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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第2章 明暗
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日頃の行いは帰ってくる

ナイトは大量の資料の中から起き上がった。


「もう、朝か…」


昨日、財務部から戻ったナイトは予習のために虹の国の財政に関する資料を読み漁っていた。

わからないところはシュウやフロントに聞いた。

2人が帰った後も、勤勉なナイトは資料に目を通していた。

しかし、徹夜をするつもりはなかった。

追っ払ったライアスが帰ってくるまでのつもりだったのだ。

ナイトは散らばった資料を簡単にまとめると、伸びをしながら部屋を出た。

そして、隣のライアスの部屋のドアノブを回した。

ドアノブは回らなかった。

ライアスはとうとう帰って来なかったのだ。

ナイトは溜息を吐いたが、心配はしていなかった。


「どうせ、酒場で飲んだくれてるんだろう…」


そう呟いて、自分の部屋に戻った。

ライアスを気にしている暇はナイトにはなかった。

今日から本格的に動き出すのだ。

虹の国を改革するために。

身支度を丁度整え終えた時、ドアが叩かれた。


『おはよう、ナイト』


ドアを開けると、元気な義妹フローレスとその共でフロントも来ていた。


「おはよう、フローレス、フロント」

「一緒にご飯行きましょう」

「その前に、ナイト様、ライアス殿は?」

「え、ライアスどうかしたの?」


フロントの質問にドッキとする。

昨日のことを知らないフローレスが目を丸くしている。


「…まだ帰ってないんだ…」


恐る恐る答えると、フロントは眉を吊り上げた。


「それは心配ですね。忍び衆に探しに行かせます」

「ああ…頼む。たぶん、酒場で一晩明かしたと思うから…」

「…わかりました…」


フロントは少し怒気を含ませた声で答えて、指を鳴らした。

天井から何かが走り去る音が聞こえた。

フロントは予め忍び衆にライアスのことを話していたようだ。


「なんかよくわかんないけど、行きましょう」


ナイトとフロントの間に流れる気まずい雰囲気を察してか、フローレスが間に入り、食堂へ向かう。

食堂にはすでにレイガル王、ティティス前女王と現女王のネティアが来ていた。

上座にレイガル王とティティス前女王。

左側にフローレスとフロントが座った。

右側にネティアが座っているので、ナイトはその横の席に着いた。


「ナイト様、昨夜はちゃんとお眠りになられました?」


ネティアが話し掛けてきた。

ナイトの目に薄っすらと浮かぶクマがあるのを見過ごさなかったようだ。


「あ、ちょっと、資料読んでてそのまま寝ちゃったんだよ。でも、大丈夫だから」

「本当ですか?あんまり無理なさらないでくださいね…」

「ナイト、財務部に入ってみるらしいな」


レイガル王が話に入ってきた。


「あ、はい」

「大変だろうが、財務部の者達の力になってやってくれ」

「もちろんです」


ナイトが力強く答えると、レイガル王はフロントの方を向く。


「フロント…」

「わかっております。シュウと力を合わせてナイト様のお力になります」


淡々と答えるフロントにレイガル王は溜息1つ吐く。


「…少々のことは多めに見るが、あまりやり過ぎぬようにな」

「心得ております…」


仕事の話で少し重苦しい空気になったが、食事が運ばれてくると、明るくなった。

今朝のメニューはサラダ、コーンスープ、パン2切れ、厚切りハムのステーキ、スクランブルエッグ。

デザートはヨーグルトと苺だった。

メニューは平均的な一般家庭の食事のような印象を受けたが、どれもとても上品な味でおいしかった。

だが、圧倒的に量が足りない。

まだ食べたりない悶々とした食後に、一番に立ち上がったのは

