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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第2章 明暗
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懺悔

財務部の今日最初の来客は穏便な客だった。

しかし、次は違った。


「もうちょっと、高値で買えねぇのか!?命懸けで取ってきたレイス産の魔鉱石だぞ!」

「はあ、輸送費は負けてやったろう!こっちだって、買い付けの人手集めんのに苦労したんだぞ!!」

「落ち着いてください!」


産業部の長が帰った後、茶と金の髪の2人が揉めながら財務部に雪崩れ込んできた。

その2人を追いかけて赤髪の1人がもつれ込むように財務部に雪崩れ込んできた。

ナイト、シュウ、フロントは新聞で顔を隠す。


「茶髪が工部、金髪が商部、赤髪が法務部の長です」


シュウがそっと耳打ちで教えてくれた。

どうやら、物の売り買いで揉めているようだ。

法務部の長に引き離らされた工部、商部の長はフンと鼻を鳴らし、顔を背け、両腕を組んだ。


「お前んとこ、ネティア女王の結婚式に来た水の国の奴らからガッポリ稼いだはずだろう!」

「ああ、稼がせてもらった。だがな、それとこれとは別だ!商売だからな!」

「はあ、儲けたんなら、生産者に還元しろや!」

「借金帳消しにしてやったんだぞ、有り難く思え!」

「何!!」」

「もう、2人ともいい加減にしてください!!!」


法務部の部長が叫ぶと、2人はフンとまた顔を背けた。


「あの…それでご用件は何でしょうか?」


財務部の受付が気後れしがら訪ねると、


「道具の購入にかかる補助金の申請に来た。商部が人の足元見て高値で吹っかけてくるんだ」

「何だ、その言い草は!口うるさいお前ら職人共の要望に応えて、わざわざ他国まで行って買ってきてやってんだぞ!有り難く思え!」


顔を突き合わせて睨み合う工部、商部の長の間に法務部の長が入り込んで、


「つまりですね、工部の予算が足りなので補助金をお願いしに来た次第です」


と疲れ気味に答えた。


「そうでしたか、では受付しますので、こちらの書類に申請事項を記入してください」

「助かります…」


法務部の長が工部の長に書類を手渡す。

工部の長が記入を始めると、


「出るかわかんねぞ」

「うるせい!黙ってろ!」

「お茶でも飲みましょう!すいません、お茶ください!」


商部の長が茶々を入れるので、法務部の長は2人から離れられない。


「失礼する!」


2組目の来客が一段落したとき、次の3組目の来客やってきた。

高価なブランドスーツを着込み、高価な腕時計をした紫髪にたれ目の男が入ってきた。

もう1人、彼と対照的に純朴そうな青髪の童顔の男も一緒に入ってきた。


「ブランド男が外交部の長で、童顔の方が教育部の長です」


今度はフロントが教えてくれた。

新聞の下から様子を窺う。


「輸入品の関税の件で話が合ってきた。財務の長を呼べ」


ブランド男は一財務職員に対して傲慢にも命令した。

外交部は外国の要人との対等に交渉するために、見た目に気を使い、気位が高い。

それはわかるが、国の金を扱っている財務部を下に見ている。

水の国、いや、世界の常識から言っても財務部は外交部の上に位置していた。

何故なら、金を出すかは財務の権限だからだ。

しかし、虹の国では、ナイト達の横の席にいた財務部の長は眼鏡をかけ直し、ヒョロヒョロと立ち上がり、ブランド男の下へ行く。

その姿は、財務部を率いる長というより、一財務職員と全く変わらなかった。


「水の国の関税を大幅に引き下げるよう要望する」

「え、水の国の関税をですか?」

「女王陛下が水の国の王子とご結婚されて、水の国とは縁戚になったんだ。世界中から質が良く、高価な物がたくさん入ってくる。その時、他の国と同様の扱いではおかしいのではないか?」


