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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第2章 明暗
80/134

竜が治める国

ナイトの改革案の元、財務部は業務が滞ることがなくなった。

美人受付嬢の力が大きい。

財務部のドアが蹴り壊されることはなくなった。

銀行強盗のような脅迫まがいの客人は絶滅した。

訪れる者は皆、礼儀正しい紳士として入室してくるようになった。

美人受付嬢に嫌われないように。

ただ、ナンパは増えた。


「君達、今夜予定ある?」

「いいえ、何もないですけど…」

「じゃさ、どっか飲みに行かない?」

「え、そんな、急に…困ります…」

「大丈夫、何もしないから」

「どうしようかな…」


受付嬢達は未だ本性を明かしていない。

言い寄ってっくる男を密かに値踏みしていた。


「こらこら、君、うちの受付嬢に時間外労働を強要させないでもらおうか?」

「部長!」

「彼女たちにもしものことがあったら、私の責任になるからな」


「え、お前、クロスか!?」


財務部の長クロスはたった1ヶ月で変貌を遂げていた。

眼鏡を取り、はっきりものを言う、凛々しい男に生まれ変わっていた。






「すごい変化ですね…」


シュウがコーヒー片手に、見事な変身を遂げた財務部の長クロスを唖然として見つめている。


「俺も驚いた。これがライアスの特技の1つだ。奴に任せればどんな弱小な騎士隊も最強の隊に生まれ変わる。見ろ、目つきが自信に満ち溢れて輝いているだろう?奴が鍛えるとああなる」

