衛隊に1人放り込まれてもあさっり馴染みましたからね」
「それに、騎士としても別格、将来はナイト様の片腕は確実の守護神ですからね」
シュウとフロントもライアスに太鼓判を押す。
「おおおおおおおおおおおおおお!!!!!!それはぜひとも我が娘の婿の1人に是非ともお願いしたく存じますぅぅうううううう!!!」
バルドは興奮して。何度も土下座をした。
ものすごく期待しているので、ナイトは一言つけ足す。
恋愛は自由だ。
部下に押し付けのような結婚はさせたくなかった。
「もう頭を上げてくれ、ライアスを引き合わせるのは約束するが、その後のことは本人の意思だからな」
「もちろん、わかっておりますじゃ」
ナイトの言葉でバルドは冷静さを取り戻した。
「して、もう一方はどなたですかな?」
「そいつに関しては、ちょっと、待ってくれ。あっちの事情もあるし、何より今不在だから…ちょっと、というか、かなり大問題児だけどな…」
「ちょっとやそっとの問題児でもこのバルトの娘なら問題ありませんですじゃ。不在と言うことは、戻って来られたら紹介していただけるということで、いいですかな?」
「ああ…・…」
「ゴホン…バルト殿、ちょっと、ナイト様に近づきすぎです」
フロントが間に入った。
「ああ、すまん、すまん、つい熱が入ってしもうた!!」
バルドは真剣になりすぎて、ナイトに真顔で迫っていた。
笑いながら椅子に座り直す。
「まあ、儂の娘達のことは一先ずおいといてですじゃ、もう1人儂のように深刻な悩みを抱え取る者がおりますのじゃ。宮廷魔術師のヘレンなのですが・・…」
「まさか、今度も20人の息子がいるとか、言わないよな!!?」
ナイトはこの婚活の依頼に恐怖で浮足立っていた。
「そんな儂みたいな子だくさんはそんなにいませんぞ!と言うか、1人の女性がそんなに子供を産めますか?」
「…・・…無理ではないと思うが、難しいな」
「でしょう?」
ナイトは浮かせた腰を落ち着かせた。
「で、ヘレンの子供は何人だ?」
「1人です」
「1人???」
「儂と真逆です。1人息子が結婚しないんですじゃ」
ナイトは頭をひねる。
たくさんいる子供を結婚させるのも難しいが、たった1人の息子を結婚させるのはある意味もっと難しいかもしれない。
価値観は人それぞれ、結婚しない自由もある。
「その、その息子は何か問題があるのか?容姿が醜いとか?」
「いいえ、儂から見ても立派な男ですじゃ。優男ではありますが、騎士としての実力もあり、地位もある。女達が群がってきますじゃ」
「女に興味がないんじゃないか?」
「いえいえ、女に興味はあったのですじゃ。昔、たった1人だけ女を連れてきたことがあったのですが、ヘレンが猛反対しまして、別れてしまったそうですじゃ」
「つまり、その息子は、今でも別れた女を思い続けているということか?」
「そうだと思われますじゃ…」
「それじゃ、事は簡単じゃないか?その別れた女を連れてきて、ヘレンに認めてもらうとか?どれくらい年月が経ってるか知らないけど、ずっと思い続けているのならヘレンも認めるんじゃないか?」
「そうことは単純ではないのですじゃ。連れてきた女と言うのがなんと、山賊だったのですじゃ」
「山賊!?その息子よく、そんなの連れてきたな」
「はい、見かけによらず腕っぷしは強いですから、返り討ちにしたのでしょう。その腕にほれ込んで、女がついてきそうです。そして、一緒にいるうちに恋仲になったというわけですじゃ…」
ナイトは頭を抱えた。
「それ、他の女と結婚させるの無理じゃないか?」
「儂もそう思いますじゃ、しかし、もったいなくて。ぜひ、儂の娘の婿の1人にと狙っているのですじゃ」
「まあ、山賊の娘を連れてくるぐらいだから、きっとバルトが義父になっても大丈夫だろうな」
バルドは含み笑いを漏らす。
彼の頭の中には壮大な家族計画が膨らんでいるようだ。
もし、ライアス、ヘレンの息子がバルトの娘の婿になった場合、最強の一族が誕生するかもしれない。
かくして、福利厚生部の話はほぼ婚活で幕を閉じた。
「はあ、何か疲れた…」
中宮から北宮への庭園を歩きながら、ナイトは大きく伸びをした。
シュウとフロントも肩を回している。
「ナイト様!!」
突然、ナイト達の前に物陰から1人の若い騎士が飛びだしてきた。
飛び出してきた騎士は黒を基調とした制服を着ていた。
「正規軍の騎士ですね…」
フロントがそっと教えてくれた。
騎士はナイトの前に平伏していた。
「名前は?」
「ロイです」
「ロイか、俺に何か用か?」
「はい、是非とも、俺をあなた様の配下にお加えいただきたく、お願いに参りました!!」
「俺の配下にか?」
ナイトとしては嬉しいことだった。
虹の国に来て、初めて身内以外の人間が志願してくれたのだから。