ネティアだった。


「それでは、私くしはこれで失礼いたします」


女王になったネティアには朝から公務が満載だ。

食堂の入り口には侍女のサラと親衛隊が待っていた。


「頑張っててね、後から私くし達も行くから」


レイガル王が妻の車椅子の取っ手を持つ。

2人で一度部屋に戻るらしい。


「はい、それでは…」

「ああ、待ってくれ、ネティア」


立ち去ろうとするネティアをナイトは呼び止めた。


「何か?」

「いや、特に用事があるわけじゃ、ないんだけど…言っておきたことがあって…」

「何でしょう?」


言いにくそうなナイトにネティアがちゃんと向き直る。

ナイトは頭を掻きながら言う。


「これから、ちょっと、忙しくなって、その…お前の部屋にますます行きづらくなるけど…ちゃんと、ちゃんと行くからな!」

「ええ、楽しみに待ってます」


そう答えて、ネティアは不意にナイトの頬にキスをした。


「では、行ってきます」


してやったネティアは笑いながら公務へと赴いていく。

不意打ちを食らったナイトは呆然と妻を見送る。


「いいな…」


後ろから見ていたフロントが呟いた。


「私は公であんなことしないからね」


ピシャリと婚約者に宣言されてしまい、フロントは肩を落とすが、


「じゃ、2人だけの時はいいですよね?」


と食い下がったが、


「私達そんな雰囲気になったことあった?」


とあっさり返されてしまった。

フローレスは席を立つと、


「じゃ、ナイト、お仕事頑張ってね。フロントもね!」

「あ、ああ…」

「ナイトのついで…」


1人で帰っていった。

つれない婚約者の態度にフロントは落胆している。


「兄ちゃん、大丈夫?」」

「いつものことだから…」


そう答えたもののフロントはよろめきながら立ち上がった。

ナイトはよろめくフロントを従えて食堂から出るとシュウが待っていた。


「おはようございます。ナイト様…おや、顔が赤いですが、大丈夫ですか?」

「え、あ、いや、もちろん、大丈夫だとも!絶好調さ!」


ネティアにキスをされたナイトの赤面は取れていなかった。


「あなたも大丈夫ですか?ナイト様とは対照的に顔が青いですが?」

「シュウ…そこは言わないでやってくれ…」


察しのいいシュウはナイトの言葉ですべてを理解してくれた。


「ああ、なるほど、そういこうとですか…何もないものからすると羨ましい限りです」


シュウは笑いながらナイトに従う。


「おや、ライアス殿の姿見えませんが?」

「昨日、帰って来なかったんだ…」


ナイトが苦々しく答えると、シュウもやはり、フロント同様に顔をしかめた。


「大丈夫だって、きっと、酒場で酔いつぶれて、そのまま寝込んだはらだろうから…今までだって、ちゃんと帰ってきたし…」


ナイトは言い訳を繰り返した。


「王子、寝坊して申し訳ありません!!」


大きな声が、廊下の端から響いてきた。

ライアスが帰ってきたのだ。

ナイトはホッとする。

やってきたライアスは案の定酒臭かった。


「やっぱり、酒場で酔いつぶれてたんだな…」

「はい、申し訳ありません。つい盛り上がってしまって…」


恥ずかしそうに頭を掻くライアスをナイトは不思議そうに見つめる。

憂さ晴らしの酒だとばかり思っていたからだ。


「誰かと飲んでいたのか?」

「はい…実は…」


ライアスが事情を話始めようとした時、


「おーい、ライアス!!」


ライアスの名前を呼ぶ親し気な声が響いてきた。

見ると、親衛隊のメンバーだった。


「え、どういうことだ?」


敵対している親衛隊のライアスの歓迎っぷりに、ナイトだけでなくフロント、シュウも目をまるくしていた。


「昨日酒場で1人で辛気臭く飲んでたところ、ばったり出くわしまして、明日から親衛隊の世話になると言ったところ、急遽歓迎会を催してくれました。それで、自己紹介で『王子との関係から虹の国に来るまでの経緯』を話したところ、号泣し、皆大いに歓迎してくれたのです」