「本当ですね、なんか、皆、ライアス殿のような雰囲気を醸し出してますね」

「ライアスが言うには自分の信念をただ教えているだけだぞうだ」

「へえ、ライアス殿は教えるのが上手いんですね」


ナイトの説明にシュウとフロントは頷く。

それにしても皆、眼鏡を取って目が輝いている。

目の中に星を入れたようだ。

青春時代が戻ってきたような若々しさが溢れている。


「特にクロスの目が輝いているように見えますね」

「上官は特に厳しく鍛えるからな」

「なるほど、他の者とは使命感が人一倍違うということですね」


シュウは合点して、


「私もライアス殿に教えを請おうかな…」


と小さく呟いた。


「部長、助かりました!」

「とっても素敵でしたよ」

「皆さんも、ありがとうございました!」


金銀銅(髪の色から)の受付嬢達が感謝の言葉を述べると、男性職員は、


「困ったことがあったら、呼びなさい」

「いつでも飛んでいくよ、君達を守るために」


少しだけ逞しくなった腕を見せてカッコつけていた。


「もちろん、頼りにしてますよ!」


満面の笑みが帰ってくると、カッコつけていた顔が崩れている。


「女って、怖いですね。ああ、やって男を誑かしていくんですね」


シュウが身震いする。

普通の職場の会話のように見えるが、受付嬢の裏の心を知っている彼からすれば、戦慄の光景らしい。

財務部の男達は彼女らの手中に完全に嵌ったのだ。

シュウの様子から相当腹黒いらしいが、そこは目を瞑ることにする。


「財務部は彼女らが上手く仕切ってくれるでしょうから、次の部署にいきましょうか?」

「ナイト様、次はどの部署にされますか?」


シュウとフロントが聞いてくる。

ナイトはコーヒーをゆっくり飲み終えてから、


「いろいろ、見て回りたいから、治安部に行くか」

「治安部なら王都内を見回りできていいですね」

「では、治安部へ参りましょう」


ナイト達は財務部を離れ、治安部へを足を運んだ。

治安部は王宮の南宮の1階に据え置かれていた。

市中で事件や事故があった時にすぐさま出動できるようにだ。


逞しい老人が出てきた。

その後、警護の兵が部署から総出で出てきて、整列してナイト達を出迎えてくれた。


「ナイト様、ようこそ、おいで下さいました。治安部兼福利厚生部の長バルドでございます。覚えておいでですか?」


バルドは親し気な笑みをナイト見せてきた。


「え…・・?バルドじいちゃん!?驚いた昔と全然変わらない」


ナイトは子供の頃遊んでもらった記憶があった。

バルドは先の王のベルド王に仕えていた老騎士で、けっこう年がいっていた。


「はははは、騎士はさすがに引退しました。ですが、まだ嫁入り前の娘がいますし、末娘も15歳ですから、王都内で仕事を頂いているのです」

「そうか、それは大変だね」


バルドは5回の結婚歴があり、女の子ばかりの子だくさんだとと聞いていた。


「どなたか良い男がおりましたら、是非ご紹介ください」

「もちろんだとも」

「ゴホン!」


バルドの背後に控えていた壮年の兵が咳払いをした。


「おっと、今は治安部の長じゃった」


バルドは反省して向き直った。

50人ぐらいの小隊が出てきた。


「闇の流民を引き受けにレイス領へ行ってまります!」

「道中、気をつけてな」

「は、出発!」


小隊はナイト達に一礼してせわしく出て行った。


「闇の流民がまた見つかったのですか?」


小隊を見送った後、フロントが訪ねる。


「そうだ、今月だけで100人近くになった…」


バルドは溜息を零した。


「そういえば、闇の流民はどうなるんだ?」


ナイトは疑問を口にした。

子供の頃から闇の国から迷いこんでくる人間がいることは知っていた。

だが、その後、彼らがどのように扱われているのかは詳しくは知らなかった。


「保護した闇の民は、まず教育部に引き渡します。そこでまず最初にここが虹の国であること、そして、もう二度と故郷に戻れないことを教えます。これにはけっこう時間がかかるんです。現状をなかなか受け入れてくれなくて、脱走したりする者もいます…」


シュウが闇の流民が一番多く引き受けているレイスの人間として実情を伝える。


「ですが、大部分は現状を受け入れ、虹の国で生きていく上で必要な知識を身に着けてから、仕事についてもらっています。大体、レイスで兵士になる者が多いですね。身体能力が高いでし、同じ境遇の仲間の気持ちがわかりますから。それに、微かですが、故郷に戻る方法が見つかるかも可能性も皆無ではありませんから…」