ブランド男の考えは一理あった。

水の国は世界一の市場を持っている。

虹の国の貧相な市場は一気に活気づくことは間違いない。

だが、


「水の国の関税を引き下げるだと!?」


書類を放り投げて、工部の長が飛んできた。

そして、ブランド男の襟首を掴んだ。


「これはこれは、工部の長殿ではありませんか?おいででしたか?」

「居ったわ!!」

「これは失敬」


ブランド男は襟首を掴まれているのに、動じた様子はない。

こちらも日常茶飯事のようだ。


「水の国の関税を引き下げられたら、俺らの商品が売れなくなるだろうが!」


当然、工部の長は反発した。


「そうなったら、それはそちらの力不足でしょう?材質が良くとも雑で不細工な商品と、少々質が悪くとも細工の美しい商品ではどちらに買い手がつくかは想像がつくでしょう?」


ブランド男は自らの煌びやかな装飾品を工部の長に見せつけた。


「見た目が、何だ!俺らが作る魔鉱石のアミューレットは消耗品だ!できるだけ安く、少ない人数で早く提供するには無駄な加工は省いているだけだ!」

「それはそれで結構なことです。ですが、利益のでない商売をしていては、そちらが持ちますまい。更に職人離れも進み、借金も増える一方でしょう」

「…それは確かに…」


後ろで聞いていた商部の長が思わずブランド男に同調した。


「商部の長もそう思うでしょう!」

「ええ、まあ…」


ブランド男がすぐさま食いつてきた。

工部の長に睨まれ、商部の長は気まずい顔になった。

思わず、本心を吐露してしまったことを後悔しているようだ。

工部と商部の長はいつも喧嘩はしているが、決して仲が悪いというわけではなさそうだ。


「そこで、提案があるのです!我が国の魔鉱石は世界一です。その魔鉱石を水の国に輸出して、加工してから我が国に戻すという方式はいかがでしょうか?」

「はあ、そんなことしたら価格が跳ね上がんだろうが!」

「当然です。貴族向けの高品質で見た目も華やかな高級品ですから。貴族の方々なら少々値が張っても買ってくれるでしょう」

「なるほど、それは悪い話ではないな…」


商部の長はブランド男の話に興味を示した。

しかし、工部の長は頑固だった。


「俺らにだって、水の国に負けない細工づくりはできる!!」


自分達が作った商品を雑で不細工と言われ、意地になってしまったようだ。


「私も我が国の職人の腕を信用していないわけではないのですよ。ですが、低級騎士や庶民のために安価な商品も作らなければならないでしょう?両立は難しいのでは?」


ブランド男は丁寧な言葉で工部の長を諭しているが、言葉を弄して弄んでいるようにも見える。

さすがは、外交部の長と言ったところか。


「お前んとこにもいい話だと俺は思うぞ。普通の商品も大切だが、客を選んで利益を出すことも必要だ」


商部の長もブランド男の話に乗り気だ。

工部の長は黙った。

確かに、ブランド男の話は悪い話ではない。

水の国とういう強力なカード切れるようになったのだから。

他の力を借りていいのだ、自分達の力では限界がある。

だが、工部の長はブランド男が気に入らないようだ。

プライドか、実益か?




「何が水の国だ!!!!」




突然、財務部のドアが蹴り破られて、茶髪の小柄な少年が突撃してきた。

本日4組目のお客様だ。


「土木部だ!!虹の国のことが最優先だろうが!!先日の闇の騎士事件で、ランド領に向かう橋ぶっ壊されたんぞ!!それなのに、予算が去年と同じってどういことだ!!?」


闇の騎士と聞いて、フロントがまた顔を俯かせた。

何を隠そう、彼が主犯だが、犯人不明と言うことになっている。

現在進行中の工部、商部、外交部の長を差し置き、土木部の長は財務部の長に掴みかかっていた。

ヒョロヒョロとしているが、身長は高い。


「そうなんですけど…渓谷に橋って、滅茶苦茶お金かかるじゃないですか、それに、その事件のせいで、ランドと王都は気まずい関係になっているわけですし、その、後回しでもいいかなと…」

