i脇役の主役達
「それは心配だな…」
ナイトの父水の王ウォーレスが呟いた。
周りを見ると、皆深刻な顔になっていた。
「あの闇の国へナイト様のご友人が…」
ネティアも顔を青ざめさせている。
闇の国の話はどの国にとっても重大な話なのだ。
「炎の国のフレイ王子か…噂には聞いている…」
辺境国のである虹のレイガル王も知っていた。
フレイは有名人だった。
世界を震撼させた大事件を起こしたのだから、知れ渡っていても不思議ではない。
「王子、フレイ王子のことは心配ですね…」
「アルト…」
「遅ればせながら、参上いたしました…」
アルトは優雅にナイトとネティアに礼をした。
「しかし、今日はめでたい日です。どうかフレイ王子のことはお忘れください。でなければ、せっかくの祝いの場が暗く沈んでしまいます」
「そうだな…」
アルトの言う通り会場は闇の国の話で重苦しい空気に一変していた。
ナイトは気を取り直して、アルトの後ろの従者達が持っている物に目が留まった。
空気を元に戻すにはいい材料だ。
「絵は完成したのか?」
「はい、左様でございます!!」
アルトの声が上ずりそうだ。
披露したくてたまらなかったようだ。
従者達がいそいそと2枚の絵画を所定の場所に設置した。
「心を込めて王子とのネティア姫のために描きました。まずはまずは私の絵からご覧ください!題名は『栄光』です!」
絵に被せられていた白い布が剥がされた。
上半身裸のライアスが剣を天高く掲げて立つ絵だ。
自然と拍手が沸き起こった。
「素晴らしい絵だ。ありがとう」
ナイトは素直な感想を述べた。
絵のモデルがライアスと言うのが本当のところはうざかった。
虹の王宮のどこ飾られるかは知らないが、嫌でも目に入ってくることだろう。
だが、類まれない筋肉美を持っているので仕方ない。
そして、シリウスの絵もまたライアスだ。
ナイトは溜息を漏らす。
「では、次にシリウスの絵をご覧いただきましょう…」
アルトの声が震えていることに気づく。
かなり興奮しているようだ。
自分の絵を披露する以上に気持ちが高ぶっているようだ。
「私の口からいうのもなんですが…シリウスは天才です!私にはこのような絵は描けません!」
「そ、そんなにすごいのか…」
「はい、シリウスはあろうことかライアスを神にしてしまいました!」
「ライアスを神?}
アルトは無念そうに大きな溜息を吐く。
「私は残念でありません、彼はもうライアスを描くのはこれで最後だと言いました」
ナイトの為でなければシリウスは敵視しているライアスの絵など描きたくなかったはずだ。
「ご覧ください、そして、心に刻んでください!天才シリウスの最高傑作、『守護神』です!!」
アルトは自らの手で少し高い目に置かれたシリウスの絵にかかっていた白い布を引き剥がした。
ライアスの大きな顔が現れた。
その目をした者全員が息を止めた。
ライアスの青く深い瞳が優し気に見つめてくる。
唇はまるで生きているように微笑をたたえていた。
両手を広げ、この場にいる全員を包み込むような温かさが伝わってくる。
さほど大きな絵ではないのだが、壁のように大きく見え、今にもライアスが出てきそうなほど立体的に見えた。
ナイトもあまりの神々しい絵に見入り、ようやく拍手をしたのは5分ぐらい経ってからだった。
「神だ…」
「素晴らしい、こんな素晴らしい絵は生まれてはじめてだ!!」
「これは国宝級ね…、いえ、国宝だわ!」
ティティス女王も声を上げた。
絶賛の嵐が沸き起こる。
アルトは誇らしげな笑みを浮かべていた。
『まるで生きてるみたい…』
サラも『守護神』に見入っていた。
優しく逞しい胸板思わず身を投げてしまいそうな気持になってしまう。
『いやだ、私ったら…』
一度は否定したが、やはり守護神の魅力には勝てなかった。
サラは自分が恋をしてしまったことに気づいた。
『この絵のモデルの人はすぐ近くにいるの?…』
サラはキョロキョロしていると、
「サラ、あの絵のモデルの方、ナイト様の従者として一緒に来られるライアス様よ。いろいろと教えてあげてね」
