父の質問
全ての用事を済ませ、約束の夜が来た。
ナイトはルビを伴って父のいる部屋へやってきた。
「ここで待ってるぜ、王子」
ルビは部屋の前で待機する。
ナイトは深呼吸をしてドアを叩く。
『おお、来たか…入れ』
ノックをすると、父ウォーレスが応えた。
いつもと変わらい声だった。
ナイトは意を決して中に入る。
部屋の中には父1人だけだった。
父はナイトと自分のためにコーヒーを入れてソファに腰を下ろす。
「まあ、座れ」
ナイトは促されるままソファに腰をかけ、父と対峙する。
「身構えているな…」
「そりゃ、身構えるさ。ノラリクラリかわされてきたんだからな…」
話をはぐらかされないように、ナイトは気を張り詰めていた。
父は寛いでいることをアピールするかのようにコーヒーを一口飲んだ。
「そういえば、お前。ネティアちゃんにミズホの指輪を贈ったらしいな」
聞きたかった失踪した母の話。
「…いいだろう、俺のだし」
ナイトは当然のように返した。
母の形見を愛する女性に受け継がせることはよくある話だ。
「たしかに、お前に渡す予定だったが、まだ譲った覚えはないぞ!私の金庫から盗み出すとは!?」
父は怒っていたが、ナイトにしてみれば今更のことだ。
「けっ、そんなに大事なら毎日見とけよ。それ盗んだの親父がセリア連れてきたときだぜ」
父は急に言葉に詰まっていた。
「は!?気づいてなかったのか?」
「…ま、まさか、そんなに前からだとは…」
驚愕に震える父にナイトは呆れた。
「セリアに母上の指輪が渡るかと思うといてもたってもいられなかったんだよ…」
ナイトはその当時抱いたジェラシーを打ち明けた。
あのサファイアの指輪は世界に1つだけしかない高価な物だと子供ながらに思っていた。
そして、それは母にしか似合わない。
「わ、私はそんなにせこい男ではないぞ!誰がミズホに贈った指輪をセリアに渡すか!ちゃんと、セリアには別の指輪を渡すわい!」
父は真っ赤になって叫んだ。
事実、セリアはアクアマリンの指輪をしていた。
「…子供ながらにそう思ったんだよ…今頃気づきやがって…今盗んだら本物と見間違うほどの指輪を用意してたさ」
ナイトは毒気づいた。
父は呻いた。
偽物を用意されていたら見破れなかったかもしれないと思ったのだろう。
それほどナイトがシープールで築いた財力は強大だった。
父の慌てように落胆している自分に気付く。
母の指輪がずっと偽物だと気づかなかったことに。
もう母への想いが霞んでいることを示している。
そんなことはわかっていた。
もう母がいなくなって8年だ。
きっと忘れていくのだろう。
「…もう指輪の話はいいだろう?…母上は生きてるのか?」
ナイトは冷めた声で、突然いなくなった母のことを切り出した。
「……何ともい言えんが、生きているだろう」
「生きているならどこにいるんだ?どうして…いなくなったんだ?」
ナイトはソファから立ち上がってウォーレスに迫った。
「…残念だが、それはまだ言わないでおく」
「何!?」
「そうしないと、サクマがお前を守ってくれんからな」
父から予想だにしない者の名前が飛び出した。
サクマはナイトを陰ながらずっと見守ってくれている水の国の忍だ。
彼が優秀な忍だとは知っている。
だが、優秀な忍ならば大国である水の国ではほかにもいるはずだ。
「…なんで、サクマが出てくるんだよ?」
「それはな、ミズホがサクマにお前のことを頼んだからだ」
「母上が?サクマに?何で?」
ナイトが疑問を素直にぶつけると、父は苦し気な顔をして、ソファから離れた。
心を落ち着かせているように見えた。
「…お前が虹の国で生きていけると確認できたら話してやろう…」
「…は、何だよ、急に?」
やっと話をしてくれたと思ったら、条件を付けられた。
「余所者が虹の王になるのは大変なことなのだ。レイガルと先代のベルク王は例外だが、その前のマルコ王は暗殺された」
「!?暗殺!?魔物にやられたんじゃないのか?」
突如、寝耳に水の話にナイトは思わず身を乗り出した。
マルコは現女王ティティスの母ディアナの最初の夫。
風の国から婿入りした風の国の王子だ。
