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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第2章 明暗
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次の花嫁

朝方雨が降ったが、ネティア姫とナイト王子の結婚式当時は晴れだった。

朝方の雨が虹のプレゼントを残し、2人の結婚を祝福してくれているようで、出だしの良い1日のスタートとなった。

虹の神殿で結婚の誓いを交わす。

挙式は簡素ですぐに終わった。

ネティア姫専属の侍女サラは落胆の溜息を漏らす。

結婚相手を土壇場で変更するというトラブルはあったものの、虹の国の次期女王の結婚式にしてはあまりにも質素過ぎたのだ。

次の王の座を他国の王子に奪われた大貴族である王の一族の憤りの表れだ。

当事者の元婚約者ランド領主ジャミルの出席は当然ない。

ランド領主と親しくしている4領主は一応は参加していたが、誓いの言葉を見届けると、早々に退席した。

これに続く貴族が過半数を超え、参列者は一気にガラガラになった。


「ビンセント様、また後でお会いしましょう」


レイガル王とティティス女王がいたが、彼らが退席の挨拶したのは王の一族筆頭のレイス領主ビンセントだけだった。

彼らが興味があるのはビンセントの進退のみだ。

ビンセントは静かに頷いて、彼らを見送った。

新郎新婦のネティア姫とナイト王子は当然、2人の親であるレイガル王、ティティス女王、ウォーレス王は歯がゆい思いをした。

しかし、去る者を止めることはなかった。

無理に留まらせて騒ぎを起こされるよりはいいからだろう。

細々と式は進んで終わった。

次は虹の王宮まで短いがパレードを行う。

その前に、未婚女性待望のブーケトスを行う。

ネティア姫は少し不安そうだった。

式の途中で参列者の過半数が退席したので、ブーケトスにも人がいないのではないかと思っているようだった。


「ネティア様、わたくしもブーケ争奪戦に加わってきてもいいでしょうか?」


サラは主に元気になってほしい一心だった。

結婚願望がないわけではないが、まだ後でいいとこの時は思っていた。

ネティア姫の次はもう決まっているようなものだったからだ。


「ありがとう、サラ。それじゃ、サラを狙って投げるわね」

「駄目ですよ、次はフローレス様ではないですか?」

「そうだったわね…フローレスいるかしら?」

「いますよ。フローレス様は楽しいことがお好きでいらっしゃいますから」

「そうね」


主の顔が綻んだのを確認すると、サラはブーケ争奪戦の戦地に赴いた。

ネティア姫の不安はやはり徒労だった。

神殿の前には未婚女性が多数押し寄せていた。

若い娘はもちろん、年のいった未亡人までわんさか集まっていた。

皆、運命の男をゲットしたいのだ。

サラはフローレス姫の姿を探すが、あまりの人の多さに断念する。

控え目な性格のせいでどうしてもこの集団の中には入ることができず、押し戻されてしまう。


『結婚への情熱の強さが弱いからかもしれないわ…』



サラは苦笑いを浮かべてネティア姫の登場を待つ。

しばらくすると、ネティア姫がブーケを持って神殿入り口の階段に現れた。

階段下の大勢の女性達を目にして固まっている。

ベールで素顔を隠されているが、かなり驚いてることは、専属の侍女であるサラには容易に想像できた。




「ネティア!!!…姫…」



未婚女性の中心に元気な声を上げる女性が1人。

隣にいた女性に何か言われている。

呼び捨てにしたことを咎められたようだ。

ネティア姫を呼び捨てにできる若い女性は惟一人、フローレス姫だ。

それを注意した美女は、いつもフローレス姫の傍にいるお守り役のフロントが女装した姿だろう。

ブーケを持つネティア姫の緊張が少し和らいだように見える。

ナイト王子もネティア姫の横に立って、一瞬驚いた顔をした。

ブーケトスまつ未婚女性の多さと、その中央にいるフローレス姫を見たからだろう。

恐らくフローレス姫は素顔だ。

虹の国の姫は結婚するまでは公の場で素顔を晒してはいけいない決まりがあるのだ。

当然、フローレス姫もだ。

しかし、今まで顔を晒さらしていない、つまり名乗りでもしない限り誰も知らないから、素顔を晒しても問題はないのだ。

特に、双子の姉であるネティア姫が結婚した今、フローレス姫は隠す必要はもうない。