ネティア姫がこっそり教えてくれた。
心臓が破裂しそうだった。
これはもう運命というしかない。
「も、もちろんです!」
サラは運命の人が描かれている絵をまたうっとりと見上げた。
『何か滅茶苦茶守ってくれそうだな、ライアスなのに…』
ナイトは絵に見惚れたまま、拍手をしていて、あることに気づいた。
そうこの絵のモデルがライアスだということだ。
「うわあ、すごい、ライアス国宝だって!」
「神だぞ、すごいな!!」
リュックとルビが絵に見惚れる観衆の予想通りの反応に色めき立っていた。
しかし、
「あれは、私ではない…」
ライアスは涙を流していた。
わけがわからない顔をする後輩2人にライアスは説明する。
「あの絵は外見は私だが中身はシリウスだ」
説明を聞いて、リュックとルビは納得した。
確かに、ライアスはナイト王子のためにあんな表情はしない。
従者に選ばれなかったシリウスが遠くから見守っているという思いを込めて描き上げたのだ。
「確かに、あれはシリウスだね。あの絵に乗り移ってる」
「ライアスとシリウスが『合体』した絵だったんだな」
「ぐはっ!!」
ルビの発した言葉でライアスが倒れた。
「ライアスどうしたの!?」
「私はシリウスに呪われた…あの絵によって生涯監視されるのだ」
シリウスは絵にもう1つ思いを込めた。
『ライアス、王子を絶対守れ!守り切れないなど絶対に許さんからな!!』
シリウスの最高傑作『守護神』の微笑みの裏にはライアスへ呪縛が隠されていた。
名画の秘密を知ったリュックとルビはライアスが可哀そうになった。
絵は絶賛されているが、このモデルであるはずのライアスには一切注目が集まらない。
悲嘆に暮れているライアスがあの立派過ぎる絵のモデルだとは誰も思わないのだろう。
「なんか、可哀そうだからもう部屋に帰ろうか」
「そうだな、後はアルトがいるしな」
アルトは集まってきた芸術家と芸術に目がない者達との会話を嬉々として楽しんでいた。
リュックとルビはライアスの肩を持ってひっそりと会場を後にした。
この後3人はライアスの部屋で飲み明かすのだった。
「ナイト王子!!ネティア姫!!」
「サム!」
虹の貴族達の挨拶が済んだ後、一番に現れた商人がナイトとネティアの前に膝まづいた。
「ご結婚おめでとうございます!一時はどうなることかと思いまましたが、本当に良かった!!」
感極まって涙を流している。
サムはナイトとネティアが2人だけで闇の騎士のアジトを探し出そうとしてくれた時に匿ってくれた恩人だ。
「あの時は助かりました、サムさん」
「いえいえ、当然のことをしたまでです」
ネティアはサムから花束を受け取る。
「ところで、アダムとミナは一緒じゃないのか?」
「楽器隊に組み入れてもらっていますよ」
ナイトとネティアが目を馳せると、アダムとミナが手を振ってくれた。
「所望してたちゃんと絵は届いたか?」
「ええ、ええ、ちゃんといただきました!!!素晴らしい!!素晴らしすぎます!!しかも、『シリウス画伯』のあの絵は国宝になった守護神と一緒で最後!家宝中の家宝にします!!」
サムは興奮してナイトの手をブンブンと振って感謝の念を伝えてきた。
「そ、それはよかった」
「では、私も『アルト画伯』のお話をお聞きしたいので、失礼します!』
『画伯って…』
ナイトは複雑な思いに駆られた。
シリウスとアルトはナイトの側近の騎士だ。
シリウスを自分の後釜としてシープール領主に任命したのに、それよりも画家として先に有名になりそうだった。
『まあ、シリウスのことだからアルトと違って、芸術にのめり込むということはないだろうけど…』
ナイトは嬉々として芸術家達との会話に臨んでいるアルトを盗み見る。
初めて見る顔だ。
『あいつ、ちゃんと仕事してくれんのかな?』
ナイト付きの従者で一番実直で沈着冷静で頭脳明晰だと思っていた。
だから、勤勉で努力家だが、ちょっと熱いところがあるシリウスの補佐に抜擢したのだが、まさか、本当は画家志望だとは。
『画伯』と呼ばれ、有頂天になって、本業であるシープール領主補佐を忘れたりはしないだろうか?