水の国から婿入りするナイトと立場が被る。
魔期で初めて出兵し、女王の無敵の加護がありながら運悪く即死したと話には聞いていた。
「公にはそう発表されているが、事実は、暗殺だ」
「誰に!?」
「決まっているだろう、王の一族だ」
ナイトは絶句した。
王の一族の1人であるジャミルから世継ぎ姫ネティアを奪取したのはついこの間の話だ。
これによりジャミルの虹の王になる夢は潰えた。
風の国の王子だったマルコ王がナイトと重なる。
念願の夢をぶち壊したナイトが暗殺されないはずがない。
風の国と聞いて、女好きの友人の顔が頭に浮かぶ。
「…風の国は知っているのか?」
「本当のことが言えるわけがあるまい。むろん、虹の国に対して疑心を持っていたのだろうが、マルコ王の従者だったベルク王がディアナ女王と結婚し、後を引き継いだことから友好関係をなんとか維持してくれたのだ」
「そ、そんな裏があったのか…」
ナイトの額に冷や汗が流れた。
「ナイトよ、そうならぬために、まずは虹の国での地位を確立するのだ。手っ取り早い話が、ネティアちゃんとの間にできるだけ早く子供をつくるのだ。まずはそれが第一関門だ。フロントやサクマ、ライアスがお前の身辺は守ってくれるだろう。それに、ロンやウィル、カリウス達もお前を陰ながらサポートしてくるだろう」
「…子供つくれって、簡単に言うな…」
ネティアとの関係は良好だが、すぐに子供に恵まれるかは運次第だ。
「私も早く初孫の顔が見たい。きっと、お前に似た可愛い女の子だぞ。私達は女の子には恵まれなかったからな…」
父は堅い顔を顔を綻ばせたが、ナイトは冷たかった。
「自分で作れば」
父と後妻はまだ30代半ばだ。
子供を作ろうと思えばまだ作れる年代だ。
「もう私の子供はいい!また男だったら、後が大変だからな!!」
父は怒鳴った後、コーヒーを一気飲みし咳き込んでいた。
水の国は跡継ぎが絶えたことがない。
それは男児がよく生まれるからだ。
他の王家からすれば羨ましい話だが、男ばかりが生まれると後継者争いが勃発するのだ。
水の国は豊かな国だが、最も内乱が多い国でもあった。
ナイトも水の国に留まり、玉座に座ろうとすれば必ず異母弟との間に波乱が起きたはずだ。
ナイトの母ミズホは王妃だが、庶民の出で後ろ盾がなかった。
一方のセリア妃は同じく庶民の出だが、大貴族の養女になってから王妃になった。
つまり、後ろ盾があるのだ。
むろん、父がそう手配したのだ。
ナイトの母との結婚を反対された理由の1つは後ろ盾がなかったことではないかと言う噂があった。
その教訓を生かし、万全の態勢で後妻を迎えたのだ。
ナイトにしみればいい迷惑だった。
争う相手ができてしまったのだから。
しかし、ナイトは虹の国へ行く。
今度はナイトがコーヒーを静かに口に運んだ。
「…親父、俺の前世、知ってたよな?」
「まあな、お前の話す夢の内容からして、初代虹の王に間違いないと思っていた。虹の国にいれば、お前はストレートにネティアちゃんと結ばれていた」
父は咽を落ち着かせてから答えた。
「その…始めから俺を虹の国に行かせるつもりだったのか?」
ナイトはずっと疑ってい胸の内を吐露した。
少し間があったが、
「…まさか、私の後継者はお前1人だった。しかし、レイガルがしつこくてな。大きな喧嘩になってしまった。盛大に負けてしまったがな…」
父は恥ずかしそうに笑って背を向けた。
その当時を思い出しているのか、その背は小さく見えた。
「あの時は、お前まで取られると思ってしまったのだ。フロントもミズホも離れてしまった。これ以上家族を失いたくない一心だった。別に死ぬわけではないのにな…」
父は寂し気に笑いながらナイトの下に来て頭を撫でた。
その手は前より小さく、ゴツゴツしていた。
その時、ナイトは自分がいつの間にか大人になっていることに気づいた。
「取りあえずは、話したな…」
「は!?これで終わりか!?」
ナイトは慌てて抗議する。
確かに、父は話してくれたが、まだ入り口程度だ。
肝心なことは何もしゃべっていない。