ナイトは唖然となった。


「…・・全部か?」

「はい、包み隠さずすべて話しました!」


ライアスは悪びれもなく答えた。

逆にナイトは頭を抱えてしまった。

日頃の行いが返ってきたのだ。

ナイトがライアスにした行いは決して、褒められたものではない。


「おい、ライアス早くこっち来いよ!」

「早く『そんな奴』から離れろ!!」


しびれを切らした親衛隊の幾人かがライアスを迎えに来た。

その時のナイトを見る目は完全に敵意剥き出しだった。

ライアスの話を聞いた親衛隊達の顔が浮かぶようだ。


『彼女と別れさせられたのか!』

『ひでいな、ひでよ、!!ナイトの野郎はよう!』


つまり、ライアスは図らずもナイトを売って親衛隊の同情を買うことに成功したのだ。


「それでは、行ってきます!王子も頑張ってください!」


ライアスは親衛隊と共に和気あいあいと去って行った。

ナイト達はそれを呆然と見送った。


「あれは取り込まれてしまったのではないですか?」

「『そんな奴』って一体、ライアス殿に何をなされたんです?」


シュウとフロントが疑問を口にした。


「あはははは!!!俺の予想通り、ライアスは親衛隊にうまく入り込めた!もう心配はなくなったから、早く俺達も行こうぜ!」


2人の疑問をナイトは無視して気丈を装う。

疑問に答えたところで、ナイトの株は更に下がる一方だ。

こうなっては、実力を示し、成果を出すしか回復の見込みはない。


「いざ、財務部へ!!」


ナイトは逃げるように財務部へ駆け出した。

シュウとフロントは不信を抱きながらも、ナイトの後に続いた。



「おはよう!財務部諸君!今日もいい天気だな!!」


ドアを開け開口一番に大きな声で挨拶をしてきたナイトを財務部の面々はびっくりして振り返った。


「おはようございます…」


と何ともひ弱な声が返ってきた。

ナイト1人の声の方が大きいのではないかと思われるくらいで、やる気が削げる。

更に、


「あの、今日曇りですけど…」


窓の外を見たのか、そういう返してきた職員がいた。

見ると、確かに曇り、しかも、雨が降り出しそうな天気だった。

空気が凍る。

文官でも上官に恥をかかせるなどもっての外。

例え、それが正論でもだ。





「真面目でよろしい!!」



しかし、ナイトは寛容だった。

なぜなら、ライアスと言う超正直者の側近の存在があったからだ。

皆の前で恥はかきなれていた。

安堵の空気が広がり、ナイトは部署長の隣に特別に設置された特別席に行く。

シュウとフロントが両隣に立つのを待ってから、


「今日からよろしく頼む!」


と一言述べた。


「今日は何をなされるのですか?」

「今日は初日だから、諸君らの仕事ぶりを黙って見させてもらう。だから、普通に作業をしてくれ、以上!」


そう述べると、ナイトは着席した。

ナイトの初日の挨拶が終わると、財務部の職員は少しずつ動き出した。

未来の王に見られているという意識から、始めこそ緊張していたが、1、2時間もすると、日常に戻って行く。

ナイトが見たかった風景だ。

ナイトは新聞を読みながら沈黙を守り、財務部の日常の一部に溶け込む。

つつがなく弾かれる計算機の音、大量の書類を確認し、仕訳、コピーを取ったり、書類を整理したり、担当の部署でグループを作り予算のための会議をしていた。

皆、真剣だ。

真面目に働いていた。

しかし、ドアがノックされると、その場が凍り付く。

来客だ。


「よう・…」


貫禄ある壮年の男が呼びかけると、受付の職員が少し安堵しながら歩み寄る。

色黒でガッチリした体つきではあったが、昨日のような銀行強盗ではないようだ。

ナイト達は新聞で顔を隠しながら、様子を窺う。


「…何かごようでしょうか?」

「用がなければ忙しいのにこんなとことにわざわざ足なんぞ運ぶか」

「左様ですね…今、担当を呼びます」


男は案内もされていないのに、来客用のソファに腰を下ろし、ボサボサの緑の髪をかき上げる。

担当の職員が慌ててやってきた。


「これはこれはエリック殿、何か問題でも起こりましたか?」


担当者の会話からエリックが農、水産業を束ねる産業部の長だと知れた。


「今年も『北』の農耕はダメだ…」


北と聞いて、黙って資料を読んでいたシュウも耳を傾けた。

北と言えば、結界の境界線で、シュウが治める虹の国の最大領地のレイスだ。

昨今は結界の老朽化で魔物が跋扈して人が住むことができなくなってきているという情報だ。


「もっと『軍部』に資金を回せないか?『ビンセント』様が戻られる今年の分まで、いや、半年分でいいから…」


軍部とビンセントンの名前を聞いてフロントが俯く。

昨日力で追い返してしまったことを反省しているようだ。


「こっちは仕事にならねぇから、こっちの予算を回してくれてもいい」

「いいですけど…大丈夫ですか?」

「何とかな、こっちには『漁業』がある。レイガル王様様だ」


虹の国の王都の港は内海で小さいが、漁業は好調だった。

それはレイガル王自らが外海まで出て大量の魚を取ってくるかららしい。


『義父上…すごい…もう国王じゃなくて漁師じゃん』


ナイトは義父に感心しつつもツッコミを入れていた。

産業部の長エリックは用が済むと、速やかに退室していった。












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