『あいつなら両立するだろう…たぶん…』
不安はあるもののアルトを信じることにした。
芸術家たちに囲まれてあんなに嬉しそうな顔をしているのに、『絵、禁止!』とはとても言えない。
あの表情から、よほど抑制されてきたのだろうと推測される。
名門貴族の出となれば抑圧されていたとしても不思議ではない。
もし、アルトが芸術に現を抜かした場合は、シリウス1人に頑張ってもらうしかない。
その時は、リュックとルビも助力してくれるはずだ。
その後も虹の国の有力者達から挨拶が続いた。
そして、次第に立食パーティーのスタイルに移行していく。
海千山千の食事、名酒が大量に運ばれてくる。
虹の国の貴族達がこっぞて珍しそうに食べたり、飲んだりしている。
その様子からこれらの食材はナイトの父水の王ウォーレスが水の国から持ってこさせたものだろう。
サービス精神旺盛な父はお土産だの贈り物だの、人を喜ばせるのが大好きなのだ。
宴会ムードに入ったようだ。
フローレスはお腹が空いたようで、美味を求めて1人、人込みの中に入っていった。
結婚の祝いに来る者が途切れたところで、ナイトとネティアも食事をとることにした。
近くのテーブルに2人で足を運ぶと、
「ナイト様、これは一体何ですか?」
ネティアが珍しそうに赤い粒々を見て聞いてきた。
深層の姫であるネティアは有名な海の幸を知らないようだ。
「イクラだ。鮭の卵を塩漬けにしたものだ。初めてか?」
「はい!とてもきれいですね。食べるのが勿体ないです」
「そんなこと言わずに、食べて見ろよ、ほら」
「あう!」
ナイトはネティアの口にスプーンでイクラを放り込んだ。
「………おいしい!!」
「だろう?もう一口食べるか?」
イクラをスプーンですくって、またネティアの口元に運ぶ。
パタパタ…
扇の音が聞こえた。
視線を感じる。
「オホホホホ、ここは熱いわね…」
「…・・そうだな……」
義母のティティス女王とレイガル王が真横にいた。
ナイトとネティアは真っ赤になった。
「あらあら、邪魔しちゃったわね…あっちへ、行きましょう、レイガル」
別のテーブルにいるウォーレス王を見つけたティティス女王は指を指す。
「ネティア、食事の後のダンスでまたな…楽しみにしているよ」
「はい、父上…」
ネティアは上ずった声で返事をして両親を見送った。
「次はダンスか、体力を温存しないとな!」
「そうですね」
「いろんなものを一気に食せるおすすめの食べ方があるぞ」
手始めに、ナイトは海の幸に疎いネティアに海鮮丼の作り方を教えた。
その後、2人でいろんなテーブルを回り、スープ類、サラダ、カレー、シチュー、グラタン、ハンバーグ、ステーキ、揚げ物、煮物、果物、プリンなどのデザートを食べまくった。
ネティアのお腹はパンパンになってしまった。
「ダンス用のドレス、着れるかしら…」
迎えに来たサラを前にネティアは困っていた。
「大丈夫、最初はきついかもしれないが、踊っていればカロリーが消費されて丁度良くなるさ」
ナイトは笑顔で2度目のお色直しに行く妻を見送った。
少し、時間ができた。
1人で食事をしているシュウを見つける。
腕時計を見ながらいそいそと食事をしている。
司会者の休憩時間は短い。
労を労おうため、ナイトはシュウの下へ2人分のワインを持って行く。
「シュウ、お疲れ」
「うん!?…・これはこれはナイト様…」
ナイトに話しかけられることを予期されていなかったのか、シュウは慌てた様子で、食事の手を止め、口を拭った。
「大変そうだな…」
「いいえ、初の大仕事で燃えていますよ」
シュウはナイトからワインを有り難そうに受け取り、笑顔で飲み干す。
そして、すまなそうにこちらを見上げてくる。
「どうした?」
「いえ…、一生に一度の祝いの席を台無しにしてしまったようです…申し訳ございません…」