本当はネティア姫が素顔を見せる披露宴まであと少しは必要だ。

ナイト王子の登場で緊張が解れたネティア姫はいよいよブーケを投げるため後ろを向いた。


「3、2、1!」


ブーケが投げられた。

女性達はブーケ目がけて一斉に手を伸ばす。

ブーケは始め中央手前に落ちたが、


「もらたあああ!!」


1人の女性が密集の中から飛び出てキャッチするも、ブーケはポロリ。


「キャア、やったわ!」


ジャンプした女性の下にいた女性がゲット。

しかし、


「それは私のよ!」


横にいた女性に叩かれ、また後方へ飛ぶ。

ブーケは本命を狙ったかのようにフローレス姫とフロントがいる中央へ。


「よし、来たわね!」

「気を付けてください」


フローレス姫は腕まくりをしてブーケ争奪戦に突入していく。

フロントは男性なので、フローレス姫が怪我をしないように見守る。

中央は激戦区と化していた。

ブーケを手にした女は総攻撃を受ける。


「ぎゃああああ!!」

「痛い!!」

「ちょっと、返しなさいよ!」


髪や服を引っ張られたり、蹴られたり、殴られたり…

サラを始めとする見物客がギョッとする有様だ。

この激戦を勝ち抜いて、ブーケを手にしたとして、果たして運命の男は現れるのだろうか?

疑問が過ぎる。


「取った!」


そんな中、大本命であるフローレス姫がブーケを手にした。

女達の血走った目がフローレス姫に集中する。

むろん、他の女達同様集中攻撃を受ける。


「きゃあ、はあはあ!!」

「うあわ、やめなさい!うわあああああ!!!」


攻撃を受けるフローレス姫はどこか楽しそうだった。

慌てて助けに行くも、女装したフロントも巻き込まれて、2人まとめて総攻撃を受けている。

ブーケはと言うと、本命のフローレス姫の手元を離れ、どんどんこう後方へ流れてきた。


『え、もしかして…』


愛に飢えた女達の手を伝って近づいてくるブーケ。

もしかしたら、ブーケをゲットできるかも。

ブーケを諦めたサラに希望が宿った。

しかし、ブーケを追いかけてくる女達が恐ろしかったので、集団から少し離れたところで足を止めた。

ブーケ争奪戦は最終戦に突入していた。

5人の女がブーケを死に物狂いで追いかけてきた。

その様はまさにボールを追いかけるサッカー選手のようだ。


「私のブーケ!」


テンポよくブーケは流れ、最後に手にした女が歓声を上げてこけた。

大きく飛んだブーケはサラの胸にゴールインした。


「ああ、私のブーケが…」


こけた女がサラの手に納まったブーケに手を伸ばして、力尽きた。

サラの周りにはブーケを狙う女達はいなかった。

またブーケを追いかけてくる者もなかったので、


「え、もしかして、私の物?」


サラはブーケを見て困惑した。

周囲から盛大な拍手が上がった。


「良かったね、サラ。次はサラが花嫁だね」


フローレス姫が呑気に祝福してくる。

新郎新婦のナイト王子とネティア姫も拍手をしている。

ブーケを手にしてしまったため、次の花嫁はサラと言うことになるからだ。

しかし、それは絶対的な決まりではない。

だが、早々に結婚しなければならないような気にさせる。

しかし、サラには恋人はおろか、許嫁さえいなかった。


『どうしよう、私、結婚しなくちゃいけないの!?』


サラはこの時、本気で結婚相手を探さなくては焦燥にかられた。


『虹の王宮でピンとくる人はいなかったわ。そうだわ、水の国の騎士にいい人がいるかも!』


サラは婿入りするナイト王子が連れてくるまだ見ぬ水の騎士に願いを託すのだった。




***




サラの願いは密かに届いていた。

しかし、運命の人は石化していた。


「ライアス、ライアス?」


リュックが一生懸命顔を覗き込んで呼ぶが、石化したライアスは微動だにしない。

虹の王宮で開かれる披露宴に連れて行こうとしているのだが、


「ルビ、どうしよう。動かないよ?」

「うーん、絵のモデルにされて散々動くなって、シリウスとアルトに言われてたからな」


ルビはライアスの凝り固まった筋肉を解しているのだが、ライアスは心まで石化してしまっていた。

そこへ、正装し超ご機嫌なアルトがやってきた。

騎士と言うより画家の出で立ちで現れた。


「何だ、まだ動かないのか。なら、石像みたいにどこか邪魔にならないところに立てておけばいいだろう。王子の唯一の従者で、この素晴らしい絵のモデルが結婚式にいないのはおかしいからな」