闇の流民の子であるフロントが説明をつけ足す。

その言葉は重かった。


「闇の流民か…こちらも大きな問題だな…」

「はい、近年は人数が増えてきて、対応に苦慮しております…」

「一度、レイスに行ってみないとな…」

「ナイト様、レイス行きはもう少し落ち着いてからがいいと思います」


ナイトの発言にフロントがすぐさま止めに入ってきた。

闇の流民の問題は最重要案件の1つだが、まだ手をつけるのは時期尚早のようだ。

現に、当事者であるレイス領主のシュウと闇の流民の保護にあたる治安部の長ベルドは厳しい顔をしている。

レイス領はかなり危険な場所のようだ。


「そうだったな、レイスに行く前に頑張って、子作りに励まないとな」


ナイトは奇を狙ったのだが、沈黙が返ってきた。

思わぬ反応に失敗したかなと思う。

間違ったことは言ってないはずだが、周囲の空気が重い。


「そうですな、子作りが一番大切ですな!」

「お世継ぎは国にとって最も重要な大事です。そのことに比べれば、他のことは少々後でも大丈夫です」


ベルドとシュウが大袈裟に笑って場を和ませてくれた。

周囲からも多少笑いが漏れたが、フロントは警戒していた。

ここは王宮、ナイトに敵対する王の一族側の人間がいないわけがない。


「まあ、立ち話もなんですので、場所を変えましょう。レイス領は無理ですが、教育部へ参りませんか?」


バルドが気を利かせた。


「それは名案です。ナイト様、そちらへ参りましょう」


フロントがすぐさま応じて誘導する。


「儂は、ナイト様のお供をするゆえ、後のことは頼んだぞ」

「はい、お任せください」


バルドは治安部の副官に職務を託すと、移動するナイト達についてきた。

早々に治安部のある南宮を離れ、中宮へ移動する。

中宮は女王の住まう宮で、女王が管轄する部署が多い。

教育、祭事、医薬、福利厚生などが当たる。


教育部は中宮の1階にあった。

こちらもナイトが来たと知るとすぐさま、長を筆頭に総出で出迎えてくれた。


「先日は大変失礼しました」


教育部の長がナイトに非礼を詫びた。

ナイトとネティアの結婚の仕方に問題ありと、言ったがためにフロントの魔法で強制送還されていたからだ。


「して、今日はどのようなご用向きでしょうか?」


ナイト達とバルドの顔を交互に見ながら教育部の長が聞いてきた。


「ケンベルクよ、ナイト様は保護された闇の流民の教育環境をご覧になりたいそうだ」


バルドが用件を伝えると、教育部の長ケンベルクは手を叩て、目を輝かせた。


「そうでしたか!なら今日はとてもいい日です!職業訓練を終えた闇の流民が虹の民として世に出る日ですから!」

「そうだったのか、それはちょうどいいところに来た。早速案内してくれ」

「もちろんです、さあ、参りましょう。馬車の用意を!」


馬車に乗り込み、教育部からすぐさま闇の流民のための学校へナイト達は足を運ぶ。

馬車で王宮の北門から出る。

前方には大きな森があり、そこから川が流れていた。

その川に沿って農作地帯が広がっている。

老若男女の民が田畑を耕していた。

皆、黒髪だ。

黒髪は闇の民の特徴の1つだ。

実習中の闇の流民を見ながら、ケンベルクが悩みを打ち明ける。


「闇の流民は子供から年寄りまでいるので、こちらのことを教えるのが大変なんです。特に、大人は子供より大変です。子供はすぐにこちらの環境に慣れてくれますが、大人になるとそれが難しくなります。慣れてくれれば、働き手として有用なのですが」

「そうか、やっぱり、本当は闇の国に帰りたいよな…」

「環境は断然こちらがいいそうですが、はやり、家族がいますからね」


ナイトは闇の流民が働いている姿を見て、遠い過去に想いを馳せる。

彼はやり遂げたのだ。

1000年前、人類は巨大な隕石の衝突という滅亡の危機に直面した。

当時の最高権力者達が下した結論は、強力な人柱を立て世界を覆う結界でその隕石を防ぐというものだった。

その人柱に選ばれたのが、前世のネティアの妹フローネだ。

巨大な魔力を持ちながらコントロールできないという理由から危険人物扱いされていたのだ。

だが、実際は魔力のコントロールはできるようになっていた。

ナイトの親友が彼女に魔力のコントロールの仕方を教えた後だったからだ。

その時、2人の間に恋が芽生えたが、生きる世界が違うと言う理由から互いに想いを告げることなく別れた。

そして、二度と会うことはないはずだった。

フローネが人柱に選ばれるまでは。

彼は手を尽くしてくれたが、フローネを救うことはできなかった。

フローネを失ったことで、彼は全てを捨てる決心をして、反旗を翻した。

そして、結界の外へ出た。

結界は世界のすべてを覆うことはできていなかった。

結界の外には数多の人間が取り残されていたのだ。

彼は彼らを救いに独り旅立った。

そして、現在、結界の外に取り残され、絶滅したと思われた人間達は生き残ったのだ。

それが闇の流民達だ。

ナイトは馬車の中に目を戻し、窓の外見ているフロントを見る。

彼は、前世の親友に似ていた。

姿形だけではなく、関係性もだ。

立場に関しては逆転しているが、きっと無関係ではないはずだ。


『俺も散々だったけど、お前は結界の外で、一体どんな人生を送ったんだよ?』


そう問いかけたいところだが、フロント自身も自分の出自は知らないらしい。

虹の国に来た時、母親は瀕死状態、フロントはまだ乳飲み子だったそうだ。

ならば、闇の流民達から直接聞きたい。

闇の国はどんなところなのか?

