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虹の花婿  作者: ドライフラワー
第2章 明暗
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星(スター)の定め

サクマは故郷である水の里、水の神殿に戻ってきていた。

神殿の階層からは水が幾重にも流れている。

この流れ出た水は本物の滝だ。

この水の神殿は水が自然に造ったもの。

中の居住空間や通路は人間が後で作ったものだ。

言わば、神が与え、人間が創った最古の神殿だ。

神殿の滝の飛沫により大きな虹が架かっている。

その幻想的な虹のカーテンの下には池が広がり、数多くの睡蓮が神殿を見上げるように浮かんでいる。

美しき故郷。

大好きな風景。


「ただいま…」


サクマは僅かに口元を綻ばせて口ずさむと、その言葉を聞きつけた睡蓮の葉が集まってきて神殿への道をつくる。

その蓮の葉の上を歩いて行く。

虹のシャワーを浴びると体が清められる。

神殿入り口の大きな扉の前に立つ。

厳かに扉が開いて中へと誘われる。

その時にはサクマの口の綻びは元に戻されていた。

たくさんの神官や住民達の出迎えを受ける。

皆、サクマよりほとんどが年上で年寄りだった。

働き盛りの20代~40代の年代はほとんどが男。

特に際立って少ないのはサクマの年代の20代の女性だ。

皆集まっては来るものの、サクマを見る目は余所余所しい。

特に、年寄り達の視線には異様な怯えが見える。

サクマはその視線を黙って受けていると、1人の神官が前に進み出て告げる。


「サクマ、水の巫女がお待ちだ」


サクマは無言で頷くと水の巫女がいる本殿へと向かう。

その後ろ姿を住人達は黙って見送る。

その視線は複雑な感情が見て取れる。

ただ数少ない子供達の視線だけは興味津々だった。

本殿は滝の御簾に覆われている。

サクマはその前で、


「サクマ、ただいま戻りました!」


サクマが名乗りを上げると、滝の御簾がサーと開く。

真っ正面に巫女たちを従えた水の巫女の姿を認めると、足を進めて跪く。


「お帰りなさい、サクマ」


親しみの籠った優しい出迎えの言葉。

周りにいた巫女達の視線が水の巫女に集まる。

一忍に対する態度ではない。

だが、それが彼女の良さであり、帰郷したサクマが最も聞きたかった言葉だ。

相変わらずの威厳のなさに、サクマ脱力しながらも顔を上げる。


「過分なお言葉恐れ入ります、水の巫女」


と返すと、濃紺の長い髪を揺らして水の巫女の青く透き通った目が泳ぐ。


「そんなに畏まらなくても良いのに…、皆、下がりなさい」


水の巫女とサクマの関係を知る巫女達は小さく会釈をして下がっていく。

巫女達の姿が見えなくなってから、水の巫女は大きな溜息を吐いた。

思わす、サクマは吹き出してしまう。


「相変わらずだな、サクラ」

「もう、サクマ兄さん揶揄わないでよ…」


水の巫女サクラは子供っぽく頬を膨らませて怒る。

サクラは20歳、もう大人の女性なのだがなんとも子供っぽさが抜けきれていない。

しかし、それはサクマの前だけかもしれない。

今では立派に水の神殿を治める水の巫女だ。

サクラはサクマにとって妹のような存在だ。

この故郷に残った気の許せる惟一人の相手。

彼女だけがサクマを昔と変わらず出迎えてくれる。


「報告がある…」

「わかっています、『予言の子が4人』そろったのでしょう?」


サクマが頷く。


「『闇を抱く者』とは接触したのでしょう?どのような者でした?」


サクラは水の巫女の顔になっていた。

『闇を抱く者』は4人の予言の子の中で最も危険な存在だからだ。


「強者だ。不幸な出で立ちではあるが、一部貴族階級を除き、老若男女問わず皆に慕われている。容姿端麗、文武両道、仁に厚く、虹の王家に対し絶対の忠誠を尽くす者だ。正直この男が世界を混とんの渦に導く者だとはとても信じられない」