「私もお前にずっと聞きたいことがあったのだ。今度は私に質問させろ」
父の強い口調にナイトは仕方なく身を引いて、ソファにドスンと腰を下ろした。
「何だよ、俺に聞きたいことって?何でも知ってるはずだろう?息子なんだからさ…」
「まあ、そうだが…正確に言うなら、お前の中にいる人物にだ」
「???俺の中にいる人物?」
ナイトの頭の上を???が回り出したが、父は構わず話を切り出す。
「お前も変なところに生まれ変わってきたな。なんでまた私のところに、水の王家に生まれた?」
「…そんなこと、知るかよ。生まれる場所を選べるんだったら選んで生まれて来るさ」
「そうだろうな…、だが、お前は選んで生まれてきたのではないのか?」
質問の意図が掴めず、ナイトは父を見る。
父はソファから少し距離を取り、ゆっくりとした足取りでナイトの周りを回っていた。
視線はナイトから離さずじっと見つめている。
その視線はナイトが今まで向けられたことのないものだった。
何か警戒されているような鋭い視線だった。
「お前の立場は複雑だぞ。前世は虹の国の初代王、現世は水の国の王子。光の国に従わなかった国の王、光の国に従う国の王子」
「…何が言いたいんだよ?」
ナイトが苛立たし気に聞くと、父は足を止めた。
「今のお前はどちらだ?」
「え、どっちて、いわれても…そのままだけど…」
困惑するナイトを父は容赦なく尋問する。
「私達にとって、お前は敵か味方かと聞いているのだ?」
その質問でやっと父の意図をナイトは理解した。
父は今、水の王ウォーレスとして話をしているのだ。
「歴史を紐解くと、虹の国は光の国に従わなかっただけで、光の国に逆らったわけではない。幸い、光の王は今のところ虹の国へは友好的だ。その理由はわかるな?お前がいるからだ」
水の王は歩きながらじっとナイトを観察している。
その視線にナイトは寒気を覚えた。
「光の王はお前に虹の国との間を取り持ってもらいとお考えだ」
ナイトの脳裏に警笛が鳴った。
それは、光の国が虹の国も支配下に置きたいという要求だと気づいたのだ。
戦乱から逃れるために、平和で自由を求めて作った国に支配などあり得ない。
ましてや、戦乱の原因をつくった光の国の支配など、前世の仲間達が許してはくれないだろう。
返事に窮してる間にも、尋問者である水の王はナイトの周りを回っている。
「ふっ、やはり、今のお前は初代虹の王だな…」
水の王の言葉にナイトはそうだと認めざる得なかった。
「しかし、断ることはできんぞ、ナイトよ…」
歩みを止めた水の王はナイトを見下ろし、
「お前は無力だ」
と言い放った。
「水の国では勢力を大幅に失い、虹の国ではまだ何の力もない。まだお前はこちら側の人間だ。虹の国で力を得るまでの間、お前はこちら側の力を使うしか方法がない」
確かにその通りだった。
突然来た余所者にすぐに力を貸すものなどいない。
必然的に母国の力が必要になる。
しかし、ただではない。
「闇の国と虹の結界のことを光の王は知りたがっているんだな?」
水の王の口角があがった。
ナイトは苦虫を噛み潰す。
前世で命懸けで守った国の内情を漏らさなければならないのだ。
「俺にスパイをしろって言うんだろう?」
「そう卑下するな」
水の王は不敵な笑み浮かべながら、ナイトのいる中心に歩み寄ってきた。
「お前への期待は虹の国側も大きい。次第に虹の国でも力を得るだろう。逆らいたいのなら力をつけてからするのだな」
光の国に逆らう。
前世で犠牲になった義妹を思い出した。
もし、ナイトが逆らっていたら、彼女は死ななくて済んだかもしれない。
そう思っている矢先、水の王は愉快そうに笑い声を上げる。
「しかしながら、お前の立場なら、うまくいけばどちらの力も得ることだできるな。両者の間を取り持ち、どちらも味方にする。そうすれば、怖いものなしだ!」
その発想にナイトはハッとする。
「しかし、逆もありうるな。失敗すればどちらからも見捨てられる」
低い声が冷水を浴びせる。
「まあ、すべてはお前次第だ、虹の王よ。お前の『目的』は何だ?」
『目的』
水の王の、父の問いがナイトの胸に深く刻まれた。