聞けば、彼がどんな人生を歩んだのかわかるかもしれない。

そんな淡い期待を抱きながら、馬車の外の田畑の風景を眺めていた。

橋を渡ると、子供達の遊ぶ声が聞こえた。


「着きました」


馬車を降りてみると、そこは学校と言うよりは、1つの村のようだった。

数百名程度の老若男女がそこにはいた。

ナイトが来るとの知らせを受けいたのか、ほぼ全員が集まってきたようだ。


「やあ、皆、元気かい?」

「はい、皆、息災です。ケンベルク様を始めとする虹の国の方々のお蔭でございます」


闇の流民の代表らしい初老の男がケンベルクに深々と礼を述べた。

そして、その後、ナイトの方へ近づいてきた。


「虹の国の次期国王になられるナイト様でいらっしゃいますね?このような場所に足を運んでいただき恐縮です」

「そんなに畏まらないでくれ。俺はまだ虹の国に来たばかりで、お前達、闇の民のこと何も知らない。だから、話を聞きに来たんだ」

「我々の流民ごときの話を聞いてくださるのですか?有り難いことです」

「虹の国の暮らしはどうだ?」

「快適ですよ。魔物や戦火、飢えに怯える必要がありませんから」

「やはり、闇の国は危険なところなのか?」

「こちらに比べれば、大いに危険なところです。町は比較的安全ではありますが、権力者の権力闘争が日常茶飯事で、毎日命の危険を感じていました。しかし、こちらは本当に素晴らしい。こんなに安全なところがあるとは夢のようです」

「闇の国は政局が安定してないのだな?」

「はい、国土が厳しい土地なので、食料や水を求めて日々争っています」

「話に聞いていた通り、弱肉強食だな…闇の国は統治されてないのか?」

「統治ですか?こちらの方は、闇の国と一口に言いますが、5つの国とその他の国々に分かれます。国をもたない『種族』もたくさんいますので」

「種族?」

「はい…闇の国は人と獣など、人以外の交配で生まれた人間が数多く存在します。ですので、民族とは言わず、『種族』と呼んでおります」


5つの国とその他多数の種族はナイトの知らない、闇の国の新事実だった。


「よくわかった…闇の国は5つの国が覇権を争っているのだな?」

「はい…あの、統治とは別ですが、5王家と多くの種族が信じている信仰のようなものならあります」

「信仰?何を信じているのだ?」


ナイトは意外に思って聞き返した。

弱肉強食の世界に信仰があるのかと驚いたのだ。


「竜です。我々は『神竜』と呼んでおります。太古の昔、隕石が大地に降り注いだのを防ぎ我々を守ったのが、神竜だったと語り継がれております。5王家はもちろん、魔物さえも、神竜の命に従うそうです。神竜こそ真に闇の国を統べるものでしょう」

「竜が治める国か…」


ナイトは考え深げに呟いた。

やはり、あの未曽有の危機を脱するには、人の力では無理だったのだ。

竜の力なら信じられる。

しかし、竜が気まぐれで人間を助けたとは考えられない。

何か者かが働きかけたはずだ。

ナイトは闇の国の5つの王家の始祖が1人が彼だったのではないかと推測した。


「なあ、神竜はなぜ人間を助けてくれたか、何か伝わってないか?」

「はい、5王家の祖先達が『生贄』を捧げて、神竜に庇護を求めたと伝わっております。今でもその名残があり、神竜が目覚めた時には世話役として若い娘を差し出す習慣が残っています」


ナイトは口籠った。

結局は彼も当時の最高権力者達と同じことをしたようだ。

神竜の力を借りるために生贄を捧げていたのだから。


『皮肉な運命だな…』


最愛の人を人柱にされて憤って、飛び出していった彼も同じことをする決断をしたのだから。

だが、心のどこかではその方法しかなかったのでは思っていた。

それでも、彼なら他の方法を見つけていたのではないかと密かに期待していたのだ。


「ナイト様、大丈夫ですか?」


フロントが心配して声を掛けてきた。

その顔が前世の親友と重なる。

優しかった彼も過酷な現実の前には非情になるしかなかったのだろう。

信じたくない事実だ。

彼はフローネの死を切っ掛けに変貌していったのかもしれない。

今はフロントの顔を直視すことができなかった。


「大丈夫だ、今日は卒業式だったな。俺から直接祝いの言葉を伝えたい」


逃げ口実に思い付きでナイトが提案すると、周囲が色めきだった。


「有り難き幸せ、卒業生は前へ!ナイト様が直接お言葉を掛けてくれるそうだぞ」


驚きと共にしろどもどろの卒業生が十数名の卒業生が出てきた。

ナイトは1人1人に声を掛けて行く。


「頑張れよ、俺も虹の国をもっと住みやすい国にするから」

「はい、懸命にご奉仕させていただきます!」


暗澹たる心持だったが、気持ちを切り替える。

悲劇は繰り返さなければいいのだ。

そのために、ネティアと共に転生してきたのだから。

ナイトは強く自分に言い聞かせた。





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