サクマの報告にサクラは目を丸くしている。

予想していた人物とはかなり異なっていたと見える。


「あのナイトの兄だからな」

「ああ…」


その説明でサクラはあっさり納得して、顔を綻ばせた。


「そうね、それでナイト王子はお元気?」

「元気も元気だ。相変わらず行き当たりばったりで突き進んでいくから、目を離す暇がない」

「ふふふ、楽しそうだこと…」

「どこがだ!?あんなに危なかっしい奴だと知っていたら面倒見るなんて言わなかったぞ!」

「ふふふ、もう後の祭りね。もうミズホ様いないのだから…」


サクラは遠い目をする。

サクマも怒りを鎮め、彼らの恩人へ想いを馳せる。

幼い我が子を置いて、彼女は潔くこの世を去ったのだ。


「ところで、ナイト王子と『闇を抱く者』の関係は良好なのね?」

「良好も超良好だ。離れていた年月なんて関係なかったようだ」

「そう…その関係をいつまで保てるかが鍵よね…」

「ナイトなら大丈夫だろう。『闇と光を繋ぐ』ために生まれてきたのだから…」

「『闇を照らす者』である虹の双子姫の妹は?」

「フローレス姫は自分の運命を知らない。独自に剣技を磨いて、ナイトとは気が合うようだ」

「そう、『虹の結界の守護者』である姉姫が隠しているのね」


サクラの顔が引き締まる。


「ネティア姫は土壇場でナイトを伴侶に選び直した。前世の行いを悔いて運命に贖うつもりでいるのは明白だな」

「きっとナイト王子もそのつもりでしょう。水の玉座を捨ててまで、前世の約束を選んだのですから」


サクマは腕を組む。


「しかし、ナイトは立場的に複雑だな。虹の国を守りたいが、光の国に逆らうことはできない」

「きっと、前世も同じ立場だったと思うわ。だから、光の国から最も遠い、辺境の地に国を造ったのよ。人との争いを避けるために、魔物ととの争いを選ぶことになってしまったけど…」

「全く、前世も現世も波乱万丈な奴だ」

「それもこれも『最愛の人達』を守るための決断だったのよ」

「…最愛の人か…」


サクマは呟いて遠い目をする。

お河童の髪を揺らし、悪戯を仕掛けてくる女の笑顔が浮かぶ。

サクマが彼女を捕まえると、幸せそうな笑顔を振りまくのだ。



「…兄さん、サクマ兄さん…」



サクラの声ではっと我に返る。

悲し気な瞳がサクマを見つめてくる。


「…疲れてるみたいね?」

「ああ、そうだな…」


サクマは組んでいた腕を解いてサクラに背を向けた。


「…帰るの?」


サクラが躊躇いがちに聞いてきた。


「…ああ…」

「…そう……」


サクラはそれ以上言葉を続けなかった。

サクマは振り向くことなく本殿を出ていく。

戻ってきたサクマにまた住民達の奇異の視線が集まる。

それらを無視して蓮の道を通って水の神殿の外へ出た。

水の神殿の外には田園風景が広がり、次いで農地、農村が点在する。

サクマはそれらをすべて通り過ぎ、年中雪が降っている山の麓に辿り着いた。

そこには人の背丈半分くらいの氷の結晶がいくつも点在していた。

その結晶には文字が刻まれている、人の名前だ。

そう、ここは墓地だった。

サクマは斜面側の隅っこにある1つの墓へとトボトボと歩いていく。


「ただいま、ユキ…」


サクマは白い息を吐きながら名前を呼び、その墓標の前に立ち尽くした。




***




虹の国では、ナイトとネティアの結婚式が3日後と正式に決まった。

急に決まった結婚式は簡素なものとなる予定だが、それでも必要最低限の招待客は呼ぶ。

その為の外装内装の飾り付けに、豪勢な料理や食器、その場に相応しい身なり、ドレスや礼服、宝飾、合唱団による歌唱も大切だ。

当のナイトとネティアも衣装合わせや祝辞のリハーサルなどでヘトヘトになっていた。

あまりの忙しさに2人でゆっくり会話する暇もなかった。

ナイトは見晴らしのいいバルコニーから1人夕焼けを眺めながら溜息を吐いた。

父と話をした後からモヤモヤしたものを抱えていた。

知り得た虹の国での情報を光の国へ伝えなければならないからだ。

光の国を支える水の国の王子に生まれたナイトにとってそれは果たさなければならない責務だった。

それは前世で自らが創ったこの国への裏切りだ。

ナイトは頭を振って考えを改める。


「情報を漏らすなんて、裏切りもいいところだ。だが、虹の国のことを知ってもらわなければ、光の国からの援助は得られない。逆もそうだ。光の国の考えていることを虹の国も知れば、歩み寄る道ができるかもしれない」