「はい、ナイト様の直属の配下になれば、『給料がアップ』すると思いまして!!」
しかし、志願の志はちょっと、安直だ。
ロイは目を輝かせてナイトを見つめ、志願の理由を口にする。
「俺、最近ものすごく悔しい思いをしたんです。実は、ネティア様を捜索中、水の国の騎士とは知らずにその1人にぶつかってしまって、謝罪のつもりで有り金を全部渡したんです。しかし、後日、その騎士の相方が俺の財布を返しに来たんです。その時、『悪い、お前の財布の中身見たら申し訳なく思ったから、返す』って言われたんですよ!!!」
ナイトは天を仰いで、頭を押さえる。
どこかで、聞いた話だ。
以前、リュックが虹の国の騎士達にぶつかられて、その時、ルビが怒ったら最後にぶつかった虹の騎士が財布を置いていったと話していた。
その財布の中身を見て、ルビはその少なさに驚いて、返却すると言っていた。
その話に出てきた虹の騎士が目の前にいる。
何という運命のめぐり合わせかな。
「俺、正規軍の騎士に誇りを持ってます。でも、正直、給料が安いんです!!別に、それでも、国のために頑張ってるのならいいと言い聞かせてきたんですけど、今回のことでやっぱり、給料がもっと欲しいんです!他国の騎士に、いえ、虹の国の他の騎士団に馬鹿にされないほどの給料が欲しいんです!!お願いします!!」
ロイの志願の理由は虹の国に一石を投じ真っ当なものだ。
虹の国の次期国王になるナイトの配下になれば給料がアップすると考えも間違いではない。
将来的にはアップするのは間違いない。
しかし、今現在、ナイトが虹の国でもらう給料では部下を養うのは困難だった。
「ロイでしたか、あなたの熱意はしかと聞き届けました。しかし、今のナイト様ではあなたを召し抱えることは難しいでしょう」
シュウが代わりにロイと話をする。
「え、どうしてですか!?人手が必要では?」
「人手は確かに欲しいのですが、当分、給料は出ないものと覚悟できますか?」
「え、無給!?」
ロイは驚いて変な声を出した。
給料アップを目論んで志願したのに、無給になったら意味がない。
ロイはしばらく沈思した後、
「すいません、また出直してきます」
逃げ腰で辞退してきた。
一階の騎士ではさすがに無給は無理だった。
「ロイ、すまない。ちゃんと給料が出せるようになったらお前に声を掛けるから」
「はい、それまでお待ちしております…」
ロイは力なく敬礼すると、ヨロヨロと帰っていった。
ナイトは不安になって、シュウとフロントの両名を交互に見る。
無給、それはシュウとフロントも同じだった。
「私達は大丈夫ですよ。私はレイガル様やティティス様、ネティア様、フローレス様にもお仕えしてますし、雑務もこなしているので人より多く給金を頂いておりますから」
フロントは笑いながら答えた。
「私のことも心配無用です。レイス領主としての収入がありますから。それに私も収入を確保するために雑務をして稼いでますから。出世払いと言うことで構いません」
シュウも眼鏡を上げて答えた。
ナイトを主と決めた2人だったが、複数の収入源があり、更に雑務と言うバイトをしているようだ。
「それなら、良かった…」
ナイトは胸を撫でおろした。
しかし、あと1人従者がいることを思い出した。
ライアスだ。
ライアスはシュウとフロントと違って不器用で、バイトなどと言うことはできない。
ナイトは部屋に戻る前に親衛隊の詰め所に寄り道をした。
親衛隊の白い目がナイトの一挙一動を観察している。
「王子、何か御用ですか?」
現れたライアスは元気そのものだった。
親衛隊でうまくやっているようだ。
「ライアス、お前、しばらく無給な」
「は?」
ライアスは驚いて顔を上げた。
「お前に払えるだけの金がないんだ。後で払うから…」
「…・…わかりました」
と素直に従ってくれた。
ライアスには水の国から膨大な退職金をもらっていたからなんら不思議はなかった。
しかし、外野はそうはみない。
「無給だと、ライアス、お前ただ働きだぞ!!」
「それでいいのか、ライアス!!」
「大丈夫だ、皆。私は水の国を出る時人より多めに退職金を頂いているのだ」
「それは当然だろう!?でもな、金はちゃんともらわないと、お前、奴隷だぞ!!
無給と聞いた親衛隊達がいきり立った。
彼らはライアスがどれほどの退職金をもらったのかよく知らない。
聞いたところによると、中ぐらいの国の国家予算に匹敵する額をもらったらしい。
庶民の暮らしなら100回くらいの人生を楽に遅れる額だ。
しかし、虹の国の親衛隊にはその額の凄さはわからないだろう。
「ライアス、お前、騙されてるぞ!!」
「私は大丈夫だ。王子は必ず約束を守ってくださる方だから」
ライアスが親衛隊をいさめている間にナイトは逃げるように虎の巣を後にした。