「話しかけられたらどうするんだ?」


ルビが手を上げて聞くと、


「その時は、お前達が代わりに答えろ。それじゃな、私は王子達にこの絵を献上する準備があるから、あとは頼んだぞ」


アルトはそう言い残して、大事な大事な献上品の絵画を持って去っていった。


「こんなんで大丈夫かな?」


ルビとリュックは心配そうに石化しているライアスを覗き込む。

この結婚式が終われば、彼らはライアスを1人置いて水の国へ帰らなければならない。

つまり、ライアスは苦手意識を持つナイト王子と2人だけになることになる。

彼らが助けに入ることはできない。


「まあ、一応王子の最初の従者だから大丈夫だろう?」

「そうだね、僕らが来る前は何とかやってたみたいだし」


ルビとリュックは楽観的に考え、それ以上は考えないことにした。

主が変わる彼らは彼らで考えるべきことがあるのだ。




***




虹の神殿での結婚の儀を終えたナイトとネティアは、虹の王宮までのあまり長くはない道のりを馬車でパレードする。

虹の民達は新郎新婦の姿を一目見ようと押し寄せてきた。

一時期、世継ぎ姫のネティアに他国の王子のナイトは相応しくないという論争もあったが、それはもう過去のものようだ。

ネティアの元婚約者のジャミルの話はもう聞かいない。

神殿での誓いの儀式もパレードの参列者も予想より多かった。


「「はあ」」


馬車の中でナイトは安堵の溜息を漏らした。

その声が重なった。

視線を上げると、花嫁ネティアと目が合う。

ネティアも同じことを考えていたようだ。

2人して苦笑いを零す。

そして、今になって気づく、花嫁として美しく着飾ったネティアの姿に。


「その、まだ、言ってなかった。綺麗だよ…」


ナイトはちょっと照れながら、言葉を掛けた。

始めキョトンとしていたネティアだったが、次第に頬を赤く染めて頷く。

ようやく結婚まで漕ぎつけた2人は幸せそうに微笑みあった。




「ああ、いい感じだわ・…」



馬車の外の窓から、花嫁の妹フローレス姫がニタニタしながら覗き見をしていた。

その横には彼女の許嫁であり、彼女の騎士フロントが女装したまま傷の手当てをしていた。

その姿は見るも無残なものだった。

ドレスは裾が破れ、泥だらけ。

体中に字ができていた。

先ほどのブーケトス戦線でフローレス姫の身代わりになったのだ。


「そんなの当たり前じゃないですか、それより、もう少し目立たないよう覗いてください。でないと、馬車の中に入れますよ」


フロントが適当に返すと、フローレス姫が驚いて振り向く。


「え、あの2人の中に!?」


フロントは一瞬黙った。

フローレス姫はかなり嬉しそうに見える。


「新郎新婦と一緒の馬車なわけないしょう。別の馬車ですよ!」

「え~、じゃ、大人しくしとく」


閉じ込められるのが何より嫌いなフローレス姫は大人しくフロントの横に座り直す。


「今日はネティア様の晴れの日なんですから王族らしく行儀良くしてくださいよ」

「はいはい、わかってますよ」


フローレス姫は適当に返事をして、沿道に立つ虹の民に手を振り始めた。

フロントは横目でそれを見つめる。

今日のフローレス姫は薄紅色のドレスを着用している。

いつものフロントが手作りした異界の女戦士の服ではない。

おめかしした姿を見るのは年頃になってからは、はじめてかもしれない。

花嫁である双子の姉姫ネティアに負けず、美しく成長したと思う。

フロントは目を細めた。

ずっと、この日を待っていた。

心配の種だった世継ぎ姫であるネティア姫が無事に運命の人と結ばれた。

その次に決めていた。



『私、フロントのお嫁さんになる!だから、絶対、待ってててね。絶対、誰にも負けない美人になるから!』



8年前のあの日を思い出す。

8歳の少女がまだ早すぎる化粧、ブカブカのドレスとハイヒールを履いてきた。

めいいっぱい背伸びをして愛の告白をしてきたのだ。

その時のフローレス姫の猛アタックはフロントを辟易させた。

ピエロのような化粧に、胸元が大きすぎるドレスはそのまま脱げそうだった。

背を高くするためのハイヒールでこけそうになりながらフロントの胸元にようやく届く高さだった。



『ああ、今なら即行で受け入れたのに…』



フロントは当時思い返して溜息を漏らす。

容姿はもう申し分ないのだが…



「何、フロント、溜息なんかついて疲れたの?」

「いえ、まさか、今日はこれからなんですから…」


フロントは苦笑いを浮かべて背筋を正す。

フローレス姫はふーんと言って、また沿道に手を振り始めた。

もう少し、こっちを向いてて欲しかった。

今は彼女の気持ちが良くわからない。

だが、あの日の誓いは果たすつもりだ。


『ブーケは取れなかったですが、次は、私達の番ですよ、フローレス様…』


フロントは心の中で愛しい姫に語り掛けた。













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