ナイトは周囲を見回す。
ほぼ満席だったはずの会場は半減していた。
謎に包まれた世継ぎ姫ネティアの顔を見て、祝いの言葉を最低限述べてとっとと帰ったものが大勢いたようだ。
「この祝いの場を借り、レイス家当主の引退と就任の発表をしてしまいました。…本当は別の日に執り行うべきだったのでしょうが、その…お恥ずかしいことですが、誰も来ない可能性の方が高かったので、この場をお借りした次第です…」
超名門のレイス家の当主就任式に誰も来ない。
自分のせいでそんな失態を犯したくないというシュウの苦肉の策だったようだ。
「ビンセントは?」
「お祝いの言葉を言われた後に、すぐ帰られました…その後はをジュエル領主達もすぐ追って行かれました」
「今回の主役は俺とネティアではなく、ビンセント・レイスだったようだな…」
ナイトはワインを一口飲んで苦い顔をした。
帰った多くの者がビンセントを追って行ったようだ。
「別にいいさ、上っ面だけでずっと居座れられるよりいいさ。水の国だけでもうんざりだったしな。それに、主役を蹴落とす奴は他にもいるみたいだしな」
「え?」
ナイトは上機嫌で会話に興じているアルトを指した。
そして、もう一つ、男どもが群がっている場所を指す。
そこには、虹の国一の美女マリアがいた。
「花嫁のネティア姫には申し訳ないですが、マリア嬢には人を集めるために来て頂きました」
「効果は覿面だな」
シュウは微笑を零し、虹の国の国宝に即決されたシリウスの絵『守護神』を見上げる。
「はあ、私もあの絵のように立派な騎士だったら、誰からも軽んじられることはなかったのに…」
シュウの嘆きを聞いて、ナイトは目を瞬かせた。
「別に恥じることは何もないと思うぞ」
「レイス家は王の一族に恥じないほど、王を輩出し、また名将も多く輩出しました。私のような非力な文官はいなかった…まあ、養子なので、レイス家の血筋ではないので、仕方ないのでしょうが…」
「仕方なくないぞ。それに、お前みたいな文官もいたぞ」
「………え?」
「レイス本人だ」
「レイス家の始祖のことを仰っているんですか?」
「そうだ。あいつ、頭は良かったんだけど、腕っぷしは全然だったんだ」
「しかし、始祖はレイス領を開拓するため、自ら魔物退治の先陣を切った勇将だったと伝わっていますが?」
「ああ、それは2代目だな。レイスの1人娘と結婚したネフィアの…初代女王の息子だ…」
ナイトは言葉を濁した。
前世の妻ネフィアは2人の子を産んでいた。
1人は虹の国を継ぐ2代目女王イリス。
そしてもう1人は、イリスとは10歳程歳の離れた男の子だ。
王位は大体男児が継承するのが通例だが、レイスがイリスを女王に立て、その弟を婿養子に迎えて虹の国を律したのだ。
それが、レイス家が王の一族の筆頭である所以だ。
『レイスの奴、存在掻き消されてるな。まあ、あいつが望んだことなのかもしれないが…』
前世で初めて彼にあった時のことを思い出す。
彼はある都市の一官吏に過ぎなかった。
しかし、その都市で暴動が起きて領主は逃亡。
混乱する同僚達を束ね、暴動を治め、自然とその都市を治める領主になった。
しかし、彼らには武力がなかった。
そんな時にその都市を訪れたのが前世のナイト一家だ。
レイスとは意気投合して手を組んだ。
以来、レイスはナイトの右腕だった。
武勇はなかったが、その知略には大いに助けられ、畏敬の念で仲間から見られていた。
そんな彼だから、王を選定する力を持っていた。
そんな者が非力な文官であるはずがない。
「この状況、前世でレイスと初めてあった時に似てるな…」
ナイトはシュウに手を伸ばした。
「大丈夫だ、俺達が組めば最強だ」
「そうですね…」
シュウはナイトの差し出した手を取った。
ナイトは有能な参謀を手に入れた。