「雲の話の上なんぞ、どうでもいい!!庶民が困るんだよ!!」


今度はナイトが俯いた。

ランドの領主ジャミルがネティアと結婚して虹の王になるはずが、ナイトが婿入りしたことにより、ジャミルの夢は泡と消えた。

領主を無下にさえたランド領民が怒っているのは当然だ。

だからと言って、橋を直さないともっと怒るはずだ。


「我々としても困るな、ランドには贔屓にしてもらっている客がいる。取引が遅れると客が離れる」


商部の長が水の国の関税の話から乗り換えてきた。

先の利益も大切だが、今現在の商売の話の方が大事だ。

視線が財務部の長に集中する。

話は渓谷の橋の補修にいつの間にとって変わっていたのだ。


「あ、はい、そうですね…検討します…」


財務部の長は頭を掻きながら頼りなさげに応えた。

その返答は各長の火に油を注いだ。


「検討しますって、いつもいつも同じこと言いやがって!!」

「そうだ、そうだ、金がないなら、なってい言いやがれ!!」


まず切れたのは、万年金欠の土木部と工部だった。


「いや、ないわけではないんですが…他の部署との調整がありまして…」

「あるのか!?」

「あります!!調整すれば!」

「調整だ!軍部や治安部の騎士共にビビッて多く振り分けてんじゃないのか!?」

「…・」


図星をさされ、財務部の長は口籠った。

ここぞとばかりに、ブランド男、外交部の長も攻める。


「こちらもけっこう物入りなのだ。服装も高価な物でなければ舐められるし、迎賓館も要人のために豪華にし、もてなしのための料理とかも必要だ。手土産だって、虹の国の為にも最高級品を手配しなければならいのだぞ!」

「重々承知してますが、少々お時間を」

「君らはいつだって、判断が遅いんだ!!我々は要人との交渉のために即断しなければならないことだってあるだのだ!待ってたらチャンスが逃げるんだ!」

「わかってますから!」


堪らず、財務部の長が叫んだ。

本日一番の大声だが、それでもナイトが入室してきたときの声には届かなかった。


「そろそろ収拾がつかなくなってきたみたいですね」


シュウが新聞を下ろして、顔を出した。

すると、ブランド男の横で不安げな表情で荒れる事態を見守っていた童顔の教育部の長が気付いて、後方に下がった。

王族に次ぐ地位のレイス領主の肩書は重いはずだが、気付いたのは1人だけ、他はまだ気づいていない。


「シュウで止まりませんか…」


今度はフロントが新聞を下ろして、顔を出した。

フロントの顔を見て商部と法務部の長が反応して、後方に引いた。

さすが、騎士に恐れられる魔王だけあって、文官としては更に怖い。

しかし、ヒートアップしている工部、土木部、外交部の3長はまだ気づかない。

仕方なく、ナイトも新聞を下ろす。

すると、すでに気付いている3長たちはたまげて、平伏す。

しかし、残り半分はまだ気づかない。


「はいはい、静粛に…」


シュウが立ちあがりながら手を叩くと、ようやくこちらに気づいた。


「なんだ、『口ばかり』のレイスの若造か」

「『貧乏領主』は引っ込んでろ!」


気が立っていて本音が出たのか、工部と土木部の長は地雷を踏んでしまった。


「シュウ様!!!?フロント殿!?ナイト様まで…・・!!!??」


ここでようやく外交部の長がナイト達の存在に気づいて平伏したが、もはや、手遅れだった。


「口ばかりの貧乏領主ですいませんね。金払いは悪いですが、ちゃんと期限までには御支払いしてますよ。フフフ…」


シュウが暗い笑みを地雷を踏んだ2長に向けた。

ここでようやく彼らも事態を把握して、顔が青くなった。

ナイトが立ち上がる。


「各部署の言い分、しかとこの俺が聞き届けた。検討の上、返答する。今日のところはお引き取り願おう。ここは議論する場ではない」


ナイトが厳かに宣言すると、フロントが立ち上がった。

すると、特に、激しく財務部の長に迫っていた3長の周りに青い魔法陣が出現した。


「ナイト様のご命令だ。即刻各部署にお帰り願おう」

「すいませんでした!」

「ご無礼をお許しください!!」

「申し訳ありませんでした!!」


フロントが指を鳴らすと、3長は謝罪の言葉を残して飛ばされた。


ナイトが残った3長に目をやると震え上っていた。


「わ、私は、工部の長に付き添ってきただけです!ご検討いただくということで。工部の長に代わってお礼申し上げます!」

「わ、私目も、工部と商部の長の付き添いできましたので、特に、用はございません!失礼しました!!」


商部と法務部の長は言うだけ言って逃げるように去って行った。

教育部の長だけが取り残された。

外交部の長が喋りまくっていたので、彼はまだ要件を何も話していない。


「あ、あの…お金の話もなんですが、女王陛下のご結婚され、水の国と縁続きになったということで、それで外交部の長とご一緒したのです。その、ナイト様に折り入ってお願いがございます」