「つまり、二重スパイみたいな感じね」


「まあ。そうなるよな…・え?…・…フローレスいつからそこに!??」


独白した秘密を聞かれ、驚くナイトの横でフローレスはカップジュースをストローで飲んでいた。

左手にはナイトのために持ってきたと思われるもう1つのカップジュースがある。


「なんかナイトがずっと難しそうな顔をしてたから、気になってたのよね」


ナイトは弁解のしようがない。


「でも、別にいいんじゃない?どうせ秘密なんてバレる物よ」

「いいわけないだろう?国の命運が左右されるんだぞ」

「大丈夫よ。だって、ナイトがこの国を治めるんでしょう?きっといい方に揺れるわ!」


フローレスは無邪気に笑いかけてくる。


「まあ、…そうだな…」


ナイトは拍子抜けして、思わず請け負ってしまった。


「それより!今はネティアでしょう!」

「え?」

「『え?』、じゃない!最近まともに会話してないでしょう?」


フローレスは怒った顔をナイトに近づける。


「綺麗な夕陽よ!絶好のロケーションじゃない?」


フローレスの言わんとすることを理解したナイトは頷く。


「ネティアは?」

「1つ壁の向こうのバルコニーよ、行ってらっしゃい!」


ナイトはフローレスからカップジュースを手渡されると送り出された。

一旦飾りつけ中の室内を通り、ネティアのいる隣のバルコニーへやってきた。


「きれいな、夕陽だな…」

「ナイト様…」


カップジュースを持ったネティアが振り返る。

その顔はなんだか悲しげだった。

そして、どこか余所余所しさを感じた。

ピンとくるものがあった。

ネティアもナイトと同じで、親から何か言われたのだろう。

しかし、2人の想いは前世から一緒で変わらない。

ナイトはネティアを真っすぐ見つめて手を握った。


「ネティア、何がっても俺を信じて欲しい…」

「ええ、もちろんです…」


ナイトはネティアの肩を抱くと、2人で沈む夕陽を眺めた。




***




シープール領、領主の執務室は重苦しい空気が漂っていた。

ナイト王子に仕える5騎士が全員揃っていた。

1人はシープール領主に内定しているシリウスとその副官アルト。

その2人の前に罪人のように座らされているのが、芸術的な筋肉美の持ち主ライアス。

そして、ライアスが逃げないように監視に付けられたのがルビとリュックだ。

アルト達は今シリウスを説得中だ。

ウォーレス王の旧友の依頼でライアスをモデルにした絵をアルトとシリウスがそれぞれ描かなければならなかった。

しかし、案の定、シリウスは拒絶した。


「あの絵を最後に金輪際、こいつの絵は描かんと言ったはずだ!」

「わかった、『王子』にもそのように伝えて、私の絵だけで我慢してもらおう」

「何故、そこに王子が出てくる!?」

「おや、知らなかったか?陛下の旧友は王子の恩人でもあるのだ。その関係で王子の口添えもあったのだ」


アルトの後出しにシリウスは呻いた。

彼にとってナイト王子は絶対なのだ。


「王子のお口添えとあらば、仕方ない。こいつは一度殺したが復活させてやろう」


実は、シリウスの絵は1枚目2枚目と続いていた。

シリウスは仕方なさそうに鉛筆を取る。

あまりやる気は見えない。

アルトはキャンパスを1枚シリウスに渡し、自らは2枚だ。


「こいつの絵を2枚も描くのか?」


シリウスが目ざとく言ってきた。


「まあな、『王子』に『結婚祝い』にと頼まれたのだ。お前の絵より私の絵を気に入ってくれたようでな…」


カランカラン…


シリウスが持っていた鉛筆が床に転がった。


「・……………何だと?」

「前に描いたお前の絵と私の絵を王子に見ていただいたのだ。王子は私の絵の方が好きだと言ってくれた」


アルトは自慢げに言って、鉛筆を拾った。


「王子の結婚祝いか…よし、私も2枚描こう!」


シリウスの心に火が付いた。

ライアスは嫌な予感を覚える。


「王子に私の本当の実力を見ていただくのだ!」

「おお、やる気になってくれたか、友よ!」

「アルト、お前には絶対負けん!」

「望むところだ!!」


アルトにも情熱の炎が飛び火した。

2人の燃え盛る情熱の炎はモデルであるライアスへと向けられる。


「ライアス、覚悟しろ!私はお前を『神』にしてやる!」

「神!?」


シリウスの宣言を聞いた4人は驚く。


「そうだ、お前は神となって王子をお守りするのだ!!何があっても、命に代えても、いや、魂に代えても王子をお守りしろ!!」

「ええええ、いくら何でもそれは…!!!!」

「つべこべいずに、脱げ!!!!」

「え、今から!?いや、ちょっと、待ってくれ!!!!!!!」


服を脱がされそうになったライアスが抗議すると、


「王子の結婚式まで時間がない。すぐ始めよう!」


とアルトに右腕、シリウスに左腕を掴まれ、隣室へ連行されるライアス。


「頑張って来いよ、ライアス」

「シリウスがやる気だよ。これは最高傑作間違いなしだよ!」


ルビとリュックに見送られ、ライアスは2人の画家によりその筋肉美を最大限に表現される。

特にシリウスがライアスを描いた最後の絵は虹の国の国宝となる。

そして、そこから、彼のスター人生が幕を上げる。

しかし、その事実を本人はおろか、主人公達も現時点では誰も想像できなかった。





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