意を決して、教育部の長はナイトに進言してきた。


「何だ?」

「水の国の進んだ教養を虹の国にも取り入れたいのです。そのために、水の国からいろんな専門家を招いて、虹の国で指導してもらえないでしょうか?」

「いい考えだな、いい人間がいたら虹の国に呼び寄せよう」

「ありがとうございます」


胸を大きく撫でおろしている。

他の長が強制送還されたので、ダメもとで進言したようだ。

しかし、今までで一番いい頼み方だ。

さすが、教育部の長といったところか。


「あ、でも、略奪愛はいけません。教育者として、子供達にどう説明していいか困っています」

「…・す、すまない…」


思わぬ形で苦情を受けたナイトは思わず、謝った。

ジャミルと結婚するはずだったネティアと結婚したのは傍から見れば横取りだ。


「はい、アウト。お帰り下さい」


フロントが指を鳴らして強制的に終了させる。

教育部の長は、特に暴れてはいないが、3長同様魔法で強制性送還された。

ナイトへの痛いツッコミが仕置きの理由だ。


パチパチパチとちらほら拍手が財務部署で沸き起こった。

口うるさい来客を全員追い払ったからだろう。

日常的にあんな状態なら職務が滞るのは当たり前だ。

ナイトはこの貧弱な財務部の改革の必要性を強く感じだ。


「諸君、今日はこれで帰らせてもらう。所用を思い出したのでな」

「はい、お疲れ様でした!」


全財務職員の拍手喝采を浴びながら、ナイトはフロントとシュウを伴って財務部を後にした。


「ナイト様、お加減でも悪いのですか?」


黙々と先を歩くナイトを気遣ってフロントが心配して聞いてきた。

日はまだ高かった。


「いや、大丈夫だ。ただ、まず初めに行かなければならないところがあったのを思い出した」

「どちらですか?」

「霊廟に行きたい」

「…霊廟ですか?」


ナイトの奇妙な行動にシュウとフロントは困惑したが、2人は言われるがまま、虹の王宮を出て、隣接する虹の神殿の北に位置する霊廟に案内してくれた。

霊廟の入り口は小高い祭壇になっていた。


「こちらです」


フロントが霊廟へと続く重い扉を開いた。

薄暗い廟内からお香の匂いが漂ってきた。

地下にあり、窓のない暗い霊廟に入り口から日の光が差し込むと、虹の国の歴代女王と王の肖像画が浮かびあがる。

ナイトはその中を黙って奥まで突き進んでいった。

一番奥に辿り着くと、見るも無残な2枚の肖像画があった。

前世のナイトとネティアの肖像画があった。

この絵は実は画家が描いたものではない。

2人の愛娘、イリスが描いたものだった。

自分達の肖像画のすぐ左隣に金髪の美しい女王の肖像画があった。

1000年近い月日がたっているはずだが、その肖像画は時を感じさせないほど輝いて見えた。

まるで、この日が来るのを待っていたかのようだ。

成長した愛娘の姿にナイトは熱い物が込み上げてきた。

両親亡き後、彼女は立派にその意志を引き継ぎ、滅びかけた虹の国を見事に立て直したのだ。


「イリス…ごめんよ、苦労しただろう…」


今の虹の国も酷い状態だが、当時に比べれば大したことはない。

自分達が自爆して魔物を道連れにしたことで、せっかくでき掛けていた虹の国の輪郭は一気に更地になってしまったはずだ。

そこから、残されたイリスと仲間達が一から頑張って再建してくれたのだ。


「イリス、立派な女王様になったな…父さん、嬉しいよ…みんなと頑張ってくれたんだな…ありがとう…ありがとう!!今度は父さんが頑張るから!!」


ナイトはイリス女王の肖像画の前で号泣しながら懺悔し、誓った。

時空を超えた父子の再会にフロントは感涙し、シュウは黙って見守った。








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